第41話 火星から来た男 かをるはかをる

文字数 10,108文字

二〇二五年五月十七日 土曜日 午後八時

「ねェ、いいニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」
 かをる・バーソロミューはビニール袋を提げて、満面の笑顔でハティに訊いた。
「じゃあ、いいニュースから」
「見て見て、買ってきたの!」
 かをるは、袋の中からペットボトルを振り上げた。炭酸をたたえた飴色の液体がボトルの中で揺れている。
「前にハティが言っていたコカ・コーラって奴だよ!」
「これ……どこで? 見つかったの? 本当に!?」
 実はコカ・コーラはこの世界線にもあったらしい。街の隅っこの自販機に押しやられて、ひっそりと売られていたことは、市民の一人からハリエットは教えてもらっていた。その後、アウローラの数人が探しに行ったが、自販機を発見できずにいた。それをかをるはロウワーマンハッタンに建つトリニティ教会の裏路地で見つけたらしい。
「ウン……こっちの方がオイシイ!! ガラ・ガーラは呑み慣れてるけど。なんであんまり売られてないんだろ?」
 かをるはじいっとボトルを見つめた。
「うむ、だが、ペットボトルよりは缶がうまい」
 アイスターは人差し指を立てた。
「でも、ゼロ・カロリーは邪道だぜ。人工甘味料は砂糖より危険だ」
「最上はビンだな」
 マックは無精ひげに手をやっている。
「瓶入りコーラ?」
 かをるはマックを見上げた。
「あぁ、瓶の形も独特で」
 エイジャックスは遠くを見て言った。
「どんな?」
「……エスメラルダの体形みたいな」
 続けてエイジャックスがボソッと言った。
「セクハラ発言よ、刑事さん」
「確かに。再現できないカナ。ねェ、誰かエスメラルダさんの体形みたいに作って……」
 ハリエットはじいっとエスメラルダの身体を眺め回す。
 エスメラルダ・ガルシア。二十七歳のヒスパニック系の美女。まさに、コーラの瓶のような体形。ハリエットはCカップ。かをるとヴィッキーはEカップ、エスメラルダはGカップだ……。
「ってどうやって?」
「自分で鏡観て作ればイイんじゃねーの?」
 そういった瞬間、アイスターはエスメラルダにペシッと肩をはたかれた。
「イテェ……」
「それでかをるん、悪いニュースって?」
 ハリエットは慎重に訊いた。
「うん……私、マンハッタンホーンの記憶があいまいだったんだけどさ、はっきり思い出したんだよね。――それで……動揺しちゃってサ!」
「大丈夫なの?」
「待てよ、ならホーン内部の構造も思い出せたってことかい?」
 アイスターは指を鳴らした。
「そーだね……」
 かをるは伏し目がちに言った。
「それなら俺たちに取っちゃ、いいニュースでもあるぜ。だってよ、君の記憶と、エイジャックス刑事(でか)の潜入捜査を合わせれば、マンハッタンホーンの全容解明ができるってことじゃないか!」
 眼を異様に輝かせたアイスターが迫って、かをるは無言でうなずいた。

