第60話 マンハッタンヘンジ

文字数 4,284文字



二〇二五年六月十五日 日曜日 朝五時二十七分

 夜が白々と明け、ロウワーマンハッタンのビルの渓谷に、黄金光線が一直線に貫いて、赤く燃える太陽が昇ってきた。
 マンハッタンの大通りは計画的に格子状に作られているため、夏至と冬至の前後二十日間の年二回、太陽が東西通りの中心を貫いて日が昇る。それを、マンハッタンヘンジという。ただしそれはMHNYの世界線の話で、以前のオルレアンNYの世界線では、マンハッタンヘンジで夕日が沈んでいた。そしてその両者は、偶然ではなかった。
 内戦管理委員会のレディ・シェードによれば、マンハッタン岩盤およびマンハッタンヘンジと、5Gには密接な関係があった。マンハッタンを走るエネルギー・ネットワークであり、クンダリニーエネルギーのレイラインに沿って5Gは構築されているのだ。それと光十字の点灯には、これまた深い関係性があるといえる。レイライン上でなければここまで素早く、光十字のPMFの影響力がエリア全体に広がることはない。その因果関係は、すでにブロードウェイ戦で立証されていると言ってよかった。ジェイドの塔の計画は、間もなく近づく夏至の時にエネルギー出力を最大にするよう設計されていた。そしてそれは、ハティにとってもMHに光十字を点灯する、最大のチャンスだった。

 やがて、ビルというビルに黄金光線が染み渡る中、スターティンググリッドのアン・ストリートに、戦闘開始の合図となる信号を挟んで、両陣営が対峙する。敵陣はすぐ向こうの信号ではなく、一ブロック先に待ち構えている。
 夜明けのワン・ワールドトレードセンターを目前に集結した、総勢一万人に膨れ上がったNYPD連合軍とアウローラ革命軍、およびマドックス州軍が爆音を鳴り響かせ、これまでの陸戦に慣れた歴戦の猛者たちが続々到着した。アン・ストリートをバイク軍団と車両がたちまち埋め尽くしていった。このエリアは、南下を進めるほど敵の防御陣が分厚くなっている。マンハッタンホーンが近い。ここは城下町だ。
「目がしばしばする」
 スーがボヤいた。
「早起きは三文の徳ってか?」
 夜型のアイスターは眉をひそめた。
「貿易センタービル街にウォール街だ! 摩天楼の街だよ全く。またロートリックス・シティ戦の繰り返しだぜ! NYで市街戦なんて、いくらでも敵はビルの中に隠れることができる。こっからが本当に地獄だ!」
 エイジャックスの言った通り、上から射撃し放題の状況は、フラットアイアンビルの悪夢を想起させた。さらに、ここからはスクランブラーとマンハッタンホーンのエイリアン・リバースエンジニアリングの超兵器群がアウローラ軍を待ち受けているのだ。これまでとは戦場の様子が全く異なっていた。前方の敵陣に、戦車隊が見えていた。
「見ろよ、戦車だ…………」
 マクファーレンが指さした。
「なぜ戦車が!」
 ハティはヘルメットのバイザーをカチッと上げた。ワールドトレードセンター街には戦車がズラリと並んでいる。
「ガンランチャーじゃないぜ、通常の戦車か?」
 アイスターの声色は非難めいている。
「タイヤ付きだ、あれは装輪戦車MCVだ。キャタピラに比べてアスファルトを走るのに適している。スピードは倍の車並み。しかし砲は普通の戦車だな。ガンランチャーは枯渇したんだろう」
 八つのタイヤがついている。マドックス曰く、タイヤ戦車なら市街戦も負荷なく戦える。
「クソッ、こっちは戦車を手放してるってのに!」
 エレクトラタワー戦で、スクランブラー部隊に破壊された。
「こっちも戦車を呼んでいいか?」
 マックはハティに訊いた。
「いいんじゃない? ガンランチャー残ってる?」
「いや……」
 マドックスは答えた。
「騎士道はどこへ? これが奴らの正体だよ!」
 アイスターは両手を振り回して、きっとどこかで見ているであろうレディに抗議した。
「またレギュレーションが違うってのか?」
 エイジャックスは、忌々しそうに立ち並ぶ戦車隊を見つめた。
「乗ってるのは州兵じゃない、MHの警備隊だ。奴ら、軍から借りたようだが?」
 マックはマドックスをジロッと見た。
「レディに確認する」
 エスメラルダはモニターを操作した。

