第66話 エクスカリバー光十字を持つ女 一者の塔とハリエット

文字数 4,794文字



二〇二五年六月十七日 火曜日 朝六時

「スクランブラーは、ハティのPMFを計測して、自在に戦車陣を変える戦術を取っているんだ」
 だからこそマドックス軍団は、マンハッタンホーン前で大々的に形だけの陣を造り、そこに「見せかけのハティのPMF」を展開することにした。見せかけだけとはいえ、数値上、強大なPMFがアウローラ軍に展開している必要があった。実際のPMFの性質は、ハティのものよりはるかに脆弱だった。要は計測器を騙せればよかったのだ。
「なーるほどねェ、ミラージュ作戦か!」
 ポールがうなった。
「準備万端、怠りなしだ」
 その陽動作戦を担当しているのが、アクセラトロンを操る魔術師アイスター・ニューブライトだったが……、一つ問題が。
「グリコーゲン!!」
 アイスターの銃が火を噴いた。
「おい! 誰かこいつに銃の撃ち方を教えてやれ!」
 マドックス将軍は、アイスターに撃たれそうになって怒鳴った。
「だから俺に銃を持たすなっつーの……」
 自衛のための銃が、逆に仲間の脅威になっているんじゃしょうがない。
 MH守備隊は、「ハリエットのPMF」に次第に押されていた。アーガイルはMH特区で、なぜか健在なハティのPMFを警戒し、かろうじて力の均衡が保たれた膠着状態を保った。そのおかげで無事、別動隊のエイジャックスたちはMH内に潜入できた。
 ハリエットはマンハッタンホーンの裏側へと回った。当初、マンハッタン湾の各島は軍に占拠されていると考えられていたが、実際には不思議と軍の姿を見かけなかった。表門の戦いで、マドックスの陽動作戦が効いているのだ。軍はそちらへ回されたのだろう。代わりに、塔のセキュリティが働いている。
 ハリエットはマドックス将軍に隊を任せると、すぐその場を離れていた。たった一人で、ハティは塔のPMFの嵐の中、PMFステルスを発現させて、レーザーシステムを避けながらおよそ二キロの距離をボートで疾走した。

NYのファラオ

 マンハッタンホーンは、NYに出現した世界最大のピラミッドである。ピラミッドの役割は、その中で行われる秘儀にあった。大回廊を秘儀参入者が登ることで、ピラミッド内に集まるPMFを受信する。階段を上がるにつれ、PMFはどんどん彼の中に蓄積されていく。最後、王の間に到達するとPMFは拡散する。その瞬間、彼はピラミッドのPMFと一体化してファラオとなり、古の神霊たちとの交霊の瞬間を迎える――。
 二十九歳のジェイド・世界皇帝が行うファラオPMF儀式は、よみがえるシリウスの光団の伝統をはるかに飛び越え、NYに出現したピラミッド内の階段を進む、ファラオとしての儀式へとオリジナル改変を施していった。白衣のマントを羽織ったジェイドは、右手に火をまとう剣ガラドボルグを構え、階段を進んでいくたび、立ち止まっては幾つもの名を唱えた。

 俺はNYのファラオ。秘儀に到達する者。
 俺はバビロニア上帝(オーバーロード)、――かつて、世界を亡ぼせし罪人。
 俺はアーサー王、――エクスカリバーに選ばれし英雄。
 そして、ジェイド・ロートリックス帝、パワーコントローラー、――この星を継ぐ者。
 ガラドボルグに要求す、そのすべての力(PMF)をわが身にッ!!

