第35話 エレクトラ事変3 ジャンヌ・ウォークイン・ハリエット

文字数 4,862文字



二〇二五年五月四日 日曜日 午前二時

「この建物には自家発電装置への切り替えの配電盤が何か所かある。省エネのためなんですってね? さっき待ってるときに、シェードさんから聞いたわ。屋上にも配電盤があるんでしょ?」
「あぁ、ある……だが」
 髪をくしゃくしゃにさせたハウエル社長が返事した。
「自家発電装置に切り替えて、他のエレベーターを動かさずに、社長専用機だけを動かす。そこから、地下へ一気に降りる!」
「屋上からブラックヘリが来るぞ、そこで我らは狙撃される!!」
 屋上にはヘリポートがあり、下に迫った敵部隊と連携し、上空から射撃を受けることは容易に想像できた。
「ヘリは来ます。でも彼らは、空から思いがけない出来事で邪魔されるでしょう」
 ハティの言葉は驚くべき予言というべきものだったが、誰もがポカンとして聞くしなかった。
「援軍などないのだぞ!」
「私を信じてッ!」
 ハティは、その予言の内容を言わなかった。
「――ハティは鳩を目にすることができるんだ」
 アイスターが補足のつもりで言ったが、かえって相手の不審を募らせただけだった。
「そう云われても……」
「まだ倒れてはいけません、チャンスがあるなら最後まで戦うべきです。あなたには力がある。あなたはこのNYで一番力を持った州知事じゃないですか!」
「今の私は――いや、州知事などずっと前からロートリックスの操り人形にすぎない。私は非力だ。期待しないでほしい」
「あなたを操り人形でない真の知事にするために――私が力を貸しますから! アランさん、さぁ!!」
 ハリエットは手を差し伸べた。アランは、ハリエットに後光が差して見えた。目がロックにそっくりだ。父親譲りの頑固さ、いや力強さ、さわやかさ。アランはカッと目を見開き、無言でうなずくと、ハリエットの手を取った。
「ともに立ち上がりましょう!」
 マックがしんがりを勤め、アウローラの幹部陣はズラズラと非常階段を進んでいく。階段への施錠された扉は、スクランブラーのプラズマ弾にすぐ突破された。プラズマ弾はあらゆるゲート、防火シャッターを破壊する。チェイスを演じながら、しながら、アウローラの幹部十数人はおよそ百人の警備局と合流し、屋上へ出た。
「私に続いてッ!!」
 進撃しながらハリエットは叫ぶ。何とか攻撃を避けながら、全員無事屋上へと出た。アランたちを無事ここから脱出させる戦いは、始まったばかりだった。

