第50話 機械仕掛けの摩天楼 エレクトラタワー奪還

文字数 2,516文字

二〇二五年六月十日 火曜日

 セントラルパークサウス地区はパークの広大な緑地を目前にして、風光明媚で、NYで随一のセレブな街として知られている。
 パーク中部のメトロポリタン美術館直下にあるアウローラの地下秘密工場は封印され、まだ帝国財団に察知されていなかった。その中に、千台もの新造戦闘バイク「ロードスター」が眠っていた。それらを、エレクトラタワーに入ってホストコンピューターからプログラムを流し込み、起動させなければならない。
 マドックス軍は戦車に乗ったまま、シープ・メドーを南下していった。NY北軍戦車隊は、新たな南軍の待つエレクトラタワー目前のウルマンリンクまで迫っていく。このままマンハッタンホーンを陥落させ、〝山〟内部の真実を世界中に暴露すれば、戦は終わるハズだった。
「戦車使ってもいいけど――、ビルに当てないでね」
 ハリエットは念のためマドックス陸将に忠告した。戦車は今後の市街戦で役に立たないことが予想される。インフラを守るレギュレーション第二条のためだ。そのことはマドックスも熟知している。
 ビルに向かって戦車が砲撃することは許されず、ミサイルは手前で自爆発動するように設計されている。
 もしビルを破壊すれば、ただちに戦闘は中止、四方から州軍がなだれ込んでくる。レディ・シェードによれば、国連安保理のAI「キララ」がずっと監視しているはずだ。
 だが、無駄撃ちが増えれば、狭い市街地での至近距離の空中爆発によって、敵のみならず味方にも被害を及ぼしかねない。
 しかし、戦車がパーク南エリアのウルマンリンクに入ったとたん、タワーからハッキング(情報収集)と、猛攻撃が開始された。摩天楼自体が発する強力なジャミングによって、スーのハッキングが効かなくなったのだ。同時に、高層階から複数の立体射撃がミサイル攻撃とともに開始され、戦車隊はシープ・メドーへ一時撤退を余儀なくされた。
「ハッキングに限界があるとすれば、こっから先の市街戦での戦術には、PMFが不可欠になるわ――」
 ザ・レイク戦では、ハティが磁化しながら前進するタワー戦の前兆現象ともいえる戦いが繰り広げられた。
 ハティのPMFなら、強固な防壁を突破することができる。それは、ハティにしかできない。マックをサポートにつけたハリエットは、軍の指揮を執る決意を固めた。射撃訓練も過去何度かしてきたし、次第に乙女はPMFで射撃の腕をコントロールできるようになっていた。
 アランはシープ・メドーの野営地でハティをアウローラ将校の一員に加えると全軍に伝えた。すると、NY州軍に動揺が走った。
「まだ十六歳になったばかりの娘だ。一日市長とは違う。広告塔ならアイドルでも可能だろう。しかし、軍の統率は広告塔には絶対務まらない。アランは血迷ったのか?」
 マドックス将軍は州軍を代表して、アランに具申した。
「いいや――PMFを発露できるのは彼女だけなんだ」
「都市伝説の域を出ん。――PMFなど、本当にあるとは思えない」
 マドックスは、光十字の奇跡を直接見たことがなかったし、ザ・レイクでの活躍も、すべてハッキングの成果だと思っていた。
「親の七光り以外にどんな意味がある? それとも学歴で戦いの指揮が執れると? 若干十六でハーバード大生だというが……、それで戦に勝てれば苦労はしない」
「待て、何も学歴で指揮が取れるなんて主張はしてないぞ、俺たちは。これまでのハティの勇気と判断力を買っているだけだ!」
 アランとマドックスの会話に、エイジャックス本部長が割って入った。
「将軍、ハティは確かに素人だが、俺たち警官やプロの軍人にはとても敵わない大胆な作戦を実行する。その天性の直観力を、見くびらん事だな」
「――直観?」
 マドックスの戦術計画に、当然、ハリエットの戦闘における鳩ビューイングのひらめきなど想定外である。そんな予知能力があることも、マドックスは知らない。
「カノジョは天性の怖いもの知らずだからな」
 アイスターはパソコンを眺めながらつぶやいた。
「それにこの子のひらめきは、俺も何度か助けられている。奇跡ってのは本当にあるんだよ」
「奇跡で軍事作戦は、立てられないぞ刑事殿――」
 マドックスは自分の戦車に立ち去った。
「ヤレヤレ敵は身内にもいるってか……」
 アイスターはボヤいた。
「無理もないさ、我々だって最初は信じられなかったんだ。この目で見るまでは」
 エイジャックスは顎髭をなぞった。
「マドックスがハティを侮っているとしてもだ――、侮ってるのは敵も同じことだ。つまり、そこに勝機がある」
 アラン知事は、ハリエットを将校に加える方針を曲げなかった。
「まずは身内の説得からだが」
「いいえ、ほっときましょ。敵を欺くには味方からって言うじゃない?」
 ハティは、彼らを陽動に使うつもりでいた。
「なるほど?」
「備えのない敵を攻める。戦力が充実できないところを撃つ。敵が予想しない時機・場所・方法で……敵はまだ私の光十字の力を知らない。そこがタワー奪還において重要なポイントになる。そこへ突っこんでいく! 敵を分断し、孤立させて、集中して叩く。分断している敵の一部を撃つ、ジョミニの戦争の法則よ。無論、あえて、安保理のレディにPMFを届け出てやる必要もないんだし」
 PMFはレギュレーションに想定されず! 使っていけない法もない。そもそも表の法でも裏の法でも、「超能力」の存在は想定外だ。限定内戦範囲内なら、後で条件を提出すれば細かい戦術の追加も可能だと、セントラルパークの時に分かった。帝国財団側の戦車投入はその代表例ではないか。後出しじゃんけんにしか見えないが――。

 マドックスの戦車軍団はセントラルパークサウス地区の五百メートル以内に接近すことができずにいた。二度の突撃で、ウルマンリンクまで来て、さらにハックされた上、摩天楼を直接撃つことができず、逆にロケットランチャーの立体射撃の集中砲火を浴び続けた。その戦闘でおよそ半数の戦車が破壊された。守備するスクランブラーに勝てず、近づけず、マドックス軍は残った戦車を撤退させると、再びマドックス将軍はシープ・メドーに下がって、一旦戦車陣を立て直した。
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