第32話 AURORAアウローラ<黎明>

文字数 6,787文字



二〇二五年五月三日 土曜日夜七時

 レディことシェード・フォークナーに案内されて、ライト・クルセイダーズの七人は、セントラルパーク・サウスエリアに建つ、エレクトラタワーに到着した。人が上がれる屋上には約七十メートルの電波塔が建ち、それを含めると高さ五百メートルはある。
 このエリアは、セントラルパークの南端にある五七~五九ストリート、および東西は五番街から八番街にかけての地区で、一流ホテルや超高層の高級アパートメントなどが立ち並ぶ。カーネギーホールなどの文化施設も充実。NY一セレブな場所に建つ、NYのランドマークにして、世界的テクノ企業エレクトラ・エレクトロニクスのNY本社だ。
「本当にここなのか?」
 エイジャックスは、さすがに間違いではと何度もシェードを見た。
「えぇ、間違いない。私、エレクトラ・グループの社長秘書官よ」
「エレクトラの!?」
「大企業じゃないか! NYに本社を構えるエレクトロニクス産業の老舗だぜ」
 まさかディスクロージャーチームがこんな大企業にオフィス拠点を持っているなどと、想像もつかなかった。兵器やロボット、軍事衛星、医療技術の研究開発を行っている多国籍企業である。ここはかつて映画「キング・コング」で、コングがよじ登ったことでも有名なビルだ。今日ここへ来るまで、ハリエットはてっきり、エレクトラ社は「体制側」の“一味”だと思っていたのである。
 入口にエレクトラ女王の銅像が立っていた。社名はギリシャ悲劇の「エレクトラ」に由来する。
 エレクトラ女王は父を殺した相手に復讐するために、女児が父親に対して強い独占欲的な愛情を抱く。そういう物語だ。それで、「エレクトラ・コンプレックス」という言葉の語源となった。ハリエットは自身がファザコンであるがゆえにNYの支配者に復讐心を抱いているのだという、不思議な因縁めいたものを感じた。
「ってコトは……まさか、アーネスト・ハウエル社長が?」
「そうです」
「エレクトラがレジスタンスそのものだった――なんてッ!」
 ヴィッキー・スーは興奮気味にささやいた。社員たちは、アウローラが会社の会議室に集まっていることを知らないらしい。
 土曜の夜七時三十分。本社は公休で、人がほとんどおらず上階の会議室Bに二十数人、それに施設管理と警備局だけが残っていた。
 今夜、ここで秘密会合が行われる……。そこに、各地からレジスタンスのリーダーが集まるのだとシェードは言った。ロック暗殺以来、NYに猛威を振るうテロリストたち、いや、レジスタンスたちの――、「スター・ウォーズ」の同盟軍である。今日は彼らの、マンハッタンホーンに対する今後の計画が練られることになっている。ついに、ハティは秘密レジスタンス組織へとつながった。

