第57話 ラ・ターミネータ <高い塔の女> フラットアイアン・ショウダウン

文字数 6,465文字



二〇二五年六月十三日 金曜日 午前十時

眺めのいい窓2 ステルス・スナイパー

 南へとブロードウェイを撤退してゆく敵軍を、アウローラのバイク軍団が追撃した。先を行くマドックス隊から、ハティ本隊に連絡があった。
 次の戦場のスターティンググリッドである二十三丁目のY字路に建つ、フラットアイアンビルで問題が生じたという。高さ八十七メートル、二十二階。正面から見上げると、巨大な船形をしているチェルシーのランドマークだ。ここが次のエリア「チェルシー/ユニオン/グラマシー」の中継基地であることは、シティでの調査で分かっていた。ここより以南がダウンタウンである。ブロードウェイに沿って、5Gのポイントが置かれている。マンハッタン島は、大地の「気の流れ」というべきエネルギー・ネットワークが張り巡らされており、ブロードウェイも、単なるアメリカ先住民の「小道」ではない。それは、南北に縦長い島の背骨であり、大地のクンダリニーエネルギーが走っている。5G中継基地は、その流れに沿って整備されていた。
 ガーデンで一休みして体調を整えていたハティは、遅れてチェルシーのフラットアイアン地区に到着した。すでに戦闘は開始されている。
 先発隊から伝令によると、スナイパーのせいで足止めを喰らっていた。ここに陣取ったスナイパーをどうかしないと、ロウワーマンハッタン区へ進めない。だが、スナイパーにことごとく撃ち取られ、まったく先へ進めない。もうすでに、第二突撃隊が撤退したという。
 しかし、力押しで別ルートを抜けるには、全ブロックをバリケード閉鎖しているNYPD帝国軍と、総力戦を戦わなければいけなくなる。
 ハティはこれ以上犠牲を出したくないと、教会で切に願った。特にNYPD同士の戦闘を避けるために、最小限に犠牲にとどめたい――。そのことは、すでに警察無線で前線のエイジャックスに伝令していた。それで、アイアンビル・エリアの無力化がアウローラ軍の至上課題となったのだ。エイジャックスは向かいのビルにも何人ものスナイパーを配備し、地上部隊と連携して射撃している。
 それぞれのランドマーク戦では、全階の敵を制圧する必要はない。配電盤の電源系統をジャックし、制圧して切り替える。分岐盤の電源ジャックは、遠距離からはハッキングはできない。そのために配電盤にハティが接近して、光十字のPMFを発現しなければならない。PMFにより武装解除がなされると、スクランブラーもNYPDもお手上げになる。
 フラットアイアン地区を5G解放すれば、5Gに接続されたNYPD帝国軍の武器類や車両はハッキングを受け、たちまち総崩れになる。敵の銃器さえも、光十字効果の影響で、使用できなくなってしまう。そして彼らを殺さずに済む……。南へ抜けるための、敵味方の犠牲が少ない唯一の方法だ。もうハティは、敵・NYPD帝国軍に犠牲者を出したくなかった。
「スクランブラーのスナイパーが一人で立てこもってるの?」
 ハティは怪訝な声で訊いた。
「いや、数十人くらいだ。白服一人と、残りはNYPD帝国軍の狙撃手」
 マドックスは冷静に答えた。それでも数が少ない。
「アーガイルとは考えられん、レナードか?」
 アーガイル・ハイスミスは必ず、MH防衛のためにロウワーマンハッタンへ向かうはずだった。
「レナードじゃない、奴は確か戦死したハズ……だ」
