第62話 月曜日は炎(RED MONDAY) ポニーテールは振り向きざまに…

文字数 4,077文字



二〇二五年六月十六日 月曜日 午前零時

 NYバベルが発する巨大なPMFのハローに、ハティのPMFバリアは一瞬で破られた。思考が混乱し、頭の中を切り裂くようなビートが駆け巡る。前後不覚に陥り、ハティは周りの声も音も聞こえなくなった。そして、心の中に「あの声」が叫んでいるような気がしたが、それすら何かも理解できず、自分が乗っているオートジャイロのバイクが前進したまま……ハティは、砲撃をPFMで跳ね返しながら突進しているつもりだったが、アーガイルの姿が見えた瞬間、背後の路面が爆発した。
「あっしまった……」
 振り向いて、瞬時にPFMバリアを張り直すも、間に合わなかった。ハティの身体は宙高く待った。
「ハティ!!」
 猛烈な弾幕を受けながらマックが叫んだ。ロードマスターの爆炎で一瞬陰った路上で、ハティの身体をキャッチする。するとハティは、再び光十字剣を振り上げて走り出す。
「あっ待て」
「つき進め、突き進め!! 突き進め!!」
 目前に迫ったアーガイルは、ハティがまたしても死んでいなかったことに一瞬驚いた表情を浮かべたが、負傷していることに気づいて、不死鳥ハティに襲い掛かった。
「奴は今! ハティから逃れようとはしていないッ!!」
 アーガイルはこのMH特区なら勝てると踏んでいるのだ。マック隊は一斉射撃を開始したが、アーガイルのSトロンは止まらない。左右に避けながら一、二発被弾し、そのまま突進してきた。MHからの射撃で、マック隊は一時的にハティから引き離された。
 ハティは心眼頼りに光十字レイピアを振った。その代わり、バベルからの強烈なPMFジャミングを思考に受けている。アーガイルのAI戦闘予想対ハティの霊眼の対決は、敵の先回り、先回り、そして先回り。超越感覚者同士の戦いは、次第にハリエットが押されていった。
「ウ……」
 腕を痛めて光十字を剣に展開できない。ハティはアーガイルとMH保安部隊に取り囲まれた。腰の銃を抜き、銃弾を確認すると一瞬沈黙した。
「弾は一発、さぁどうする? 跳弾でも使うか?」
 アーガイルは、ハティの銃に一発しか弾丸がないことをなぜか知っていて、笑った。そうだ、おそらくこの男のAIが、自分を観察して計算した結果を教えたんだ。
「必要ない」
 ハティはアーガイルを撃った。男は避けたが、一発の銃弾がビュンビュンと飛び回って、取り囲んだ十数人の敵兵を全員倒した。確かに、弾は一発しか入ってなかった。だが、ハティにはそれで十分だった。アーガイルは思いがけない反撃を受けたが、次の瞬間ハティの立っている路面が爆発した。PMFを展開するも、今度は間に合わず、再び吹っ飛んだ。そこへ弾幕を駆け抜けたマックが追いついて、自分のバイクに引っ張り込むと、パーク・ロウをUターンした。
「よし……」
 アーガイルはハティへの攻撃が成功したことを確認すると、次の戦場へ向けて立ち去った。
ハティは前線基地としているNY市庁舎の中へ運び込まれた。けがの衝撃で、目が見えなかった。突撃時に「もう止めない……」と、アラン達に言われたが、爆撃を喰らって頭を負傷、ハティは視力を失った。

 薄暗い空模様に、烏の大群が舞っている。荒れ地の中で高くそびえたつ十字架を、ハティは見上げていた。十字架の上に居たのは一人の少女――ジャンヌ・ダルクだった。
「魔女に死を!」
 ハティは、十字架上のジャンヌの顔を凝視した。よく見ると、それは自分だった。そう思った瞬間、十字架の上から下を見下ろす視点に代わった。ハティは自分を見上げる無数の人々を、じっと見下ろしていた。