 ジェイドの聖剣ガラドボルグが紅蓮の炎をまとった。アウローラ軍が、MH城内に侵入しているらしい。たびたび館内で警報が鳴っていた。だが、それを覆すことは可能だ。自身が、“アーサー王”の力を手に入れさえすれば。三百万サイコテスラ(PMFの単位)の理論値のフルパワーPMFに達したジェイドは、ついに王を受肉したと確信した。

 MH正門側で大爆発が起こったのは、その直後のことだった。マドックス軍団は、天から炎をまとい、剣を携え、白マントを羽織ったジェイド・ロートリックスがゆっくりと路上へ降りてくるのを見守った。
 ジェイド帝はその実体をMHの儀式の間に置いたまま、ガラドボルグでPMFを振ってマカバフィールドを展開すると、アストラル体を実体化させた。
 世界皇帝が手にした白銀のロングソードによって、MH前にPMFの嵐が吹き荒れ、アウローラ軍が軽々と吹き飛ばされていく。その剣先から発せられたレールガンの連射は、放置車や戦車等を吹き飛ばし、一瞬でがれきの山を炎で包んだ。ガラドボルグのPMFは、敵味方関係なく蹴散らしていった。
 ジェイド降臨に……戦場がざわついた。青・緑・赤の三重のハローの中心に、人型の輪郭が浮き上がっていた。ロウワーマンハッタンの空気が一変した。マドックス軍団は殲滅の危機に陥った。
「何だアレは……歩くデススターか!?」
 マドックス将軍は、一時退却を命じる。
「待ってたぜー、ジェジェジェイド!!」
 アイスターは軽口を叩いたが、最悪のタイミングの招かざる客だった。もう少しで、マドックス軍はアーガイル隊を退かせる瞬間だったのだ。
「飛び上がったぞ!?」
 ジェイドはおよそ百二十~百五十メートル上空を、音もなく浮き上がって、ゆっくりと戦場の上空を移動した。
「プラズマを発生させて、身の回りに展開しているんだ。人間ステルス戦闘鬼のお次は、人間デススターのご登場だよ! ヨロレイピー!」
 アイスターは及び腰になりながら、アクセラトロン増幅器でPMFを奏でる。敵は「ハリエットのPMF」を察知して襲ってくる。つまり、こっちへ来るッ! しかしここで、彼が戦場を離れるわけにはいかない。
「オシマイだな……」
 アイスターに銃を持たせた男、ポール・ブランカがボヤいた。
「俺なんか笑みが浮かんできた……」
 アイスターは、引きつった笑顔でつぶやいた。
「今のところわが軍にヤツを止める手立てはない――、ハリエット、急ぐんだ!」
 マドックス将軍は、アウローラの勝利の女神にすべてを託すことにした。
「こちらは後何分持ちこたえられるか分からん!!」
 軍は市庁舎に向かって、徐々に押し戻されていく。MH内で儀式を進めながら、アストラル体を飛ばして攻撃を仕掛けるジェイドは無敵だった。彼がこちら側に気を取られているのは幸いだったが、いつMHの海側へ回ったハティに気づくか分からない。

 市庁舎の青く輝く小さな光十字のPMFを頼りに、立てこもったアウローラ軍は、強大なジェイドのPMFに押されていった。人間デススターか人間波動砲か、未知の超パワーに恐れる他に選択肢はない。未だレギュレーションが守られているとはもう誰も考えなかった。これでももし守られているのだとしたら、国連安保理など信じられない。戦場エリアに指定されているロウワーマンハッタンより以北へ脱するより他になかった。――だが、それはこの戦場エリアでの敗北を意味した。それでは、ハティのこれまでの努力は無駄になってしまう。
「エー、宴もたけなわですが……」
 アイスターは及び腰になって、装置から離れた。
「逃げた方がいい。見つかるのは時間の問題! こりゃモウ持たん!」
「もうダメだ!」
 ポール・ブランカが同意した瞬間、ジェイドの猛攻を受け、アイスターのPMF発生装置が丸見えになった。魔術師アイスターのPMFはしょせんまがい物、防御に限界があった上、ハティの代役なんて、本人もガラじゃないことは分かっていた。だが、PMFのデータを写し取ったコンピュータを操作できるのは彼だけだった。ジェイド帝は、そこにハティがいると思いきや、絶句するアイスター・ニューブライトと目が合って……
「――そうか、道理で手ごたえがなさ過ぎだと思った」
 ジェイドは呟いた。アウローラの戦術は分かった。ハリエットがMH前で戦っているふりをして、アイスター・ニューブライトは、アクセラトロンの集合体を使って、PMFを生み出していたのだ。暫定指揮官となったアイスターは、ハリエットのPMFのフリを代理人として、軍を動かす中心にいた。ということは……
「しまった!」
 ジェイド帝はグルリとMH側――つまり海側へと振り返って――、
「そうか、彼女は……」
 ジェイドはハリエットがどこへ向かったかを察した。
 アイスターたちの目前で、ジェイドの姿が消えた。砲撃が当たったのかと思ったが、マドックス将軍は、ジェイドが爆発で吹っ飛んだのではないと気づいた。世界皇帝はマンハッタンホーンの裏側……海側へと向かったのだ。
「ハリエット!」
 間近で目撃したアイスターはジェイドが実体ではなく、PMFが作った実感を伴った像であることを見抜いた。むやみに攻撃を仕掛けてこなかった。ジェイドの目的は、やはり最初からNYの乙女ハリエット・ヴァレリアンだった。

