第45話 東京帝國との対話 海老川雅弓の警告

文字数 4,527文字

二〇二五年六月三日 火曜日 午後六時

 五時間後、今度は東京からの連絡をマンハッタンホーンは受けた。画面に現れたのは海老川グループ令嬢の海老川雅弓だった。後ろに黄金のシェルピンスキーのギャスケットが映っている。三角のフラクタル図形である。NYユグドラシルと、東京スミドラシル天空楼は、塔同士のPM秘密通信が可能だった。東京に帰った海老川雅弓が、NYのジェイド帝にリモート会議を申し出たのだ。どうやら雅弓は、さっきのゼレン委員会の話を聴いていたらしい。
 雅弓たちは三極委の後、すぐにNYを離れ、ロサンゼルスに立ち寄った後、東京で人狼狩りの多忙な日々を送っていた。その理由は、六月二日に東都帝國大學学長の桜田権蔵が事故死したという報が入ったからだ。大学内で反乱分子・人狼が現れ、学生自治会デルタフォースの海老川たちが対応している。用心棒の銭形花音は、一足先に帰国していた。その超多忙な海老川が、さっきの委員会とジェイド帝のやり取りを心配して、連絡をくれたのである。
「安心したよ、東京が味方でいてくれて」
「アラ、あたしはずっと米帝の味方のつもりなんだけど。私、ネオ東京に籠るわ。都内で、あなたの計画の巻き添えになるの嫌だもの」
 海老川が言ったのは、東京湾にある地下東京の「金座」のことだ。とん挫した第一の計画、地下都市建設を東京は実行に移していた。
「そんなトコまでは及ばないぞ、今回は」
「“今のところは”でしょ? 複雑系の自然界の摂理を甘く見ない方がいい。アリゾナ州の『バイオスフィア2』実験の失敗で分かる通り、生態系は非常に繊細なもの。それがバックミンスター・フラーの宇宙船地球号の真意よ。あの実験は彼の思想を表面的になぞったモノでしかない。塔のシステムが気象を完璧にコントロールできるなんて信じない。特に不完全なPMの塔は。あなたのこと、嫌いじゃないけど信用できない」
 もしも太平洋上でエルニーニョが活性化したら、東京スミドラシル天空楼が対抗PMFを発生させて、NYのユグドラシルを中和する。そうなると、塔対塔の戦いになってしまう。
「フッ、お前たちまで手厳しいな」
 ジェイドは柔和な表情になって、
「俺が三極を大切に思っているのは、東京との同盟があるからだ。ゼレンなんぞどうでもいい。大和民族はムーの子ら、我らはアトランティスの子らだ……、その東西文明の弁証法的な正・反・合のアウフヘーベンこそが、新時代の新しい力を生むんだ」
 ジェイドのケルトへのこだわり。古(純)ケルトという幻想。それは突如歴史上に登場し、忽然と姿を消したシュメール人とは異なり、脈々と伝承されている古ケルトが、アトランティス人の血統に連なるからであった。一方で、大和民族はムーの直径子孫だと、考えられていた。
「死海文書の『戦いの書』では、最終戦争の際に、二人の救世主が現れると予言されている。一人は聖書を知らない東の国から現れ、もう一人は彼を補佐する役割だ。予言が示す二人の救世主とは何か――おそらく東の国とは日本だろう。だから我々三極としては、来るべき人、あるいは組織、“モノ”を補佐する役割がある」
 ジェイドは東京帝國が敵に回るとは考えていない。国家神道を奉じ、聖書やカバラ、ケルトの魔術原理とは異なる原理で動く彼らのことを――。ゼレンヴァルトは火星移住に特化し、ロートリックスと東京帝國は、塔による禊計画を行う。このはずだ。ジェイドは日米同盟を強調し、たとえヨーロッパが造反しても、勝てる算段があるのだと主張した。
「間もなくだ、今回の夏至のタイミングを見逃すわけにはいかない。もう少しなんだ。もう少しで俺はアーサー王のPMFを受肉する……そうすればガラドボルグは、完成されたPMとなる」