死線を超えて



 ハティの身体はベッドに沈んでいた。真っ暗だ。夜だからなのか。
「もう私は、ここまでなの……」
 目を開けても何も見えない。目に包帯が捲かれている。もしや目を損傷したか。
「もう少しだった。バベルが目覚めたんだ。だから私は――」
 一体あれから何時間が経過したのか。
「イヤ!! ここで終わりなんて、そんなの絶対いや」
 ハティはむっくりと上体を起こし、ベッドで跳ね上がった。
 いや……待てよ、あれは……。
 光が見える。
 銀白の甲冑を身に着けた、小柄な少女の姿――ジャンヌ・ダルク。
『PMFで、身体を癒しなさい』
 ジャンヌはハティに、PMFで癒しが可能だと伝えてきた。
 ハティはアイスターを呼ぶと、ハティの光十字のPMFを、市庁舎のアクセラトロンで増幅して照射した。力がみるみるみなぎってくる。
「アイス、私を早く戦場に!」
 ハティは目に包帯を巻いたまま、訴えた。
「さすがにその怪我では、これ以上は君の身が持たないよ」
 アイスターだけでなく、皆がハティを止めた。
「いいえ違う。アイス、そうじゃないわ、私は今も『見えて』いるのよ……、エイジャックス、あなたは傍に立って髭をなぜながら、こっちを見ている。そうよね? 五メートル後ろに、マックと、コップを持ったエスメラルダが立っている」
「――まさか、」
 アイスターは茫然とハティの言葉を聞いていた。
「ベッドの上の棚には、エスメラルダが持ってきたサモトラケのニケ像が置かれている。私は、ロッキーを全部失って、“開眼”したのよ! これは、リモートビューイングだわ。PMFレーダーの発展形なのよ。これこそ、怪我の功名、ロッキーで培った私のスキルなの」
「霊眼(リモートビューイング)か!」
 霊眼完成。
「……」
「私はアウローラの勝利の象徴なの、だったら、私がここで倒れる訳にはいかない。戦場に立ち続けることがみんなを鼓舞することになる。前に、そう言ったよね? アランさん」
 だがアランは二度負傷したハティを、MH戦線から引かせようと考えていた。その時、マドックス将軍が進言した。
「ハティの意思は私が引き継ぐ。リモートビューイングで見えたことを、ここで指示を出してくれ」
「それもやめた方がいい、安静にしてないと!」
 アランの肩に、マドックスはポンと手を置いた。
「……分かっている。すべてを承知の上だ。だが私は、彼女にはできると信じている。これまでだって、我々がなしえなかったことを、すべて彼女は成し遂げてきた。それは奇跡といってもいい。NYに陣取る帝国財団軍を打ち破り、スクランブラーとMH保安部隊を圧倒している。アーガイルもレナードもミラージュも、歴史上、これまで敗北したことがなかったスクランブラーが圧倒されているのは紛れもない事実ではないか」
 するとアランは沈黙した。プロ軍人であり、右腕であるマドックスにそういわれては黙るしかない。何よりアウローラ軍の総指揮を執っているのは、ヘンリー・マドックス将軍である。
 NYユグドラシル覚醒により、MHエリアは巨大なPMFを発して、そのせいでハティの銃撃を避けるPMFの力が弱まっていた。ハティは動体視力とPMFレーダーだけを頼りに、MHへ突撃していかなければならなかったが、視力を奪われていた。
「敵はあそこでならハティに勝てる勝算があった。最初からな。だからあえて、これまでのエリアを手放したんだろう」
 アイスターは静かに言った。
「なんてこった……」
 NYPDを掌握したエイジャックスは唖然としている。ハティはやるというが、この先どうするつもりなのか。
「ありがとう。マドックス将軍の言った通り、私が指示を出します。私には、勝てる筋道が分かるから」
 ハティは言葉少なくそう言った。

 MHを目前にした戦いで負傷したハティは――眼が見えないまま、〝心眼〟頼りでベッドを降りた。足元のバケツにぶつけて、すっ転んだ。遠くの事は見えていても、身の回りはおぼつかない。それでもハティは怪我を押して、戦場に復帰する。ハリエットはマックに肩を貸してもらって、歩き出した。
 もうバイクには乗れない。頭の包帯を解いて、ゆっくり目を開けてみる。さっきのアクセラトロンのPMF治療で、両眼はぼんやりと見えたり見えなかったりするが……リモートビューイングの能力を保持したままでないと歩けない。かなりの集中力が必要だった。
 ハティは感覚拡張の鳩を失い、視力を狭まれ、自身の第六感でしか戦えない。だが、PMFを直接外界に飛ばしていく。アシストがないリモートビューイングは、まだハティにとっては不明な点も多く、不安が募った。
「もうロッキーは居ない――研ぎ澄ませ、研ぎ澄ますんだハティ!!」
 自分を鼓舞する。それが今一番できること。
 大丈夫、PMFのレーダーの索敵範囲は数キロに拡大している。ロートリックス帝国財団でも、プラズズマレーダーの開発には成功していないと聞く。完全に自分が優勢だ。それが分かっていたから、ハティは二度の怪我を押して戦場に戻ったのだ。

 市庁舎の外へ出ると、一瞬、すべての景色がスローに見え、目前だけでなく、三百六十度すべての事象が把握できた。アン・ストリートを境に、敵の戦車の大軍が展開している。それは、ピンポイントの対象にフォーカスするリモートビューイングとも異なる、特殊なコンセントレーションがもたらした瞬間だった。ハティは、ゾーンに入った。
 もう、彼女は鳩なしでも戦えるようになっていた。その姿はまさに戦の英雄。
 ベッドに飾られていたサモトラケのニケ像。ギリシャの勝利の女神ニケであり、智慧と戦の女神アテナの化身ともいわれる。たとえ頭と腕がもげても、力強く前進する様は、躍動を感じるギリシャ彫像の傑作だ。そうだ、私はニケ像のように翼を広げて、力強く前進する。みんなを携えて――。ハティが参加したアウローラ軍は、ついに最終決戦の進撃を開始した。
 次第に開いてくるハティの眼前に、破壊された車、バイク、トラックが炎上していた。そこに、新たな敵兵が集まって、MHの守りを固めている。ハティのすすけた顔は……微笑んでいた。
「ハハ、ハハハ……アハハハハ!!」
 しばらくの間、その光栄を無言で眺めていたハティは笑い出した。
「燃えろ!! 燃えろ!! 偽りのNY……」
 ハティは叫んだ。
「燃えろ! 燃えろ! 夜のNYを明るく照らして!! 燃え上がれ、偽りのNYよ!!」
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