第43話 NY戒厳令 終わりの始まり

文字数 5,195文字



二〇二五年六月二日 月曜日

「アウローラの主張は、あまりも飛躍がありすぎます。……NY市政の完全なクーデター、法的根拠なき内乱であり、NYの異常事態に対し、私は非常事態宣言を行い、アメリカ政府軍に戒厳令を命じます」
 ダンフォード大統領は、NY暫定市政府のマンハッタンホーンの捜査に関して、違法捜査だと批判した。
 ギャラガー市長の要請を受けた形で、大統領は国家非常事態宣言を行い、同日、連邦政府はニューヨーク州で都市封鎖を検討。戒厳令に伴い、NYはロックダウン<閉鎖都市>とする。これにより、NY市民には当面の外出禁止令、続けて退去命令が出された。アランNY知事は
「連邦政府の戒厳令はNYに対する宣戦布告だ!」
 と猛反発した。
「合衆国政府はアランNY州知事を弾劾し、解雇します。市長を自称するハリエット・ヴァレリアンの独断によるマンハッタンホーン捜査を阻止するため、市庁舎からハリエットたちアウローラに退去命令を出します。同時にNY市民は二十四時間以内に、マンハッタンからの強制退去命令を発します。重ねてアウローラ、テログループにも、四十八時間以内の降伏勧告をいたします。もし投降しない場合には、六月四日の正午を以て、攻撃を開始いたします」
 大統領により、NY州知事は国家反逆罪で解任、告訴された。ディスクロージャーでフェイクニュースを流し、NYおよびアメリカを混乱に陥れたからだった。だが、NY州は自治権を根拠に連邦政府に反論した。
「これから、軍が鎮圧に乗り出すぞ」
 NYに戒厳令を発令した連邦政府は、ハンス・ギャラガーを支持した。戒厳令は政府が憲法を停止し、以後、軍が政治を行う。マスコミ、ネットも停止される。軍政の反対者は収容所行きか、殺されるだろう。
「我が国は現在戦時下にあり、これまでにない危機に瀕しています。多くのNYの同胞が苦しみの中にあり、彼らとともに我々も苦しんでおります。我々に課せられた役割がどれほど巨大なものか、それは想像を絶するものです。これまで勇敢なる警官たちの働きで、NYのテログループと戦ってきました。しかしながらその首謀者というべき者たちは、まだマンハッタン島を占拠したままです。あまりにも危険な、国家分断をたくらむテログループは、世界各地のテロリストと連携し、アメリカ国内のみならず、世界中で危機を巻き起こすでしょう。我々がなすべきことは何か、今、テロリストたちを完全に倒し、裁きにかけることです。NYの同時多発テロリズムに対して、連邦政府は断固たる姿勢で臨み――私はテロには屈しません。我が国の自由と誇りとを守るために、この悲劇に対し、多くの国民が一致団結し、神とともに歩むことでしょう。星条旗よ永遠なれ! 神の祝福を――」
 以前から、DC政府内で、アメリカ合衆国が分断社会となって久しいことが叫ばれていた。アメリカは銃社会で市民は武装し、社会に対する不満から、いつ内戦に突入してもおかしくない空気が醸成されている。そこへ、アウローラの武装蜂起――NY乗っ取りという大事件が起こった。それに対する危機意識が、アメリカ全土を包み込もうとしていた。すわ第二次南北戦争の勃発か? アメリカ政府内に、かつてないほどの緊張感が高まっていた。FEMA、連邦緊急事態管理庁、そのリーダーに、NYに残ったハンス・ギャラガーが就任した。
「NYPDを裏で操った実体が、いよいよ表に出たってことだな……。これから堂々とスクランブラーが出てくるだろう」
 戒厳令は、対テロ戦争の意味合いを帯びていた。ハリエットたちの活動はそのテロリストと結び付けられ、大統領およびNY市長は、戒厳令を敷くことで、マンハッタンホーンを守り、かつテロリスト狩りを行おうとしていた。
 二人の市長。ギャラガー現市長とハリエット一日市長。地方行政対中央政府の対立。再びこの国で、「白」が「黒」へと主張されていた。
「議会を通過しない、大統領の一方的な戒厳令だぜ。ダンフォードこそ法的根拠に乏しい! 一私企業に過ぎんロートリックス社を守るために、連邦政府はなりふり構わずか?」
 アイスターは両手を振り、テレビ画面に向かって抗議した。
「予想はついていた」
「アメリカ政府のいつもの事だな」
 マックとエイジャックスは部屋を出て、廊下へ去っていった。

