第53話 ブロードウェイ・デスパレードマーチ

文字数 3,827文字



 恐れるな 私はあなたとともにある
                  イザヤ書

二〇二五年六月十一日 水曜日 九時三十分

「遅いな」
 ハティが索敵に出て行ってから、一時間が経っていた。
「隊長、これ以上待てません!」
「うむ……突撃!!」
 マドックスはとうとう、ハティから鳩ビューイングの指示を聞かずに独自判断で攻撃を開始した。彼らNY州軍は五番街で陣を構えていたが、背面からシティへ向かった。こちらが動けば何らかの反応があるだろう。少しぐらいの犠牲を割り引いても、シティに、どれくらいの兵力が隠れているのかを概算できる。前回の戦闘で、スクランブラーの戦闘力はある程度把握していた。それにこちらはマドックス軍団だ、戦場での犠牲を恐れる兵士はいない。
 各本隊は、それぞれアクセラトロンを持っている。独自に設置することが可能だ。とはいえ、そこにハティが合流しない限り光十字は灯らない。しかし抜け駆けしたとしても、最後にシティのどこかで合流できればそれでよい。その一方で、マドックスは本当にエレクトラタワーのような解放区になるのかも半信半疑で、もしもダメなら軍事力で制圧してしまえばよいと考えていた。
 マドックス本隊がメトロポリスタワーに迫ろうと、先走ったとしても無理はなかった。後方に装甲車両、特殊部隊のキャノンボールを引き連れ、シティ内に突撃する。中央広場のプールは地下へ格納され、だだっ広い広場になって、四方をビルに囲まれた巨大な桜の木が、だだっ広い空間の中心にドンと立っている。

 フォォォォォ――……ンンン!!

 突如、微弱な電動バイク音と共に、ロートリックス社のバイク・Sトロン(SHINKIROU・蜃気楼トロン)が周囲から現れた。それがあたかも、マドックス隊には沸いて出てきたように見えた。とはいえ、まったく予想外だった訳でもない。騎乗から火力を集中する。
 静音の電気モーターのスクランブラーバイクは、接近直前まで気配を消すことができた。電動バイクは安全性のために、本来はあえてエンジン音をつけている。だが彼らのバイクは、公道では法廷違反レベルの無音バイクだった。
 NYPD帝国軍の警察車両は単なる白バイに過ぎないが、スクランブラーのバイクは独特な流線型のマシンで、白く輝く長い車体に搭載されたレールガン、<パルスアタックプラズマ銃>は、バス一台を大破させる破壊力を持っている。
 対するマドックス軍のマシンは、ハイブリットエンジンで音が出る。どうしたって位置を察知されることは覚悟の上で、スクランブラーのレールガンが火を噴くと同時に、双方、激しい襲撃戦が始まった。
 NYPD帝国軍の上には、部隊に先行して十数台のドローンが編隊を組んで浮かんでいた。それらは索敵に加えて、銃撃してきた。マドックス隊としては、まずドローンを撃ってから地上部隊と戦う必要が生じた。マドックス軍は半手遅れた。こちらにドローンはなく、ハティがPMFで鳩を操作することで、ようやく敵と互角に張り合えたのである。敵にPM使いはいないはずだったが、代わりにドローンや高性能バイクで補うだけの技術と財力を持っていた。
 むろん、マドックス隊に、ハティのようなPMFの特殊能力者は存在せず、スクランブラーのような超科学に縁どられた強化兵部隊でもなかった。撃っても撃っても、索敵ドローンは沸いてきた。あまり上空に気を取られている訳にはいかなかった。路上に群がった敵バイク隊の銃撃にも、対応しなければいけなかった。銃撃の嵐で、街路樹がドサッと倒れていった。
 敵部隊後方から、黒いトレーラーが迫った。正式名称は「スクランブル・トラック」。迫りくる巨体の荷台の屋根に、いくつものマシンガンの銃口が鈍く光っていた。それらは火を噴き、走行しながらガガァーッと後方の荷台が開いて、搭載バイクが四台、続々と路上に降りてきた。
 都市では大きな車両ほど、待ち伏せ攻撃の対象となる。建物間の路上を進むしかない大型車両は、格好の標的になり、攻撃されて鉄の棺桶と化すのだ。一方で、怪物のようなスクランブル・トラックは、周囲の街自体が味方であるときに、真価を発揮した。
 白服はマシンガンを間断なく撃つと同時に、急接近すると、豊富なバリエーションの銃剣で斬りかかってきた。光の筋のようなスピードであり、それに対処する術(すべ)を、マドックス兵は持っていなかった。ついにマドックス隊は囲まれた。マドックス隊は、建造物やバリケードが障害となり、撤退路を確保できないまま、メトロポリスタワーのある中心部へと徐々に誘い込まれていく。
 敵は建物に隠れながら、バイクの機動力を生かし、こちらへの波状攻撃を仕掛けてきた。視界を阻まれるため、空襲は限定されるが、機動力の高いヘリは有効であり、ブラックヘリが襲ってきた。プロペラは飾り物で、実態は反重力システムで浮かぶエイリアン・テクノロジーだ。通常のヘリよりも高い機動力を持っている。上空からの攻撃を受けて、車両が大破していった。
 ビルの高層階から、射撃隊が撃ってきた。あちこちで車両が足止めをくらい、ミサイルで火葬にされた。破壊された車両も、障害物として残った。バイクは非常にスピードが速く、小回りが利き、変幻自在でかろうじて避けることができている。
「だからバイクなのだ……!」
 これまで州軍が想定したことがない、超高層ビル街での戦闘だった。幸い、バイク隊ならここを脱出できる可能性があった。
 前方の街頭ビジョンに、突如、「BEHIND YOU」と黒バックにオレンジ色の文字が大きく浮かび上がった。慌ててUターンすると、ステルスバイクが背後からレールガンで襲ってきた。マドックス部隊はモロに直撃を食らった。ロケットランチャーで対抗する。
 急接近したアーガイル隊長は大型マシンをウイリージャンプさせると、宙で車体にひねりを加えながらミサイルを避け、そのまま車体をコークスクリューで宙で四、五回転させながら斬りかかった。スクランブラーはAI戦闘予想による正確な弾道計算と、跳弾でマドックス軍を翻弄した。
 科学忍者スクランブラーは、バイクで走行しながら道にマキビシを撒き、通過した後の路上から棘柵が上がってくる。脱出しようにも敵に道路を封鎖され、シティの中心へと誘い込まれてしまった。ビルの上階や地上から、銃やロケットランチャーが嵐のように降り注ぐ。
 分隊たちはかろうじてタワー方面へと逃げたが、本隊の二百名はシティから出られず――、マドックス本隊はついに孤立した。スクランブラーの魔手が孤立した本隊に一斉に迫った。

