第72話 I♡NY それでもNYが好きな私が好き♡

文字数 5,005文字

二〇二五年六月二十日 金曜日 朝

マンハッタンホーンの夜明け Dawn over Manhattanhorn



 朝日が次々と摩天楼の渓谷を照らし出す。中でも陽光を浴びたマンハッタンホーンは、ひときわ光り輝いていた。
 NY戒厳令が解除され、市民たちが三々五々とマンハッタン島に戻ってきた。
 午前十時、ハリエットはTVカメラの前に立った。ジェイドに破滅の未来を見せられたハリエットだったが……それでもNY市長として真実を公表する選択をした。
 ダンフォード大統領令により、形だけの知事になっていたアラン・ダンティカ。
「あなたを、正真正銘のNY州知事にするために、私は今日まで戦いました!」
 ハリエットはアランの腕に縋りつき、むせび泣く。
 権威を取り戻したダンティカ知事の命により、十六歳の少女ハリエット・ヴァレリアンの一日市長は、NY州の有事法制により、そのまま次の任期まで、父の代理として正式にNY市長に就任した。エスメラルダ報道官は、感慨深げにうなずいている。
 マンハッタンホーンに入城したとき、ハリエットが市長になることを、アウローラの誰も疑わなかった。ニューヨーカーの人気も高い。彼女がいかに常勝だとはいえ、みんながハリエットのリモートビューイングに従わなければ、勝てる戦ではなかった。予知通りに事が運ぶ度、兵たちはその神秘の力に、次第に彼女の判断を受け入れるようになっていった。
 父ロック・ヴァレリアンは将来の大統領候補として、アメリカ革命を期待されていた。その一人娘・ハリエットが、同じ道をたどろうとしている。
 ハリエット新市長はマンハッタンホーンを強制捜査し、ロック市長暗殺の真実をギャラガーによる暗殺だと公表。何も知らない国民にすべてを伝えなければいけない。NY市政の最高権力者暗殺というアウローラの主張は、全世界に公表され、合衆国政府の権威を大きく失墜させ、大混乱をもたらすだろう。元の世界線・「オルレアンNY」は取り戻せなかった。しかし、この世界線・「MHNY」の未来を明るいものにするのだ。
「今日、私たちは、政治結社アウローラ(黎明)を結成します」
 アラン知事は、単なるディスクロージャーチームから、新党「アウローラ・フェローシップ」<AURORA>を発表した。
「ロックの精神はやはり君が一番引き継いでいる。どうかな、NY市長だけではなく、君がアウローラの党首になるというのは」
 アランは、資料も権力もあった自分たちに足りなかったのは、並々ならぬ情熱と実行力を持った若者の力だと気づいた。それを、ハリエットは持っていた。
「いいえ、党首はアランさんです。父の仕事を引き継ぐのが、アランさんの使命なんです」
「私のような老人よりも若者が党首になるべきだ。君はアウローラのシンボル、勝利の女神なんだ。あの光十字の奇蹟こそ、ハリエットが神に選ばれた理由だ。あれは自由の女神のトーチの光だ。やがて、アメリカ全土を照らすだろう」
 アランの笑顔は、これまでになく明るかった。
「代理でいいから引き受け欲しい。ロックの代わりに、君が大統領になるまでの間」
「……分かりました、では正式な党首はアランさんで、私は党首代理ということなら」
 こうして二人は党の書面に、それぞれの役職に署名した。
 Tスクエアで、紙吹雪を浴びたハリエット・ヴァレリアンは市長就任のパレードを行い、両側のビルを見上げて手を振った。オープンカーでブロードウェイをダウンタウンへ下りながら、ハティは笑顔で「I♡NY」の旗を掲げた。♡は、ジャンヌの心臓を現していた。NYに現れたシティ・ジャンヌは、ニューヨーカーの称賛を浴びた。
 アウローラ党の光十字がプリントされたTシャツが、党公式で発売され、市民たちは身に着けている。市民たちの胸に輝く光十字ペンダントは、後ろにアクリルの円盤が貼られているタイプや、二重円になったタイプが市販品された。本来の光十字ペンダントには尖った部分がある。
 市民はパニックを起こさず受け入れた。なぜってここはNYだから。これまでさんざん、キング・コングや宇宙人襲来を受けてきた。フィクションの中とはいえ、ニューヨーカーは、宇宙人くらいではもう驚かなかった。ハリエットの肩に、白鳩が停まった。
「ロッキー、ありがとう」