 だが、エレクトラタワー戦で、遺体は確認されていない。
「マリア・ヴェヴェロッティ。コードネームはファントム・ミラージュだ」
 スナイパーの正体は、シティ戦でも手強かった銀髪の女だった。彼女一人で、数十人のNYPD帝国軍のスナイパーを統率している。ミラージュは仲間のスクランブラーを南へと逃すため、たった一人でNYPD帝国軍と共にフラットアイアンビルに残って、数千人のアウローラ軍の足止めを行っていた。レナード・シカティックが戦死したための代打ではないかと考えられた。
「彼女はアーガイルに匹敵するスナイパーだ」
 これまでの戦闘経験から、マックは言った。
 アーガイルはMHさえ堅固に固めれば、アウローラ軍は時間が尽きて、塔の計画を実行することができる。それまでミラージュは、ここで時間を稼ぐつもりだろう。エイジャックスによると、残りのスナイパーたちもNYPDの中で手練れ揃いらしい。
「軍人よりサツのスナイパーの方が精度は高い。人質を盾に立てこもる犯人を確実に射殺しないといけないんでな。百メートルで誤差は二センチ以内」
 これに対して、マックが異論を唱えた。
「軍にも長距離かつ精度の高いスナイパーならいる。警察のスナイパーは短距離射撃しかできない。だが、条件によってはその距離を超えた射撃も必要になる。侮らんことだな」
「当たりゃいい軍とは違うんだよ! 正確さの意味が違う」
 どちらが優れたスナイパーか、軍か警察かで言い争いが始まったが、この際、両方で攻撃すればいい。
 フラットアイアンビル手前の緑地、マディソンスクエアパークに、続々と部隊が集結した。フラットアイアンビルは屋上に非常用配電盤があり、そこへたどり着かないとアクセラトロンを設置できない。下からビルを上がっていくしかない。空からヘリで行きたいところだが、ヘリがない。ドローンもない。アウローラには、もともと航空戦力は存在しなかった。急に限定内戦が始まり、想定していなかったためだった。向こうは最初から、こちらに航空戦力がないことを見越して限定内戦を仕掛けている。解放したエリアに、使えるヘリは残されておらず、敵はごっそり持って行った。
 調査隊によると、このビルへの地下通路はすべてコンクリートで埋められている。5Gになってから地下セキュリティが強化された。となると地上から攻めるしかない。
 デリケートな建物で、敵はレギュレーション第二条を盾に立てこもっていた。
 フラービルは一九〇二年に建てられたかなり古いビルで、帝国財団がここを5G要塞にしたのは歴史的な価値があるからだ。建物の破壊は許されない。
 レギュレーション説明の際に、レディは言った。
『――とはいえインフラを傷つけない訳にはいきません。そこで町カメラをキララが監視し、一つ一つ減点ポイントを計算します。合計ポイントは内戦の勝敗に影響します』
 ガラス窓は戦闘時に必然性があれば割れることも容認されるが、程度による。国連安保理のAIキララはインフラ破壊を厳格にカウントしており、もし<彼女>が、不必要な破壊と判断すれば、ただちに減点対象となってしまう。最終的に戦闘で勝利し、委員会の判定で敗北するということもありえる。今回はビルにスナイパーがいるため、どうしても窓を撃つ必要性が出てくる。できるだけ建物の被害を最小限に抑え、ミラージュを狙わなければならなかった。限定内戦のルールを巧みに利用した作戦だ。
 だが……おそらく真の狙いは……狙撃手ミラージュは、ハティただ一人を撃ち殺すことだ。



