第37話 ディスクロージャーTV メイストーム「NYの春」

文字数 6,237文字



二〇二五年五月五日 月曜日

NYの春

「アランさん、ここから、すべてを公表しましょう! あなたはタワーの屋上で、自分は形だけの州知事だとおっしゃった。あなたを本当の州知事とするために、協力させてください!」
 ハティはアウローラを叱咤激励し続け、ディスクロージャーへ向けて動き出した。
「ここからかね?」
「遅れても、やらないよりはましです」
 時間との勝負だった。いつ敵がアラン・ダンティカ州知事をテロ犯として公表するか、分からなかった。いや、近いうちに必ず公表するだろう。それなら、こちらから先手を打ってディスクロージャーするべきだった。
 Tスクエアの暗殺に始まり、Mスクエアガーデン、セントラルパークにハーレムに、エレクトラタワーでの事件。今、まさにNYは“戦争中”だ。完全ではないにしろ、地下シェルターからのUFOディスクロージャーは、効果があるはずだった。そのためにSNSは強力な武器となる。
「現代人の武器はSNSよ」
 エスメラルダは、SNSからマスコミに波及する効果を期待している。ハリエットたちやアウローラは、これまで暴露しようとする度、脅されてきた。身を守るために情報を公にし、市民の支持を集め、今よりも多くの同志を得る必要があった。
「よし分かった。ここからディスクロージャーしよう」
 アランは決心した。彼のハートをたきつけたのはハリエットであり、タワー屋上で目撃した光十字が変化したメタル製のジャンヌ・ダルクの心臓だった。

「ここからレジスタンスの反転攻勢が始まる――」
 再びシェルターに戻ってきたヴィッキー・スーは、にやりとした。しばらく使ってなかったエレクトラ社の秘密シェルターを、大至急、総出で大掃除し、ほこりを払い、整理をし、スーは秘密通信ネットワークを構築。SNSをクロールする人工知能サイノックスに対し、AI検閲不能なシステムで、全世界に発表する。
 アウローラおよび、ライト・クルセイダーズとアイスターの情報。この二つが合流して、「ディスクロージャーTV」の動画配信が実現した。
「みなさんこんばんは。ディスクロージャーTVのエスメラルダ・ガルシアです。今日より始まった番組では、特別ゲストをお呼びしています。では、どうぞ」
 司会はエスメラルダ・ガルシアが務める。その横に、アランが映し出された。
「皆さん、NY州知事のアラン・ダンティカです。同時に私は故ロック・ヴァレリアンNY市長を代表とするディスクロージャーチーム、『アウローラ』の副代表でもあります」
 と宣言した。アウローラの人数は、ここにいないメンバー含めておよそ三百人であると公表した。

「人類の幼年期が終わり、新たな時代に入ろうとしています。我々地球人は決して孤独な存在でなく、高度な文明を持った知的生命体が、宇宙中の星々に広がっているのです。そして彼らは過去から未来から、この現在の地球へやってきています。UFOは宇宙船であると同時に、タイムマシンでもあるのです。UFOが最初にフーファイターと呼ばれた時代、時空のスターゲートが開きました。アメリカ軍は一九四七年にニューメキシコの砂漠でUFOを回収し、宇宙人三体を回収しました。終戦直後に起こったこのロズウェル事件を皮切りに、一九五二年、ワシントン上空での二回にわたるUFO大量乱舞。一九五四年、ローガン・マッキンダー大統領の時代に、アメリカ政府は宇宙人と秘密裏に会見を行いました。以下がその内容です」
 アランは、黒ぶち眼鏡をかけて、原稿を読み上げている。

「宇宙人はアメリカの内政に干渉しない。
 アメリカも宇宙人の事情に干渉しない。
 アメリカは宇宙人の存在を秘密とする。
 宇宙人はアメリカに宇宙のテクノロジーを教える。
 他の国とは協定を結ばない。
 宇宙人は実験目的で人間を誘拐してよい。ただし、一切危害を加えないこと。誘拐にかかわる全記憶を消去した上で、もとの場所に戻すこと。その誘拐の人数をすべて政府に報告すること」