「とりあえず、お腹すいちゃったね」
 かをるは、ようやくマンハッタンホーンに戻ってきたところで、言った。
「うん」
 ハティは頷いた。
「俺たちも」
 警護隊の隊長を勤めたエイジャックスも同意する。
「Hi there~! みんなで乾杯と行きましょう!」
 就任パレードののち、ケータリング担当のエスメラルダ報道官が、ハンバーガーとコーラとポテトを運んで、テーブルに並べた。
「ようやく完成したのよ」
「やっぱコーラはビンに限る!」
 と、エイジャックスが言い、ハティも瓶コーラを手にした。ペットボトルより缶、缶よりはビンだという議論の末の決着。飲めば分かる。飴色の液体が入った瓶を、かをるはしげしげと眺めた。アウローラ党が希少なコーラ自販機を買い占めし、エレクトラ社が独占販売契約を結んで、エスメラルダが瓶のコーク・ボトルを作成した。
「ヤッバ、エスメラルダのプロポーションみたい」
 かをるが瓶を観て言う。
「確かにエスメラルダだ……」
 ハティは感心する。
「納得」
 エイジャックスは瓶のくびれを撫でながら。
「その通り」
 スーはにやにや。
「完璧ですね」
 アイスターは片眉を下げた。
「…………」
 持ってきたエスメラルダは苦笑する。
「ハリエットの勝利は、ロックの勝利だ。ロックは、死んで勝ったのだ」
 みんな片手にコーラの瓶を持ち、アラン・ダンティカ知事は乾杯の音頭をとる。言った。ロックは、ヘミングウェイの「人間は負けるように作られてはいない。たとえ殺されるころはあっても負けることはない」という言葉を座右の銘としていた。
「NY市民の勝利でもある!」
 エイジャックスは瓶を掲げた。
「そしてアメリカ国民の勝利でも!」
 かつて「この国はクソだ」と言ったマックがそう言ったので、ハティは驚いた。
「オォウ!!」
 全員で瓶を口にする。
 シュワワワー……ゴク、ゴク……。
 炭酸の食感が喉を通過していく。
 アイスターがコーラを勢いよく振り、栓を抜くと飴色の液体がジェット噴射してスーに掛かった。
「ソレ!」
「やりやがったな!」
 スーは掛け返そうとして、エスメラルダに掛かり、それを機にコーラの掛け合いが始まった。
「よーし、みんなイクゼッ!!」
 マックの掛け声で、ハティの細い身体はアウローラの幹部たちに担ぎあげられた。
「わっ! ちょ、ちょ、ちょっと……!!」
 ハティは胴上げされながら、満面の笑顔で笑っていた。
「ワッショイ、ワッショイ!」
 コーラの瓶体形の張本人が、ハンバーガーを手作りして、ふるまった。バンズにビーフハンバーグ、レタス、トマト、玉ねぎ、スライスチーズを挟み、黒こしょう、ケチャップ、マヨネーズにマスタードで味付する。こっちの世界線では結局見つからなかったので、ベーグル名人のエスメラルダは、再現に成功したのである。それに、長方形のゴルゴンゾーラピザも加えられている。
「フゥ~今日のバーガーは格別だな! 勝利の味がする」
 ハウエル社長が一口食べながら言い、記者が撮った写真は、「勝利の一杯」としてネット記事に掲載された。

「しばらく占拠するんでしょ?」
 夜、ヴィッキー・スー(徐慧)がドカドカ機械を搬入するのを見ながら、かをるはハティに訊いた。
「うん、エイジャックス刑事たちが捜査するって」
 NY州軍はMHを封鎖し、NYPDはここを差し押さえた。にわか軍人だったNYPDは本来の職務に戻って精を出す。マドックス軍同様、NYPDも捜査本部を中に設置してしばらく占拠するのだ。
「市長は忙しいんだ、ハティはどうするの?」
「あたし――ここに住む!」
「えっ市長が? ――でも、市庁舎でなく?」
「ここを市庁舎出張所としてマンハッタンホーンを解明するの。政治的にも意味があることだし」
「徹底してるね。敵の根城に住むだなんて!」
「――うん……ホントは山の形のビルって、気に入ってたんだ。出来て三年間、見てきたこっちの私が、たくさんスマホで写真に撮っていた。ずっと認めたくなかったけど、決戦で間近で見たとき、純粋に壊したくないって思った。だから無血開城にこだわったの。きっと私のDNAが覚えていたんだと思う。パパとママが登ったアルプスの本物のマッターホルンをね。――美しいモノは美しい。オルレアンNYは取り戻せなかったけど、このMH世界線でみんなと生きていく以上、私、この山の意味を変えて、NY市民のための拠点にしてみせる。あの塔と一緒にね……」
 ハティはNYユグドラシルを見つめた。
 ハリエットは塔と同期し、すべての力を変えた。そのエネルギーを感じている。