 屋上の扉を開けると、外の風は強く、夜空は濃密に曇り、摩天楼街の光を浴びた雲が、うっすらと赤や青に輝いていた。地上四百メートル、そこからさらに七十メートルの伸びた電波塔が発するイルミネーションの色だった。それは刻々と変化していた。
 屋上テラスへ一度出た直後……下でNYPDが押し寄せる気配を感じた瞬間、別出口から特殊部隊とスクランブラーがドッと屋上へ押し寄せてきた。ハティたちとは、ほんの三十秒しか違わなかった。マックとエイジャックスは、屋上で激しい銃撃戦を繰り広げた。白服は強化兵(スーパーソルジャー)の身体能力に加え、AI戦闘予想で弾道を画像解析で予想、弾を避けるだけでなく、跳弾を使える。彼らを相手に、弾が跳ね返る恐れのある壁や、物体を背後や近くにして戦うことはできない。マックは空中爆発を引き起こすと、粉塵によってかろうじて第一波を撃退した。
 屋上の端に、金網の柵があり、その中に配電盤があった。
 すぐに、白髪の女が率いる第二部隊が上がってきた。彼女もプラズマライフルを携帯している。エイジャックスは、その女に見覚えがあった。以前、ルーフトップバーで話しかけてきた女だ!
「第二波だ……! た、弾が足りん」
 エイジャックスは、残り僅かとなった弾倉を観る。マックは屋上を爆破しようとし、エイジャックスに止められた。
 摩天楼の向こうから、黒い影が急接近してきた。無音のブラックヘリだった。進むも地獄、退くも地獄――。
「終わりだな……やはり、待ち受けていた!」
 アランは観念したように呆然と空を見た。アウローラたちをハティが見ると、一様にヒヤヒヤしている。
「私を信じて! 私には自由の女神のご加護が付いているから!」
 ハティが声を張った瞬間、弾が飛んできた。だが、ハティは敵の跳弾を避けた。アランたちは次の瞬間、ハリエットの胸の光十字ペンダントが眩く輝きを放つのを目撃した。
「これから私の光十字が奇跡を起こして、ブラックヘリは墜落していくわ!」
 ハリエットは鳩ビューイングの観えるままに予知した。
「およそ三十秒後、新手のスクランブラーが二百人のNYPD警官を連れて、東口から上がってくる」
「まるで“見えている”ようだ」
「ええ、そうです。私には観える。あの白服たちがどこに潜んでいるのか、どこから来るのか!」
 敵のステルス機能は、今のハリエットには丸見えだった。
 NYPDから見ると、ハティたちはテロリストそのものだった。スクランブラーとNYPDの特殊部隊と、エレクトラ社の警備局が正面からぶつかった。依然、アランはハリエットのアプローチに半信半疑だったが、乙女ハリエットはその都度「任せなさい」と畳みかけた。
「アイス、あの配電盤にアクセラトロンを設置してッ! そうすればエレベーターを操作できる。止まることなく一気に地下へ!」
「了解!」
 アイスターは屋上にある非常用電源の配電盤に駆け寄り、鞄の中身を接続した。すぐにアクセラトロンが作動を開始し、配電盤は輝き始めた。雲間から出現した満月がまばゆく輝きを放ち、強烈な光十字の輝きで増幅され、空半分を覆った。さらにハリエットのハートチャクラに光十字ペンダントが感応して、エレクトラタワーの尖塔が、オレンジ色に煌々と輝き始めた。まるで、その光が乗り移ったようだった。誰もが驚いて見上げていた。
「あ……あれは、タワーの先端が? 君の、光十字と……セントエルモの火のように!」
 スクランブラーが再び動き出そうとした瞬間、エレクトラタワーの先端の真上に、巨大なオレンジ色の光球が生じた。
 摩天楼の天空に稲妻が走り、稲妻とオレンジの光球が、スクランブラー部隊に襲い掛かった。ハリエットが光十字を胸に掲げて、防御の意思を示した瞬間だった。ベンジャミン・フランクリンが発明して二六十年、電波塔はそれ自体が避雷針の役割を果たし、稲妻を自在に操作しているようだった。
 光球は上空でまばゆく輝いて、光十字を形成し、辺りを照らした。その後、月が巨大な光十字月光になった。太陽十字と同様、神秘的な奇蹟だ。月はグングンこちらに迫ってきた。
 エレクトラタワーの光十字のPMFで、ハリエットは敵の動きを阻止したのだった。
 さらにスクランブラーたちは、奇妙な動きをし始めた。強化兵の彼らは、AI戦闘予想のハイテク武装をしている。ところがそのシステムが、PMFによる電磁パルス攻撃のジャミングを受けて、高性能プラズマ銃を使用できなくなったらしかった。ハイテク重装備のスクランブラーや特殊部隊が、身動きを取れずに隙をさらした。彼らは、下の階へと撤退していく。
 ドガガガガガアア!!!
 攻撃が一切静止すると、さらに、強烈な光の洗礼を間近で浴びたブラックヘリが制御不能に陥り、アウローラの反撃を受けて、地上へと落ちていった。下の公園に集まっていたNYPDがワッと散った後に、機体は地面に衝突して大爆発を起こし、四散した。
 光十字が満月に感応し、静かに光十字月輪を生み出している。すると、銀色の光を帯びたハリエットの光十字にさらなる変化が起こった。
 強烈な奇蹟の光をバックに、ハリエットの右手が掲げた光十字ペンダントは、黄金のハート(心臓)の形になって、真っ赤な薔薇のように輝いた。
「ジャンヌ・ダルクの遺体は最期、敵によって何度も何度も燃料が加えられ、徹底的に焼き尽くされた……!! 聖遺物とならないように! ――そう、そのハズだった。けど、心臓だけはバラ色に輝き、決して燃えなかったの! それはジャンヌの心臓(♡)は、決して彼女の精神は燃え尽きることがないという、正真正銘の奇蹟の証だからよ! そして自由の女神はフランスの方角を見つめて、ジャンヌの意思はアメリカのここNYに継承した! 私は自由の女神を通して、このNYにジャンヌのハート(精神)を受け継ぐ!!」
 強烈なフラッシュが輝いて、光十字が変化したジャンヌ・ダルクの心臓を掲げたハリエットは、アクセラトロンこそがエレクトラタワーのハートだと感じていた。掲げた金属製の心臓は、中心がピンクで、青白くガスコンロのように燃えあがっていた。
 NYの自由の女神とは――ジャンヌ・ダルクのことだ。だが、今やその精神はこの国で、形骸化していた。ハリエットは女神と一体化して、カーッとなって様変わりすると、自由への宣言をした。
「自由の女神のトーチを掲げて、NY市の闇を照らすのよ!!」
 天はハリエットに助力した。ハリエットが持ったジャンヌのハートは、やがて剣の形状へと発展した。ハウエル社長も信じて頷く。正真正銘の奇蹟だ。
「君は……、PMFが使えるのか!」
 振り向いたアランはうなずいた。
「はい」
「確か日本人しか使えないと思っていたが!」
 ハリエットの予言は的中し、アランを驚かせた。初老の男は、少女の姿に感銘を受けていた。
 月十字の光は、徐々に弱まっていった。
「君の、光十字ペンダントはロックの形見だな?」
「えぇそうです」
「君に、神秘の力を認めざるを得ない……」
 アランは屋上から光十字を見上げて、
「何のために……生きてるのかさえ……もう分からなくなっていた」
 とつぶやいた。
「人生の意味はひとつよ。生きるという事……それだけよ」
 そっと彼の肩に手を置き……ハリエットは励ます。それは、フロムの言葉だ。
「戦いましょう。私と一緒に」
「あぁ……分かった」
 ハリエットの光十字は、彼女がレジスタンスのリーダーとなる役割を授かったのだと、アランは感じた。
 大型業務エレベーターは三回に分けて、百余名を運んだ。