 戒厳令でマンハッタンのすべての橋は封鎖され、NYの海軍基地から上陸艦が出張ってきた。
 大統領はNYテログループ・アウローラの掃討作戦「キング・コング作戦」(半分フザけた命名ともいえる……)を開始した。
「この戦争は、地方政府と中央政府の戦いだ」
 アランの立場は、大統領により完全に否定された。大統領令によりはく奪された今、アラン・ダンティカを真のNY州知事にすることは、今やハリエットの夢であり目標だった。
 だがここまでスピーディな軍事作戦となると、マンハッタンホーンを強制捜査して世間にその真実を公表するというアウローラの戦略は先手を打たれてしまい、目的を果たせなくなった。
 戒厳令は憲法を無効にして国民を管理する。軍政――そして独裁政府の始まりだ。
「それでも今は受け入れるしかない。――市民を戦闘に巻き込むわけにはいかないもの」
 ハティ臨時市長は重く、のしかかる重責を感じながら市民に告げた。
「何があっても私は、マンハッタンホーンを強制捜査します。これからマンハッタンは激しい戦場となる。ですから市民の皆さん、どうか大統領の戒厳令に従ってください」
 ハリエット市長は戒厳令を認めた。万が一、NYがホットゾーンになる前に。

 NYに戒厳令が発令されて翌日から、市民は島外へと退避していった。各地の橋や海底トンネルは大渋滞が起こった。ロウワーマンハッタンでは、市民たちは、ブルックリン大橋からぞろぞろと脱出した。二十四時間後には、マンハッタンを静寂が支配した。住民が立ち去り、ハリエットとアウローラたちは残った。
 無人化し、一切の人工音が消えたNYの都市はハリエットに、コロナ・パンデミックの時の非常事態宣言の再来を想起させた。
 市民の避難完了と同時に三十六時間後、ブルックリン大橋から市民と入れ替わる形で戦車が入ってきた。
「戦車だ! ……NYPDなんかじゃとても敵う相手ではない」
 ハンター署長やスクランブラーだけでもこちらの手に余るというのに……これは、はだしで逃げ出すしかない。
「いいや、西も、東も……ダメだ、四方からだ!」
 スマホでCCNの報道番組を観ながら、アランは言った。東西南北から、軍がマンハッタンに上陸してきたのである。
「大統領は一気にNYを制圧するつもりだな」
 アイスターは、北部には軍が上陸していないことに気づいた。
「北上しよう、あっちはまだ来てないぞ! 東西から道を塞がれる前に」

 連邦緊急事態管理庁のテロ対策長官に任命されたハンス・ギャラガーは、大統領によって非常事態宣言が行われた際、議会より強い力を持ち、反乱分子を討つ権限を与えられている。
 マンハッタンホーンからスクリーンと大窓で見下ろしたギャラガー市長は、打って変わって余裕の笑みを浮かべていた。
「うまい……ウマイぞ! やっぱり朝飯にスクランブルエッグは最高だ!!」
 フォークを過剰にカチャカチャ言わせて、卵を口に運ぶ。
 無精ひげが若干伸びてくたびれ切った顔だが、異様なテンションに包まれていた。その笑顔は、かつてないほどの露骨な邪悪さに満ち、心中の暗黒面がにじみ出て、周囲の空間を暗く濁すほどあふれ出していたので、給仕を務めた秘書官が引いている。
「さぁ……どうする。どうするつもりだハリエット臨時市長よ! アウローラのテロリスト共め!! フフフ……クククク、ハハハハハハハ!! これでもオマエは勝利の女神だなどと、うそぶいていられるのか、エェ? ハリエット、勝利の女神様ヨォッ!!」
 かつてのギャングさながらのスラング交じりの独り言で、朝からアメリカ産コーンウイスキーをストレートで流し込む。酒の量は普段よりも少々増えていたが、気付け薬の意味合いが強かった。
「あまりアルコールの飲みすぎはよくありません」
 さすがに無視できないと思った秘書官は諫めた。
「むむむ迎え酒だよ! これ一杯だけだ」
 ところがTV画面に映し出された軍は島の周囲を固めるだけで、市街地に入ってこようとはしなかった。
「――え!?」
 ギャラガーは急に席を立って室内をウロウロしていたが、慌ててエレベーターを上がっていった。