 四角く並べられた長テーブルに、スーツを着た男たちがずらっと並んでいた。
 アーネスト・ハウエル、エレクトラ社CEO。ヘンリー・マドックス将軍。そして、アラン・ダンティカ知事。以下、十数人のメンバーたち……超党派のNY市議および、財界、軍人たちで構成されるレジスタンス。シェードはエレクトラ社の社長秘書官。こにこは……ロック市長の葬儀以来のメンバーがそろっていた。
「ハティ!」
「お久しぶりです、ハウエルさん」
 ハリエットは駆けて行って、社長の手を握ると、両手で握手した。
「君には苦労を掛けたな」
「アラン知事も……ですか?」
「驚くほどのことではない。お父上の支持者はかなり多いのだ」
 アラン知事は、そう答えてほほ笑んだ。そして、ここの組織のリーダーは、もともと亡きハリエットの父、ロック・ヴァレリアンだった。
「パパ……パパが――、ディスクロージャーチームの、リーダー?」
 超党派で結成された、ロック・ヴァレリアンのシンパたち。ハリエットは父の仲間たちを明治維新の松下村塾にたとえたが、あくまで比喩で言ったつもりだった。ところが、父の作った組織は、この世界線のNYで、日夜、敵と戦う地下レジスタンスの伝説のリーダーなのだった。
「我々の組織名は、アウローラだ」
 父の秘密組織の名は……「アウローラ・フェローシップ」! アウローラとは、ローマ神話の曙の女神の名前である。ロック・ヴァレリアンが若いころ、妻・リオと、ロッキー山脈で観たオーロラの奇跡体験に由来する。その時、光十字が出現したらしい。ロックは霊感を得て自分の使命を悟り、その直後に、リオはハリエットを身ごもった。
「パパ……」
 アウローラ(黎明)は、本格的な内部暴露軍人で構成されたディスクロージャープロジェクト・チームだ。軍関係者も多数所属していた。
「ロックはラリー・E・ヴァレリアン大統領の遺を継ぎ、暴露しようとした」
「父を殺したのは、あの白服たちですね」
 ハリエットたちが散々戦った相手だ。
「そう。円滑化部隊スクランブラーだ」
 ハウエル社長の口から出ると、また一層真実味が出てくる。
「正式名はデルタソルジャー、奴らは殺し以外はしない。要人や、フリーエネルギー研究者の誘拐・暗殺等、ロートリックスの計画を円滑に進めるために、都合が悪い相手の抹殺を手掛ける特殊部隊だ。四十年前のラリー・E・ヴァレリアン大統領暗殺にも関与している――Tスクエアの真犯人はアーガイル・ハイスミス、隊長にして冷酷無比のスナイパーだ」
 アーガイルという男が、父を殺した! 闇の円滑化計画のもとに作られた円滑化部隊だが、その実態は秘匿されている。
「ギャラガーに対する銃撃もフェイクだったの?」
 エスメラルダが質問した。
「でも腕を怪我してたわ」
 ハティも頷く。
「下手したら奴も死んでるぞ」
 その点はエイジャックスも腑に落ちなかった。
「スクランブラーのAI戦闘予想による正確な弾道計算は、跳弾も完璧にコントロールできる。ギャラガーのけがも、もちろん計算してのことだ。死なない程度に被害者として演出する、偽装工作だった。そして君を――エイジャックス刑事を襲い、コロンビア大にも出張ってきたのは副長のレナード・シカティック。この男はやりすぎるクセがある」
「確かに」
「マックといい勝負だったね」
 スーが皮肉を言う。
「だが、並の兵士の体力じゃないな」
 エイジャックスは首を横に振った。
「確かに殺したはずなの。けどまた出てきた」
 もしもあの時コロンビア大で、アクセラトロンが起こした赤い光の爆発がなければ、ハリエットたちは無事脱出できなかっただろう。
「傷の治りが尋常ではないスピードなんだ。よほどの致命傷を与えない限り、二十四時間以内に回復する」
 マクファーレンが言った話は真実だった。
「人間なの?」
「スクランブラーは超人か?」
「軍とロートリックスの軍事部門が共同開発した戦闘強化兵(スーパーソルジャー)だ。人間ステルス戦闘機の異名を持つ化け物だ。一騎当千の働きをする上、不死身だ」
 スクランブラーはスクランブル・アタックから来る。名前の通り緊急発進を意味する。ロートリックスにとって敵とみなすと、真っ先に駆け付ける。そのスピード感や戦闘機並の戦闘力は、人間業ではない。
 彼らは常にレーダーなどでNY市内を監視していて、テロリスト容疑者を発見すると、スクランブルチェックを経て、スクランブルオーダーに従い、対象に急接近するように「設計」されていた。
「ただ一つ特徴があってな、全員なぜかイングランド出身のケルト人で構成されている」
「選民思想かな」
「MIBとは別モノか?」
「別だ、MIBは宇宙人問題限定で出てくる。暴力は使わん。超自然的な存在だ」
「MIBの超能力って?」
「神出鬼没、テレパシーで人の心を読み、UFOに遭遇したものに対する警告や脅迫を行い、口封じを行う」
「人間なのか、宇宙人なのか?」
「正体はよく分かってない。半分は宇宙人で、もしくは人間がなりすましてるのかもしれん」
 ハウエルが続けて答えた。
「……スクランブラーを操っているのはギャラガー市長その人だ。ロック前市長暗殺後の今、NYはギャラガーによる大弾圧が行われている。UFO公聴会の後、強盗に殺されたワインバーグ上院議員も、実はスクランブラーに殺された。彼は命がけで表立って政府を批判したAURORAの残党だ。彼のためにも、これまで亡くなった者たちに祈ろう」
 アラン知事の提案で、会議室にいる者は全員、アウローラの死んだ者たちに一斉に祈りをささげた。
「しかし、なぜこんなにもあっさりと大胆に殺すようになったのか」
 ワインバーグ議員だけではない。エイジャックスは茫然と、これまでの出来事を振り返った。
「なりふり構わぬ、彼らの遠大な計画が、もう間もなく実現に向けて突っ走り始めた証拠だろう」
「ここに、父の遺産があるのですね?」
 ハティの問いに、アラン州知事が頷いた。

