第67話 天のろくろ アーバン・エクストリーム

文字数 6,138文字

二〇二五年六月十七日 火曜日 朝十時三十分



 マドックス軍はジェイド一人に押されながらも、善戦した。そんな中、ジェイドの姿が消えた。ジェイドはアストラル・プロジェクションを、今度はMHの海側へと出現させた。
 ハティがまさに勝利を手にしようとした瞬間、女神の力を背負ったハティの光十字に、一者の塔のPMFを背負ったジェイド帝のガラドボルグが対峙する。両者は、マンハッタンの最南端でPMF同士を激しく衝突し始めた。
 突然、上空に機影がキラッと陽の光を反射させたかと思うと、ロウワーマンハッタンは編隊飛行するF-35ライトニングII戦闘機の空爆を受けた。
「戦闘機だなんてッ!! 限定内戦を超えているじゃないか! ただちにシェードに連絡を――」
 マドックス将軍が叫んだ瞬間、彼のいた陣地は被弾した。地上部隊は続々と戦闘機の絨毯爆撃を受け、マドックス軍はほぼ壊滅した。ポール・ブランカが、アイスター・ニューブライトが、アラン・ダンティカが即死した。ハウエルCEOは、荒廃したロウワーマンハッタン・イーストを見つめた。わずかな数百名だけを残す一方で、敵のMH守備隊は、あふれかえるほどに数を増していった。
 そこへ、大地震が起こった。大地が激しく揺れ、残った兵士たちは立っていることが叶わなくなった。建設中のビルというビルから、資材が続々崩れ落ちてきた。M8を超える巨大地震だった。
 地震の振動は十五分を超えても留まることを知らず、マンハッタン島は激しく揺れ続けた。車が次々飛び跳ねていく。その直後に、同程度の揺れが起こり、その後も、断続的に大きな余震が繰り返された。
 突然、人が、車が宙に浮き始めた。さらに巨大なものを巻き込んで、建設途上のビルや巨大クレーン、破壊された建物などが上空へと高く舞い上がり始めた。ジェイドとMH、およびNYユグドラシルのPMFの作用らしかった。周囲を囲だビルが次第に浮かび上がっていき……マンハッタン湾を飛んでいたハティは逆にひっくり返って、海面へ落下していった。
たった今まで、勝っていたのに!

 ――と思いきや、「それ」をハティは観ていた。アウローラ全滅の光景を眺めている自分がいる一方で、ハティの目の前のアウローラ軍は、まだ善戦していたのだ! そしてハティ自身も、宙を漂い、海面に落下などしていなかった。
 これは、未来だ。ハティのリモートビューイングが垣間見る、少し先の未来……本当に、これが、近未来の景色なのか? こんな恐ろしいものが。いいや、どうやらそれも違う。ハティの直感が、警鐘を鳴らしていた。これは、あの空中の境界線の「向こう側」に、もう一つの世界線が見えている。そうだ、<全滅の世界線>が!
