第70話 NYラブストーリィ ポニーテールはお年頃

文字数 4,341文字



 真昼だが、黒煙で空はどんよりと暗い。
 あちこちで硝煙が吹き上がる、荒廃しきった世界――そこはダラス・フォートワース国際空港だった。管制塔も滑走路も何もかも破壊され、空はくすんだ青色で、日の光は地上に届かない。
 傍らで誰かが泣いていた。男だ。それは、ボロボロになった軍用コートを羽織ったマクファーレン・ラグーンだった。しかし……顔を見ると四十代の中年だ。
「死んだ……みんな死んだ……」
 マックは、珍しく静かに涙を落として地平線を見つけている。マックはハリエットを見た。二人は驚いて見つめ合った。
「マック、何が……何があったの?」
 ハリエットは訊いた。
 マックは一瞬懐かしそうな顔をしたが、ティーンズのハティを見て何かを感じ取ったのか、静かに説明を始めた。
「核ミサイルが何千発も東西アメリカを飛び交った。五年前の話だ。アメリカ全土の都市が焼かれた。国土は荒廃して人間は滅亡しているのに、戦い続けている」
「何が?」
「無数の戦闘ドローン、無数のAIのロボット兵士たちが」
「あなたには……仲間はいないの?」
「俺に、仲間はいない」
 徹底的に荒廃したアメリカ合衆国……そこは地獄だった。未来の歴史では、マンハッタン島は生き残り、ブルックリン区や近隣は破壊された。その後人類社会の再建が始まるのは、まだ先のようだった。
「ロック・ヴァレリアン大統領が公表したからだ!」
 中年のマックは、宇宙人暴露に対して否定的な態度を示している。死屍累々のアメリカ内戦――殲滅戦。それが、この世界線だった。
「君は、別の世界線から来たんだろう? そうだな?」
「どうして分かったの……」
「分かるさ。君はここではとっくに死んでいる。懐かしかったよ。さぁもう行ってくれ……」
 それきりマックは背を向けた。地平線から押し寄せてくるドローンの群れを見つめて、見たこともない銃を取り出した。レーザーライフルの銃口を向けた。近くにいるのに、触れようとしても、二人は決して触れることができなかった。
「ありがとうハティ」
 マックはハリエットを送り出した。
      *

「今のは……」
 バァン!! と音がして、入り口のドアが吹っ飛んだ。マクファーレンを先頭に、儀式の間にアウローラ軍がなだれ込んできた。後ろからエイジャックスが姿を現す。
「ハティッッ!」
 若いマックが叫んだ。
「止めてッ!! 歴史を改ざんさせられるわ!!」
 痛烈なめまいを起こしながら、ハティはジェイドを目で追った。しかし、ジェイドは壁に専用の直通エレベーターの入り口を出現させて、地下へと去っていった。
「ドアが消えたぞ!」
「隠し扉だ。追え、探すんだ!」
 エイジャックスはNYPD隊に命じた。エレクトラタワー内にあったような、総帥専用の直通エレベーターがMHにあっても不思議ではない。
「クソッ、分からねぇ!」
 ハリエットは若い姿のマックを見つめて、あの時空で見た、未来のすすけた顔のマックの顔と重ねた。
 それからハリエットは、じっと作動し続けるクロノマシンの輝きに目を落とすと、泣いてキッと顔を上げた。
 ハリエットはバッとガラドボルグを床からひっつかんで、自身のPMFを発光した。スターゲート装置を乗っ取る。クロノマシンに乗ろう。過去へ飛び、自分自身を止めよう! エスメラルダに会いに行く前のハリエット自身に――。あの自由の女神前で決意した時の“声”、あれが未来の、つまり今の自分なのだと分かっていたからだ。
「ダメだ」
 マックは黙っていても、ハティが何をするつもりなのか察していたみたいだった。ハリエットの手に自分の手をかぶせて、首を静かに横に振った。
「ムダよ、何もかも無駄だったのよ! この革命は。このままじゃみんな死んじゃう、だから私が私の行動を止めれば――」
「それじゃ何の問題解決にもならない! ヤツらはまたこの国の歴史の闇の中に隠れてしまう!」
 マックはドアの開錠作業中に、ジェイドの話を聴いていたらしい。
「ハティ、君らしくないじゃないか。俺たち大の大人を叱咤激励したあの勇敢な少女革命家はどこへ行った?」
 マックは叫んだ。いつも物静かで、いよいよというときでないと大声を出さない男が、声を張り上げていた。今がその、いよいよという時だった。
「……だって!!」
 ハティは涙をいっぱい溜めた瞳で、大きな男を見つめた。
「いずれNYは、この世界は革命しなきゃいけなかった。――いつかどこかで、誰かが立ち上がらなきゃいけなかった。こんな世界線だからこそ、俺たちは君に出逢えた。この時空を閉じちゃいけない――! この先、たとえどんな戦いが待っていようと、君の、革命の手を緩めてはならない。――俺たちには必ず栄光のゴールが待っているさ。君は勝利の女神なんだから、な? 一度灯った女神のトーチの火は、アメリカ人の心から決して消えやしない、俺たちのハートにも、点火したからだ。俺たちの希望の灯を、消さないでくれ!!」
 マックもハリエットも、前の世界線<オルレアンNY>の記憶を持った者同士だ。元の世界に戻りたい気持ちはある――けど、前の世界では決して会うことはない二人だった。この世界線でも、ハリエットが立ち上がらなかったら、アウローラのメンバーには誰にも出会わなかっただろう。
 ハリエットは、じっと自分を見つめるマクファーレンの青い瞳を見返した。
「たとえ同じ時空にいたって赤の他人で、決して会うことはなかっただろう。それがこの俺たちだ」
 過去の失敗の歴史を変えてしまえば、このメンバーには会えない。その価値は計り知れない。そんな風にマックは考えているらしい。
「…………」
「友情は喜びも悲しみも二倍にするんだって、君は言ったろ?」
「悲しみを〝半分〟によ……」
 ハリエットは涙を拭いて、笑って訂正した。
「友情は幸福を向上させ、悲惨さを和らげ、喜びを二倍にし、悲しみを半分にする……」
「そーだろ。戻してしまったら、俺たちは仲間でなくなる。それでも君はいいのか?」
 元に戻したら……ハリエットは天涯孤独のままに――そして世界は変わらない。
「マック、あなたって――」
 ハリエットはマックの顔をじいっと見つめた。
「前から気になってたんだ。前の世界線で、どっかで会ったことが……」
 最初にあった時から、マックは、前世界でのハリエットの知人だった気がした。でも向こうでは別れ別れになった。ハリエットは、彼のことを淡い恋心で観ていた気がする。そのことを、マックの腕を触れた瞬間に気づいたのだった。
「君のお父さんは亡くなった、だが君の傍には俺がいる。――この俺たちが……」
 ハリエットは、マックの胸に顔をうずめた。
「君はもう孤独じゃない」
 マックは静かにハリエットを抱いた。
「戦いのやり方がきっとあるはず……大戦を回避して……」
「うん……」
 ハリエットは小さく、だがはっきりとした声で返事をする。
「スターゲート装置は、永久に封印する――」
「OK」
「でもその前に……」
 ハリエットはスターゲート装置を起動した。
「どうするんだ」
「やっておかなくちゃいけないことがある。大丈夫、任せて」
 ハリエットの身体は虹色に高速回転する光に包まれると、PMFの波に乗って、過去へと飛んだ。