帝国

「ギャラガーの上で、ヤツを操っている連中のこと教えてくれないか」
 エイジャックスは右手を上に向けた。
「ねェ、帝国って何のコト? アイスターが言ってた――」
 ハリエットも尋ねる。
「その、帝国ってのは、超大国アメリカの事か?」
「いいや違う。USAを影で支配する連中であることは事実だがな……」
 アラン知事は首を横に振る。
「影の政府(ディープステート)?」
「それはあいまいな表現だ、軍産複合体の大財閥、ロートリックス・グループのことを差す。彼らは、NY―アメリカを支配する『帝国財団』と自称している」
「帝国……財団?」
「初めて聞いたな」
 ハリエットたち七人は、誰もが思っていた。
「その“帝国”ってのは、比喩なんだよな?」
 エイジャックスは、アイスターをちらっと見た。
「いいえ違います。現代の『帝国』とは多国籍企業のこと。もはや現代では、国家は帝国たり得ない。それはグローバル経済を担っている実体を指します――」
 シェードが言うのは、二十一世紀の資本主義社会で起こっている現実だった。例を挙げると、ネット通販最大手パックス・アマゾニカも、ロートリックスが株を保有している。ハリウッドの映画会社もだ。そんな風に、グローバル化を体現した多国籍企業を「帝国」と呼ぶ。それを実行する者を帝国財団というのだ。
「史上最大の帝国だ。ローマ帝国、モンゴル帝国、大英帝国など……歴史上存在したどんな帝国よりも規模が大きい」
 アランNY州知事が言うことで、真実味がグッと増した。
 この地球は“帝国”が支配している。だが、帝国とは国家の枠組みを超えた存在だ。グローバル経済の旗手は多国籍企業であり、その中でも軍産複合体と金融を代表するロートリックス帝国財団こそが、現代の“帝国”なのである。
「国家は溶け出す、という。もはやアメリカが世界を支配している時代は終わった。これからはロートリックスに代表される“帝国”の時代なんだ」
「一つの会社が国を乗っ取るって? そんなことできるのか?」
「国じゃない、世界だ」
「世界……全世界ですか?」
「そうとも、帝国がある以上、帝都があるという訳だ。それがここNY」
「……ビッグアップルがか? 俺たちの」
 エイジャックスの中で、街の景色がグルグル渦巻く。
 同じ理由で日本には「東京帝國」があり、新宿に帝都が存在する。さらに欧州にはオーストリア・ハンガリー帝国を祖とし、「神聖ドナウ帝国」を自称するゼレンヴァルト帝国財団が存在し、ブダペシュトに帝都が存在した。自由主義圏の国家群を支配し、地球に君臨する三つの帝国は、日米欧三極持続可能委員会でつながっていた。
「で、その帝城がマンハッタンホーンってワケヨ!」
 アイスターが言った通り、全ての謎はやはり、マンハッタンホーンにあった。
「ロートリックス社の中で大きく締めている分野が軍事産業、戦争のシナリオを決めるビッグビジネスだ」
「現在の中東のならず者国家への軍事介入も?」
「帝国がやっていることだ」
 中東の軍事介入は、当事国同士に謀略を仕掛け、なおかつ仲介するアメリカ政府を操ったロートリックス社の戦争ビジネスだった。アメリカは、軍事侵攻した中東のならず者国家と戦争し、泥沼と化していた。
「中東での戦争は止まず……その是非を問われ、アメリカは国際社会で孤立している。しかし、ロートリックス社は国家が勝とうと負けようと丸儲けだ」
 アメリカの中東での戦争は、国内に暗い影を落としていた。
「先代のクラウス・ロートリックスは九十二歳で老衰死、現在は二十九歳のジェイドが総帥となった……彼が世界皇帝なのね」
 ハティは思い浮かべた。ジェイド……父の葬儀にしゃあしゃあと顔を出し、ロウワーマンハッタンの路上で、車で水を跳ね、ハリエットをずぶ濡れにして、紳士気取りで傘を貸した赤毛の若い男。
「あの人工山には隠された意味が存在する。世界最大のピラミッドという意味がな。ジェイドはそこで、世界皇帝として“即位”したんだよ。正式にはパワーコントローラーというらしい。古代ピラミッドは宇宙人を呼ぶコンタクティの神殿でもあった。あのNYユグドラシルを、彼らは『一者の塔』と呼んでいる。現代のバベルの塔だ。シュメール時代からそう呼ばれていた。中東の軍事介入は、シュメール文明の遺跡、バベルの発掘と関係していると考えてよいだろう。発掘を進めているのは、ロートリックス社の系列グループだからな」
「軍事機密でもっとも秘匿されてきたのが、UFO・宇宙人問題だろ? ――なぜ宇宙人は人間をさらう?」
 エイジャックスはさらに質問をぶつける。
「この国は長らく宇宙人との不平等条約を結んでいるが――、軍団複合体はこれを、テクノロジーを独占できるチャンスと捉えた。もし呑まなければ地球は侵略される……そう当時のマッキンダー大統領は判断したんだ」
「で、アメリカ人を?」
「あぁ、人種のるつぼのアメリカの、そのまた人種のるつぼのNYに、宇宙人はDNAを求めている。あの人工山が建てられたもう一つの理由は、NYが巨大な人間牧場だからなんだ」