「宇宙人のために地下都市を、アメリカ国内に二か所建設することで合意しました。そこで、エイリアン・リバースエンジニアリングが研究されてきました。そのことを、これまでワシントンDCは否定してきました。ですが、宇宙人とアメリカ政府との間で結ばれた密約は、事実であり、その内容は、不平等条約というべきものです。自国民を差し出して、武器を開発しているのです。この陰謀を実現するために、大統領をもコントロールするグループが存在するのです――」
 アランはページをめくった。
「政府もすべてを把握していません。彼らの正体は一致団結して、はるか以前からこの国に根付いています。恐るべきことに、アメリカ建国当初からその支配構造は変わっておりません。我が国の、負の遺産といえる超権力の正体を明かし、自由と民主主義に形作られたこの国を愛する真の愛国者として、私は軍産複合体の罪を告発し、彼らが守ろうとしている秘密の全てを白日の下にさらしたいと思います」
 それは、ロックが演説するはずだった原稿だった。ちょうど演説が中断された箇所だ。そうだ、パパはここで殺され、暴露はぶっつりと途切れた。ハリエットはアランの言葉を聴きながら、Tスクエアで倒れた父の姿を重ねて、涙が溢れ出してきた。
「UFOと宇宙人の情報公開、それと同時に、地球的危機の環境問題を解決するフリーエネルギーを公表すること。すでにそれはあります。宇宙問題は、地球のすべての人々に公開されるべき問題です。アメリカ一国、まして極一部の人々に独占されるべきものではありません。いまだ世間では、UFOが存在するかどうかで議論は尽きません。ですが、それは地球規模の問題であることを、すべての人が認識するべき時です。我々の心の扉は、今、宇宙に開かれているのです」
 アラン・ダンティカ、五十四歳。
 州知事というNYの権力の頂点に上り詰め、大統領候補にもたびたび名前が挙がっている男。でありながら、彼の心の中にクズぶっていた火は、燃え上がっていた。ゆるぎない確信に満ちた表情、そして言葉――。ハリエットは驚いた。アランがこんなにも勇敢だったことを――。ハリエットはいつしか、アランを父の代わりとして見つめていた。

 アランが一通り語り終えると、エスメラルダがインタビュー形式でアランと質疑応答する。
「では質問に移ります。なぜロック・ヴァレリアンの仲間たちは、今までテロリストとして逮捕されてきたのでしょうか?」
「旧市長派はテロに関与したとして粛清されたのです。ここに論理のトリックがあります。ギャラガー現市長はロックを暗殺し、NYの強権を握っただけでなく、ロックの遺産を奪いました。これまでロックが集めた資料のことです。それを彼は握りつぶし、隠ぺいしたのです。彼の仲間とともにね……」
「ラリー・E・ヴァレリアン大統領を暗殺したのも、同じ勢力なのですね?」
「その通りです。我々は大統領暗殺にまつわる公的な報告書を発見しました。大統領が目指したのもまた、アメリカ国民をさらい続ける、宇宙人との不平等条約の公表でしたから」
 ロズウェル事件の直後、国家安全保障法が法案可決。空軍が創設。陸・海・空の三軍統合機関、国防総省ペンタゴンも設立された。CIAが設立され、ワシントンUFO乱舞後の一九五二年には、NSAが設立された。すべては、宇宙人問題に端を発しているのだ。
「それらは、軍産複合体が主導して作られました。軍産複合体は、宇宙テクノロジーを独占することでこの世界を牛耳っています。ロートリックス・グループはそのトップに立っています」
「つまりアメリカ軍産複合体の、宇宙人に対する恐怖心が、軍を、ペンタゴンを、CIAを、NSAを、そして円滑化部隊スクランブラーを作ったと……?」
「そうです。権力がすべて悪だとは言っていない。ただ現代は、有史以来あまりにも権力と富が一極集中しすぎている。その力を、一部の人間から取り上げるために我々は立ち上がった」
「ありがとうございます知事。この情報やその開示について賛同してくれる軍関係者、政治家や情報機関の方は、今すぐ我々の下へ参集してください! 一人ひとりの力は弱くとも、眠れる獅子たちが群れ成せば、巨象をも倒すことが可能です……奴らが巨体をゆすって起きる前に……、急ぐのです!!」
 告発はまだ正式なものではなく、全てがフェイクニュースと批判される恐れがあった。だが、これまで沈黙していたアラン・ダンティカ州知事がロック市長の支持を表明した。これがないとNYPDも動かず!