「総帥、戒厳令で軍を動かさないとは、どういうことですか?」
 〝市長〟は巨大プラネタリウムの神殿の魔法陣バリアの中で、PM儀式中のジェイドに訴える。
「うろたえるなギャラガー。私の指示だ。いいかよく聞け、奴らは確実に抹殺するんだ、オマエ自身の手によってな」
 ジェイドはガラドボルグを抜いて立っていたが、剣を鞘に納めた。
「えっ軍が包囲したままですか……? 軍を動かさずに、私が? なぜです!?」
 ギャラガーは焦って、若き世界皇帝に今にも掴みかからんとしていた。
「お前……アルコールの匂いがするぞ」
「ハ……スミマセン」
「よく考えろ。いくらアメリカ軍でも、犯人をいきなり射殺なんてできる訳がない。なんせここは“民主国家”の総本山なんだ。独裁国家ではない。同国民の支持を受けて大義名分を得られ、初めて軍事作戦に出られる。そこから逮捕を目指すことになる。捕まえたら裁判や手続きで時間がかかる上、それらをすべて世間に対し、説明する責任がある。しかしスクランブラーなら問答無用だ。軍がNYを包囲するだけなら、内部の様子は外からは分からない。中でどれだけ、スクランブラーが暴れようとも。そのためにスクランブラーをお前に預けたのだ。奴らをこの世から完全に抹殺するために!」
 ギャラガーは一瞬ポカンとしたが、ようやく状況が呑み込めたようだった。
「は、はいっ……! な、なるほど」
「これからアウローラに攻撃させるために、NYで『限定内戦』を施行する」
「限定――内戦?」
「そう。戒厳令で外からは何をやっているのかは見えない。島内でディスクロージャーチーム・アウローラを全滅させ、言論を封殺し、法の裁きを一切受けさせないための処置だ」
 古(いにしえ)の決闘制度の拡大版であり、通常の法で解決しきれない問題が起こった時に、南北戦争の後、自国民同士で殲滅戦を行わせない目的で不成文法によって制定された。アメリカ二百年の歴史で、初めて施行されるらしい。ギャラガーはその存在自体知らなかった。
 ハティの民衆の支持を観て、国内外の批判を避けるために、「彼らの方から不当な攻撃をマンハッタンホーンに仕掛けて、それに反撃した」という不名誉な最期を与えなければならないという、大統領の判断らしかった。
「ハリエットたちアウローラがこのまま、『市長』として連邦政府と宇宙人の不平等条約を公表すると、アメリカは全面内戦に突入することになりかねん。それを阻止するために帝国財団は合法的に、アウローラを完全に抹殺するために限定内戦を行うことにした。お前にはNYの本物の市長として、NYという名のコロシアムにおける、これから始まる戦をお前に預けたスクランブラーと、NYPDに任せたぞ。マンハッタンホーンの秘密は守らねばならぬ。私はこれより塔の計画(グランドオーダー)を実行段階に進める。その邪魔をされたくない。この人工山の秘密は、絶対厳守だ。お前に任された責任は重いぞ。では、頼んだ……」
「畏まりました、ジェイド総帥、全力でヤツらを倒します」
 ジェイドは儀式の間からジェイドを締め出した。

     *

「理由は分からんが――北に軍は来ていない。今だけか?」
 エイジャックスは警察車両を運転しながら、ハティを護送している。
 アウローラは一時北へと撤退した。北には軍の戦車隊が入って来なかったからだ。
「罠かもしれん、あえて逃げ道を作っておいて一網打尽にするっていうのは、兵法の常道だ」
 マクファーレンは静かに言った。
 コロンビア大学に近づくと、ドームの真上に光十字が灯った。
「あれは何だ?」
「アクセラトロンだよ! ハティの光十字に感応したんだ」
 アイスターは笑った。物理棟に最初のアクセラトロンが残されていた。コロンビア大に敵が入って来れない仕組みが働いているという、アイスターの仮説を実証したのかもしれなかった。
「やはりだ! 俺が仕掛けたアクセラトロンがハティのPMFの感応によって、マンハッタンホーン――塔の5G支配から逃れたんだ!」
 無人化したコロンビア大学を整理し、アイスター研究所のあった物理棟を中心に、アウローラは仮本部を設置した。ここをアウローラは、最初の解放区とした。
「ちょっと見てよ、空が……?」
 急に黒雲が発生し、空から冷たい風が吹き始めた。
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