 マンハッタンホーン攻略地図へのヒントになる館内見取り図を、かをるが思い出す限り伝え、攻略へのヒントにする。
 アイスター・ニューブライトとヴィッキー・スーの情報を解析して、マンハッタンホーン攻略プランを構築したが、マンハッタンホーンの内部構造解明には、限界があった。だからかをる・バーソロミューから、情報を得て内部構造図を完成させることになった。
 エイジャックスとかをるはコーラを飲みながら、ここは違う、あそこは違うと、二人で既存のデータを訂正して……五時間後、ついに完成した。
「フーム、ますますデス・スターの設計図だな。確かにアンタの言う通り、これがありゃあの化け物みたいな山ビルも、ついに攻略できそうだ」
 ハウエル社長はニヤニヤとしてアイスターに言った。
「コイツはすごい……」
 ヴィッキー・スーも、初めて見た秘密研究所の実像に戦慄を覚えている。
「かをるのお陰よ。ありがとう」
 ハティは微笑んだ。
「かをるは、くのいちなんだよ♡」
 と、笑顔で言ったが、割とやけくそ気味だ。
「あたしには、何の力もないけどね!」
 かをるはマンハッタンホーンの記憶を完全に取り戻したことで、アウローラの役に立てたことがうれしかったが、それは同時にシャノンとの実験を思い出すことでもあった。
「そんなことはないぜ、エイジャックスやアイスター、スーよりすごい情報を知ってるじゃないか!」
「でも私にできるのはこれだけだよ。ハティみたいに戦える訳じゃないし」
「ううん、凄く役立ってるよ! かをるはかをるだよ」
「ありがとう。後は任せた」
 かをるはハティの手を取って、自分の腕にしていた細身のバングルをハティに着けた。
「後は我々の仕事だな……」
 エイジャックスは構造図をじっと眺めて言った。
「マンハッタンホーンはハイパーインテリジェンスビルだ。こんな堅牢な建物はNY――いや世界中で他にありえないな。民間企業とは思えない。軍産複合体の総本山でもなきゃ――」
「あぁ……隠したいモノが重要であればあるほど――、それだけ防御は鉄壁、敵は非情さ。おそらくペンタゴンより堅牢だろうね」
 ベーグルを食べながら、コーラを飲み、スーはかをるの情報をもとに作成した3Dマップを動かしている。マンハッタンホーンには、エリア51やダルシーなど、他のエイリアン共同基地に存在する機能がすべて備わっていた。
「中は三千台のカメラ。警備隊の武器は通常の銃に加え、フラッシュガン、つまりレーザー銃だな。物資を運ぶコンベアや磁気エレベーター」
「廊下に設置されたレーザーがやっかいモンだな、エレベーターをハックして上がらんと」
「ダクトを通ると永久にさまようぞ」
 エイジャックスが見たのは、全長何キロになるか計り知れない長大な迷宮だ。
「あんた成功したんだろ?」
 マックが訊く。
「まぐれだ。おすすめじゃない」
 エイジャックスはすぐ首を横に振った。それは確かに事実で、エイジャックスは自分の経験は役に立たないと断言した。
「途中から山登りしないといけないのか?」
 つまり、ビルの外壁から頂上を攻める。
「――かもな」
「それは避けたいが」
「エレクトラタワー撤退戦より、厳しい戦いになりそうだ」
 マンハッタンホーンの高さは、エレクトラタワーのざっと2.5倍だ。
 それから、かをるは、攫われた人々について、シャノン・バルタザールと会話した印象を話した。
「で、グレイたちの様子は?」
「それなんだけど……私、彼らに映像を見せられたの。地球が滅亡してしまう未来の映像だった」
「えっ」
 ハリエットに、ゾッとする感覚が襲った。
「彼らだけじゃなく、宇宙人ってずっと昔から地球に来てるのよ。何十種類とね。人類との接触もあったらしい。彼らが一番心配してるのって、この時代の人類が地球を破壊してしまうんじゃないかってコトなの。戦争や、環境破壊で――」
「まぁ確かにな」
「つまり宇宙じゃ、彼らの方がパイセンなのよ。高度な科学文明を持ちながら、地球人の成長を、忍耐強くじっと待っている。宇宙には高度な文明社会が開かれているんだ。けど、そこへ地球人が参入するには、今の時代の課題を乗り越えていかなきゃいけない。精神的に成長して、星の中での人間同士の争いを終えて、宇宙的なワンネスに至れるかどうか――。争いで滅亡するか、それとも一人前に成人して、宇宙社会へと旅立てるか。今、地球は岐路に立っている」
「でも、グレイは地球人を家畜か実験動物のように扱ってるけど――」
 かをるの言葉は、新鮮な驚きだった。けど、ハリエットはまだ納得していなかった。牛や人さらいをして人体実験をするグレイにどんな正義があるというのだろう。
「彼らも、別に侵略してるワケじゃないんだ……」