 ディスクロージャー「NYの春」の直後、各メディアは競ってハンス・ギャラガーのスキャンダルを報道し始めた。CCNはまっさきにアウローラ側の内容を報道し、そこから一気に報道は過熱していった。一方、ZZCは否定的な見解で、アラン知事を批判。そこに乗っかる形で、ギャラガー市長は公式記者会見を開いた。
「フェイクニュースです! NY市民の皆さん、騙されてはいけない! 我々の知る故人ロック市長がそんなものを暴露するはずがありません――、UFOの暴露などと……まがい物のでっち上げです! ロックはテロリストと関係のある財界・政界の要人を暴露しようとしました。私はその意を継ぎ、今日まで戦ってきました。その成果は着々と上がっている――しかし彼にはテロリストのスパイが忍び寄っていた! エレクトラ社の捜査は続いています。あまつさえダンティカ知事までもがその一味であり、さらにロックの一人娘ハリエットは、彼らテロリストに洗脳を受けてしまっているのです! 彼らこそがロックを殺した主犯であり、私は、断固としてテロリストと戦うことを宣言する!」

「予定通り反撃してきたな」
「では、第二段階を開始するとするか、スー!」
「了解了(リァォジェラ)!」
 スーは握った右手を左掌にパシンと打ち付け、三国志の武将のように「拱手礼」をした。スーは番組の第二回で、ハンス・ギャラガーの音声付動画ファイルを公開した。ヴィッキー・スーが腕時計の中に隠し持っていたデータを取り出し、セッティング。スーは膨大なメールのやり取り、音声を保存していたのだ。謀略に関する情報は積み重なっていた。
「普段、監視している連中に監視されてる気分を味わってもらおうじゃないか」
 スーは不敵な微笑を浮かべた。これが、モナ・リザの微笑だ。
「検証済みのものです。もしも疑わしいとお考えの方は、どうぞ検証なさっていただいて構いません」
「第二のウォーターゲート事件の始まりだ」
 ハウエル社長がQを出し、エスメラルダは、ロック市長暗殺のギャラガーの黒いセリフが録音されたファイルを公表した。こうして、アラン・ゼレンスキーによる「ディスクロージャーTV」は継続して、どんどん続くのである!

     *

「お前たちができると言ったからだ!! ――モナ・リザの逮捕を任せたのに何てザマだ!! この大間抜けがッ!!」
 ギャラガー市長はハンターに怒鳴った。
 ヴィッキー・スー逮捕に特殊部隊が向かったのは、NYPD内で論争が起こり、ハンター署長がギャラガー市長に直訴したからである。
「……申し訳ありません」
 ハンターは、しおらしく頭を下げた。
「なぜスクランブラーに任せなかったんだ? ロック市長だって奴らだから殺せたようなものだぞ!」
「それは、特殊部隊に任せたのは、女一人、確保できると確信していたからです――まさかあれほどの戦闘力を持っていたとは」
「もういい、今後一切、テロ犯狩りはすべてスクランブラーに任せる! 奴らなら、捕らえられなくてもテロリストを皆殺しにできる。異論は聞かん」