「ビルが崩れて浮かんでいる……なんて、そんなバカなコト……こっちでは起こってはいない。違う、そうじゃない。これは、時空が崩れている――! NYは二つの未来に、裂けようとしているんだ!」
 今まさに、アウローラ軍が勝利しようとしている時空と、兵力が逆転し、大地震が起こり、負けつつある時空とに――。浮かんでいるビルの時空、あっちが崩壊したマンハッタン、つまり敗北の世界線だ。二つの世界線はお互いに、時空のカベ窓から見え、のぞきあっていた。
「二つの世界線に裂け始めてるだって? 一体、誰がそんな馬鹿なことを」
 インカムで連絡を受けたアランは理解が追い付かず、頭を抱えた。
「いいや、そうじゃありませんね……『溶け出して』いるんです。ハイコントラストPMFが発動した、とでも命名しときましょう」
 アイスターが考えた理由は、塔が暴走状態にあるための副作用ということだった。だがアイスターにも、その原因は分からない。
「おそらくMH側でも原因は分かってないワ! とにかく塔を止めないと、こっちに、破滅の世界線が侵食してくることは間違いない。私たちが進むべき道は、あっちじゃない――このまま突き進むのよ、形振り構わず!」
 ハティはマドックス軍を鼓舞した。
 勝っている世界と負けている世界と、どちらの未来を取るか? そんなこと、アウローラ軍にとって分かりきっている――「勝ってる世界線」だ! だが、その二つの境界線はあいまいだった。
 二つの時空は、お互いに干渉しあって、複雑に因果が絡み合っている――このままでは、向こうの世界線がこっちに影響するだろう。ハティはPMFバリアを強化すると、徐々に迫ってくる巨大な破滅の時空のスターゲートの中へと、思い切って飛び込んだ。
 そこには、想像を絶する景色が展開していた。MHの反重力装置で、宙に浮きあがった解体途上や建設途上の摩天楼群が、ゆっくりと上昇していった。
 キラリと閃光がひらめき、崩れたビル陰から、ガラドボルグを脇に構えたジェイドが斬りかかってきた。ハティは次々と浮かぶがれきを駆けあがり、斜めになった浮かぶビルの上を走りながらプラズマ光弾を撃つ! ハティは光十字レイピアのプラズマで、ジェイドに三度砲撃した。ジェイドは光弾を避け、すぐ姿が見えなくなった。
 ハティは、次々と浮かんだビルを発送飛びしながら駆けあがり、さらに摩天楼の間を自在に飛び回りながら、ジェイドに迫り、斬り付け、また次のビルへと飛び移った。そして接近すると、再び斬りつけた。
「光十字剣――、やはりそいつはケルト十字か?」
 ジェイドはクルッとこちらに振り向いて叫んだ。

 海がやがて恐ろしくうねっていた。
 マンハッタン島に巨大津波が襲った。ロウワーマンハッタンが今度、洪水に巻き込まれる世界線だった。ブルックリン区はすでに沈み、津波がマンハッタンホーンへと押し寄せる。だがその津波は、通常の波とまるで異なっていた。
 数百メートルに達した大津波が三角形の頂点を保ったまま、ゆっくりと徐々に浮かんでいるビル群を飲み込でいった。まるで葛飾北斎の絵「神奈川沖浪裏」のようだった。妙だ。重力に異変が生じているせいだ。津波で路上の戦車隊が埋まって使えなくなった。津波は、もう一つの世界線側に建つMHを飲み込もうとしていた。
「――かをるッ!」
 ハティはハッとしてMHを見下ろした。あの人工山の中に、かをる・バーソロミューが囚われている。マックとエイジャックスたちも中で奮闘している。自分が――、外にいる自分がなんとかしなくちゃいけない!
 浮かび上がった二階建てバスが、突如、ハティの方へと向きを変えて飛んできた。バン!と、ハティは光十字スピアーで真っ二つに切り裂いた。
 その後、ジェイドのガラドボルグの直撃を喰らった。かろうじてハティは、光十字レイピアの剣身でそれを受け止めた。
 ハティは宙でバランスを崩して、きりもみ上になりながら、三五〇メートル落下した。海面スレスレで光十字剣にPMFを込めて体勢を立て直すと、光の帯を描いて飛び上がった。ハティは再び浮かんだ摩天楼を駆け上がっていった。
