第61話 I Like Red. NYは燃えているか?

文字数 5,030文字

二〇二五年六月十五日 日曜日 朝六時

マンハッタンホーン包囲戦

「全軍フォーメーションA、突撃!!」
 ハリエットはマドックス総大将に指示を出すと、光十字で素早くPMFを展開し、ヒートブルーのロードマスターを駆って突っ込んでいった。ビル上階から銃弾の光の矢が飛んできて、ハティはPMFバリアーを張った。ここが最後の山場だ。敵陣に隙は無い。PMFで、自分が一点突破するしかない。穴を穿てば、そこに味方が続いていく。これ以外に、作戦は何もなかった。
 戦車隊の砲撃音が連続して炸裂する。ビル山の上から、次々と飛んでくる光の矢、大量のマシンガンの銃撃、そして戦車砲に加え、上空のブラックコブラは対戦車バルカン砲から、続々とミサイルを撃ち放った。ロウワーマンハッタンの路上は一気に地獄絵図と化した。
 間近のNYPD車両にミサイルがヒットし、大爆発を起こして装甲車が宙に舞った。アスファルトにクレーターが作られ、その衝撃で、車の警報があちこちで鳴り始めた。砲撃はひっきりなしに続き、瞬く間に前線は大混乱に陥った。ハリエットは、
「マドックス隊、レッド・キューブまで突撃!」
 と叫ぶと、自身はYES隊を連れてトリニティ教会まで突っこんでいった。その直後、倒れた警官を見つけると、バイクに担いで、近くに横転していた装甲車の陰へと運び込む。そこへ、国連の救護隊が駆けつける。その間も、絶え間なく摩天楼街に射撃音が鳴り響いている。
 次々と走り出すNYPDの白バイ隊は、MHの上階から容赦なく銃撃を浴びせられながらも車上での反撃を続け、両者の銃撃で路上のアスファルトがめくりあがり、警官隊の間近でさく裂した。銃弾をはじく金属音、耳をつんざく爆裂音で辺りは充満している。これまでの弾幕の数の比ではない――マクファーレンはビル陰に停車し、両手で頭を覆い、うずくまる。バラバラと落ちてくるがれきや土煙を払いのけて、再度マックは立ち上がってバイクに乗った。
 カキィン!!という甲高い音が鳴り響いた。弾が道路標識に反射して、跳ね返ってくる金属音だ。スクランブラーの跳弾に、全方位、一瞬の気も抜けない。近くで警察トラックが燃えていた。ワン・ワールド・トレード・センター街は、どこもかしこも炎に包まれていた。そこに、薔薇のパブリックアート、ローズⅢが気高く咲いている。敵は動くモノを見つけては、なりふり構わず撃ってくるのだった。
 ハティはPMF能力を発揮して、スクランブラーの戦闘を上回った。PM使いのハリエットに対し、スクランブラーは単なる強化兵(スーパーソルジャー)である。PMFが使えないことが判明している暗殺部隊は、もうハティにとっては脅威ではなくなっていた。
 エイジャックスがハリエットを見ると、百メートル先の教会手前の、うずたかく積もったがれきの影へと進んでいる。ロング・ポニーテールがチラチラと輝く姿が見えていた。周りに警備車はいない。乙女は撃たれる覚悟で前進しているのだ。――無茶すぎる。いくら光十字のペンダントのPMFに守られているとはいえ、四方八方から弾が降り注ぐ状況で、それは止むことがないのだ。PMFを生み出している彼女の集中力が一瞬でも途切れれば、いつか無数の弾丸が彼女の細い身体を切り裂くだろう。
 エイジャックスは追おうとしたが間近で爆炎が身の上に降りかかり、避けることで背一杯だった。再びハティを見ると、どこかへ姿を消している。
 NY消防隊の救護班が、続々と負傷兵たちや警官たちを救急車両に回収していく。最前線では非戦闘員も命懸けだ。軍用トラックを盾にした銃撃戦が続くマック隊に、ハリエットが駆けつけた。――彼女は生きている。
「ダメだハティ、ここからは――一歩も前に進めん!!」
 戦闘開始から、百メートル進んでは後退の繰り返しで、ローズⅢまで来るのにおよそ一時間かかった。今や十メートル進むのに一時間かかっている。一メートルごとに弾幕が厚くなる。マックに言った通り、もう前には進めない。マックは間近に居るのに、ハティは声を聞き取るのも至難の業だった。
「これ以上は!」
「マンハッタンホーンから強力なPMFが発せられているんだわ! そのせいで私のPMFの力が相殺されて、今までみたいに優位に立てないのよ――」
 そう叫んだ瞬間に、ハティの脳裏に閃光が輝いた。
「左へ廻って! リバティ・パーク方面へ!」
 ハリエットはマックに指示を出した。
「了解!」
 マックはリバティ・パークへ走り去った。
「ここで下がれるか……ッ、ここで下がったら――、NYは……俺たちは――! マンハッタンはおしまいだ!」
 マックはバイクを駆りながら、両手をハンドルから離し、すばやく弾倉を入れ替えた。スクランブラーは無数のレーザーを、充電が途切れるまで撃ってくる。こっちの銃弾には限りがある。単純な話、弾切れする前にMHを落とさないといけない。そう考えると、非現実的とも思えてくるのだが……。
「いつまでも薔薇に座していても前に進めやしないからな……」
 一命をとりとめたマック隊は、移動中に放った時限式手りゅう弾のスイッチを押した。数百メートル単位で爆発が十以上の敵戦車隊に襲い掛かった。
 マックの爆破でできたチャンスを、ハリエットは逃さなかった。
「今よ、突撃!! 突破する!!」
 爆風に隠れてハティのロードスターは走り出す。神の加護を受けたジャンヌ・ダルクは強運に守られ、戦場を疾走した。ハティの無謀とも思える行動と決断力はPMFの力と、依然つたないリモートビューイングの予知能力に支えられていた。ハリエットの光十字は、観えない斥力で敵の弾幕を避けていた。
「あっまた――」
 一方、ハティを再発見したエイジャックスは、慌てて視線で追った。
「……あぁもう!! 危険だ、ハティ、君は大将だ、前に出過ぎだぞ! オイ、フォワード隊、離れるな! ハティを守れ!」
 マクファーレンにインカムで叫んだが、爆音続きでエイジャックスの声はかき消されている。
「チッ、聴こえてねェ!!」
 いや、あの男なら聞こえないフリをしていてもおかしくはない。
「俺たちも行くしかねーっス!」
 ポール・ブランカは、エイジャックスを促した。
「クソッ」
 無線を放り投げて、前進やむなしと覚悟を決めた。
「続け!! ハティを守れ!」
 エイジャックス本部長のマシンが走り出すと同時に、目前に迫る摩天楼から再度、猛烈な弾幕が襲い掛かった。