     *

「バカバカしい――、私の声ではないッ! 悪質なディープフェイク映像だ。ハッカーのモナ・リザこと、ヴィッキー・スーが作ったCG合成技術です! 皆さん、これこそがフェイクニュースの典型例です。くれぐれもお気を付けください! テロリストは偽情報を垂れ流し、世の中をかく乱している。テロリストどもに対し、私は厳重に抗議する! 同時にこの動画を本物扱いした各マスコミやSNSも、同罪であるとみなします! コトによっては、訴訟も辞さない!」
「じゃかあーしい! 悪魔に魂を売り渡した国賊共が!!」
 だが、取り乱したギャラガーの反論は、極めて疑わしいものとして市民の眼には映り始めていた。一部の市民の中には市長擁護の声もあったが、あまりのインパクトと、フェイクでは作れない本物ゆえの迫力に、各方面からの反響は鳴りやまなかった。各国のファクトチェッカーたちが映像解析ソフトで調べ始めた。結果としてフェイク要素はなく、動画は“本物”と鑑定された。
 ギャラガーの音声は、SNSで瞬く間に燎原の火の如く広がった。五月の強風が吹きすさぶNYで、「政府はすみやかにUFO情報公開しろ」・「ロック市長暗殺犯ギャラガー」・「白色テロ」・「白服の殺し屋集団」等々とペンキで書きなぐられた、色とりどりのプラカードが高々と掲げられた。その多くに、光十字が書き加えられていた。
 市民は激怒し、デモ活動は沸騰、交通渋滞が慢性化し、連日労働組合のストでNYは大混乱に陥った。いよいよ市中デモは盛んになり、不正を告発する市民団結を促して、ついにハンス・ギャラガー市長をリコールで首にしろという要請に至った。
 NY市民は暴発寸前で、恐れをなしたギャラガーは、アウローラを正式に名誉棄損で訴えると宣言した。だが、アウローラに賛同する市民の数は日に日に膨れ上がり、訴訟対象が多くなりすぎて事実上放置された。ギャラガーの対策は後手後手で、動き出したNYの潮流に、殺し屋部隊を差し向けるわけにもいかなかった。これこそがアウローラの狙いだった。
 ギャラガーは身の危険を感じ始めていた。だが、デモは予想外の様相を呈し始めた。市庁舎に市民が押し寄せることはなく、すべては秩序だっており、ゴミ掃除もするし、音楽を奏でたり、暴力行為などは一切なく平和的だった。デモはハリエット・ファンクラブの様相を呈し始め、市民たちの間で、ハリエット・ヴァレリアンはアイドル的扱いと化していた。
 NY市議会で、ギャラガーは市議たちの突き上げを食らった。そこでギャラガー市長はNY市に非常事態宣言を発令。夜間外出禁止令が出され、各地でデモ隊と警官隊がにらみ合う中、日が沈んでいった。市民たちは徐々に帰宅していった。
 アラン州知事は正式にNY大陪審を動かし、ハンス・ギャラガーを告訴した。市民への公約通りに。エイジャックスは、ロック市長暗殺の証拠としてNYPDに送り付けた。ついに、ギャラガーのロック暗殺容疑について、NYPDが動かざるを得なくなる状況に追い込んだのである。
 ハリエットは市長リコール宣言と同時に、ギャラガー市長に辞職勧告を出した。事実上の降伏勧告であった。かくして、NY州知事とNY市長は対立した。
 大規模デモでダウンタウンのストリートが埋め尽くされ……リコール著名はあっという間に必要数に達した。
 アランがTVに出てきて証言記録と共に話してくれたおかげで、リコール運動は市民から全面的に支持された。ニューヨーカーを、完全にこちら側に着けたのである。
「ヤツらは民衆の力を、何より恐れていた。悠久の昔、それこそ、シュメール文明の時代からな」
 デモを見つめて、ハウエルは言った。
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