第48話 奪還! オルレアンNY

文字数 4,608文字



二〇二五年六月五日 木曜日

アウローラ蜂起 NYレジスタンス軍

 マンハッタンは、アメリカン・インディアンの言葉で「丘の多い島」を意味する。幅四キロ、長さ二十キロ、面積は六十キロ平方メートル未満。四方を川と湾に囲まれた南北に細長い形の島で、周囲の区と不思議と景観が異なっているのは、意図的に繁栄させる都市計画のためだった。東京の山手線の内側と同じくらいの面積だ。
 北側をアップタウンと呼び、中心をミッドタウン、そして南側をダウンタウンと呼ぶ。マンハッタン島は一枚岩の岩盤で成り立つ強固な地盤であり、それは頑強な雲母の結晶だった。その強靭さは、高層ビルの建築に適していた。特に、ミッドタウンとダウンタウンの地盤はこの岩石が豊富で、摩天楼街となっている。
 百メートル以上の超高層ビルが四百棟以上、その中で二百メートル以上は七十棟以上、さらにそれより高い三百~七百メートル以上の超々高層ビルも十棟を数える。世界最大の都市である。
 アップタウンのコロンビア大を頂点とし、ダウンタウンへ向けては緩やかに下降する。沿岸部に向かって極めて緩やかな傾斜だが、一見してほとんど分からない程度だ。
 ロウワーマンハッタンにあるNY市庁舎から、北部のハーレムのコロンビア大までおよそ十八キロ撤退したアウローラ軍だったが、MHを目指してそこから再び南下していく。内戦期間は十四日間の猶予があるが、ハッカーのヴィッキー・スーによると、塔は最短三日間での再起動が予想されるという。そうなると塔は再びハリケーンを作り出し、アウローラを壊滅させる。それまでにMHを強制捜査で制圧し、オルレアンNYを解放しなければならなかった。
 一者の塔はクラウドバスター搭載で、気象コントロール機能を搭載し、水害防衛機能という非公式の触れ込みがある……。だがそれは、マンハッタンホーン側からは攻撃できないということでもあり、通常軍も守っている港には、戒厳令の防衛線が張り巡らされている。マンハッタンの外周路、海軍の船の他、戦車隊が陣地を作っていた。
 ゆえに、アップタウン方向から街を下るか、川から南下するしかないが、内戦の範囲は島内だけであり、川へ出ることは許可されない。川を通れないとすれば、マンハッタン島内で、北から南下する、陸路しかない。
 大スクリーンにM島の地図が表示された。当然のことながら……
「道路という道路は、ブロックごとにNYPD帝国軍によって封鎖されている。一万の大軍で、南へ行かせまいと道路を何重にも封鎖している。放置車や自分たちの車両を使って、簡単に道を封鎖できる。そしてこっちの動きは逐一5Gに監視され、上からドローンと、ビル上階からのスナイパーが狙う。たとえ第一陣を突破できたとしても、第二陣、第三陣と封鎖されていて絡めとられる。そこを突破するには、エリアを支配するバッテリーと5Gの解除をしなければいけない」
 そこで立ちはだかるNYPDを指揮するのが、スクランブラー部隊だった。少数精鋭で、全米で二―三百名程度と言われているが、この戦いに集結している可能性があった。
「ヤツらの武器は、5G都市システム、つまりNYそのものだが、レールガン搭載のステルスバイク、強化兵(スーパーソルジャー)の再生力に加え、AIによる戦闘予想。これがやっかいだ。それで跳弾を使えるからな。スクランブラー・レールガンの特徴は、弾が無尽蔵で、速射に優れる。短所は連中の数が少ないので、我々はNYPD帝国軍を奇襲しやすい。身内と戦うのは心苦しいがな」
 エイジャックス本部長は、ハンターのNYPDを“帝国軍”と揶揄した。
「こっちには対抗できるような武器がない。我々の機器はすべてハッキングされるし、銃も通常のものしかなく、全てにおいてスクランブラーに劣る。ハティのPMFだけは勝てるが、君一人では戦に勝てない。このままでは、5G包囲網を突破できない」
「アランさん、バイク隊を作りましょう!」
 ハティはバッと立ち上がって、新アウローラ軍の部隊を提案した。
「とすると、エレクトラ社製のバイクが必要だな」
「レールガンを搭載できないかしら?」
「レールガン開発には時間がかかる。だが、サイドワインダーミサイルなら何とかなる。目標にロックオンできるぞ」
「それで結構よ。最善を望み、最悪に備えよ、とね」
 ランチャーミサイルで、相手のレールガンに対抗するのだ。
「しかし一つ問題がある。起動プログラムは本社にあるコンピュータにしかないんだ。タワーにもう一度忍び込んで……バイクを起動しないといけない」
 ハウエル社長は言った。
 バイクはセントラルパークのメトロポリタン美術館の地下シェルターの工場にズラッと鎮座しているものの、タワー内で直接プログラムを流し込まないと動かない。外からハッキングしても、エレクトラの強固なセキュリティに守られてダメらしい。NYPDがエレクトラタワーをエリアごと閉鎖していた。アウローラの侵入を防いでいる。
「解析するのに四、五日かかる」
「で、どうやってタワーを奪還する?」
 アウローラの車両と、ハティのバイク、それにNYPDの車両の乏しい兵装で、タワーの奪還しなければならなかった。

