第44話 塔の計画(グランドオーダー)

文字数 9,011文字



二〇二五年六月三日 火曜日 午前十時

 今から六千年前、ティグリス・ユーフラテス川沿いに、バビロニア世界帝国が栄えた。古代中東のシュメール文明は、空から来たオアンネス(シリウス人)の力によって急速に文明が発展し、それ以前の原始社会から、人類の文化レベルは幾何級数的に飛躍した。それは長らく人類史の“謎”とされ、その後の文明とも裁断されている。
 世界帝国の全盛期、帝都の中心地に、全長一キロメートルのバベルの塔<一者の塔>が建った。その地に君臨した「世界皇帝」は、バビロニア世界帝国の国民の歓声と共に、自らを“生ける神”と宣言した。
 塔の建設のための圧政に苦しんだ人々は、救世予言に希望を託し、地方のあちこちから反乱ののろしが上がった。人々の代表として英雄に率いられたレジスタンス戦士たちが立ち上がった。植民地で、奴隷解放戦争が沸き起こり、世界皇帝は塔に秘められた“魔術”によって人々を抑圧した。その天災は「神の怒り」などと呼ばれ、各植民地を破壊し、反乱軍をことごとく蹂躙したのだった。
 だがその後の自然界の反動は途方もなく、巨大な力となって帝国本土に襲い掛かった。長い長い雨が降った。決して止むことのない、世界の終りまで続いた雨が――。
 滅亡予言を聴いていた一部の人々は、巨大な方舟を製造する。さらには宇宙から飛来した巨大葉巻型宇宙船に空中携挙されて、脱出を図った。その直後、大洪水が押し寄せ、都市という都市に襲い掛かった。バベルの塔も例外ではなく、轟音と共に三段階に分かれて倒れた。帝国は泥水に飲み込まれ、突如として栄え、突如として滅び、この地上から消え去ったのだった。
 ごくわずかな人々……ノアとその一族だけが生き残り、人類の文明はゼロからやり直しとなった。
 だがその時、わずかながら帝国の支配者だった者たちも生き延び、秘められたバビロニアの魔術と共に、各時代に栄えた国家の影の中へ潜んだ。時の権力者に寄り添う、秘密結社「よみがえるシリウスの光団」として生き延びたのだ。
 彼らは再び力を蓄えると、世界を表からではなく影から支配する、新たな“帝国”を作り上げた。
 シュメールのバビロニア世界帝国の統治システムは、「旧地球」・「旧支配者」といわれていた。それは、陰ながら人類社会に復活しつつあった。
 日米欧三極持続可能委員会の樹立に伴って、<シリウスの光団>は六千年ぶりに表の権力に復活し、世界統一政府を建国することを宣言する。
 二〇二三年、六千年ぶりに出現したアメリカの帝国財団のバビロンこと、帝都NYに、新たなバベル、NYユグドラシル<一者の塔>が完成――。
 ここは人里離れた土地ではない、世界一の大都会、NYである。そこに、マンハッタンホーンと塔を建設したのは、彼らの計画が最終段階だったからだった。
 「よみがえるシリウスの光団」として古代バビロニア世界帝国時代の魔術の伝統を継承し、ジェイド・ロートリックスは世界皇帝として即位した。
 来るべき最後の審判で、世界的天変地異が予言されている。これで生き残る者は推定十億人、その他の多くの人々は濁流に流され、土砂の下敷きになると考えられていた。
 三極委にて、帝国財団および秘密結社の各トップたちはこれまで、終末予言が明かす最後の審判の時に、誰が生き残るのかを徹底的に議論してきた。六千年ぶりの危機、地球が滅亡する黙示録予言とは、自分たちこそが神の代理人として人類を導き、「種」として生き延びるための<ロードマップ>だった。
 だが、その陰謀を知ったNY市長ロック・ヴァレリアンは、マンハッタンホーンとロートリックス帝国財団の犯罪を暴こうとして、スクランブラーこと「デルタソルジャー」の凶弾に倒れた。
 しかしそもそもとして、古代シュメールで六千年前に宇宙連合からもたらされた塔の英知とは、人類全体、惑星全体に貢献するために存在したものであり、自分たちだけが生き延びようなどというエゴイズムのためではない。彼らはその力を誤用した。
 ジェイドは、一度破壊された旧世界のバビロニア世界帝国システムを復活させたラストエンペラーである。
 ハリエットたちNYのレジスタンスは、塔の計画(グランドオーダー)こそが最後の審判だと思っている。――だがそれは違う。
 彼は世界政府に巣くう利己的な老人たちの宇宙計画を潰し、なおかつ地球の天変地異を乗り切るために三つの塔を使う。CO2の元素変換および、ポールシフトの気象に対する影響を最小限に留める気候変動の緩和。
 塔の計画発動によって、ひずみが生じ、スーパーエルニーニョなどの世界的な気候変動が起こり、多少の干ばつや熱波やハリケーンで困る人が出てくる。
 エルニーニョとは、熱帯域の海水温が変動する現象で、インドネシア近郊の海が冷えると、日本列島は冷夏となり、大雨がもたらされる。スーパーエルニーニョは、十年単位で起こる。
規模として数百万人は被災者が出るだろう。だが、最後の審判で何十億人も死ぬことに比べれば、やむなき犠牲だ。つまり人口削減などではない。
 技術を手に入れたらグレイ族らの宇宙人と手を切り、地球独立を宣言するのだ。これも、数十億年前から地底世界に存在する宇宙人からすれば、どちらが地球の先住民なのか論を待たないが、ジェイドは地下まで征服するつもりはなかった。エイリアン・テクノロジーはロートリックス家のEUブルーブラッド旧貴族ゼレンヴァルトを倒す独立戦争の武器だ。
 誰よりもそのことを自覚し、権力欲に酔った身内や同業者たちを次々排除してきたジェイドは、世界皇帝としての深い使命感と慈悲に突き動かされていた。
 それは、魂の内面から沸き起る古い先祖の血筋の因縁という自認、そして今後起こるであろう「未来の記憶」でもある――というのは、ジェイドしか知り得ない秘密だった。今、六千年の時を経て、帝都NYでバベルが活動を始める。