 ハティ市長はマンハッタンホーンの中に党本部を設置し、市庁舎の機能を一部移転した。アウローラ党では、自由の女神はジャンヌのこととされ、マンハッタンホーンにジャンヌ・ダルクの肖像画、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」などがデカデカと飾られた。倉庫へしまわれた「バベルの塔の完成」の代わりに。
 ジェイドが脱出する際、きれいに持ち去られたテクノロジーの全貌を、アイスターとヴィッキーがアウローラの内部資料をもとに解明する。これから、フリーエネルギーを全世界に開放する。
「この山と塔のシステムを解放すりゃあ、とりあえず東部のエネルギー事情は解決するぜ。俺もコロンビア大の研究所、治す暇もなく破壊されちまったし、ここに常駐させてもらおうかな。一者の塔を解明するために。どう?」
 アイスターは軽く言った。
「いいわよ」
 ハティは二つ返事で答えた。
「ヒャッホウ! やるしかないじゃんヨ……」
「ウレシそーじゃない」
 スーは肘鉄を喰らわそうとして、アイスターに避けられた。
「オ、オイヨセよ! 肘鉄で殺す気かよ!」
「治せそう?」
「――まぁ、どんなに破壊されたって、少しのヒントくらいは残ってるハズだ。科学者の腕が鳴るぜ!」
 アイスターは破壊された基地内を見渡して言った。
「ノンキ者だね、アイスター君は。まぁ、大変だと思うけど、がんばりな」
 スーは立ち去ろうとして、
「待て待て、何他人事みたいに言ってんだ! 君もここに残って協力するんだ、スー」
「――ヘ? いや、逆にイイの?」
 と、スーが市長を見ると、ハティはニッコリとした。
「本当に!? やったぁうれしいねェ……! もう遠くからコソコソ隠れてこの山のことハッキングする必要ないじゃん!」
「それどころかここのシステム使い放題だぞ!」
「解明できりゃね……」
 スーは笑ってウインクした。やる気満々だ。
「ひと段落ですな」
 パウエル社長はアランに言った。
「だがこれで終わりではない、ワシントンDCの連邦政府との全面衝突の避けられない。強大な軍産複合体との戦いは始まったばかり――。きっとNASAやエリア51、フォーコーナーズに強敵が待っている。ミュウミュウは、グレイ族は地球を去ったと言ったが、全米から集められた人々の一部は、人間側の都合で残されているかもしれない……マンハッタンホーンと一者の塔を味方にした我々の戦いは始まったにすぎない」
「うん。我々の革命はここからだ」
「大規模な内戦には巻き込ません。――我々は敵と、対話を続ける努力を怠らない。できるだけ穏やかにすべての問題を解決するのだ。そこに、どれだけの困難と手間が待ち受けていようとも」
 アランはそういって、
「我々はハティを全力でサポートする」
 と、締めくくった。
 アランが言った通り、ダンフォード大統領はいずれNY州の反乱に対して、声明を出すだろう。
 次なる懸念は、アラスカに建つバベルの塔、テルミン・タワーだった。今、NYユグドラシルとテルミンタワーの二つがアメリカ国内にあって、対峙している。そこに、東京のスミドラシル天空楼が同盟関係にあって、ロートリックス側についていた。
 同じアメリカ人同士、バベル、一者の塔の撃ち合いを起こさないために、アイスターはフリーエネルギー技術の解放を目指していた。
 ダンフォード大統領はNY州の反乱および、ハリエットとアウローラ党を「国家分断を産み、南北戦争の再来である」と批判した。
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