スナイパーにはスナイパーを!

 空は曇り、風があった。下からビル風が吹き上がる。それで弾道が変わる。フラットアイアンビルは見晴らしがよく、ミラージュ以下、向こう側からこちらの動向は丸見えだ。一方ビルの明かりは落とされ、窓は暗い。こちらから向こうは見えにくい。防弾ガラスは、どこもわずかばかり空いていた。
 建物に角度がついているので、側面の窓から撃つとなると、必ず窓の端によって撃つことになる。射撃の瞬間、銃口がニョキッと出てくる。どの窓にミラージュがいるのかはまだ分からない。スコープや赤外線でめぼしい検討をつけるにも限界があり、NYPD特殊部隊が装甲車で突っ込んでいっては、ことごとく撃ち殺されていた。建物に入れず、突入は失敗に終わり、続々と突撃部隊が撤退していく。ビルの片面だけ陽動で襲い、反対側にNYPD突撃部隊が襲撃するもバレた。帝国軍スナイパーはカメラで監視しており、おそらく敵に死角はないだろう。
「危険だ、下がって下さい!」
 ビルに注視するハリエットに、マドックス陸将は大声で忠告した。
 向かいのビルにもスナイパーを配備し、地上部隊と連携して射撃を開始。だが、防弾ガラスに跳ね返っていった。
「本当に居るんだろうな?」
 ミラージュはステルス性能の高いスナイパーで、その姿は見えない。撃つ瞬間だけパパッと光るのだ。銃声で判断するしかないが……どの階から撃っているのか?も、判然としないのだと、マドックスは言った。ミラージュが撃っているのか、NYPD帝国軍が撃っているのか分からない。だが、何十名かのNYPDの誰かの中に、確実にミラージュはいる……。
「今日は十三日の金曜日だ。サーテどうする?」
 エイジャックスは煙草に火をつける。
「俺に任せろ」
 マックはミラージュには貸しがあった。今回、ミラージュは路上に姿を現さなかった。スクランブラーは路上に出てこず、ビルに籠城されると一番やっかいだ。ビル上から射撃するタイミングでのみ一瞬姿を現す。そこを狙うしかない。……そのはずが、当のミラージュは「ファントム・ミラージュ」の異名を持つステルスの手練れ、幻術遣いである。幻身を投影して、実体を隠している。
「私があなたの目になる、一緒に闘いましょう!」
 ここからはハティのPMFレーダー/鳩ビューイングだけが頼りだった。
 ハティはマックのそばに立ち、鳩をアイアンビルに飛ばして接近して調べる。だが数分後、ハティの表情が曇った。鳩にもミラージュの本隊を見つけられなかったからだ。距離が遠いからか、それとも白鳩の数が激減したからか? そうではない。ミラージュのステルス力によるものらしい。すべてを欺く女――。ハティが飛ばした鳩は、すかさずミラージュたちに撃たれた。だがハティの「感覚」は続いていた。
(これは……鳩なしで?)
 ハティは自身の変化に気づいた。
「敵は十三人よ……。ミラージュと、およそ十二人のNYPD特殊部隊の狙撃手が建物全体に散らばってるの……」
 それは、ハティが鳩を飛ばしてサーチした予測だ。意外と実数が少ないと分かったのはいい。ただ……
「どこに奴はいる?」
 そこまでは、ハティにも分からなかった。
「でも彼らはすばやく建物の中を移動している」
 マックに迷いが生じた。このままでは無駄に時間が過ぎて行ってしまう。とりあえず周囲のNYPDスナイパーから、片付けることにした。撃てばきっと奴が撃ち返してくる。ステルス能力がある訳ではないマックは、移動しながら射撃を続けなければならなかった。

