第9話 そして、AI作家を育てる

文字数 1,218文字

「だから、そういう状況じゃあないんですよ。今は昔と違って……」
「状況だなんだって、本質は変わらないじゃないか!」

 ヤマモトの声が大きくなった。ヤマモトは売れない作家だ。かつては新人賞を受賞し、そこそこファンも付いていたのだが、最近はさっぱりである。収入は低下の一途。編集者のタカギは、そんなヤマモトになんとか売れるものを書かせようと悪戦苦闘している。

「ヤマモトさん、本は売れてナンボでしょう」
「書きたいことがあるってのはわかりますが、自分のためではなく読者のために書くのがプロでしょう」
「マーケティングは嘘をつかないんですよ」

 これらの言葉は、なんとか売れ筋のものを書かせて作家に再び日の目を見させようという、編集者としての思いから来るものだが、ヤマモトにとっては文芸への、そして(おのれ)への侮辱に聞こえる。

「文学とはそういうものじゃない」
「芸術家ってのは、自分の中から湧き出るもので勝負をするべきだ」
「数字に踊らされて本質を見失って……」

 議論は平行線。今日も二人の話し合いは物別れに終わった。
 ヤマモトが家に帰ると、メールが一本入っていた。
 それは、とあるIT企業からのもので、文章の自動生成アルゴリズムをブラッシュアップした上で人間が面白いと思うコンテンツの作法を組み込み、AI作家を開発するために協力をしてほしいという打診だった。

 バカバカしいとは思ったが、手元不如意のヤマモトに選択肢はなかった。

 連絡をくれたIT企業に足を運び、契約を結び、エンジニアと打ち合わせをし、物語作りのノウハウについて説明をし、デバッグとしてAIが作り上げた小説を査読した。それはむしろ編集者の仕事に近かった。それとともに、編集者の気持ちが分かるようになり、行動原理もだんだんと編集者になっていく。

「売れてナンボ」
「自分のためではなく、読者のために書くのがプロ」
「マーケティングは嘘をつかない」

 試行錯誤の末、AIが作り上げた小説は売れるようになった。それに伴って、ヤマモトの経済状態は以前よりも良くなった。

 ある日偶然に、かつて激論を交わした編集者・タカギに会った。久しぶりの邂逅(かいこう)だったが、タカギは浮かぬ顔だった。今や、AIが作り上げた小説の方が売れるようになっており、人間相手の編集者であるタカギは冷や飯を食っていたのだ。

「やあ、ヤマモトさん。お久しぶりです。最近はAI作家のおかげで羽振りがいいようですね」
「まあ、金銭的な心配はなくなったけど……」
「あの仕事をやったら、ヤマモトさん自身も売れるものを書けるようになったんじゃないですか? もう、ご自身では書かれないんですか?」

「むしろ逆だ。書く気すら起きなくなったよ。けど、あの時の君のことが、今では少し理解できる。書き手として育てようとしてくれていたんだな、っていうのがね」

 二人の男は、そこで別れた。それきり会うことはなかった。
 しかし、二人の間には以前よりも深いつながりが存在した。

(終わり)
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