 空は黒煙で暗く曇っていった。
 ウォール街の間近、ボウリング・グリーンのチャージング・ブル(突進する雄牛)、巨大なブロンズの雄牛像の前でマドックス軍に再び危機が襲っていた。
「孤立している! 誰かこっちに援軍をよこしてくれないか!?」
 マドックス将軍は叫んだ。
『あぁ――だが、……少し時間が……欲しい』
 インカムはザァザァという砂嵐を響かせて、途切れ途切れだったが、エイジャックス本部長が答えた。
「まだまだ!!」
 リバティ・パークから引き返してきたマックは銃身で運よく射撃を避けたところ、ついに銃は壊れた。
「銃が壊れた! 弾もない、――誰かっ、どっかに武器は残ってないか!!」
『間に合わん、……拾って使え! そこら中に落ちている』
 エイジャックスが余裕なく指示した。しかし、マックの周辺の路上には見当たらない。
「現地調達だと!?」
 マックは壊れた銃を放り投げると、二十メートル先の敵にバイクで突撃した。レーザーを数発浴びながら避け、キックで倒して、レーザー銃を奪った。
『マドックス、何とか援軍を出せそうだ。頼みだが、ウォールストリート駅周辺を何とか開けられないか!?』
 インカムからマクファーレンの声が響いた。
「――やってみる」
『頼んだ!!』
 後方のパトカーが大爆発を起こして、マックが再び走り出すと、宙でミニバンが五回転して降ってきた。マックはマシンを四十五度に傾斜させ、かろうじて落下する車体を避けた。耳をつんざく爆発音が鳴り響く。
「鼓膜をやられる!」
 前に進めないいらだちを、口の中でかみしめながら、マックは右手で銃を構えた。
(チクショウ魔城め、今に観てヤガレッ!!)