 シェードによると、ロウワーマンハッタンのエリアは、再開発エリア「MH開発特区」という名のロートリックスの一種の私有地なのでインフラは再建されることが五年前から予定に組み込まれ、なおかつここには従業員も民間人も退去命令で残っていない。だから帝国側が自分たちのインフラを破壊する分には問題ないという理屈らしい。マンハッタン島の魔法陣の中で、ここだけはロートリックスの領土なのだという。それでいてロートリックス・シティは違うらしい。
 その「私有地」内で、アウローラ軍が破壊してもレギュレーション不問だというが、こちらの火力を計算してのことだし、第一連中と違って、アウローラにNYの町を破壊したいなどという願望がある訳でもない。なんにせよ、事実上レギュレーション第二条、インフラ破壊禁止ルールはここには存在しなかった。敵は事実上、限定内戦を崩して立ちはだかっていたのだ。
「つまりここ全体がMH城下町だから戦車OKってコト?」
 アイスターはレディに問いただした。
「そうです」
 シェードは、安保理限定内戦管理委員会により、このMH開発特区が戦場として認定されたことを伝えた。なかんずく、ロウワーマンハッタン東部の、再開発途上のエリアが主な限定内戦の舞台である。貿易センタービル街やウォール街は、なるだけ該当としない。目の前にいるのに。
「またかよ!!」
「セントラルパークの時より理不尽なこと言ってるぞ、あんた! 俺の気のせいじゃなきゃ」
 エイジャックスは抗議した。
「いいえ、まったく気のせいなんかじゃないわよ」
 エスメラルダも同意する。
 しかし、ここが戦場だと委員会から指摘されたのだから仕方ない。それだけ伝えると、以後シェードは国連本部に引っ込んだ。
「おい、卑怯だぞあんた、テメーッ!!」
 スーが怒鳴った。
「しょせん〝お仲間〟か」
 NYPDを全て味方につけ、大軍化したアウローラ派だったが、彼らの前に、再び帝国財団の隠しカードが立ちはだかった。帝国財団は、外周を囲んだ軍は動かさないものの、そこから戦車隊を駆り出し、MH警備局が操って対抗する。こちらの有利さを吹き飛ばし、勝利の算段が帳消しである。
 島の海側は、一者の塔がマンハッタンホーンを守るレーザー網が活動中だ。その半径は五百メートルで近づけない。マンハッタンホーン自体を阻止しないと、一者の塔(再起動中)は止められないし、第一軍が許さない。
 マンハッタンホーンの犯罪を暴くために、真正面から再び戦車隊と戦わなければいけないのだ。今更、マドックスに戦車を調達する手段はなかった。スーは依然として、ハッキングでマンハッタンホーン攻略を試みている。ハッキングマグネットの主力、サージカル・デストロイヤーを仕掛けた。
 アウローラ軍総大将ハリエットは、どうすべきか攻めあぐねたが、全軍、彼女の指示を待っていた。もう鳩が消えたなんていえなかった。どうするか……。意識の中で、鳩のロッキーのイメージを想起してみる。鳩なしで、意識を飛ばすしかない。
(少し、できる……)
 前に一瞬感じた。そうだ、これはリモートビューイング――。
「みんな、マンハッタンホーンは壊さないで! あくまで強制捜査よ。塔のリバース・エンジニアリングのシステムは保管して、差し押さえるの。できるだけ無傷で、人を死なせず、無血開城を目指すのよ!」
 その言葉は無茶な要求に、アウローラの将兵には感じられた。
「って言ったってなぁ……」
 エイジャックスは目前の戦車隊を観て、軽くボヤいた。日差しを浴びた戦車砲が、蜃気楼で揺れていた。破壊者マックの行為に反対する元刑事でさえ、ある程度の破壊は免れないと考えていた。

 信号はまだ緑にならなかった。
 朝日を浴びて、白いバイク「Sトロン」が現れた。アーガイル・ハイスミスだ。スクランブラー隊長が守備隊を指揮している。レナードとミラージュの姿は見当たらない。死んだと思いたいところだ。まだ、復活していなければだが……。
 MH前の鉄壁の守りを目の前にして、ハティはスピーカーを握ると、
「犯人に告ぐ!! アメリカ人の自由への意識を止めることは不可能です! アウローラは国民を抑圧する者から救い出す者であり、MHの強制捜査を開始します。そのために、今やNYPDは一丸となって、あなた方の組織犯罪に立ち向かうでしょう!」
 信号が緑に代わった。信号機が戦闘開始の合図だ。結果、降伏勧告は無視された。
 ハリエットは光十字のPMFを展開する。PMFでラッパ音を上空に鳴り響かせ、マンハッタンホーンへ向けて全軍を率いて、突撃を開始した。
 銃撃の雨の中、ハリエットは突進していった。彼女はPMFを展開して索敵しながら斬り込む。マック以下、YES部隊が追いかけていく。ハリエットの光十字ペンダントはナイフになり、剣になり、レールガンへと進化した。それはエレクトラ社のレールガンよりもはるかに強力で、すでに、アーガイルのサーベル銃剣の性能を上回っていた。スクランブラー部隊はハティとの直接対決を避け、アウトレンジ戦法に徹するより他にないはずだ。
 南の空から音もなく、ブラックヘリの大部隊がやってきて、上空に展開した。ブラックヘリ(ステルスヘリ)は、エイリアン・リバースエンジニアリング兵器である。浮かぶ大量ドローンとヘリ部隊が襲い掛かった。NY上空の「地獄の黙示録」だった。
「クソッ、何がリバースUFOは内戦に投入しないだ、ありゃリバース兵器だぜ!?」
 これまでもブラックヘリは襲撃してきた。
「ただし数が違うがな」
 今回は対戦車ヘリ、ブラックコブラの姿も現れた。ミサイル<ヘルファイヤー>を搭載する、最強の対戦車兵器が、戦車でもないこちらを狙ってくる。上から狙われたらお終いだ。この街では何でもありだ。上空からの攻撃は、白兵戦で無双するハティの光十字剣の威力を超え、アウトレンジ作戦に適していた。だがハティはPMFでラッパ音を発して、突撃していく。それは「ワルキューレの騎行」のようだった。

     *

「天のラッパ……黙示録のラッパが……!」
 MH内で、解雇されたギャラガーは床にへたり込んだ。
「……だ、大丈夫だ。立ち眩みがしただけだ。アーガイルがここで奴らを壊滅させる!」
 ギャラガーは頭を振って気を取り直した。MH守備隊は、アーガイルが勤めていた。
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