第65話 シャドーダンス スー対ミラージュの死闘

文字数 2,597文字

二〇二五年六月十七日 月曜日 深夜一時三十時



 レナード隊に数の論理で倒されたヴィッキー・スーは、ロッカーが並んだ狭い倉庫部屋に幽閉され、なぜか放っておかれた。わずかな青い間接照明の部屋の中は誰もいないし、気配も感じられない。外のオーロラの光が差し込んでいる。オーロラは巨大な渦を巻いて、一つの〝眼〟のような形で、はめ殺しの窓から囚われのヴィッキー・スー(徐慧)を見つめていた。それ以外の主照明は落とされている。外で潜入部隊が暴れてくれているおかげで、きっと自分への尋問は後回しなんだろうなと、スーは想像をめぐらした。敵に大した戦力だと、思われていないのか――? いや、これは楽観的すぎるのかもしれない。スーは腕に掛けられた手錠を関節外しで取ると、すかさずデバイスを探し出し、ハッキングして部屋を脱走する。
 すぐに、巨大なホールに出た。強化兵研究所だった。硬化アクリル樹脂のホールの中に、無数のコクーンが並んでいる。それらの中に、人の形が見えた。その一つのカプセルが、軽く電子音を立てて光が漏れる。液体に浸り、間接照明に照らされて、長い白髪がゆらゆら揺れていた。官能的なイメージだ。蓋が開いて、中からゆっくりと全裸の女がザザアーッと上体を起こした。
 スーは、全裸のマリア・ヴェヴェロッティがカプセルの中からヌルッと出てくる光景を眺めていた。「ハイバーネーション・システム」。意味は「冬眠」。コールサイン、ファントム・ミラージュは液体に浸り、ここで身体を休めていたのだ。彼女は確かに、フラットアイアンビルのスナイパー戦で、マクファーレンに撃たれて死んだはずだ。だが「遺体」はアーガイルによってMHの強化兵研究所に回収され、二十四時間あれば復活するのである。強化兵(スーパーソルジャー)は不死身だが、長生きはしない。
 ボウッと見つめていたスーに、いきなりミラージュが襲い掛かった。スーは半手遅れたが、かろうじてバック転して一撃を避けた。
 ミラージュは七、八回転して、二十メートル後方に三点着地した。スーは振り返ってダッシュしてミラージュを急襲する。ミラージュはフッと消えた。ミラージュのボディは、青白く輝いていたが、それ自体が半透明化していったのだ。消える瞬間、その女のうつろな目つきが急激にはっきりとした。
 突然ミラージュが宙から現れて、こぶしが飛んできた。腕を取って躱すと、スーは必殺の肘撃ちで打倒した。――手ごたえがない。幻か、と思った瞬間、背中を蹴られてスーは五メートル吹っ飛んだ。ミラージュは上から降ってきた。素足で床のスーを踏みつけようとする。スーは跳ね起きて反撃を仕掛けたが、また消えている。
 突如、空間からパンチだけ出現して撃つと、ミラージュの上半身がチラッと現れた。だが、その数が増えていた。ミラージュは五分身して、立ち現れては消えている。どれが本体なのか分からない。この女は科学忍者のくノ一だ。裸で装備もなく、真正の忍――いや、幻覚の類ではない。これはきっと、AI戦闘プログラムを体内に持ち、部屋の中でホログラムを起動させている。
「そうか」
 スーは、「気の流れ」に意識を集中した。「幻身」に気を取られてはいけない。実体は気を発している。スーは気配だけで、空間に肘撃ちを加えた。
「ぐっ」
 今度は手ごたえを感じた。
 ブン、と電子音が耳元に響いて、一瞬、口から血を流した苦し気なミラージュの顔が現れた。それもつかの間、スーは身の危険を感じて身を引く。
 ヤツはどこだ……どこから来る……。
 今度は捕まえて馬乗りになってやる。逃がさない。
「あ!!」
 捕まったのはスーの方だった。
 スーは後ろから首と腕で締め上げられる。強烈な力で、ズルズルと足を引きずられながら、スーの身体は後退していった。
「う……ウウ……ウググ……、、」
 スーは右足を思いきり蹴り上げ、つま先で後ろのミラージュの額を撃つ。
 ゴロゴロゴロゴロゴロ……
 二人が倒れた先には階段があり、二人は上に下になりながら、同じく硬化アクリル樹脂の階段を転がり落ちていった。踊り場のフェンスに激突していったん止まると、今度はスーが上になった。スーはパンチを振り下ろすが、ミラージュに手刀で五回カットされた。スーは手首を握られ、二人は膠着した。百六十センチの小柄な女性ながら、スーも中国武術で鍛えた力がある。だが、身長百七十五センチの敵の女は強化兵。コクーンで復活した直後でなければ、これほど互角の格闘を演じるのは、ヴィッキー・スー(徐慧)であっても叶わなかったはずの相手――。
「ガァッ!!」
 スーの腹部に激痛が走った。わき腹を殴られ、スーはエビぞりして、さらに下階段を転がっていった。ミラージュはスッと立ち上がると、階段を転がる中国人女を見下ろしながら、格闘で痛めた右手首をさすって、続けて自身も階段を降りていった。
 ミラージュは、飛び膝蹴りでさらにスーの腹部にダメージを加えた。
「ギャ!!」
 ミラージュの真っ白な膝は、スーの引き締まったボディにモロにヒットした。ミラージュはそのまま、両手で首絞めにかかった。
「ガアア……アァ……グ……アア……」
 口から唾液がたれ流れ、スーは白目を剥いた。
 ミラージュのうりざね顔は眉間にしわが寄っているが、口角は上りも下がりもしない――、スクランブラー特有の無表情さで、ヴィッキー・スーを万力のような馬鹿力で締め上げていく。スーは両足をばたつかせていたが、やがて、上半身が床からゆっくりとエビぞりしながら持ち上がって――、イキナリ肘撃ち!
「あっ!!」
 ミラージュは、超近接戦闘に適した八極拳を食らったのである。死角なし。両手で腹を抑えて後ずさるミラージュに、スーは追い打ちをかけて震脚!!
 ドシンッッ!!!
 スーの渾身の八極拳がヒットして、ミラージュの身体は階段を逆に「上」へ向かって転がり上がっていった。中二階のフェンスに激突したミラージュに、スーはさらにドシンと震脚。今度は、階段下へとミラージュは吹っ飛んでいった。
 動かない……死んだのか。
「どうせまた生き返るんだろうけど、今はほっとくしかないか」
 ヴィッキー・スーは、パイプの中へスルッと細い身体を忍び込ませると、再度中央制御室の電源室へと侵入して、マンハッタンホーン城のPMFバリアーの電源スイッチを落とした。
「やっぱ、侵入は一人の方が楽かも」
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