第10話 究極の体験
文字数 2,357文字
画面には、数人の男女の笑顔がいっぱいに映し出されている。
その笑顔に、重なるように大きな文字がオーバーラップ。視聴者の目を惹くキャッチコピー。
――アバターだからこそできる、<究極の体験>を、我々は提供します!
スカイ・ダイビング、高所での綱渡り、ロック・クライミング、真冬の高山でのスノーボード、様々な冒険的行為の画像が映し出される。
その画像に重なるナレーション。
――我々、「ネット・ダイブ社」のサービスは、ただの仮想現実 ゲームではありません。究極の体験として“死”を経験できるのです。
高所から落ちる人の姿、スノーボード中に雪崩に襲われる人、いかにもな悪漢に銃で撃たれる人などの画像が差し込まれる。
――漫然と生き、生の実感を得られることもなく、自分の人生において何を為すべきかもわからず、ただ毎日を過ごしている方には、この体験を強くお勧めします。
死という究極の体験の後、あなたは本当に生き返ったような感覚を得られるでしょう。その後は、漫然と時間を食いつぶすような生き方はしないはずです。日々を、一瞬一瞬を、大切に生きようと心から感じるはずです。
あなたに一番必要なもの、それは、
利用者の体験談(小さな文字で「個人の感想です」という注意書き付き)が、捲 し立てるように流れる。
――自分に自信が持てるようになり、営業成績が上がりました。
――息子の引きこもりが治りました。
――狙っていたカレと結婚できました♪
――親の老人性鬱が治りました。
――青春時代の若々しさを、取り戻しました。
締めくくりの、ダメ押しのナレーション。
――さあ、みなさんも、一度“死”を体験してみましょう。
広告映像は、ここで終了した。
オフィスの一室、応接セットに腰掛けたインタビュアーと、スーツ姿の男性が映る。
「ただいまご覧いただいたのが、『ネット・ダイブ社』の広告です。
本日は、話題のネット・ダイブ社のCEOである、高石さんに、ネット・ダイブ社のオフィスで、お話をお伺いします。
どうも、改めまして。本日はよろしくお願いいたします。
早速ですが、今視聴者の皆さんに御覧いただいた、御社のサービスのCMですが、非常に斬新なアイデアですね。どういった経緯で、このようなサービスを?」
「私は、以前から自己啓発に興味がありまして……人生の質というのは、その人自身のマインドセット、つまり自分で自分を、そして自分の人生をどのように定義するか、ということで決定すると思うのです。
日々を漫然と流されるように生きている人というのは、自分にも自分の人生にも価値がないと思っているんです。だから、それを一度失う体験をすれば、その価値を見つめ直すことが可能になると、そういう逆説的な理論から、このサービスは生まれました」
「具体的には、どういう……?」
社長は「よくぞ聞いてくれた」といわんばかりの表情で、会社の特許特許技術であるハイパー・ホログラムと、開発されたばかりのブレイン・マシンインターフェースによる臨死体験の説明を、流れるような口調で説明した。
説明が一通り終わったところで、インタビュアーは、今度はやや厳しい表情で質問した。
「なるほど。ただ、最近になって、過去にこちらのサービスを利用した方々の死亡事故の増加が問題視されていますね。こちらの顧客が、危険な事故で亡くなる確率が高いとか……」
「それらの事故に関しては、先日リリースでお伝えした通り、弊社サービスとは何の関係もありません。あくまで、顧客が、本人の意思のもと行った個人的な行動の結果としての事故ですから……」
その後暫くして、インタビューは終了した。
インタビュアーやカメラクルーらが帰った後、社長は応接室から社長室へと戻った。タイミング良く秘書がやってきて、コーヒーと共に言葉をかけた。
「社長、インタビュー対応、お疲れ様でございました」
「あの死亡事故の件は、事前の打ち合わせにはない内容だったな?」
「はい、おそらく、あのレポーターの独断での質問とは思うのですが……局の上層部に、後でクレームを伝えておきます」
「ま、そこまでしなくてもいいがな。あれくらいのことなら、俺の機転でどうとでも答えられる。まぁ、結局は、うちのサービス と現実 を区別できない馬鹿が、思ったよりも多かった、というだけの話だ」
「それも、実は予想済みだったのでは?」
「まあな。うちのリサーチ・チームの調査結果では、ある程度起こりうる事態として想定していた。バーチャルでリスクの高い行動をとり、その結果スリリングな快感を得た者は、現実でも同じことを繰り返して重大な事故に至る、とね」
「それを握りつぶしたのは、売り上げのためですか?」
社長は、コーヒーを一口飲んで、こう答えた。
「ふん。そんなことが気になるのか? 君らしくもない。正直、死ぬ奴らなど、どうでもいい。広告に踊らされ、後先をよく考えずに購買行動に走り、その挙句に仮想現実 と現実 を区別できなくなって死亡事故を起こす馬鹿など、死んだところで世の中の損失にはならないだろう」
突然、全ての光景が変わった。
社長が見ていたのはホログラムだった。秘書だと思っていたのは、先ほど帰したつもりのインタビュアー。社長室の隅におかれた観葉植物の鉢植えは、カメラクルーだった。
インタビュアーは勝ち誇った顔で言った。
「あなたの今の言葉、全て放送させていただきましたよ。リアルタイムでね。あなたがどういう思想を持った人物か、あなたの作った製品がどういう物か――先ほどの発言で、世界中の人々が真実を知りましたよ」
言葉も出ないCEOに、インタビュアーはニヤリと笑って、こう続けた。
「『バーチャルと現実 を区別できない馬鹿』が、ここにも一人、いたようですね」
(終わり)
その笑顔に、重なるように大きな文字がオーバーラップ。視聴者の目を惹くキャッチコピー。
――アバターだからこそできる、<究極の体験>を、我々は提供します!