 ジェイドはガラドボルグから光弾ミサイルを、二、三十発連射した。光弾は長い光の尾を引きながら、ハティめがけて飛んでいく。ハティはクルクル回転しながら身をひるがえして、追ってくるミサイルを全弾交わした。
 目標を見失った光弾はビルに激突して爆発し、あるいは那辺へと吹っ飛んで雲散霧消した。ジェイドはさらに光弾ミサイルを連射し、ハティは休む間もなく摩天楼の間隙を縫って飛び、逃げ続けた。
 さらに五発の光弾ミサイルがビルに激突して爆発し、破片が海中へと落下して、水しぶきが上がった。光弾ミサイルは間断なく追加され、ハティは思い切りのけ反ったまま、一キロ後方へと飛び下がる。まさに、ムーンサルトで消えたミラージュ同様に。
 逃げてばかりもいられない。ミサイルとがれきの間隙を縫い、光の軌道を描きながら、急旋回したハティはジェイドに斬りかかった。
 ジェイドの目が赤く輝き、ハティの光十字レイピアが青白く光った。二人は二色の稲妻を帯びて、ハドソン川の百五十メートル上空で激しく衝突、斬り合った。
「ハァ――――ッ!!」
 ハティは中段の構えから斬りかかり、二人はさらに数百メートル上空まで浮き上がって、斬り結んだ。
 ジェイドはガラドボルグを袈裟斬りでブン回し、合間にこぶしを繰り出して、ハティの顎をかすめた。
 ハティは浮かんだアウタースペース・ブルーの高級アパートメントの建物に叩きつけられた。そこへ、ジェイドの放った光の矢が降り注いだ。ハティはすぐさまPMFバリアーを展開して相手の攻撃を避けた。流れ弾の光弾が地上へと降り注いでいく。海岸道路のコンクリートがめくれ上がり、無数のクレーターが出来上がっていった。
「素晴らしいエモノだハティ! だがしかし――」
 ハティは再度ジェイドと斬り結ぶも、ガラドボルグの剣圧でフッ飛ばされた。ハティはきりもみ上になって、うねるように身体を捻じ曲げて回転しながら、青空を飛びぬけていった。その衝撃波で窓ガラスが割れた。ハティは上体を四十五度傾けただけでミサイルを交わすと、続々と撃ち出された光弾が、ビルというビルに衝突していった。そのままジェイドに急襲を加える。
「ジェイド、この時空を元に戻して!」
 光十字剣を振りながら、ハティは叫んだ。
「ロック・ヴァレリアンの死で世界線が変わった。彼は偉大な時代精神だった。そこへ、いくつもの平行世界にアクセスするNYユグドラシルが干渉した。時代精神は、世界線を司るからだ。――今こそ確信した。お前もまた、時代精神だ。私はお前の死によって、また新たな世界線へと赴くッ!」
 
 ジェイドは、浮かんだがれきをPMFのテレキネシスで集めると、高速で飛ばした。ハティは剣を大車輪に回転させ、がれきのミサイルを粉砕した。火花を飛び散らせながら、大輪の花火のようなPMFが展開した。ハティは大車輪のエネルギーをPMFバリアへと変えて、次々と降り注ぐがれきのミサイルを避けながら、それらを微塵に砕いた。バラバラになったがれきが、海中へと降り注いだ。その後に、再度光弾ミサイルが続いた。
 ジェイドが撃つたび、ビルが爆発し、崩れ落ちていく。その都度ハティは、ビルの合間を縫って飛んでいく。八の字を書いて飛び回り、ミサイルをけむに巻き、相打ち自爆させながら――。
 自分を追い越していったミサイルを逆に追い越したハティは、脚にPMFを込めて思いきりミサイルを蹴り返した。爆風で視界が遮られる中、ジェイドが急接近してきて襲い掛かり、ハティは逆立ちで離脱する。逆立ちしたままハティは飛びつづけ、その後をミサイルの光の帯が追っていく。
 空は白く輝き、ミサイルが水面に衝突して爆発、高さ数十メートルの水柱がいくつも上がる中、ハティは急降下して水面スレスレを音速で飛んでいく。ハティは再び急浮上した。
 ふとゲートの向こう側を見やると、元来た時空の路上で、アイスターとアランが心配そうにこっちを見上げている。
「ダメだ、これ以上、こっちの世界線の破局を向こうに及ぼしちゃ――私が時空ゲートを封印しないと――」
 MHを境に、破局の世界線が徐々に、元来た世界線を侵食し、マンハッタン全体を覆い尽くそうと移動している。その後を、巨大津波の頂点がゆっくりと移動して追ってくる。