     *

 同時刻九時、ハリエットは一時間かけてボートでリバティ島に上陸した。
 海側はタワーがマンハッタンホーンを守るレーザー網が活動中だったが、ハリエットは急ぎマンハッタンホーンの裏へと廻り、PMFでボートをスピード強化して海面を滑走した。一者の塔の射程距離を取って、無事海を渡り切り、上陸を果たした。NYユグドラシルの巨大なPMFのハローが湾を支配している。
 勝つか負けるかは紙一重!! ハリエットはマンハッタンホーン前でアウローラが一時膠着状態に陥り、自身も傷ついたが、決してあきらめなかった。マドックス軍団は全軍をMH前に集結させて、塔のタイムリミットまで引き付けてくれた。マックとエイジャックスはMHに潜入し、スーも中からハッキングしてくれている。その意思を無駄にする訳にはいかない。
 ハリエットは無人となったリバティ島を駆け、自由の女神像前へと立った。汗を流しながら、見上げる。正式名「世界を照らす自由」。胸の光十字ペンダントを右手でグッと握りしめ、目を閉じ、PMFを輝かせる。
 決戦前、ハリエットはひざまずき、女神に祈った。ジェイドと目覚めた塔の力に、全軍が押されていた。陽動作戦は成功した。ハリエットはジェイドの裏を見事かいたのである。ハリエットは自由の女神の力を借りて、援護射撃を仕掛ける。
 ハティはたった一人で、目覚めたNYユグドラシルと対峙しなければならなかった。女神の掲げるトーチの火の金属は、PM製だった。ハリエットは自由の女神へと同期し始めた。ハッキングを解除されたNYユグドラシルは、完全再起動を開始した。
「女神……私に力を貸してッ!」
 ハティは、光十字剣を天高く突き上げた。ハリエットは光十字で女神のトーチを青く輝かせて、NYユグドラシルの放つ、赤色のPMF光へと干渉した。
 ハティは女神から力を授かり、強大なPMFを展開して、マンハッタン湾で場と場がぶつかり合った。両者のボルテージは次第に上昇していき、“力”と“力”が重なり合って、異常な時空を形成している。それがロウワーマンハッタンに、時空のハレーションというべき現象を引き起こした。
 それはただちに、MHの技術者リック・バイウォーター、およびジェイド帝に感知された。ジェイドの意識は、いったん儀式の間に残された肉体へと戻った。ジェイドはリックとともに状況を確認すると、スクリーンにリバティ島の自由の女神を映し出して、再度意識を集中させた。
「奴め、なんという強大なPMFだッ!」
 さっきまで三百万だったハティのサイコテスラの数値が七百万、八百万と、次第に上昇していく。
「いくら総帥閣下でも、今ハティと戦ったら、お体がもちませんよ。ここはユグドラシルにお任せを」
「いいや、ヤツを倒すには俺自身の力も加わらねば――、塔だけではあの力はとても抑え込めん!!」
「ん――――……、どうでしょう? まぁどうしても、というなら止めませんが――」
 どうせ言っても聞かない、とリックは半ばあきらめていた。
「それよりお前たちも脱出しろ。教授は生身の人間なんだから」
「いや……総帥を置いてそれは」
「ここから先は俺と彼女、PM使い同士の二人だけのステージだ」
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