第43話 ウェイティング・コンテンツ~ゆったりと穏やかで優しい世界
文字数 1,465文字
スマホを見つめているユナの横顔に謝る。
「ごめんね」
「ううん、大丈夫。ウェイティング・コンテンツ見ているから」
笑顔で答えている間も、ユナの目は画面に釘付けだ。動画が一区切りついたのか、一瞬笑顔をあたしに向ける。けれども、すぐにその目はまた画面に向かう。あの笑顔は、私に向けられた気遣いというよりも、新しいコンテンツに満足したということだろう。だから、彼女の笑顔は、まったくありがたくも嬉しくもない。
<誰にとっても優しく生きやすい社会>――それを実現するために、政府は時間を管理することにした。
きっかけは、ある科学者の提言だった。
<能力弱者>でも、時間さえかければ、多くの場合、能力強者と同じように行動することができることが科学に証明されました。能力強者と同じ結果を出させるのに必要なのは、辛抱強く
ただし、一方的に待たされる側の時間的ロスや精神的な負担も考慮しなければなりません。つまり必要なのは、待つことへのインセンティブを与えることなのです。
ほどなく、知的レべルに合わせた新しいコンテンツシステムが作られた。何をしても時間がかかる人間は、周りの人間を待たせてしまうから、待っている時間を有効に使える短時間消費コンテンツが大量に配信されたのだ。
<能力弱者>と呼ばれるタイプの人間でも、強者と同じように学び、働くための措置として。
これらのコンテンツは、待っている時間、つまり脳力弱者の補佐をしている間だけ配信される。一分間、三分、五分……待たされそうな時間を見越して時間を選び、待っている間に楽しいコンテンツを享受する。待たされているというストレスはなく、ただ楽しい時間を過ごすことができる。
――ゆったりと穏やかで優しい世界。
あたしがこれらのことを理解したのも、他の人たちが理解してシステムを使いこなした時期に、だいぶ遅れてのことだった。
それは、理想的な世界のはずだった。けれども――
「終わった?」
「あ……もう少し」
「あ、そう」
ユナは画面に目を戻しながら足を組み替え、スマホを操作し、また画面に見入り始めた。そのユナの横顔に、あたしは何とも言えない感情を抱く。
さらに十分かかって、あたしはやっとユナと同量の仕事をこなし、二人揃って上司に成果物を提出した。
ユナの顔には何の屈託もない。自分だけが多く仕事をしたとか、待たされた、あるいは<能力弱者>のケアを強要されたという意識はなく、
けれども、あたしのなかには不平等感が渦巻いている。
午後は、別な人と一緒の仕事だった。あたしよりも、さらに時間がかかる人だった。スマホに、ウェイティング・コンテンツを見られることを知らせる通知が入る。
あたしは、初めて自分が待つ側になった。
作業をする彼女の横顔を見ていると、一生懸命に考え、作業をしているのがわかる。せかしてはいけない。
彼女がふいと、こちらを向く。
「ごめんね、待たせて」
「ううん、大丈夫。配信見ているから」
あの時のユナそっくりの笑顔で応える。彼女を傷つけないように。彼女は、どこかおどおどしたような顔で、作業を続ける。
ああ、そうだ。これは
このシステムは、残酷な鏡なのだ。きっと、ユナも誰かを待たせているときに、同じような表情をするのだろう。
私は配信を見始めたが、すぐに止めて、彼女と一緒に作業を始めた。
びっくりした顔の彼女に言う。
「ごめんね。私、本当はウェイティング・コンテンツが嫌いなんだ」
本当のことを言って、すっきりした。
(終わり)
「ごめんね」
「ううん、大丈夫。ウェイティング・コンテンツ見ているから」
笑顔で答えている間も、ユナの目は画面に釘付けだ。動画が一区切りついたのか、一瞬笑顔をあたしに向ける。けれども、すぐにその目はまた画面に向かう。あの笑顔は、私に向けられた気遣いというよりも、新しいコンテンツに満足したということだろう。だから、彼女の笑顔は、まったくありがたくも嬉しくもない。
<誰にとっても優しく生きやすい社会>――それを実現するために、政府は時間を管理することにした。
きっかけは、ある科学者の提言だった。
<能力弱者>でも、時間さえかければ、多くの場合、能力強者と同じように行動することができることが科学に証明されました。能力強者と同じ結果を出させるのに必要なのは、辛抱強く
待つこと
です。ただし、一方的に待たされる側の時間的ロスや精神的な負担も考慮しなければなりません。つまり必要なのは、待つことへのインセンティブを与えることなのです。
ほどなく、知的レべルに合わせた新しいコンテンツシステムが作られた。何をしても時間がかかる人間は、周りの人間を待たせてしまうから、待っている時間を有効に使える短時間消費コンテンツが大量に配信されたのだ。
<能力弱者>と呼ばれるタイプの人間でも、強者と同じように学び、働くための措置として。
これらのコンテンツは、待っている時間、つまり脳力弱者の補佐をしている間だけ配信される。一分間、三分、五分……待たされそうな時間を見越して時間を選び、待っている間に楽しいコンテンツを享受する。待たされているというストレスはなく、ただ楽しい時間を過ごすことができる。
――ゆったりと穏やかで優しい世界。
あたしがこれらのことを理解したのも、他の人たちが理解してシステムを使いこなした時期に、だいぶ遅れてのことだった。
それは、理想的な世界のはずだった。けれども――
「終わった?」
「あ……もう少し」
「あ、そう」
ユナは画面に目を戻しながら足を組み替え、スマホを操作し、また画面に見入り始めた。そのユナの横顔に、あたしは何とも言えない感情を抱く。
さらに十分かかって、あたしはやっとユナと同量の仕事をこなし、二人揃って上司に成果物を提出した。
ユナの顔には何の屈託もない。自分だけが多く仕事をしたとか、待たされた、あるいは<能力弱者>のケアを強要されたという意識はなく、
平等に扱われたこと
への満足感。けれども、あたしのなかには不平等感が渦巻いている。
午後は、別な人と一緒の仕事だった。あたしよりも、さらに時間がかかる人だった。スマホに、ウェイティング・コンテンツを見られることを知らせる通知が入る。
あたしは、初めて自分が待つ側になった。
作業をする彼女の横顔を見ていると、一生懸命に考え、作業をしているのがわかる。せかしてはいけない。
彼女がふいと、こちらを向く。
「ごめんね、待たせて」
「ううん、大丈夫。配信見ているから」
あの時のユナそっくりの笑顔で応える。彼女を傷つけないように。彼女は、どこかおどおどしたような顔で、作業を続ける。
ああ、そうだ。これは
私が嫌いな私
だ。このシステムは、残酷な鏡なのだ。きっと、ユナも誰かを待たせているときに、同じような表情をするのだろう。
私は配信を見始めたが、すぐに止めて、彼女と一緒に作業を始めた。
びっくりした顔の彼女に言う。
「ごめんね。私、本当はウェイティング・コンテンツが嫌いなんだ」
本当のことを言って、すっきりした。
(終わり)