ゼレンの標的

「一体君の国はどうなっているのかね、こんな忙しい時に」
 欧州のゼレン委員会会合に召集され、リモートでMHから参加したジェイドは、NYでのゴタゴタを非難されていた。
「最後の審判の日は近い。――世界は間もなく滅びる。我々に選ばれた者だけが生き延びることになる」
「塔の禊計画は順調です」
「あまり塔にこだわりすぎるなジェイド総帥。あくまで大切なのは種の保存、つまり第三の計画の火星移住、ノアの方舟だ。第一の計画は無論、第二の計画も、もはやさほど重要ではなくなっている」
 ゼレン委員会のロイ・ローゼンタール委員長は、ジェイドを「新バベルの王」と揶揄した。
「…………」
「これが最後の警告だ。神の怒りを買って、その後大洪水が起こったバビロニア帝国滅亡の繰り返しになる前に! 次に人類が再建できる保証はないのだぞ」
 それに対して、ジェイドは目に赤い炎を宿して返答する。
「なぜ今になって三極で決定した第二・第三の計画の同時続行を覆すつもりなのです?」
「君たちが火星計画を邪魔していると分かったのでね」
「濡れ衣です」
 もう一人のNYの当事者、リック・バイウォーターは話を聞きながら、ペン回しに熱中している。
「大体、マンハッタンホーンの中で何をしている? 君は、秘密のPMの儀式を行っているようだが」
「塔の計画に必要な儀式です。あなた方の手は借りないことにしましたので、一切口出ししないでいただきましょう!」
「傲慢だぞジェイド。日曜学校に行くことを勧める。心の貧しい人たちは、さいわいだ。天国は彼らのものだから、とね。――マタイ伝を読みたまえ」
「心外ですな、あなた方にそう言われるのは。ご自身が実践なさってから人にモノを言ってはどうです?」
「若いな君は。時にその若さが身を亡ぼすことになる。この世で成功するコツは、一見馬鹿者のように見せかけ、利口者のように行動することだ。そんな直情径行の挑戦的な態度では、ここに座す諸先輩方の心情を得ることは到底叶わん」
 欧州ゼレン委員会は、シャルル・ド・モンテスキューの言葉を引用して、皮肉を言った。
「あなた方の理解など必要ない。私は忙しいのでこれにて失礼する」
 ジェイドはリモートを一方的に切って退席した。

