第25話 ブラック・ボックス

文字数 1,544文字

 一番はじめにそれが現れた――いや、使用されたのが、いつ、どこでだったのか、今となっては判然としない。アフリカの某国で国連軍の兵士が使用したのが最初だとか、中東のどこかだったとか、いや内乱後の混乱のさなかの南アジアの某国だった、とかいろんな説がある。

 とにかく、それは現れた。

 そして、敷設(ふせつ)された地雷を爆破・除去し、その爆発エネルギーを内部にため込むことができたのだ。

 それは、口の空いた黒い箱型の物体だった。
 その空いた口を下にして、地雷の上に被せる。しばらくすると地雷は起爆する。が、どういう理屈かはわからないが、箱は吹き飛ばず、爆発のエネルギーは箱に吸収され、中に蓄えられるのだ。電気自動車が100キロ走るくらいのエネルギーが得られる。その仕組みは全くのブラック・ボックスだった。見た目通り。

 誰も、それがどこから来たのか、誰が作ったがのかも分からなければ、使い方とてわかりようもなさそうだが、何故かそれだけはわかった。そうして、なんとなくそれを使って地雷を除去することが広まったのだ。

 それは、戦争の負の遺産の始末であると同時に、エネルギー革命でもあった。
 先進国は、人道的支援として、カンボジア、アフリカ、ウクライナ……各国で、過去にどこかの国が設置した地雷をバリバリと除去し始めた。それを使って。そうして、得られたエネルギーは自分たちのものとした。

 地雷を除去してもらった国々は、はじめはありがたがっていた。しかしやがて「あれ? これってエネルギーの搾取じゃない?」と気づいた。そうして、当然の流れだが、各国が自分たちでやると言い出した。そうすれば、そのエネルギーは自分たちのものになるのだから。
 そうした経緯で、かつて戦場だった途上国は、ブラック・ボックスを使ってエネルギー産出国となった。

 ブラック・ボックスは、他にも使い道があることがわかった。核廃棄物や、水銀などのそのまま廃棄すると問題のある汚染物質の処理、さらには古くなった原子力発電所のタービン建屋をまるごとエネルギーにできた。

 そうして「何かよくわからないけど便利なもの」として各国が各種用途で使用するようになった。

 そうなると、天邪鬼が出てくるもので、誰かが「いつかこれは大暴走、大爆発するのでは」と言い出し、その声がSNSで拡散され、推進派と反対派が対立し、その対立はネット上の論戦から現実世界での暴力事件へと発展した。

 そのうちに、分解して内部構造を確認しようとした某国が、大事故を起こした。表向きは「安全性の担保と確認のため」と言っていたが、実際は国際的に通用する特許権を手にしようという目論見だったことが他国の諜報機関によって暴露され、その国はさんざんに叩かれ、大統領が辞任するに至った。
 その事故を契機に、「事故もあったし、危険だから回収して捨てよう」と、一部の国々が言い出した。しかしブラック・ボックスでエネルギーを産出している国々は、「地雷を全部除去してエネルギーを回収し終わったらね」と取り合わない。

 そうした国家間の意見の相違から、新たな冷戦状態が生まれた。

 しかし、ブラック・ボックスからロケットや爆撃をエネルギー化する技術が生み出されたという噂から、各国とも軍事作戦には踏み切れず。ブラック・ボックスは、核以上の抑止力を発揮した。

「未知である」ということは、情報化社会において最強だった。誰も、それが真実かデマか知りようがない状態は、不安の中で誰も最初の引き金を引きたがらないという膠着状態を作り出した。

 人々は、「いつか、事故か戦争が起きるのでは」というヒリヒリした不安の中で、武力行使の行われない平和な生活を送っていた。

 ある人は呟いた。
「これって、本当に平和なんだろうか」

(終わり)
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