     *

「えっマドックスが……?」
 ハティはマドックスがシティに入っていったと聞いた。
 通信は三十分間も途絶えていた。シティ中心が、敵の通信妨害電波で充満しているためだ。
「まだだって言ったのに! もうっ!」
 マドックス軍は独自に動ける権限を持っているとはいえ、一度はハティの判断を待つと了承してくれたはずだった。
 マドックスの予想をはるかに超えてシティは死角が多く、罠が張り巡らされており、PMFを中心とする戦術以外に有効な手立てはなかった。だからハティが指示するしかないのだ。ハリエットの鳩ビューイングが、最終的な作戦の決断を促すしか。
 ハティは思う。アウローラ軍団は自分を信じてくれているが、新参のマドックス州軍はプロ軍人としての誇りから、信じてくれない。エイジャックス率いるNYPDレジスタンスも、自分への反感から、動きは鈍い――。今までもさんざん大人たちに軽く見られてきたけど、この戦いでは三軍の足並みがそろっていない。そこを敵に、足元をすくわれている。
「私の鳩ビューイングを信じてくれたら……勝てたのに! あぁ悔しい!」
 でも、今はそんなこと言ってらんない。けど通信も困難で、インカムは高層ビルにさえぎられている。5Gのハッキングのために、ハティはPMFを使いながら、同時に三軍の部隊を統率しなければならなかった。たった一人の判断にゆだねられているが、すでにハティは限界だった。

 Tスクエアの南へ向かうY字路は、その先に、まるで二つの選択肢があるようだった。生か、死か。中心へ入ったマドックス隊の命運は尽きたかもしれない。光さえも吸い込むブラックホールのように、不気味なほど静まり返っていた。
「中に入ればきっと、ハチの巣を叩いたような騒ぎになる――」
 マクファーレンが通信で忠告する。
 こんなときジャンヌならどうするか……いつも考える。彼女なら助けに行くに決まってる。ハティの鳩は、ギリギリの死線を超えて、光を指し示す。鳩のロッキーからの情報を分析しながら、そして決断した。
「行くわ、……助けに!!」
 ハティは周りの反対を押し切って、苦境に立たされたマドックスの救出に動いた。
「いやちょっと待て、どう考えてもこれは罠だ! 君も気づいてるはずだ。敵は君を待ち受けているんだぞ」
 マックは制した。
「今なら救える! でないと彼は死ぬ、私なら、マドックスを救えるんだから!!」
「一度助けてもらったクセに指示を聞かないヤツが悪いんじゃないか?」
「助けるわよ、何度でも――!」
 ハティは思いつめた顔で答えた。
 並みいる戦略家にできない強襲、奇襲攻撃作戦。スレスレの中、ハティには勝利の道筋が見えていた。そうだ、私ならできる。みんなが、わたしを信じてくれたら――。
「ハティッ!!」
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