 その直後のこと、マンハッタンホーンの塔コントロールセンターのシステムが異常を検知した。ヨーロッパのAI「メタルコア」のハッキングで、NYのAI「サイノックス」が悲鳴を上げている。二帝国財団間の熾烈な戦いで、対立は明確となった。敵は、ブダペシュトにあるゼレン系の企業、ゼレンテックス(XERENTECHS)が開発したAIである。
「フゥ……我々の七倍の計算速度だ。厄介です」
 リック・バイウォーターが必死でキーボードを叩いて対応する。リックはジェイドの腹心だった。サイノックスには、アクセラトロンも搭載されているから、馬力は十分のはずだが。大西洋をまたいだ大舞台でハッキング戦争が始まった。
「勝算はあるんだろ? 教授の科学力は世界一、そうだよな?」
「あるにはありますが……ま、やってみますがね」
 リックは一瞬頭を抱えたが、再びキーボードを打ち始めた。ジェイドとしても、後は「教授」に任せるしかない。
「老人どもめ、自分たちさえ生き残ればいいというエゴイストめ! 虫唾が走る! あんな奴らを生かすために俺たちも十兆ドル近い金を無駄遣いさせられた! 行きたければ火星でも金星でもどこへなりと勝手に行くがいいさ! 宇宙人もろともな。どーせ火星の砂漠で生き残れんさ! 奴らのテラフォーミングは間もなく失敗に終わる。あんな星は新しいカナンでもエデンでもなんでもない」
「じゃあ、何なんです?」
「ペテンさ! 漫画『テラフォーマーズ』みたいに進化したゴキブリに追いかけられるんだ。俺はあんな連中のために地球最期のラストエンペラーの道を歩んでいるのではない。俺はこの星と共に生き、この星の未来を救う!! それができるのは三帝国の中で、唯一、この俺だけだ!」
 ジェイド、自身を人類を導く救世主になぞらえる現代の皇帝。国民を誘拐してきた宇宙人を利用しながら、心の中では苦々しく思っており、PMFを高めることで手のひら返しで本性を現し、攘夷戦争を起こそうとしている。自分が宇宙人から人類を解放すると考える、野心家の若者。
「つまり――中世日本の長崎で、キリシタンを追放した豊臣秀吉という侍大将みたいなことですか」
 リックはやや冷笑的に言った。豊臣秀吉はスペイン帝国の先兵として、奴隷を海外に売らせたキリシタン大名を弾圧し、それを機に日本は鎖国体制に入った。
 最後の審判後に、火星で自分たちだけは生き残ろうというヨーロッパの大貴族・ゼレン委員会のブルーブラッドが心底気に入らなかった。人類滅亡の危機は共通認識として持ち、そのための最期の審判だと捉えているのだが……。
「むろん奴らも例外ではない! 勝手に滅ぶがいいんだ!」
 NYとしては地球製ロートリックスUFO(宇宙船)の完成を目指し、いつまでも肝心なところはお茶を濁して教えないグレイにさっさと見切りをつけて、
「ヤツらにはせいぜいDNA研究所を提供して、研究だけさせておけ! ただしこちらももらうモノはもらうが!!」
 グレイの「提供物」のテクノロジーは、まがい物の「カーゴカルトUFO」だというのが、ロートリックス社内でははっきりとした定説になっていた。本当の技術なんか教えてはくれない。最低限のヒントだけだ。しかしそれを、リック・バイウォーターがAIサイノックスで解析することで、ロートリックスは使える技術に持っていけると考えていた。だからグレイには下出に出ておくのだ。が、こちらも気は緩めない。
「教授、戦況は? 敵のメタルコアの攻撃プログラムの正体は掴めたか?」
 目をつぶっているリックは、コーヒーの香りを楽しんでいた。彼は、コーヒーの淹れ方も世界一だった。
「自己組織化で作られていきます」
「自己組織……つまり意思がある? メタルコアに」
 というジェイドの問いに対して、
「いや、それはいわゆるエライザ効果ですよ」
 なぜか落ち着き払ってリックは答えた。カフェインが充満しているからだ。
 人工知能として有名なエライザは、会話を通して人間の感情を引き出すことに成功した、という。だがそれは設計されただけで、意思がある訳ではない。ところが人間は会話を理解していないはずのエライザに対して、意思があって会話しているように感じていることが判明した。
 今、意思があるように感じたのは錯覚だったか、と、ジェイドはサイノックスを見やった。偶然にも敵対するロス派のAIエライザと同名のAI神話だ。
「逆に言いますと、つまり意思があると人間が感じれば、それで意志ある人工知能としては十分なんです。いま私たちはメタルコアに十分な意思を感じた」
「そうか……で、勝てるのか?」
「まぁ、何とかしますよ」
 教授ことリックは、これまでどんな難問でも道を切り開いてきた。だからこそ若くしてMHのトップ技術者の椅子を獲得したのだ。ジェイドはこの長髪の若き科学者に、絶大な信頼を置いていた。リックの提案で、二人は昼食をその場で簡単に、サンドイッチで済ますことにした。うまいコーヒーさえあれば、どんな食材でも様になる、それがリックの考えだった。