 日が暮れ、マンハッタンは地上から吹き上がる人工の光に包まれた。
「ちょっとこれを観てくれ」
 マックがみんなを呼んだ。
「あれは何だ?」
 マックが大学から望遠レンズで、エレクトラタワーを覗いていると、塔の直上に小さな光十字がうっすらと輝いていた。
「建物周辺に、スクランブラーが近づこうとしてない」
「行きは気づかなかったのにネ」
「昼間だったからだ。あの光……」
「大学が光ったんで、連動して光ったんだ」
 アイスターによると、ハティが近づいたことで、輝き出したらしい。
「そうか――エレクトラタワーは、アクセラトロンと同調したままだ!」
「どういうこと?」
「エレクトラ事変の時、俺たちはスクランブラーにタワーの電源を乗っ取られた。で、屋上で非常時メンテナンス用電源にアクセラトロンをつなげて、エレベーターを動かしたんだ。その時、ハティの光十字がタワー上空に灯った。あれは、あの瞬間だけじゃなかったんだ」
「あの時の……」
 オレンジ色の光十字が細々とながら、灯っていた。ランドマークがハティの光十字ペンダントと共鳴すると……、光十字が灯った。そこは一瞬、ITがスタンドアローンとなり、MHとユグドラシルの支配が及ばなくなった。今もわずかながら、その影響力はタワー内でコロンビア大のように続いている可能性があった。
「これでロードスターを起動できるじゃないか! もう一度ハティがタワーに侵入してPMFで強力な光十字を灯し直せば! you know?」
 エレクトラタワーを奪還するためにセントラルパークから南下する。
「レギュレーション説明の際、スクランブラーは武装を解いていた。シェードに言われたから、というのもあるだろう。それが騎士道かどうかは疑わしいがな。あいつらは、コロンビア大の中では不利だと感じたんだ。ここは5Gから独立しているから」
 彼らの車は、全車両電気自動車でIOT化している。そのため、コントロールされてしまうとエリアに入れない。また、コンタクトレンズとイヤフォンのAI戦闘予想も封じることができる。NYのランドマーク戦で光十字が灯ると結界ができ、スクランブラーは攻撃できない可能性があった。
「なるほど」
「MHはバッテリー地区なだけにNY全体のバッテリーなんだ……MHだけで、NYのエネルギーを5Gで一括して回してる。それをハッキングで打ち破らないことには前には進めない。ドローンも含めて全部監視されてるし、攻撃される」
「MHを止めてから南下してMHを攻撃するって? 矛盾だな」
「いや……シェードが言ったこと。マンハッタンもワシントンDCみたいな風水都市で、それに沿って都市計画が進められている。つまり、5G網が敷かれている」
「あ~、マンハッタン島が人体だとか何だとか?」
「そう、その意味を考えてみたんだが、南北に伸びたブロードウェイが人体の背骨だとすると、それにそってチャクラが並んでいるって訳だ。人体には第一から第七のチャクラがある。そこに、クンダリニーエネルギーが走るんだ。その一個一個のチャクラが、マンハッタン島の5G基地局という訳さ。メインからサブまである。そのチャクラにハティが光十字で点灯するって訳。コロンビア大がファースト・クルセイドで、エレクトラタワーがセカンド・クルセイドだ。ともかくタワーさえ奪還すれば、光十字のPMFが5G中継基地を介してエリア全体に拡大する可能性がある。まだ仮説だがな……。つまりNYの5G網基地局・A~Zまでを制する戦い、『NYAtoZ戦争』だ!」
 アイスターは地図をポインターで指し示しながら説明したが、エイジャックスの理解を超えていて、頭を抱える結果になっている。
 セントラルパークを突破しないと、エレクトラタワーへはいけない。行くだけなら島をただ南下すればよいが、マンハッタンはエリアごとに電力が分割されて、そこをNYPD帝国軍が埋め尽くして封鎖していた。局所戦闘では勝てたとしても、ともかくNYPDは数が多い。加えてスクランブラーを突破するには、そのエリアを管轄しているランドマークを攻略し、PMFでハッキングしなければならないのだ。だから攻撃する。
「いいわ! ここから下って、エリア53・マンハッタンホーンまで南下し、オルレアンNYを取り戻すの! 私がこの町のランドマークに光十字を灯していくから、アイスターのアクセラトロンを量産して、エリアを解放しながらストリートを南下しましょう!」
 各エリアのランドマークの電力を、エレクトラ社製の自家発電機アクセラトロンに切り替え、スタンドアローン化する。
 するとMHと一者の塔の5Gの完全コントロール下にあったエリアが切り離され、そのエリアではMHは完全に力を失う。そこを、MHの支配からの解放区とする。これは、電力・通信を切りかえる戦いだった。
 アイスターの暫定フリーエネルギー装置で、ハティのPMFがスクランブラーにEMP攻撃する結界を生み出せば、スクランブラーは電波のジャミングを受け、武器のコントロールが不能になる。ハッキングも不可能だ。
「戦闘機は電磁波攻撃に弱いからな。人間戦闘機もだ」
 都市計画を逆手にとって、ハティがPMFで光十字を灯し、各エリアを解放すれば……MHまでたどり着ける!! ハリエットはもう一度、自由の女神を目指して南下する! 最後の審判を阻止するために!
「光十字が道しるべとなる……」
 ハティは、鳩ビューイングで観えた情景を元に、明言した。
「光十字はPMFの作用だ」
 ミッドタウンの5G中継基地が、ロートリックス・シティだと判明した。それだけ敵の防御は高い。
「ゴールポストの配電盤を探し出し、そこへアイスターがアクセラトロンを設置して、光十字を灯せば勝利だ! 奪われたオルレアンNYを取り返す!」
 ハティの合言葉で、アウローラはコーラで乾杯した。オルレアンNYとは何か? それは、「元の世界線のNY」の時空を指す隠語で、ジャンヌ・ダルクがイングランド軍から解放したフランスのオルレアンに掛けていた。対して現在のMHの建つNYを、アウローラは「MHNY」と呼んだ。
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