     *

 アイスターの持っていたアクセラトロンの影響で、エレクトラタワーには燦然と、光十字が立ち続けていた。そして、エレクトラタワーはマンハッタンホーンとユグドラシルの5Gの支配を逃れていた。
「あの少女は――、これは、塔の作用ではない! 奴は一者の塔なしで天空を操作……いや……月を操作なんかできるはずがない。だとすると――天を味方につけただと!?」
 路上に撤退したアーガイル隊長はつぶやいた。
「天を味方につける――ですと? 何を馬鹿な、そんな急に、信心に目覚めたようなことをおっしゃる?」
 ハンター署長は皮肉を込めて返事をする。
「バカは貴様の方だぞ」
 アーガイルは首をつかんで締め上げ、ハンターを片手で宙に釣った。
「よ、よせっ殺す気か!」
 アーガイルは署長をパッと手を放すと踵を返し、バイクに乗り込んだ。

     *

 エレベーターと階段を使って、NYPDの大部隊が、四十階の会議室Bへとなだれ込んだ。情報は錯そうし、下からでは上の戦闘状況は不明だった。
「――ハウエル社長は?」
 誰もいなかった。椅子が床のあちこちに転がっている。社内は物が散乱し、もぬけの殻だった。複数人いたスクランブラーたちの姿もどこかへと消え失せている。
 爆発の連続で、エレクトラ本社は屋上に至るまで、無残に破壊されていた。(※主にマックがやった。)一時閉鎖に追い込まれ、社員たちは翌日からリモートと、社が代わりに用意した臨時オフィスで働くことを余儀なくされた。同時にハウエル社長の命を受けた秘書官シェード・フォークナーより、レンタルオフィスの一時中止がSNS上で発表された。
「本社は閉鎖だというが、実際は、エレクトラ社自体がNYの連続テロ犯の関与を疑われ、強制捜査が入ったらしい。……今のところ、非公開情報だがな」
 ZZC社内では、すでに噂が流れていたが、誰もが「まさか」、「ありえないぞ」等と、半信半疑のままだった。
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