二〇二五年六月三日 火曜日 午後一時

冥界の使者

 ハッキングの最中、マンハッタンホーン内に警報が鳴り響いた。
「どうした!?」
 ジェイドが椅子から立ち上がって、警備室のモニターに問いかけた。
「強化兵研究所から実験体が暴れて脱出しました! 多数の死傷者が出ています!」
 アーガイル隊長が切迫した声で返答した。
「なにぃ!」
 ゼレンのハッキングの影響かと思ったが、そうでもないらしい。今までにない異変……館内でのPMFの発生を、ジェイドは自身の感覚でとらえていた。
 まずいことに、今、マンハッタンホーンには妹のエマがいる。もしも妹に万が一のことがあったら……。
「エイリアン・リバースエンジニアリング系の武器も制御装置も効きません、強力なPMFを発生しています!」
 レーザー網は光がねじ曲がり、役に立たない。
「ガスだ! ガスを撒け!!」
 ジェイドの指示通り、通路に居た実験体を閉じ込めてガスを散布したが、効果なしだった。
「移動し始めました!」
「で奴は?」
「――そちらへ向かっています!」
「閣下!」
 リックの表情にも緊張が走った。だが、ジェイドは入口を冷静に眺めていた。
 分厚いゲートが破壊されて、扉が吹っ飛んだ。そこに、二メートル近い大男が立っていた。カーキ色のコートをまとい、手にM9銃剣を握っている。ジェイドはそのサバイバルナイフに、異常なほどPMFを感じた。
 後ろからアーガイルが追いついて、ライフルを構えた。
「……みんな手を出すな。私が話す」
 ジェイドの見立てでは、この男は格段のPMFを発していた。
「俺を閉じ込めていた男に挨拶しようと思ってな。――あんたか?」
 兵士は口を開いた。
「お前は最近まで前線にいた兵士だな。欧州紛争の空爆で負傷してここに運ばれた。別に閉じ込めていたわけではない」
「俺はギル・マックスだ。どういうことか、気づけば機械に接続されていた。病院じゃない妙な場所でな」
「お前は一度死んだ身だギル。――ここで蘇生手術を受けてよみがえったんだ。このマンハッタンホーンで、新しい力を獲得してな。我々が、お前を救った」
 ジェイドはガラドボルグを構えた。実験体が強大なPM使いだと分かったからだ。ここで殺すべきではない。まさに、ジェイドが求めていたものが目の前に立っていたのである。
「妙なマントを羽織っているな」
 ギルはジェイドの白いマントを指さした。
「私はジェイド・ロートリックス、グループの総帥だ」
「…………ロートリックス・グループか! 俺たちを操って戦場に送り込んでた張本人だな。お目にかかれて光栄だ。なるほど、他の雑魚とは違う。どうやら俺に匹敵する力を持ってるようだ」
 ギルはニヤリとした。
「……取引をしないかギル。対等な取引だ。やってもらいたいことがある」
「……」
「お前はこれまでの自分とは違う。もうすでに気づいているだろう。今度はその力を試してみろ。そうすれば、私のもとで報酬はいくら支払う」
「もう遅い、遅すぎる。もっと早く言うべきだったな。ハエがうるさいんで、ひねりつぶしてしまったわ」
「気にするな、そのことは。これから私が指示することを実行すれば、不問とする」
「ほぅ……」
「ゼレンヴァルト帝国の要人をつぶせ。お前は自分の力を持て余している。何のためにその力を得たのかも分かっていない。お前は、欧州でやり残したことがあるはずだ。新しい力でそれを果たせ!」
「よかろう、承知した」
 PM使いの殺し屋ギル・マックスは、頭を下げ、MHから大西洋を渡って欧州へ通じる地下パイプの弾丸シャトルで、帝都ブダペシュトへと旅立った。AIメタルコアのあるゼレンテックス本社を目指して。
「まさかあいつを手玉に取るとは……冷や汗モノでしたよ」
 リックは両手を広げ、感心した。
「誰にも俺の塔の実験の邪魔はさせん。こんなところで殺し合いになれば、どっちも無傷という訳にはいかない。妹だっているんだ」
 ジェイドは剣を鞘に納めた。
「さすがです」
「レジスタンスはラッキーだった。ギルがNYに残っていたら、奴らに勝機は一ミリもない」
「少しはチャンスを残してやれた……ということですか」
「まぁな。ハリエットよ安心しろ、間もなく欧州のゼレンは地獄だ」
 この事件のおかげで、マックたちはミッドタウンを抜けることができた。