 PMFは、一種の電磁波を使った超能力だ。
「ジェイド、あなたが純粋なケルトのPM使いだったなんて初耳よ」
 東京華族たちは、独自開発のPM技術を独占していた。ロートリックス帝国財団は、一応ケルトの血筋を自称するが、科学的根拠に薄く、DNA工学(宇宙人の)を使って、DNAとPMの秘密を探っていた。
「分かっているさ俺自身には何もないことは! ……我が一族に欠けるモノが何なのかは……だが、アーサー王はきっと赤毛だったのさ! それは隔世遺伝でよみがえらせることはできる!」
 ジェイドは一瞬黙って考え込んだが、つづけた。
「スクランブラーではPMFが使えない。あの君の『花音』とかいうボディガードは、PM使いだな?」
「えぇ……」
「そして君も――なんだな?」
 海老川は無言で返答した。
「しかし、エイリアン・リバースエンジニアリングを使えば、PMを操れる。彼らは地球上に存在しない金属を使って、UFOを建造している。UFOはPMなのだ。……それでこそ、地球の独立戦争が叶う。俺は第二のワシントンになる」
 今日までケルト選民のDNAを信じて追及してきたが、うまくいったのはギル・マックスだけだった。あの男は、純ケルトだ。
「アーサー王のお次は初代大統領ワシントン? ジェイド皇帝陛下はかわいいわね」
 ジェイドは雅弓だけに、グレイの計画を打ち明けた。
「グレイは自分たちの種の保存のために、人間のDNAを欲している。だがグレイたちだけじゃない、俺も眠れるケルトのDNAを活性化させることを目指している。先代のクラウスに、その遺伝子は引き継がれていなかった。兄弟の中にも。多分、一族の中で俺だけだ。だからクラウスは結局俺を後継者に指名したんだ」
「スクランブラーもダメなの?」
「残念だがNYに、PM使いの才能を持った強化兵は少ない。だから俺とハリエット・ヴァレリアンの戦いは、イイ勝負になるだろうな」
 スクランブラーの限界を自覚しながら、ジェイドは勝負への期待を、楽しんでいるかのように海老川には見えた。第一、最高の力を持ったPM使いのギル・マックスを、たった今手放したばかりだった。
「限定内戦でお忙しい中、申し訳ないんだけど、東京の意思も伝えるわ。禊計画を遅らせてほしいのよ」
 雅弓は本題を切り出した。
「どうしても始めるつもりなの?」
「あぁ――東京は反対なのか?」
「今回のNYユグドラシルの起動で、数百万単位の犠牲が出るという予測が出てる。無視できないエコサイドよ。『誰が死んで誰が生きるか』なんて権利は、私たちにもないはずよ――」
 しかし最後の審判が訪れれば、少なく見積もって世界の人口が半減。ゼレンヴァルトのAI・メタルコアが立てた最悪の予想では、数パーセントしか生き残れない。――ということは、雅弓たち東帝も承知のはずだ。
「ゼレンの方はどうだか知らないけど」
 一時間ほど前、ブダペシュトでロイ・ローゼンタールが不審死を遂げたことを、雅弓は掴んでいた。どうやら、ジェイドが超音速地下シャトルで送り込んだギル・マックスという強化兵が、最強の殺し屋として早々に働きをしたらしい。あの男は格段のPMFを持っている。ジェイドは東京に筒抜けであることを悟った。
「だから死んでもらったのさ! どうしても自分たちだけは火星で生き残れると信じてた連中には。持続可能な未来のために! 世界のために、真っ先に人口削減のために、真っ先に貢献してもらったんだ」
「ジェイド……ゼレンヴァルトに逆らうつもりなのね?」
「火星だって迷惑だろうさ、地球から穢れた人間共が大挙して押し寄せてきたら」
「それは同感だけど……」
 画面の中の海老川は、明後日の方を向いた。
