第15話 ジェイド ザ・ラスト・エンペラー

文字数 5,503文字



二〇二五年四月一日 火曜日 朝六時三十七分

 朝日が摩天楼街に黄金の光の矢を放ち、地面に落ちると、ビルが作る影の領域を次々と奪っていった。
 現代NYは古代ローマの遺跡のようにやや色あせながらも、その煌びやかさはアメリカの他の大都市に比べ、依然失われておらず、渦巻く都市のエネルギーが摩天楼の谷間から上空へ向かって吹き上がっていった。まだまだ都市は生きている。この都は、ワシントンDC以上にアメリカの支配構造が集中する権力者の集まる街だった。二十一世紀初頭、アメリカ合衆国はやや没落の道を辿りながらも、依然世界の頂点に君臨し、NYはDCと並んで権力の中枢神経、そして資本主義の総本山であった。また、この地は本部を構える国連の街でもある。
 アメリカを支配する者は、このNYに居た。数多くの産業を牛耳り、政治家の資金源となり、票をもコントロールしている。だがかつて永遠に栄えた国家はなく、ローマ帝国も滅んだように、アメリカという覇権国家も必ず滅びるときがくる。それも、内部からである。NYに君臨し、アメリカをして世界をコントロールしてきた者たちは、滅びか、それとも持続か、ギリギリの選択を迫られていた。その物語が、これから始まろうとしている。

 ジェイドは、ロートリックス・シティのメトロポリスタワーの駐車場から、護衛付きのフェラーリ・テスタロッサで、ダウンタウンのマンハッタンホーンに向けてブロードウェイを南下した。ルビーを流したような真紅の髪に、エルメネジルド・ゼニアのクリーム色のスリーピース・スーツに、ピンクタイを締めていた。
 ロートリックス(ROTLIX)の「ロート」は、「モルゲンロート」などの「赤」を意味する。
 ロートリックス家はアルザス・ロレーヌ地方に存在したロレーヌ公国こと、ロートリンゲンに由来を持つ。その後、ロートリックスと改名し、国家消滅後、スイスのヴァレー州に拠を構えた。開拓時代に渡米し、カリフォルニア州を拠点として石油を掘り当てた。スイスに一時先祖がいたことから、代々マッターホルンを一族の誇りとして紋章に刻んでいる。それは、天然のピラミッドの意味を持ち、近代登山が発達したここ百年は、一族の男子は成人するとマッターホルンに登山してきた。ジェイドも二十歳の時に登山に参加している。その形状を、NY大災害跡地に建設するビルとして採用したのは、先代のクラウス・ロートリックスだった。
 午後十時に社内集会が予定されていた。
 ジェイドはマンハッタンホーンに登城すると、二千人の社員を前に、若きCEOは就任演説を行う。今日ここで、新総帥の就任式が行われるのだ……。
「ロートリックス・グループはおよそ百年の歴史を積み重ね、激動の二十世紀および二十一世紀に、多大なる社会貢献をしてきた――。NY大災害以後、州政府、市政と連携して復興に尽力してきた今日のマンハッタンの姿は、諸君のたゆまざる努力の賜物である……。諸君に、心からの感謝と敬意を表したいと思う。私は先代の残された社の財産を引き継ぎながら、第七代社長に就任し……、先頭に立って指揮を執り――諸君と共に未来社会を形作りたいと思う」
 満場の拍手が止むのを、ジェイドはしばらく待った。
「この二〇二五年春、NYはロック市長暗殺という大いなる危機を迎え、さらに二十一世紀の今日、ますます変化に富んだ時代に、市場を先読みし、積極的に投資していく、未来社会の創設のために、わが社は、激しい競争に勝ち抜いていかねばならない。だから、私はこれまでのやり方をすべて見直す。この若輩者がと揶揄する声も、我が一族をはじめとして各派閥に存在することは承知の上だ。だが、世の中の流れがどこへ向かおうとも、わが社は企業としての社会的責任を果たす。どうか私についてきてもらいたい」
 ふたたび拍手が浴びせられる。
 先代総帥クラウス・ロートリックスは九十二歳で老衰死し、他の次期総帥候補者が突然死や事故死、不祥事、スキャンダルなどで「退場」するという、様々な「出来事」が重なって、若きジェイドはロートリックス総帥に選ばれた。数々の候補者を飛び越えて、二十九歳の若者が後継者に選ばれたのである――。
 そこに至るまで、ロートリックス家では、激しい派閥争い、政治工作が繰り広げられてきた。相続をめぐっての骨肉の争いには、主に三派が存在した。
 主流のロス派は、先代クラウスが推していた姉のサンドラ・ロートリックスを立て、そしてNY派のジェイド・ロートリックスは最も傍流だった。彼に比べれば、重役の筆頭・ランドールを立てたシカゴ派の方がまだ有力だと言われていた。
 他にもシアトル派のマイルズ、バラード派などが乱立し、先代クラウスの遺書の解釈をめぐっての争いに、ロートリックス・グループは揺れに揺れた。彼らはいずれも重役陣である。
 だが、姉のサンドラ以外は謎の死と失脚を遂げた。ジェイドの子飼いの白服の男たちがやった(殺した)らしいとの噂が流れた。ジェイドはサンドラとは仲は悪いが、義理の姉だ。最愛の妹・エマの手前、殺せなかったのだろうと誰もが噂した。
 結果、跡目相続は二大勢力の争いに集約され、姉のサンドラ・ロートリックスを推すロス派と、ジェイドを推すNY派が激しく対立し、宇宙人との不平等条約問題とともにカリフォルニアの旧本社がある「シャングリラ」や、ワシントンDCでの政治工作が熾烈化した。こうした中、最終的にジェイドが第七代目ロートリックス社主に就任したのである。
「私のことを悪運ばかり強い若造だと誹謗する者は多くいる。だが総帥として選ばれた以上、諸君には正しい未来を約束しよう。我々は数々の危機を乗り越えてきた。大戦、恐慌、疫病……NY大災害、そしてテロとの戦い……。NYは依然として、市長暗殺による激震に揺れている。この時にこそわが社は一致団結し、新しい未来の社会を創設する……私の心は、常にみんなと共にある!」
 ふたたびの拍手。この就任演説は、マンハッタンホーンの築城三周年記念式典も兼ねていた。それは、社とは別の意味合いを持っていた。