 かをるは一人夜風を辺りに、市庁舎の外へ出た。気持ちいい風の春の香りをうっとりと嗅ぐ。目を瞑り、虫の音に耳を傾けて、うっすらと微笑んでいる。
『かをるはかをるだよ……』
 そのハリエットの言った言葉が、うれしかった。
 雲がクッキーの型のように、ぽっかりと穴が空いた。そこからすっぽりとUFOが現れ、青白い光を発光させて、航空力学の法則に反した飛行軌道でかをるの方へと降りてきた。
「マック! マック!! たっ助けてェッ!!」
 かをるは叫んで、駐車場の車内にいたマックを呼んだ。マックはバッと立ち上がって追いかけた。銃を抜いてUFOを銃撃する。――だが、其の瞬間辺りの明かりが落ち、停電のせいで車も機器類も作動しない。
「無理だ、勝てっこない!」
 エイジャックスが後ろからバッとマックの裾を引っ張って、マックを地面に伏せた。その直後、UFOは立ち去った。しばらくして、建物の明かりが戻っていった。
「かをるを、守れなかった。クソッッ」
 マックは銃を握りしめ、歯を食いしばる。
 二人は呆然として、夜空を見上げた。
 また攫われた――。かをるはマック隊が厳重に守っていたのだが……一瞬の隙にUFOに空中携挙されてしまった。
「お前はかをるのことになると我を忘れるクセがある!」
 エイジャックスは冷静に諫めた。
 市庁舎でかをるが攫われたという報を受け、ハリエットは呆然と突っ立っていた。マックはソファにドカッと腰かけ、うなだれている。
「かをるは俺が守ると約束したんだ、絶対に……守るって」
「何を焦ってるんだ!?」
 エイジャックスが声をかけると、マックはしばらく沈黙した後、重い口を開いた。
「俺は……火星に居たんだ」
 マックは汗びっしょりかいて、告白した。コーラのボトルを片手に、マックの瞳は怒りに燃えている。恨んでいる眼だった。
「――黙ってたのか?」
 エイジャックスが聞いた。
「いいや」
 ゆっくりとかぶりを振った。
「思い出したんだ、ZZCの帰りだった。Tスクエアで、『ゲーム・オブ・マーズ』の予告CMを観た時に――記憶を取り戻したといった方がいいか。突然、四方の街頭ビジョンに火星の克明なCG映像が流れ出して、記憶が一瞬で戻った」
「ゲーム・オブ・マーズか……ハリウッド映画とゲームコンテンツだよな?」
「ハリウッド映画はプロパガンダだ。そこには必ず権力者共が世間に伝えたいなんらかのメッセージが存在する」
 その例として、火星映画だけでなく、宇宙人襲来映画の新作が、現在三本も計画されているのだとマックは言った。影の政府の命じるままに、これまでハリウッドでは宇宙人侵略もののSF映画が、何本も制作されてきた。宇宙人は敵であり、宇宙人との戦いを正当化するために。
「火星の真実も隠されている。あの映画の予告にもあった通り、火星の天(そら)は青い。空気も水もある。昔から都市伝説界隈では割と知られてる話さ」
 それは、過去のディスクロージャーチームの仕事だった。
 マクファーレンはアニメを観ない。だから「シドニアンズ」は観ていなかった。チラッとは観たかもしれないが、絵や内容が誇張されていて自分の記憶と紐づくことはなかった。しかし「ゲーム・オブ・マーズ」は、ビックバジェットのリアルで精巧なCG大作だ。そこで抹消されていた記憶がフラッシュバックし、マックは火星に居たことを思い出したのである。
「姉はUFOに連れ去られたんだと、あの時までは思っていた。だが、そうではなかった。月の裏側には都市がある。各国が協力して作った国際宇宙ステーションがな。そこで巨大な宇宙船、ダイダロス号が人間を火星に運んでいる」
「まじかよ」
 アイスターは開いた口が塞がらない。
「運ばれるのは奴隷人間、人間部品って言われてる。そして不良品は処分する。この国はクソだ。この世は、南北戦争以前の奴隷制度から何も変わっちゃいない。もっとひどくなっている。恐ろしいことが火星で起こっているんだ! それで――叛乱劇があった。そういうお話さ」
 かつて火星の植民基地で反乱がおこった。反乱者は射殺されたり、逮捕され、制圧された。関係者は全員マインドコントロールされて、地球に戻された。マックはその一人で、最初に反乱を決意したグループだった。
 それが、マクファーレン・ラグーンが火星で起こした事件だった。マックはその後逮捕され、火星での経験を忘れるように洗脳。催眠が施され、なぜか軍に戻されたのである。火星に居たなんて、まるで映画「トータル・リコール」だ。
「しかし俺は、かをるのテレパシーに感応して催眠が溶けたんじゃないかと思ってる。だからずっと一緒に行動したんだろう。俺は自分がなぜ帝国財団に対して、いつも復讐心を抱いていたのか分からなかった。ハティ、君と出会って、使命感を感じたのも――すべては火星に原因があったんだ」
 衝撃の告白をしたマックは、ハリエットの碧眼をじっと見て言った。
「かをるは俺が救う。――何としてもな。だから安心しろ、ハティ」
 フラッシュバックのめまいを起こしながら、マックは気丈だった。
「あなたのお姉さんは?」
「俺の姉はたぶんまだ火星に居る」
 マックが無茶をしがちな理由、それはいつか姉を救い出すことだった。
「かをるは言っていた、自分は宇宙人にとって特別だって――だから奴らは殺しはしない」
「それでかをるは狙われてたのね、ずっと」
 その時ハリエットは、さっきかをるが言っていた宇宙人の話が気にかかっていた。かをるにプレゼントされた、細身のバングルをさすった。