「貴様たち東京こそ、そろそろ何を目指しているのか明かしてほしい」
 ジェイドは雅弓を睨んだ。
「我々は三種の神器のPMによる神人合一を目指す。それが叶えば、禊は必要ない。私たちだけで、史上最高位のPMを作り出して地球を救えるもの」
 東京帝國は天津神系の国家神道の元、ロートリックスの最後の審判(禊と解釈)に賛同し、その後に彌勒世が来るという、国津神系の日月神事予言をも計画に組み込み、ロートリックスの最後の審判計画とは異なる原理で動いていた。それは国家神道の八紘一宇、三種の神器合一によるPMの神人合一である。
 だがそれには、東京で争っている人狼連合から神器を取り返さなければいけない。東京の決闘制度に勝利して――。
「エイリアン・リバースエンジニアリングなんて限界があるわよ。本物のUFOに乗るには、人類の身体がアセンション(次元上昇)してないといけない。地球レベルのアセンションに対応する必要がある。ロートリックス製の〝偽UFO〟の限界は、イコール肉体の限界ってこと。所詮、この地球人の肉体では、ホンモノのUFOには乗れないの。<神人合一>しないとね。この肉体がアセンションしないと、本当の解決にはならないの。あなた方の計画には、そもそもアセンションの概念が欠けている。グレイだってそう。彼らもそこが分からないと、アセンションの限界を超えられない」
 彌勒世のアセンションを目指した、PMFによる神人合一(即身成仏)とは? ジェイドには計り知れなかった。
「それが誇り高き大和民族には可能だと?」
「ええそう」
「怒った顔もかわいいじゃないか、日本の般若面にそっくりだ」
 ジェイドは、海老川に微笑んだ。
「――何ですって?」
「俺は何でも自由にやるさ――君たちに裏切られるまではね」
 東京にはAI・「夏繁」(かはん)がある。東帝はその性能を隠していた。もしもそれがNYに攻撃を仕掛けてきたら厄介だ。
 しかし、海老川雅弓の真意は一体なんだろう? 神人合一とやらは、こっちの計画を阻止しなくても可能なはずだ。
「問題はあなたの足元のNYにあるのでは? ゼレンではなくって」
 ジェイドはロックの娘ハリエットを侮らず、危険視している。だがそれで限定内戦を設定し、スクランブラーで勝てると踏んでいるなら、「甘いわよ」と雅弓は言う。海老川の、決闘を行ってきた東京武士としての見解だった。
「なら彼女を侮らないことよ、決して」
 と、海老川はハリエットについて印象を述べた。
「あなたのがガラドボルグなら、私の見たトコ、彼女の光十字剣は上位PMよ。シリウスの光よりも眩い光彩を放つ、いや、ひょっとして<シリウスの光>って彼女のことなんじゃない? さしずめジャンヌ・ダルクか、女アーサー王ってとこかしら」
「……下らん冗談だ」
「彼女があなたにとってのダモレクスの剣にならないよう、くれぐれもお気をつけなさい」
 ダモレクスの剣とは、栄華の中に迫る危機を意味する。
「だとしてもバビロニアからの因縁だろう。六千年前の伝承は、シリウスの光団の中にも詳細な記録はない。だが、帝国末期は民衆蜂起との戦いの連続だった。それが因縁なら、俺は立ち向かうだけだ。……ハリエット・ヴァレリアンは、俺の宿敵だと感じている」
「楽しい決闘の始まりね」
「私は東京との日米同盟を信じている。持続可能な未来のために。光政帝によろしく」
「了解」
 海老川とのリモート会話は終了した。
 NY限定内戦開始を見届けて、海老川は東京が、NYと同じ轍を踏まないようにと、いよいよ人狼狩りに精を出す決意を固めた。都内で限定内戦など、もっての他。何としても阻止しなければならない!
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