ミラージュはキラージュ

 これまでの撃ち合いの中で、マックは依然、NYPDスナイパーの姿しか見かけなかった。
 パァァンン……。
 跳弾で、アウローラ軍のスナイパーが撃たれた。
「今のはミラージュだ、跳弾が使えるのは……!」
 マックが撃ち返すも、跳弾で弾道がどう曲がったのか、その軌跡は、はねた瞬間に分からなくなる。しかも今回、いくつか窓が光った。
「もうそこにはいない……」
 ミラージュは、NYPDスナイパーになりすまして撃っている。
 ダァァンン……。
 音がした場所に反撃するも、手ごたえなし。逆にこちらが撃たれた。
「今のは音だけの銃だ。同時にサイレンサー(消音装置)銃が、別角度で発砲している!」
 マックは物陰から身動き一つせず、言った。
「俺一人でやる……他は静かにしててくれ」
 こちら側のスナイパーが次々とミラージュにやられていく中、マックに託された。マックとハティは、敵を探しに探した。
(ロッキー、私に力を貸して!)
 残り少なくなった白鳩に、ハティは呼びかけた。
「あ……あの白い姿は……! ミラージュ!」
 ハティの心眼が、スクランブラーの狙撃手を捉えた。目星を付けるが確証がない。
「いた! 十四階にいるのがミラージュだ!」
 ハティの指示で、マックはミラージュとおぼしき影を見つけた。チラチラと動く白服を。マックが射撃すると、敵兵が窓から落下した。その姿が――男の姿、NYPDの狙撃手に代わった。
「アレ……どういうこと?」
 ミラージュかと思ったらNYPDだ。女は移動していた。
「成りすましだ! 今度はNYPDがミラージュに扮していたんだ」
「どうやって?」
「分からない」
「奴は?」
「十四階にはいない……移動している――掴めない!」
 白鳩ロッキーはことごとくスナイパーに撃ち殺され、この辺りで最後に残されたわずかな鳩で、ハティは索敵を続ける。小さな命を人間の都合で戦争に駆り立て、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「とにかく一人倒したんだ――何者だろうが見つけ次第撃つ」
 一人一人、マックが十二人を撃っていけばたどり着けるか? マックは、一階一階仕留めていった。だが、撃ち殺しているはずなのに数が減らない! ……次第に、手ごたえがなくなった。
「もしや十数人ではないのか?」
「いいえ、偽物が混ざってるの。――幻身が」
 それは、実体が存在しないただの「影」だった。先ほど撃ち取って地面に落下した敵は、ミラージュのホログラムと狙撃手が重なったものだと予想された。マックはウルトラスコープをじっと眺め、本物か幻身かを定め続ける。
「だめだッ!」
 完全な幻像を撃てばこちらの位置を捉えられ、撃たれる。やはりそこに彼女は存在しない。
「跳弾攻撃がミラージュだと分かっている、そいつを撃てばいい」
 そういった瞬間、また撃ち返された。マックは跳弾かどうかを見極めてから反撃することにした。マックは負傷しながら一人で敵スナイパーと戦っていた。命がけだった。隠れた相手に、十時間にも及ぶ攻防。
 敵NYPD狙撃手の一人がドシンと地面に落ちた。
「どうやら……今のは、幻身ではなかったようだ」
 夜になり、視界がさらに困難になった。無数のサーチライトがフラットアイアンビルを照らす。アウローラ軍は、サーチライトの光でこちらの位置を遮っていたが、サーチライトは時折撃たれて破壊された。この間にも、スクランブラー本隊は、MHの要塞化を進めている。
 しかし、ハティの“眼”を信じてマックは撃ち続けたが、こちらの射撃がまるで当たらなくなった。マックは体力が尽きてなお戦闘を続け、スナイパー射撃を決めていく。
「クソッ、戦車があればな……」
 何度そう思ったか知れない。ビル自体に砲撃できればこれ以上楽な話はないだろう。だが、戦車では火力が大きすぎ、ビルを破壊してしまう。
「負けないでマック、エイジャックス隊とマドックス隊のためにも……射撃の腕はアウローラ随一のあなたに掛かっている!!」
 二人で走っていると、ハティが狙われてしまう。敵の狙いはハティなのだ。マックは傷つきながら最後、ハティに「そこにいてくれ」といった。
「俺は左サイドに回って、そこで撃つ。大丈夫だハティ、俺には奴が今どこにいるのか見えている!」
「……えっ」
「君の情報、軍のテクノロジー分析、俺の勘、すべてを総動員して……そう、ヤツは十九階だ!」
 マックの額から滝のような汗が流れていた。
 さっきと位置が下に四階分、ずれている。ということは、屋上に見えているのは幻想で、最初から本体は十九階から動いていない。そこで彼女はすべての幻影を操っている。次にミラージュはこうくる!
 パァン!!
 マックは何もない十九階へ向けて撃つと、長い金髪が跳ね上がった。その瞬間、クロスカウンターで撃ち返えされ、ハティは「マック!!」と叫ぶと彼を押し倒して跳弾を避けた。乙女は一瞬でPMFバリアを張った。一発程度の銃撃では、スクランブラーは死なない。

 世界皇帝よ震えて眠れ。俺がオマエを殺(ヤ)りにいく。

     *

「奴らはここに光十字を灯したいはず。ハティは必ず自分を狙ってくる……そこを撃つ!」
 わき腹を負傷したミラージュは、左手で流れ出す血を抑えながら、屋上からパークに陣を張るアウローラ軍を見下ろしていた。わずかに残った兵たちとともにアイアンビルに立てこもり、再びマシンのように銃撃を続ける。
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