 かをるを浚ったUFOは、マンハッタンホーンの山陰に吸い込まれるようにして消えた。
「世論を気にして、UFOを封印したわけじゃなかったのか!」
「まぁ、ブラックヘリだって平気で飛ばしてるし」
「ヤツらには飛道具がある……こっちがNYPDとの混成部隊でも、俺たちの通常兵器では太刀打ちできん、ロートリックス社製のUFOには!」
 鳩ビューイングを観て、ハリエットはかをるがマンハッタンホーンに囚われたことを霊感で悟った。
「かをるを救い出さなきゃ! あのNYの伏魔殿マンハッタンホーンから……」
「そうだ……あそこにはもっと多くの誘拐された人々がいる」
 エイジャックスも、長年の課題にケリをつけるときが来たと感じた。
「それにギャラガーもマンハッタンホーンに逃げ込んだ」
「しかし何で奴はマンハッタンホーンへ?」
「治外法権だからだろ、連中にとってみれば」
 NY市長として、マンハッタンに踏みとどまって、内乱に対する防衛戦を指揮したいつもりらしい。あくまでアウローラを表立って全滅させられるチャンスだと思っているのだろう。
「マンハッタンホーンを強制捜査するまでよ! いずれ、遅かれ早かれあの“山”とは対決しなきゃいけなかった。遂にその時が来た。たとえマンハッタンホーンだろうとエリア51だろうと宇宙の果てだろうと、必ずかをるを援ける! マンハッタンホーンの強制捜査を私たちに決意させたのは、彼らよ!!」
 ハリエットは一日市長として、決意を固めた。
 かをるはUFOに連れ去られ、そして再びマンハッタンホーンの基地に隔離された。宇宙人は研究の続きを行うつもりだろう。ロートリックスの兵器開発に、かをるのDNAを宇宙人に託すのが条件なのかもしれない。
「ついにマンハッタンホーンと、あの山と対決か……」
 ハンス・ギャラガーは大統領を盾に市長の座に居座り、途中から市庁舎を乗っ取られると、マンハッタンホーンに籠るつもりなのだ。
 帝国財団との直接対決が迫っていた。一同はコカ・コーラのグラスで乾杯した。カード決済で、自販機ごと買い占めたのである。それを、中でもエイジャックスとマックが感慨深く飲んでいた。