      *

 ポニーテールの少女は、女神像の前に呆然とした表情で突っ立っている。
「立ち上がりなさい。このNYを救うために!」
 ハリエットは自由の女神の陰に隠れて、女神像に必死に祈っている、まだ起つ前の自分自身に声をかけた。
「NYを……救う!?」
「そうよ、父の無念を成し遂げるの」
「パパの続きを、わたしがやれと? そんな――私は無力よ……私にはできない……できる訳ない……」
「あなたは、地上の天使」
 ハリエットは、自分に向かってほほ笑んだ。そうだ、分かっていたんだ。あの時聞いた声は、自分の声だったってことを。
「…………」
 祈るハリエットは沈黙し、途方に暮れていた。
「あなたにはこれから、多くの味方が現れる。どんなに困難があっても、その都度、鳩のロッキーがあなたを導く。そしてあなたは、自身のPMFに導かれる。だから、何も心配することはない……」
 ハリエットは、PMFで自由の女神の上空に、白鳩の群れを呼び寄せた。祈っていたハティはそれを、目を大きく見開いて観ていた。
「頑張ってね……」
 ハリエットは微笑んで、光輝いて消えた。

      *

 ハリエットに決意を促したのは、未来の自分自身だった。
 その後、戻ってきたハリエットの指示によって、爆破犯(×爆破班)マックはスターゲート装置を爆破・封印した。もしこの行動が今後、ハルマゲドン、アメリカ国内で核戦争を勃発させるきっかけになったとしても――
「この存在も、未来のことも、公開してはならない!」
 爆発し、もうもうと煙が上がって、その後消火装置が鎮火を始めた。
「あ~あ!! もったいねェ!」
 後ろからかけつけたアウローラの技術官僚、アイスター・ニューブライトが煙を吐く装置を見下ろして頭を抱えた。
「ギャラガーは?」
「奴のオフィスに死体になって転がっていた。アーガイルが、額を撃ってすべて隠ぺい完了だ。アーガイルはジェイドと共にここを去ったようだがな」
 要するに捨て駒だ。市長は、ロートリックス家の人間から見放されたのだ。廊下に転がっているはずのレナード・シカティックの死体は消え、マリア・ヴェヴェロッティの死体も発見されていない。スクランブラーたちの姿はマンハッタンホーンのどこにも残されてはいなかった。MIBも、気配すらない。こうして……暗殺実行犯・スクランブラー部隊にはまた逃げられたのである。

 コントロールセンターを占拠すると、地下でチューブトレインが動いていることが判明した。社長専用エレベーターの入り口を発見すると、ハティたちは地下階へと降りた。
 ジェイドは、地下のチューブトレインでマンハッタンから逃げ去った直後だった。しかし、そのMHから各地に伸びた路線は全て土砂崩れで埋まっている。
「ダメだ、どの路線も埋められてる……急いで塞いだな」
 アイスターは唸った。
「闇将軍め……」
 地下駅にあるアメリカ大陸の路線図によると、チューブトレインはニューメキシコ、アリゾナ、ネバダ、コロラド、東海岸モントークへと、アメリカ大陸中につながっている。すべての土砂を取り除いて追跡するには、かなりの時間がかかる。
「アメリカ大陸の地下の解明をしている暇はない、奴らはきっと西海岸に逃げたんだ。空路で追った方が早い」
「行先は?」
「西海岸かな、……ニューメキシコか、はたまた、ロスにあるロートリックスの旧本社・シャングリラか……」
「一体どこへ……」
 地図にマークが残っている。
「エリア51だ」
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