 ハティはPMFバリアを数百メートルサイズへ拡大し、ジェイドの猛攻を必死で阻止した。
 ジェイドはその強大なPMFパワーで、二つの世界線のゲートを無理やりこじ開けようとして、ガラドボルグでプラズマを発射した。
「ハティが人間デス・スターと戦ってる! たった一人で!」
 マドックスが叫んだ。
「蝶のように舞い、蜂のように刺し、蟻のように働き者!」
 アイスターが称賛する。彼なりの表現で。
「塔……塔を――……っ、破壊して!! みんな!」
 ハティはゲートに接近すると、アウローラ軍に向かって叫んだ。
 こっちはジェイドとの戦いに精一杯で、塔まで相手にできない。世界線の干渉の原因が塔にあるのなら、アウローラ軍が塔のレーザー網を突破して、破壊するしかない。だが、マドックス軍はレーザー兵器に守られた塔に近づけないらしい。
「ダメだ!」
 分かっていたことだ。
「私がやるしかない――」
 ハティがPMFバリアの強度を高めると、マドックス軍に衝撃波が襲った。
 浮かんだビルが迫ってきた。大きさは二百メートル以上はある。ジェイドの念動力が巨大化していることが、ハティはPMFレーダーだけで分かった。
 ハティは、光十字レイピアで宙に一線を引いた。一本の剣が、数百メートルの長さの光剣となり、迫ってくる高層ビルをなで斬りにした。ビルは大爆発を起こして、その衝撃波が周囲を飲み込んでいく。
 するとジェイドは別のビルを蹴り上げ、ハティは避けきれずにバリアごと、五百メートル吹っ飛ばされた。さらにハティはジェイドに蹴られて吹っ飛び、ビルを三つぶち抜いた。
 続いて、数十メートルサイズのビルの残骸が複数襲い掛かってくる。避けきれない!
 ハティが右手を開き、グッと結んだ。かをるからもらった細身のバングルがジャラッと音を立てた。まるで自分の周囲の時空を握るように――、その瞬間、接近したビルの残骸という残骸が大爆発を起こした。
 ハティは光十字剣のオーラを巨大化させ、周りの物を粉々に吹っ飛ばしていった。すべての物体を凌駕するPMの破壊力は、爆発、また爆発の連鎖反応を引き起こした。
 その大爆発は、空に光の渦を発生させ、巨大な光の柱がマンハッタンに出現すると、恐るべき爆風を巻き起こし、ついに七色に輝いた。
 自身が生んだ爆風に吹っ飛ばされたハティは、再開発地区に落下したが、ゆっくりと立ち上がった。ジェイド目がけて、稲妻とともに飛び上がる。
 音速を……超え、マッハ2……3……4……、幾重ものソニックブームがNYの都市を襲った。その瞬間、ハティはすべてがスローモーションに見えた。
 動きが見え……見える。
 少し先の彼の攻撃が!!
 全てをはねのけることができる!!
 青く輝く莫大なエネルギーが、光十字剣から放出される。ジェイドが袈裟斬りし、こっちが燕返しで返し、またジェイドがなで斬りする。斬りあうたびに火花が飛び散り、爆発が起こる。二人はPMFに守られているが、周囲のビルは爆発の連続で次々と破壊されていく。そしてその後に――、太陽が、NYに降りてくる!
 音速を超えた斬り合いの中で、両者は光と爆発そのものと化し、そこへジェイドが襲ってきて……
『ジェイドが下から斬り上げると見せかけ、上から振り下ろしてくる。私はガラドボルグを斬り上げてから、彼のがら空きの胴体に光の剣を差し込む!!』
 一瞬でもわき目をそらすことはできない。音速のドッグファイト・チャンバラ。ジェイドが猛攻、斬って斬って……ハティは押された。ハティは身を五回転半させながら反撃に転じ、チャンバラは予知した通りの展開になり、
「そこだッ!」
 がら空きになったジェイドの胴体に、ハティは光十字スピアーを差し込んだ! 二人は斬り結んだまま回転して海面に向かって落下していった。ジェイドはまだ死んだ訳ではなかった。ジェイドはハティの猛攻を喰らいながら、ハティの袖をつかむと、空へぶん投げた。
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