宇宙の博物館

 MH地下階には、特別な計画が進められているラボが存在した。
 これまでアブダクションは、荒野の田舎町、人が少ない場所の地下基地ばかりだった。NYが主舞台となってからは、当然、情報漏洩の危険に常にさらされているが、それでもNYにマンハッタンホーンを建設した理由は、計画の最終段階に入ったからだった。
 かをるはジェイドと接見した。かをるは催眠がかって、ボーッとした表情でジェイドを見上げた。
 エイジャックス刑事のスマホに残されたかをるの写真は、彼女自身の力の発露でMIBが手を出せなくなっていたのだと、判明している。かをるには特別な能力があるのだ。
 グレイたちは、かをるを連れてエリア51に行こうとしたと、ジェイドは後で聞かされたが、謎として残っているのが、UFOが落下した理由だ。かをるの必死のPMFに感応したエレクトラタワーからのプラズマ光で、UFOはセントラルパークに落下したらしかった。この日米ハーフの少女は、気づいていないが、無我夢中のPMFでUFOを撃ち落としたのだ。
「何という恐ろしい力だ」
 ジェイドは全身で、少女から発光するPMFを感じた。かをる・バーソロミューは今回のアブダクションで、初めて特別な存在だと分かった。かをるは、UFOを自分のものとしてしまった。PM(サイキック・メタル)と人間の相性は、人間のDNAの中のインクルージョン生物・ミトコンドリアが、PMFによって、対象のPMとの関係性を築き、「その人のもの」と決めている。
「君は、マンハッタンホーンに必要不可欠な人材だ。グレイだけではなく、俺にとってもな」
 実験の最終段階は、単なるDNA工学研究を超えていた。一者の塔のシステムに、宇宙人たちも協力している。宇宙人はNY市民を誘拐し、ハイブリット実験の最終段階を行っているが、その両方でかをるは必要な人材だった。
「総帥、あまり近づくと影響を受けます」
 声をかけたのは、リック・バイウォーター。長い黒髪を持った三十二歳の主席研究員である。
「うん」
 ジェイドは数歩下がった。
「宇宙人たちの情報によれば、地球人の中には、宇宙中のDNAがそろっています。だからこそ彼らはここに訪れる。グレイは失われたDNAを取り戻すために、ゼータ・レティクル座から。宇宙スケールの実験地、それが地球です。その遺伝子の多様性を求めて。それはアメリカ――NYそのものですよ」
「あぁ……日本人なら、単一民族の力で大和民族として高みにいける。海老川雅弓や銭形花音にはそれがある。だが、俺はそれでは答えに近づけなかった。ケルトのDNAを掘り起こそうとしたのだが」
「しかし、単一DNAには弱さもあるはずです。グレイははるか未来において、自身のDNA実験をし、神経系の疾患を抱えて、滅びつつあります」
「けど、日本人の単一民族性はそれとは異なるはずだ。日本人はDNA的に様々な民族が寄り集まって、今日の日本民族を形成しているんだ」
「はい、我々が参考にできるのはそちらでしょうね」
NYという巨大都市には、多民族が凝縮していた――。
「まずは、ケルトの隔世遺伝を活性化するためにPM儀式。俺はこれを諦めきれん。そのために、ジャンクDNAに近づく。これはジャンクではない。それは、解明されてないだけだ。宝の山だ、教授。俺たちは自分たちでそれを取り戻さなければいけない。DNAと、PM(サイキック・メタル)の金属配合のマッチングをな。たとえ何兆分の一の奇蹟のような確率だろうと――」
「グレイの進化に、はかをる・バーソロミューのDNAが必要です。なおかつ、その研究所を提供し、サポートすることがグレイから技術を引き出すために我々は必要です。かをるはムー人とアトランティス人の直径子孫の、ハイブリット・ギフテッドですから、貴重な隔世遺伝のDNAが発現している。そう判明したから、グレイはエリア51の自分たちの地下都市に彼女を運ぼうとしたんです。善い取引条件になるのでは?」
 リックの口角は上がっている。
「そういうことだ教授……かをる、君は奇跡のような配合の存在だ。このNYにおける生けるDNAの博物館なんだ」
 かをるは、ぼうっとしたまなざしでジェイドの顔を見つめている。
「かをるが心を開くためには、一度、彼らだけにした方がよろしいかと思いますがね」
 リックは、部屋の奥でアブダクションされた人々を見やった。
「うん……」
 ジェイドはうなずいた。
「どうです? コーヒーでも一杯」
「もらおうか。やっぱりお前の淹れるコーヒーが一番だ」
 リックは手挽きミルで、がりがりと回し、新鮮な挽き立てのコーヒー豆を使う。
 リックのコーヒーの淹れ方は、サイフォン抽出である。サイフォン式はコーヒー粉をお湯に漬けた状態で蒸らす浸漬(しんし)法でコーヒーを淹れる。ヒーターでフラスコ内の水を沸騰させる。容量は五杯分の大型。アルコールランプの火力を調整しながら、ゆらゆらと揺れる炎を眺めているだけで、不思議と考えがまとまる。なんでもIOT化の時代に、電気やハロゲンでないところに美学があるのだが、ガラス瓶を使った理科の実験のようなサイフォンは、淡い炎、ポコポコと沸騰する心地よい音、ロート・フラスコ内で移動する様子など、ロマン派科学者リックの趣味だった。サイノックス(PSYNOX)のサイは「精神」の意味だが、サイフォンから来るという説があるくらいだ。ロート内のお湯に浮き上がったコーヒー粉を、竹べらでやさしく回して攪拌。これで、味のおいしさが決まる。抽出時間は五十秒から一分以内に納め、コーヒーが出来上がった。
 ジェイドは椅子の背もたれに深く身を沈め、コーヒーの香りをゆっくり楽しんでから、カップに口をつけた。