「この地球を卒業したがっているオールドスクールの諸君! 火星に地下養老院を建設するのは結構だが、まだあそこへ隠居するには気が早い。あなた方の火葬場は、この星にあるのだから」
 ゼレン委員会に最終通告したジェイドの瞳に宿った炎は、活火山のように燃え上がっていた。
「目的のためなら敵対勢力は全て消す! 俺は世界の破壊者だ。破壊と創造はいつもセットだ。我は死神なり、世界の破壊者なり……」
 世界皇帝は『バガヴァッド・ギーター』の一節を引用した。
「こわぁい、お兄さま!」
 妹のエマが突然、見学に訪れた。
「フン、お前の方が怖いわ」
 ジェイドの膝の上に平気で乗っかってサンドイッチをつまむので、ギョッとして離した。ジェイドは閉口しながら、
「よせ、みんなが見てるじゃないか」
 リックは兄妹を観て苦笑した。
「皇帝として威厳がなくなって困るの? こんなもので昼ご飯を片付けるなんて、専属コックが泣くわ。このところ全然かまってくれないじゃん」
 ジェイドはいつもエラのしたいようにさせている。
「何しにここへ?」
「またカリカリしてるわね」
「しょうがないだろ。最後の審判を乗り切るためだ。もうヤツらの天下じゃないのにいつまでも分かってないんだゼレン委員会は!」
 ゼレンに対しての怒りが再燃する。
「他の帝国財団は、宇宙人共と無駄な争いをしたくない。特に火星行きの連中はな!」
 と言って、ジェイドは再びリックにはっぱをかけた。
「自分たちだけあの赤い星で生き延びようなんて愚かな話だ。温室効果と極移動は太陽主導の活動で、太陽系全体で起こる。火星の砂漠で業火に焼かれるがいい」
 とはいうものの、地球に残っていれば自分たちも救われるわけでもない。この先、温暖化と極移動と全面核戦争のトリプルパンチの絶望の未来が待っている以上は――。
「だから、俺は世界皇帝になった、……自分のことしか頭にないブルーブラッドや老人会では決してできない。――地球を救うってことは!」
 不老不死の先代をスクランブラーによって暗殺し、ヨーロッパ各地を気象兵器で攻撃し始めた上、さらにゼレンヴァルトに対して暗殺者を送り込んだと、ジェイドは腹の内を妹に打ち明けた。
「お兄様、少しは私にも話してくれてもいいじゃない。世界システムって、テスラコイルで電離層をコントロールして、大掛かりなクラウドバスターみたいなことよね? また、ツングース大爆発みたいなこと起こすつもりなの?」
 NYユグドラシル、テルミン・タワー、および東京スミドラシル天空楼の電磁波は、北半球の電離層に作用し、ジェット気流が干渉を受けると、スーパーエルニーニョ現象で、熱波・寒波・降雪・大洪水・ハリケーンを思うままに、意の場所で起こすことができる。作物全滅や都市水没、竜巻……などを。
「そんなことしたら、そこの場所の住民たちが困るでしょう? 人口削減って本当なの?」
 エマは、都市伝説の記事を読んだらしい。
「三つの塔は確かに天変地異も引き起こす。だから人口削減に使われると陰謀論者共から思われているが――実体は逆だ。塔のPMFによって地球温暖化を解消する。災害はあくまで副作用であり、都市伝説として流布している人口削減なんかフェイクだ」
「そうなの、本当に?」
「本当だ」
 エマは少しほっとしたような表情を見せた。
「お前も早く、〝シャトル〟に乗れ」
「お兄様は行かないの? シャングリラへ」
「――後で追う」
 ジェイドは巨大モニターを見上げて、腕を組んでいる。
「そういって、残る気なんでしょ……」
「あぁ、しばらくはここに残る」
「嫌よそんなの!!」
 エマはジェイドをNYから避難させようと、部屋に入ってきたらしい。
「私……心配なのよお兄様が。もう二度と会えない気がして。昨日から、胸をえぐられるような胸騒ぎがするの。だから一緒にロスへ行くまでここを動かない!!」
 エマは眉間にしわを寄せて、深刻な表情を浮かべた。何かが、乗り移ったような顔つきだった。
「わがまま言って俺を困らせるな。これがラストエンペラーとしての最期の務めなんだ。世界皇帝の時代など間もなく終わる。この俺の代でな。これが終わったら必ずお前のもとへ行く」
 額にキスして、出口へと送り出す。妹を巻き込みたくはない。特に、さっきのような事態には。
「……ちゃんとシャングリラ(ロス)に帰ってきてよね。でなきゃここへ戻ってくる。何も〝エライザ〟に会えなんて言ってないんだから」
「あぁわかったよ」
 ある意味明確な自覚を持ったジェイドはNYに残った。恋人アリエータ・ミラーは、目下ロスで映画「ゲーム・オブ・マーズ」の撮影中だ。
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