第38話 市長逮捕に至る病1 ポニーテールはごまかさない

文字数 4,142文字

 地に平和をもたらすために、私が来たと思うな。
 私は平和ではなく、地に剣を投げ込むために来たのだ。
                       マタイ伝

二〇二五年五月十日 土曜日

会議は踊る、されど動かず

 ギャラガーはロック市長を暗殺後、関係者をNYの政界から追放し、エレクトラタワーで、NYPDはアウローラの一斉逮捕に踏み切った。テロリスト扱いとなったアウローラは、たびたび弾圧を受けたが、ハリエットのライト・クルセイダーズの参加により、ディスクロージャーTVの放送に漕ぎつけた。
 市民を巻き込んだギャラガーのリコール運動で、ついにアランはギャラガー市長からNYPDの指揮権を奪い、州知事令を発して、特別捜査本部を作った。ロック市長暗殺事件の特捜は、ハンス・ギャラガーを容疑者として捜査に動き出した。
「市長の犯罪の証拠を提出したんだ。NYPDは捜査せざるをえん」
 ロウワーマンハッタンの、シティホールパークのNY市庁舎の向かいに位置するパークロウにある、NYPD本部庁舎。ここは、ポリスプラザ一番地と呼ばれている。総勢三万七千八百人のNY警官を束ねる中枢である。
 州知事が、ギャラガー市長の背任、暗殺犯として、合同捜査本部設置をNYPDに要請――。特捜が編成された。そこにTスクエア分署長・ハンターの勢力は含まれなかった。しかし、遅々として進まず、時間ばかりが過ぎていった。五日が経過した。
 アウローラは、ギャガラーが犯人である証拠を積み上げたが、NYPDの捜査本部会議で、署長代理は動かなかった。敵のスパイどもだった連中が署内で暗躍し続けているせいらしい。おまけに、エイジャックスを復職させる手続きも進んでない。
「このままじゃNYPDに対する市民感情は、不満が募るばかりだぜ」
 捜査会議に〝アドバイザー〟として出席していたエイジャックスは、廊下でハリエットに言った。
 するとハリエットは返事もせずに勢いよく駆け出すと、ドアをバッと開け、捜査会議にどなり込んだ。
「一体いつまで会議しているつもりなんですかッ!」
 事情を聴けば、合同捜査会議で慎重論が出て、一歩も動いていない。検事が難色を示しているという。ギャラガーを告訴することについて、証拠不十分で不起訴に持っていこうとしていた。警官でもないエイジャックスは指揮官として古株NYPDに反目され、説得しても動かないのだった。
 NYPDはこれまでロック市長暗殺犯に踊らされ、市民から腐敗警官の集団と目され、その権威は地に落ちている。屈辱はわだかまりとして残っていた。
 テロ事件を解決できず、事件の真相に及んでMIBやスクランブラーに操られ、彼らは今更独自に動くことに恐怖心を抱いていた。それは、殺されたくないというシンプルな感情だった。
 彼らの魂胆は読めていた。適当に会議だけを進めて、仕事をしているふりをし、結論を先延ばしする。一応検討したという格好を作り、このままうやむやに迷宮入りにしようというのだ。チンピラ刑事エイジャックスのような、元からはみ出し者の方が珍しいのだ。
「直接市庁舎へ向かえばイイじゃない? ――会議なんてしてるヒマはない。早くギャガラーを捕らえに市庁舎に! そこにすべての証拠がある。あそこを強制捜査することこそが、我々の勝利なんです!」
「何もなかったらどうする? 我々の首が飛ぶだけだ!」
 及び腰の警察幹部たちに、ジャンヌ・ダルクの様に怒鳴り散らす……エキセントリックな娘・ハリエット。この、信じられないほど冷めた空気の中、彼女の周囲だけ気温が上昇し続けていた。
「裏付け捜査だけで数か月はかかる。あるいはもっとか……これは捜査の常道だ、素人は引っ込んでなさい!」
「いったい裏付けに何年かけるつもりですか……これ以上、証拠が足りないっていうの? やるのは今よ、今しかない!!」
 慎重論の名目でごまかそうとする連中に、ハリエットは市庁舎の強制捜査に自分も最前線に参加して戦うといった。
「責任は私が取ります! あなたたちは私の後ろからついてくればいい!」
「勇敢な作戦だな、ただ不可能ってことを除いては」
 警部はニヤッと笑った。
「不可能なんかじゃありませんっっ!!」
「君は、NY市を大混乱に陥れている。ニューヨーカーたちは平穏な日常を脅かされ、苦しんでいるんだ。連日のデモやストで、どれだけ都市の機能がストップしていることか。我々は無秩序化したNYの警備だけで精いっぱいだ。少しは自覚したらどうだ? いくら君が父上を亡くして、犯人に復讐する権利があるとしてもだ、我々家族がいる者の気持ちも少しは考えたらどうなんだ?」
「オイ!」
 マックが廊下から部屋に入り込んできて、睨んだ。だがハリエットは続けた。
「私はこの町で見かけだけの平和を望んで、こんなことやってるワケじゃありません――、NYが闇に包まれてるときに、この街に光を掲げるためよ。その光で、一時的に混乱はあるでしょうけど、ネ、ええ……もちろん。でも目先の問題に目を背けて、大きな闇に包まれたままなんて、そんなこと私が許しません! あなた方がいくら正義ぶっても、巨悪から目を背けているのがよく分かる……。それはただの偽善です。私が立てば波乱が起こるのは当然です! このNYに嵐を起こすからよ! たとえどんなに相手が強くて、この先に巨大な困難が待ち受けてようとも、私は怯まない!!」
 NYPDの警察力は腐敗しきり、忖度や汚職の中に飲み込まれた。崩壊寸前のNYPDの正義の前に、ハリエットの声は正義の代名詞として鳴り響いている。
「今のあなた達は錆びたナイフのよう。NYPDバッジが泣いてるわ。研ぎ澄まさなくっちゃね!」
 何を言っても、相手は無言を貫き通した。さっさと会議室を出て行ってほしいという空気が部屋全体を支配していた。
「だから、ムダだって言ったろ?」
 切り替えが早いマックは出ていこうとした。
「説得しても無駄だぜハリエット、この連中は及び腰だ。俺たちだけでやるしかない」
 マックは戸口に立って、部屋を見渡して大声で言った。
「しょーがねぇ連中だ。外見も中身も年寄りばっかりだ。自分を守りたくて仕方ないのさ、こんなんでいつら集まったって元のNYを取り戻せるわけがない!」
 エイジャックスの懸念通り、NYPDは上層部からスパイまみれの、「魚は頭から腐った」状態だった。彼らは、ロックの一人娘など眼中になかった。
 NYPDの元テロ犯(アウローラ)に対する不信感に加え、一方でアウローラ側にもNYPDに対するわだかまりがあった。ハリエットはその間に立ち、NYPDとアウローラの同盟を組まなければならなかったのだ。
 廊下を歩きながら、ハリエットはマックに言った。
「まだ希望はあるわ。この作戦はNYPDとアウローラが一致団結することにより実現するのです!」