グレイ文明の愛の実験

「僕たち十二人は受信機なんだ」
 シャノン・バルタザールは、正気を取り戻したかをるに言った。
 宇宙人は、十二人のアメリカ人を集めて何かを始めるつもりらしい。
「何の?」
「愛のだよ。そう、僕たち人間は宇宙と愛の絆で結ばれている」
「はぁ……」
「グレイって、感情がない理性と知性だけの生き物なんだ。彼らの世界で核戦争が起こったときに、そもそも感情があるのが悪いと思ったらしい。で、自分で感情回路を取り除いたはいいけど、そのせいで肉体が退化して、滅亡しかかっている。愛がないから生殖機能を失い、クローン増殖に頼らざるを得ない。食事も培養液に身体を浸している」
「このままじゃ、滅びるしかないのね。哀れな生き物ね」
「全体と常に接続していること――愛を理解することが彼らの再生につながる。でも彼らはそれを切り離して、理知性だけを発達させていたから、感情が分からなくなっていた。それを俺たちから学んで、もう一度感情体(アストラル体)を取り戻さなければいけない」
 シャノンによれば、宇宙は物質宇宙領域以外にも、無限の電磁波領域が存在する多重構造らしい。だがグレイは長いこと物質世界の煉獄に閉じ込められ、霊的に進化することもなく、そして種の保存すらままならず、だという。
「フ~ンそれで人体を切り刻むの? 人間は機械じゃないのに。それが分からないからダメなんだと思う」
「そう――分からない。でも、間違ったやり方に気づいたんだ。だからこのマンハッタンホーンでは、俺たちの愛のエネルギーをそのまんま、観察して成果を得ようとしている」
「――え、あたしたちの?」
「進化もできず、もう一度生命力を取り戻すためには、愛が何かを学ばなければいけない」
「グレイってなんだかかわいそうだね」
 DNAの研究かと思いきや……そうではない。確かに何千体もの人体をカプセルに冷凍保管したり、ハイブリットを創造したりという実験はエリア51をはじめとして、アメリカの地下都市各所で行われている。だが、ここNYでは全く違う。ここマンハッタンホーンで行われているのは「愛とはなんぞや?」ということに対する、地球上での最終実験だった。
 シャノンとかをるは見つめ合い、近づいて腕を回すとキスをした。たちまちかをるの身体の、七つのチャクラが開いた。背骨に走るクンダリニーエネルギーが活性化。オルゴンエネルギーが宇宙から身体に引き込まれ、燃えるように下から上へと吹き上がり、最後、エクスタシーが頭上に突き抜ける。
「うぅ……あぁ――、、」
 かをるは、ハイヤーセルフと宇宙につながった。遺伝子の中にある構造が活性化。心臓の鼓動とともに、膨大なエネルギーが拘束を超えて全世界に発信された。かをるは世界とつながり、調和と統合のエネルギーが全世界に浸透していった。
 それまで、「部分」でしかなかった「自分」という一個の存在が、全体と高次元でシンクロし、つながることにより、自分=世界、世界=自分という意識に至っていた。
ずっとこのまま、浸っていたい……。
 それは、愛ある人との交流に限る現象だった。だからこそかをるの相手は、シャノン・バルタザールでなければいけなかった。それは宇宙に居た時、約束していたことだった。シャノンとかをるは、二人で一人だった。
「シャノン――手を、離さないで……」
「ウン……」

 ドオオオオ――ンンン……!!

 かをるとシャノンから、愛のエネルギーの瀑布が吹き上がった。DNA実験は次の段階へと進み、シャノンとかをるの宇宙大のエネルギーの世界から、銀河から宇宙全体へと愛の流れが美しく輝いている。が、グレイの計測器の針は振り切り、ショートしかかっていた。かをるとシャノンの恋愛感情を観察していたグレイたちは、愛のエネルギーに驚嘆し、なおかつ大混乱に陥った。
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