第33話 エレクトラ事変1 NYレガシー

文字数 4,296文字



二〇二五年五月三日 土曜日八時半

 路上が騒々しく、サイレンが鳴り響いた。何事かと警備員・社員たちが外へ出てくると、何十台というパトカーがエレクトラタワー前を埋め尽くしていた。その夜……エレクトラ社の周囲にNYPDが押し寄せてきた。
「ビルジャック犯に告ぐーッ!!」
 警察の車両の巨大拡声器から大音量で、NYPDのハンター署長の声が流れ出た。
「エレクトラ社はテロ犯を隠匿していた容疑で、今からアーネスト・ハウエル社長に任意同行を求める!」
 それから入り口の警備センターに、警官隊が大挙して押し寄せた。
「エレクトラ社を強制捜査の対象にした。コロンビア大爆破事件の後、ここにテロリストが集まっているという報があった。レジスタンスがエレクトラ本社を乗っ取って、市庁舎襲撃の計画をもくろんでいるとの情報が入った」
「なぜテロリストがエレクトラタワーに?」
 警備主任が説明を求めた。捜査令状はないらしい。
「どうやら、ここを休日レンタルオフィスとして借りて、集まっていたようだ。どっかの安アパートとかではない。逆に目立った建物の方が、大胆過ぎで周囲に気づかれない、という思惑だろう。その中にハーレム火災を起こした連中もいる」
「ありえません」
「テロリストは現在、百名近い武装勢力で、完全に建物を乗っ取っている! あんた方が気が付かないうちにな」
 すでに、NY連続爆破事件の犯人グループ扱いだ。
 張り詰めた空気が館内に漂った。

 NYPDの特殊部隊がドッと正門ゲートに押し寄せて、エレクトラ社の警備局と激突、「通す」、「通さぬ」の押し問答を始めたが、結果押し切られ、なだれ込んできた。アウローラはエレクトラタワーでいつもの土曜の会合を開き、叛乱計画を練ってきたのは事実だったが、ついに場所がバレた形だ。
「アラン知事がいることは知られてはならない。ハーレムからつけられていたのかもしれない。スクランブラーのアーガイルに!」
 アーガイル隊長はアイスター・ニューブライトをわざと逃がし、追跡してエレクトラ社にたどり着いたのだろう。
 ハウエル社長の身も危険に晒されているが、第一に考えなければいけないのは、ここにアラン知事がいることを悟られてはならない――ということだ。このままでは、州知事がテロリストと認定されてしまう。
 だがこの四十階に、彼らが登ってくるのは時間の問題だった。

「どこ行ってたんだ?」
 いつの間にか姿を消していたマックの物々しい装備に、エイジャックスは詰問した。
 スチャ!! マクファーレンはサイドバッグからスナイパーライフルを取り出すと、窓を開けて外の警察車両を問答無用で砲撃した。
「おい待て待て! 第三次世界大戦でもおっぱじめようってのか?」
 アイスターが仰天した。
「人は撃たん。将を射んとせば馬を射よ、だ」
「何でそんなものを持ってんだ!?」
 エイジャックスが諫める。大型の武器は置いてきたはずだった。
「さっき警備局の倉庫で借りた。ここはレジスタンスの根城だ。さすが物持ちがいいな。――アンタは?」
 全く、いつの間に!
「――そんなの持ってねぇ。おっちょこちょいのお騒がせ野郎だっていうのか」
 エイジャックスには自前の拳銃しか持ってない。
 エレクトラ社の警備局は、五十人体制で武装しているレジスタンス兵だった。こんなに武装している会社は、他にはロートリックス社くらいだろう。
 マックは複数の窓を開け、外の警官隊のライトと車両を次々撃ち始めて、路上では爆発が起こっていた。
「まだ話し合いの途中だぞ! お前って奴は!!」
 みんなが唖然とする中、エイジャックスは怒鳴った。
「you are too much(やりすぎだ)……」
 アイスターが引いている。
「女神は……俺たちに微笑んでいるんだよ!」
 マックはまた射撃してから、アラン知事に向き直った。
「知事、そんなに帝国が恐ろしいなら人口の0.1パーセントに過ぎんその影の権力者の命を直接狙いに行きゃいい。話はカンタン、コイツ一つで片付く。実際はどいつもコイツもヨレヨレでガタが来た老害ばかりのはず」
 マックはスナイパー銃をチャ!と掲げた。
「粋がるな! 彼らが強化兵スクランブラーを飼い、NYPDをもこうして動かしてるんだぞ」
「そうだ、第一ジェイドは年寄りじゃない。……それにPM使いだ」
「回りくどい事してるから社会を操ってる連中に絡めとられる。直接殺る方が効率的だ」
「オマエは劇画のスナイパーか?」
「俺を使うんだ、ハティ……。こんな連中は放っといて」
「マック、何でそこまでして帝国を恨んでいる?」
「……」
 エイジャックスの問いに、マックは押し黙った。
 マックの問答無用の攻撃の結果、エイジャックスたちは参戦を余儀なくされていた。アウローラ軍は警官隊のライトを次々狙撃して、破壊していったが、それがどんな時間稼ぎになるというのだろう。
「クソッ」
 突如、ロビーがスプリンクラーで水浸しになったことを伝える通信が警備本部から流れた。
「一時撤退!」
 シャッターが下りてくると同時に、潮が引くようにNYPDは撤退していった。