「エイジャックス、あなたをアランさんに頼んで復職させてもらいます」
「知事に?」
「NYPDにもマトモな警官はいる――あなたよ。あなたがNYPDの捜査本部長になって。そして、NYPDを立て直すのよ」
 小柄なハリエットはエイジャックスを見上げた。
「俺がか? あまり、気が進まん……」
「私たちの運動に賛同している警官はきっといる。そうでしょうエイジャックス――本当にあなたが信用できる警官だけを集めるのよ」
 NYPD内において、常に一匹狼のような存在だったエイジャックス・ブレイクという刑事。彼は、ハンター署長にアウトロー宣告され、自らNYPDを出ていった。目の前の少女によれば、その男が、今度はNYPDを率いるのだという。
「アランさん、知事令を出し直してください! NYPDにもう一度、新しい捜査本部を作るって」
 ハリエットに詰め寄られ、アランは無言でうなずいた。
 ……古株が改心することはない。だから捜査本部をゼロから立ち上げるしかないのだ。
「私からもお願いする、エイジャックス、引き受けてくれないか」
 アラン知事は、エイジャックスを復職させて、捜査本部長に任命して、人材登用を約束した。すると、エイジャックスはNYPD内に協力者の心辺りがあると、言葉少なく言った。
「さすが平和の使者、俺たちにできないことを平然とやってのける、そこに痺れる憧れる!!」
 アイスターが茶々を入れる。
「これでいいんだわ。年寄りは追放すればいい、若者だけで改革を!」
 本部とは別に、もう一つの捜査本部を設立する。一人、また一人と警官たちが集まってきた。ギャラガーのNYPDに対する叱責が、警官たちの恨みを買っていた。アランとエイジャックスの声に各地のNYPDから集まってくるNYPDは完全に分裂した。警官たちは、ギャラガーへの恨みつらみを語った。かつて反対された者はバッジを捨て、地位も名誉もなげうって。エイジャックスを捜査本部長に、何千という警官隊が参加した。彼らもまた、マンハッタンホーンの記憶がないものが多く存在した。
「まさに奇跡だな」
 ハウエルとアランは、その光景をまじまじと見つめている。
「しかし現にハティの、ただ一人の少女の前進しようという信念が我々を突き動かしてきた。それなしに、ここまで来ることはできなかった。彼女の言葉と行動には力がある。それは確かだ」
「あぁ……」
 だが、大勢力である帝国財団側のNYPDに対し、エイジャックスの新捜査本部は、捜査を〝身内〟に妨害されないよう、強制捜査を急ぐ必要があった。
 アウローラの隠れメンバーは警察だけではなく、裁判所の中にもいる。彼らは、調子を合わせてギャラガーの逮捕状を出した。
「市民の皆さん! これから市庁舎の強制捜査を行います!」
 ハリエットはトラックの上に立ち、拡声器をもって、デモ隊に宣言した。歓声と拍手が上がった。
「ほとんどの市民が、我々に賛同している」
 ギャラガー逮捕捜査本部がエイジャックス本部長のもと、ハリエットたちも捜査への参加権限が与えられていた。
 正面に見えるNY市庁舎を、ハンター署長の警官隊が守っていた。NYPDの警察同士が、NYで南北戦争のように知事派と市長派の二つに分裂し、今まさに全面衝突の時を迎えようとしていた。アメリカ警察史上、前代未聞の事態だった。
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