「我々は先の戦いで、重要拠点を失い、計画の縮小を余儀なくされている……。敵は警察も軍も政治家も、さらにその上さえも操る存在だ。役には立たん。法で裁く手間もいらず、ロック市長の様に暗殺されるだろう。奴らは我々の拠点を探し、すぐにスクランブラーを送ってくる」
 マディソンスクエアガーデンには、アウローラの拠点への地下通路が存在した。そこでレジスタンスは塔の電波の5G支配を脱出するために、変電所の中継基地を襲い、書き換えようとしたのだが、失敗した。殺され、捕まった仲間たちはマンハッタンホーンに連れていかれたり、処刑されている。それが、テログループの捜査時にエイジャックス刑事が目撃したスクランブラーの粛清だった。多くの仲間たちが殺された。正当防衛で行使した武力によって、彼らは反政府テロリズムと認定された。帝国の反撃に恐れをなし、命が惜しい者、どう反撃するか思案する者、それぞれだった。
「市長暗殺事件を逆手に取って、NYPDはスクランブラーの操り人形と化し、CIAの工作のような、テロの自作自演も行っている。全て、我々に罪をかぶせるためにな」
 ディスクロージャーチームは、スクランブラーの度重なる襲撃によって、壊滅しつつあった。敵は政府やマスコミ・ネット、ありとあらゆる方法を使って、事態のもみ消しを行っている。
「特にハーレムの大爆発と、その前のセントラルパークの火災。あれ以後、より取り締まりが苛烈になっているんだ」
 要するにマクファーレンのせいで。
「我々の仲間は不当逮捕や暗殺で、半数以下に数を減らしている。誰もかれもが、ロック市長暗殺犯のギャングやテロとの黒い噂をテッチ上げられた。やがてスクランブラーの魔手はここにも伸びるだろう」
 ハウエル社長は静かに言った。
「まるで異端審問ね」
 かをるは呟いた。
 現職市長ギャラガーの手によって都落ちした人々は、レジスタンスの拠点を奪われ、必死でスクランブラーから逃げるしかなかった。クロード・クロックをはじめとするNYのジャーナリストや政治評論家、教育者、言論人なども標的となり、暗殺、弾圧を受けていた。
「ここがNYの最後の砦だ。もはや、孤立しているがな」
 アウローラとしては、この先、自分たちだけで戦えるのか中止するかを議論し、サブリーダーのアラン知事が最終的にロックの娘ハリエットにすべての事情を打ち明けたのである。
「我々も生死の瀬戸際だ」
 ハウエルは、ハリエットに謝罪した。
「奪還するのよ、NYが、アウローラのディスクロージャーの始まりの地である限り!」
 ロックの一人娘は、まっすぐな視線でハウエルに主張するのだった。
 その時、ずっと静かに腕を組んで話を聴いていたヘンリー・マドックス陸将がゆっくりと席を立ち、
「私は先に帰る」
 唖然とする会議室の面々を残して退室した。
 時計は八時半を回っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み