     *

 あいつぐレジスタンスからの猛攻撃に、ハンター署長はビルから距離を保ち、手をこまねいて見上げている。するとそこへ黒塗りのフォードでFBIが来て、
「ここからの指揮は我々が執る……、エレクトラタワーで、かの有名なキング・コング狩りの始まりだ。下がっていろ」
 FBI、もといMIB(メン・イン・ブラック)の登場だ。
「だが、あんた方はどうするつもりだ? ハーレムを焼いた連中だ。相当武装している」
「すでに我々の仲間が、ビルに入った」
 〝FBI〟はニヤリと張り付いた笑顔で、答えた。

     *

 館内は一斉にブラックアウトした。しばらくして、非常ライトが点灯。部屋の暗がりから、カツンカツンと足音が響く。ヌッとMIBが現れて、銃撃音がピタリと止んだ。パトカーにタワーを取り囲まれ、騒然とした土曜の夜に、今度は部屋に黒服が入ってきたのである。今夜は一人だった。
「まさかアラン州知事がレジスタンスのリーダーの一人だったとはね」
 外に居た男と全く同じ顔をした男が、笑顔で口を開いた。
「一応聞くが、あんたらは?」
 エイジャックスはわざとらしく訊いた。
「――FBIだ」
 男は胸ポケットから身分証を提示する。
「ウソつけ!!」
 スーが即座に突っ込んだ。
「ストローもロクに使えないクセして!」
 エスメラルダが突っ込んだ。
「アイスター君、マンハッタンホーンから盗まれた情報は、国家機密に関わる。国家機密情報の漏洩は重罪です。司法取引に応じ、秘密保持契約を結めば、今夜は放免します」
 そういって、黒服は黒手袋で書類を差し出した。
「ここにサインすることをお勧めする」
 FBIもどきのMIBは、懐から出したモンブランの万年筆を置いた。
「もし条件を呑むなら、外のNYPDはすぐ解散させるし、知事がここに居たことは伏せておいてやろう」
 黒服は、取引を条件に脅迫した。
「そのウィスパーボイス止めてくれる? ムカつくから!」
 エスメラルダが愚痴をぶつけた。
「テロリストの首謀者としてここにいることがバレたら、あなたのキャリアに明日はない」
「立ち去れ!」
 マックが素早く銃を突きつけ、冷たい眼差しで追い返そうとする。
「逃げられないぞ? 外は包囲した。最後のチャンスだ。私の忠告を無視すれば、もっと恐ろしい連中がここに来る。あの野蛮な男たちにこの美しいタワーを破壊させたくない」
 ニヤリと笑ったMIBは、スクランブラーのことを軽くディスっていた。
「ほーぅ、怖い男(スクランブラー)と、優しい男(MIB)のセットか? 前も聞いたぞそのセリフ」
 エイジャックスが答えた。実際、そういう仕掛けらしい。
「返事はきっかり一時間後、十一時に聞こう。その時に一緒にこのビルを降りるんだ。一人残らずな」
「…………」
 MIBは暗闇の中に去った。
「不気味な……」
「不気味というよりむしろ愉快だ」
 スーはニヤニヤして言った。
「ほぉ~言うじゃないの」
 アイスターが感心する。
「顔の作りが雑でゴム人間だね」
「おいおいスクランブラーとMIBのハッピーセットかよ?」
「ちっともハッピーなんかじゃない」
「じゃ俺、明日から本気出すから……」
 アイスタ―は逃げようとさっさとドアへ向かった。
「君ね……バット評価だよ」
 スーは冷ややかに言って、アイスターの腕を掴んだ。
「来るぞ、スクランブラーが! マクファーレンとか言ったな、さっきのような真似は通用しない。ここは逃げ場がないんだ!」
 ハウエルはマックを睨んだ。
 もはや絶体絶命だった。NYの最後の希望、アウローラさえもが……壊滅寸前の危機に瀕している!!
「お前たちとシェードのせいだ!」
 と、ハリエットはさんざんハウエルに攻められた。
「お前たちはマークされていた! シェード君、彼らを招いたのが災いだ! ハーレムを火で包んで……」
 スクランブラー部隊は、ハーレム戦の後、わざとアイスターを逃がし、エレクトラタワーへと導いた。ハーレムの夜空に閃光、もはや隠しきれない……あれが原因でスクランブラーにマークされていたのだ。どおりで追手が現れなかった訳だ。
 今夜、ここに集まったことで、ここが隠されてきたレジスタンスの本部であると分かった。いや、彼らは以前から勘づいていたのかもしれない。だが、ハーレム爆破犯のテロリスト・ハリエットが参加したことで疑惑は確証となり、エレクトラ社への攻撃の正統性を与えてしまったのだ。
「まぁ落ち着きなって」
 ヴィッキー・スーは反論材料もなく、ただハウエルに向かって、それだけを云った。
「降伏するしかない……MIBも今なら話し合いも可能だと言っている!」
 アラン知事は脂汗をにじませ、そう言った。
 強制捜査を受け、スクランブラーの報復攻撃を待つだけの身となると、確かにハティたちは叛乱の困難さを身をもって知った。アウローラはこれまでいろいろ試みたが、負け続けてきたのだ。正当防衛とはいえ、武装していたことも、反政府テロリズムと認定される原因となっていた。
 戦うか、降伏か……。ハリエットがロックの娘だからアランは招いたが、それは乙女に、降伏することを説明するためだった。実はいったんディスクロージャーを解散しようという動きに傾いていた。
「受け入れれば負けです」
 ハリエットは静かに答えた。
「そんなことはない! MIBは放免すると言ったぞ」
「知事!」
「すまないが私たちだけで話し合いたい……三十分だけ時間をくれ。君たちは隣の控室で待機しててくれ」
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