 ちょうど三角形のピラミッド部分にあたるところから、ロートリックス・グループにおいて極めてセキュリティレベルの高いエリアに入る。最上階には展望台があり、そこは同時に、ホーン内の「よみがえるシリウスの光団」の光神殿ともなっていた。巨大プラネタリウムを天井に映し出して、テクノロジーとミックスした秘儀を行うのだ。
 就任式の後、ジェイドはアイボリー色のスーツの上から純白のマントを羽織り、ロートリックス王朝の正統後継者として、アーサー王の王冠をかぶり、長い階段をのぼりながら、ロートリックス総帥と同時に、光団の最高位のグランドマスターに就任した。
 NY。現代のバビロンは、何千年も前からこの秘密教団に世界帝都として選ばれていた。シュメール文明からおよそ六千年、NYは文字通りの新バビロンだった。そこに現代のピラミッド、マンハッタンホーンが建っていた。
 ジェイドは、白く輝く剣を抜いて、魔法陣の中心に立った。プラネタリウム機能をホール全体に起動させ、宇宙空間を映し出す。天井に映し出された宇宙空間は、LEDドームシステムでとても色鮮やかで、美しかった。
 四大元素、風・水・地・火の精霊への祈りを通し、ジェイドはプロジェクションマッピングで床に大魔法陣を展開する。ホール内は明暗が緩急つけられ、常に色々なものが光っている。
 その中でジェイドは鍛えたケルトの神剣ガラドボルグを取り出し、五芒星の魔法陣に五つ配置されたクリスタル・リアクターで増幅した剣のPMFを収れんさせて、コンセントレーションを高める。宇宙との一体感をイメージしながらガラドボルグを振り、剣舞を踊る。
 ケルト様式の、ドルイドの召喚儀式だった。よみがえるシリウスの光団は、バビロニアを発祥地とし、エジプト、さらにケルト神話を習合した世界観を内包している。北欧神話でその中心に立つユグドラシルになぞらえた「一者の塔」は、マンハッタンホーン内部の呼び方で、「NYユグドラシル」が正式名だ。
 そしてマンハッタンホーンは――、一者の塔に接続、同期実験を開始。これは特殊な金属を使った、人と金属とNYユグドラシルの、秘教実験だ。
 この神殿の制御システムから、塔に向かって、ジェイドは自身の力を剣に溜め込んで、ガラドボルグの金属の持つ特殊なエネルギー、サイコ・マグネティック・フォースを放った。この剣は、サイキック・メタル(精神感応金属)、PMと呼ばれるモノであり、PMF(サイコ・マグネティック・フォース)召喚魔法を行うのだ。
 ジェイドは自分をアーサー王になぞらえ、自身の先祖がケルト人という自覚のもとにDNAを活性化させ、儀式を執り行った。
 周囲を百名近い白衣の技術者たちが機械を操作して、エイリアン・リバースエンジニアリング由来のデバイスが幾つも置かれている。ジェイドの顔が青白く浮かび上がる。
 まるで宇宙空間に身体が浮かんでいるような錯覚を起こし、ジェイドの意識は宇宙空間に吸い込まれていった。やがて剣から、深紅の炎がほとばしった。ガバナーズ島に建つ一者の塔へと、ジェイドは自身のPMFエネルギーを注ぎ込んでいった。
 