スカイ・ダイビング、高所での綱渡り、ロック・クライミング、真冬の高山でのスノーボード、様々な冒険的行為の画像が映し出される。
その画像に重なるナレーション。
――我々、「ネット・ダイブ社」のサービスは、ただの
高所から落ちる人の姿、スノーボード中に雪崩に襲われる人、いかにもな悪漢に銃で撃たれる人などの画像が差し込まれる。
――漫然と生き、生の実感を得られることもなく、自分の人生において何を為すべきかもわからず、ただ毎日を過ごしている方には、この体験を強くお勧めします。
死という究極の体験の後、あなたは本当に生き返ったような感覚を得られるでしょう。その後は、漫然と時間を食いつぶすような生き方はしないはずです。日々を、一瞬一瞬を、大切に生きようと心から感じるはずです。
あなたに一番必要なもの、それは、
生の実感
です!利用者の体験談(小さな文字で「個人の感想です」という注意書き付き)が、
――自分に自信が持てるようになり、営業成績が上がりました。
――息子の引きこもりが治りました。
――狙っていたカレと結婚できました♪
――親の老人性鬱が治りました。
――青春時代の若々しさを、取り戻しました。
締めくくりの、ダメ押しのナレーション。
――さあ、みなさんも、一度“死”を体験してみましょう。
広告映像は、ここで終了した。
オフィスの一室、応接セットに腰掛けたインタビュアーと、スーツ姿の男性が映る。
「ただいまご覧いただいたのが、『ネット・ダイブ社』の広告です。
本日は、話題のネット・ダイブ社のCEOである、高石さんに、ネット・ダイブ社のオフィスで、お話をお伺いします。
どうも、改めまして。本日はよろしくお願いいたします。
早速ですが、今視聴者の皆さんに御覧いただいた、御社のサービスのCMですが、非常に斬新なアイデアですね。どういった経緯で、このようなサービスを?」
「私は、以前から自己啓発に興味がありまして……人生の質というのは、その人自身のマインドセット、つまり自分で自分を、そして自分の人生をどのように定義するか、ということで決定すると思うのです。
日々を漫然と流されるように生きている人というのは、自分にも自分の人生にも価値がないと思っているんです。だから、それを一度失う体験をすれば、その価値を見つめ直すことが可能になると、そういう逆説的な理論から、このサービスは生まれました」
「具体的には、どういう……?」
社長は「よくぞ聞いてくれた」といわんばかりの表情で、会社の特許特許技術であるハイパー・ホログラムと、開発されたばかりのブレイン・マシンインターフェースによる臨死体験の説明を、流れるような口調で説明した。
説明が一通り終わったところで、インタビュアーは、今度はやや厳しい表情で質問した。
「なるほど。ただ、最近になって、過去にこちらのサービスを利用した方々の死亡事故の増加が問題視されていますね。こちらの顧客が、危険な事故で亡くなる確率が高いとか……」
「それらの事故に関しては、先日リリースでお伝えした通り、弊社サービスとは何の関係もありません。あくまで、顧客が、本人の意思のもと行った個人的な行動の結果としての事故ですから……」
その後暫くして、インタビューは終了した。
インタビュアーやカメラクルーらが帰った後、社長は応接室から社長室へと戻った。タイミング良く秘書がやってきて、コーヒーと共に言葉をかけた。
「社長、インタビュー対応、お疲れ様でございました」
「あの死亡事故の件は、事前の打ち合わせにはない内容だったな?」
「はい、おそらく、あのレポーターの独断での質問とは思うのですが……局の上層部に、後でクレームを伝えておきます」
「ま、そこまでしなくてもいいがな。あれくらいのことなら、俺の機転でどうとでも答えられる。まぁ、結局は、
「それも、実は予想済みだったのでは?」
「まあな。うちのリサーチ・チームの調査結果では、ある程度起こりうる事態として想定していた。バーチャルでリスクの高い行動をとり、その結果スリリングな快感を得た者は、現実でも同じことを繰り返して重大な事故に至る、とね」
「それを握りつぶしたのは、売り上げのためですか?」
社長は、コーヒーを一口飲んで、こう答えた。
「ふん。そんなことが気になるのか? 君らしくもない。正直、死ぬ奴らなど、どうでもいい。広告に踊らされ、後先をよく考えずに購買行動に走り、その挙句に
突然、全ての光景が変わった。
社長が見ていたのはホログラムだった。秘書だと思っていたのは、先ほど帰したつもりのインタビュアー。社長室の隅におかれた観葉植物の鉢植えは、カメラクルーだった。
インタビュアーは勝ち誇った顔で言った。
「あなたの今の言葉、全て放送させていただきましたよ。リアルタイムでね。あなたがどういう思想を持った人物か、あなたの作った製品がどういう物か――先ほどの発言で、世界中の人々が真実を知りましたよ」
言葉も出ないCEOに、インタビュアーはニヤリと笑って、こう続けた。
「『バーチャルと
(終わり)