     *

 集中豪雨(スコール)同然の銃撃が降り注ぐ中、ハリエットの光十字の結界も形成を維持できないほどの強力なPMFエネルギーが、巨大な人工山から半径五百メートル以内に発せられていた。山へ近づけば近づくほど、PMFの波は幾何級数的に強度が増していった。いつかハティのPMFの盾にほころびが生じるのは時間の問題だった。ハリエットにとって、これまでになく厳しい戦いが続いていた。
 三度の突撃を阻止されたハリエットは、MHを見上げた。
「ク……さすがに手堅く固めてるわね……」
 〝勝利の女神〟率いるアウローラ軍は攻めあぐね、銃弾の嵐の中、行き場を失っていた。
 上から明滅する光が見えるたびに身が竦む、その都度、路上の誰かの身体が飛び跳ね、倒れ、連続して爆発が起こった。これは――これはもう「限定内戦」のレベルじゃない。はるか以前に、NYPDの全治安部隊の能力の限界などとっくに超えて、ただの戦場に変わっている。このエリアにレギュレーションなど、もはやあってないようなもの。そのことを身を以て体験している。
 ここでは、生き残ればルールに従ったことになり、死んだ者はルールを逸脱したことになる。ただそれだけの、シンプルな法則が働いていた。だが、どちらの側になるのかは最期の瞬間まで分からない。しかしながら多くのNYPD警官隊は、すでに緒戦を勝ち抜いてきた猛者だった。もはやマードック軍団か、それ以上の立派な兵士だった。
 唯一モノをいうべきハリエットのPMFは、MH特区の中で極度に力を弱められていた。MHに近づくほど場を制する力が弱まるのだ。
「クッ」
 不安を感じた瞬間、弾がハティの左肩をかすめていった。わずかな隙でも弾幕の嵐の中では命取りになってしまう――。
『左へ! 左へよけてッ!!』
 突如、頭の中に声が響いた。
『左よ』
 声が聞こえる!? ――ハッとしてハティが左へ飛んだ瞬間、傍のフード・トラックが破裂した。危ない、とっさに戦車の砲撃を察知できなかった! けど、またあの“声”がする。
『後方から戦車隊が近づいてくる』
 ハティはバイクを起こすと、ビル陰に隠れると意識をPMFバリアに全集中して戦車をやり過ごした。
「行け行けェ! ――突撃ィ!!」
 近くで、マドックス将軍が右腕を振り回し、叫んでいた。
 直後、左右で同時に大きな爆発が起こり、ハリエットの細い身体は容赦なく吹っ飛ばされた。ポニーテールを思いっきり乱れさせた爆風が、周囲のビルの窓ガラスを二百メートル四方に渡って次々吹っ飛ばす。ハティは白い黄金色の光に包まれた。キーンという音が鳴り響き、時間が静止したような感覚に包まれる。
(死ん……だ)
 ハッとして目を見開くと、上空からブラックヘリが襲ってくるのが見えた。羽の一枚一枚が、ゆっくりと回転する様がはっきり見えている。なんだか、動きがスローモーションだ。
(違う、これは、少し先の景色――。リモートビューイングの感覚だけが先走ってるんだ!!)
 ハリエットは建物の陰に隠れ、一瞬間をおいて出現したブラックヘリの機銃掃射をやり過ごした。ハリエットは白鳩ロッキーの「眼」を通すことなく世界を俯瞰し、今や、未来を垣間見ることができた。リモートビューイングが完成した瞬間だった。
「私には筋道が見ている。その光のルートを辿っていけば……マンハッタンホーンの麓へ到達する!」
 銃弾が飛び交う中、爆風を左右に避けながら、建物から出たハリエットは、一人でパーク・ロウを突っ走った。後ろから追ってきたマックが、何事かを叫んでいる。
「止まれ――止まるんだッ!」
 マックは繰り返した。
「ハティ、さすがに援護もなく一人で行くのは!」
 マックは、ハティの肩を掴んだ。
「……忘れるなマック、ハティには我々がついている。彼女は我々に道を示す勝利の女神だ!」
 無線で、話を聞いていたマドックスがそう言った。
「あんたも……!? ついにそっち側か!」

 NYユグドラシルが明るく輝いた。とうとう目覚め始めたのだ。
 アイスターは、ヴィッキー・スーのハッキングが破られたことに気づいた。NY上空に再びオーロラが出現した。
 夜のとばりが降り、誰もが満天のオーロラを見上げて……一瞬、戦場が静止した。
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