 ハンス・ギャラガー市長は毎朝、秘書官に目玉焼きを作ってもらっている。完全な円に異様なこだわりを持ち、その日の吉凶を占う。さて目の前の目玉焼きは真円だった。今日も素晴らしい朝だ!
 ギャラガーは意気揚々、マンハッタンホーンの社長室に、NY市長として出向いた。祝辞を言いに来た多くの要人たちの中の一人だった。本来であれば一企業の社長の方が、市庁舎に出向くのが筋だろう。だが、この町では権力構造が逆転していた。
「この度は、ロートリックス・グループ総帥就任、誠におめでとうございます」
「あぁ――市長就任ご苦労だった。バビロニア世界帝国の滅亡からおよそ六千年ぶり、この都にようやく新しいバベルの塔が復活し、このマンハッタンホーンとともに私は完成を祝っている……良い眺めだ」
 窓から一者の塔を観つめるジェイドは、先ほどのPMF実験で、身体の中にPMFをほとばしらせたままだったので、ギャラガーはその圧倒的な気の広がりを感じ、ジェイドの全身からエネルギーの洪水が流れ出しているようで、めまいを覚えた。
「この国は問題が山積しすぎだがな。アメリカは中東のならず者国家を制し、当社が調査中のシュメール文明の古代バビロニア帝国より、オリジナルのバベルの塔の足跡が発見されたという報が大統領より入った」
「それは重ね重ね、おめでとうございます」
 ジェイドの隣には、白服に身を包んだ長身のアーガイルが立っている。
「ロック・ヴァレリアンを失ったことで、連中がどう出てくるか……我々の計画は前に進むことができたが」
 そう言って、ジェイドはスクランブラー長アーガイル・ハイスミスを見た。
「ヴァリスはあまり暗殺者向きではない。無理をさせた気がする。奴は銃撃を外したが、彼がいてくれて助かった」
「はっ」
 円滑化部隊・スクランブラーはこれまで数々の殺人に手を染めた、ロートリックスの冷酷な処刑人である。その始末の後、ジェイドは内定通り、ギャラガーを市長に推薦(任命)した。ギャラガー自身が抗うことなど決して許されないNYの後援会長として。
「念押しするが……お前は単なるNYの市長ではない。前の世界線ではアイアンサイドの一味だったが、助けた恩をここで返してもらおう。軍に大規模なクーデター計画が噂されている。我々帝国財団はそれを警戒している。だが、私はお前の情熱と忠誠心を買ったのだ。くれぐれも私利私欲を抑え、私の計画に沿って、この新バビロニアの帝都・真NYの市長としての立場をわきまえ、私に仕えて欲しい」
 ジェイドは、ハンス・ギャラガーという人物の権力欲をよく知っていた。
「総帥の就任のご挨拶にありました通り……帝都にふさわしいNYへと変え、ロートリックス社をサポートするためにこの身をささげます」
「結構。ところで先に問い合わせのあった昨日の女神に起こった現象の原因だが、我々のテクノロジーとは何ら関係のない現象だと分かった。NYユグドラシルはどこからもハッキングも受けていない。現時点で、何も過剰反応する必要はないが、何か分かったらすぐに知らせる」
「ひょっとすると、敵が反撃態勢に入った、という天の徴では?」
「どうかな。私もそこまで信心深い人間ではないが、最後の審判ではさまざまな現象が起こる。それは確かだ。……そこでだ」
 と、ジェイドは再びアーガイル長官を観た。
「スクランブラー部隊は今後、市長に一任する」
 アーガイルはギャラガーの顔をちらりと見た。
 ジェイド自身、軍産複合体としての、ロートリックスの米軍の強化兵研究部門に数年間携わってきた。社の兵器開発部門を担当してきた彼は、スクランブラーのトップでもあった。スクランブラーはロートリックス社の軍事研究部門が開発した強化兵(スーパーソルジャー)であり、特殊能力を持った、超人部隊である。NYPDの特殊部隊が人間の戦闘力を限界まで引き延ばした存在だとしたら、スクランブラーは人間を超える能力を発揮した。それは、ラリー・E・ヴァレリアン大統領の時代の頃から暗躍してきた暗殺部隊だった。
「お前にこれだけの力を与えたのは、今後、反乱分子殲滅に専念してもらいたいからだ。私が塔の計画(グランドオーダー)に集中できるためにな。よろしく頼むぞ」
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