第63話 水上の魔城 マンハッタンホーン攻城戦

文字数 7,148文字



二〇二五年六月十六日 月曜日 午後十七時三十分時

「バベルが目覚めた今、これまでのような突撃では効果がない」
 それがハティの、戦場を再確認した結論だった。
「塔が再起動した今、完全稼働まであと十六時間だ!」
 アウローラ軍のハッカー、ヴィッキー・スーとMH側のリック・バイウォーターのハッキング戦は、すなわちAIサイノックス(PSYNOX)との戦いだった。気象兵器起動までのタイムリミットが迫っていた。MH側のリックが不眠不休でサイノックスを操作したためだ。結果、六月九日(月)―六月二十三日(月)の二週間(十四日間)の内戦の期間は、実質六月九日(月)――十七日(火)(八日間)に、大幅に縮まっていた。
 タイムリミットまでに、マンハッタンホーンの塔コントロールセンターを制圧しなければならない。でないと、また新たな自然災害が引き起こされる。塔は世界中、どこでも標的に向けて天災を引き起こすことが可能なのだ。この小さなマンハッタン島内でさえ、区画ごとにピンポイントにトルネードを起こして破壊することができる。
 MH特区まで来たとはいえ、アウローラ軍は市庁舎に押し戻されて、満足に戦線を進めることができていなかった。
「もう一度将軍に陽動をお願いするわ。表部隊はマドックス軍が引き付け、エイジャックスは部隊を率いてMHの中へ潜入して! 塔の電源をジャックして、アクセラトロンを設置したら教えてくれる? もし可能なら、かをる達人質を見つけ出して救出してほしいの!」
 エイジャックスの部下には、アクセラトロンを設置できる技術者も含まれていた。
「了解だ」
 マドックス将軍も、
「あぁ使ってくれ。我が部隊は何度でも陽動する。健闘を祈る」
 と、エイジャックスの肩を叩いた。
「将軍もネ――」
 ハティは微笑んだ。
「君は?」
「私も陽動に参加する。奴らは何度だって私を狙って来るわ」
「君がいないとMHに光十字が灯らない」
「こっからやってみる。私、力が解放された気がするの」
 ハティは右手だけで小さくガッツポーズした。
 MHはもともとフリーエネルギーの自家発電だから、どこか外に配電盤がある訳じゃない。中から乗っ取らないとダメなのだ。
 ハリエットはあきらめなかった。乙女はエイジャックス本部長に、新たな潜入作戦を託すことにした。それは、表のマドックス本隊だけでなく、ハリエット自身が単身MH裏に回って、自由の女神からPMFの援護射撃をするうちに、エイジャックスの決死隊がマンハッタンホーンへと潜入することだった。
「君が単身でだと?」
「そうよ。だからマドックス将軍が陽動する意味があるの。私はPMFをステルスに全振りしてリバティ島に行く。上陸して、女神の力と一体化すれば、形勢を逆転できる」
「シビれるねェ……」
 ちなみに、ポール・ブランカは表の陽動部隊に加わる。
「了解」
 エイジャックスが答えると、横からマクファーレンが口出しした。
「ハティ、俺とエイジャックスで山に入る。じゃマドックス将軍、陽動を頼んだぞ」
「――え?」
 ハリエットは驚いた。
「お前が俺と?」
「そうだ。ソんなに身勝手な男だと思ってんのか?」
「そのトーリだろうが! ――てまぁ、少し大人に成長したのか? なら話を聴いてやろうか、〝大人〟としては」
「何をブツブツ言ってんだ? MHに侵入したことがあるのはアンタしかいない。選ばれるのは当然だろう。しかし、エリア53に入るには戦闘力が圧倒的に足りん」
 マックは、アウローラ軍内で単独行動しがちだった。ずっとハティだけをサポートしながら、その反面、ほかの人間を信じていないフシがあった。ロートリックス・シティ戦の直接対決で、スクランブラー大将のアーガイルに勝てず、まだ決着がついていない。ハティに言われて一騎討ちによる勝利ではなく、三軍団結の意義を理解した。マドックス軍やNYPD捜査本部との共同作戦に、自身も積極的に参加するつもりだった。
「それに、まだアンタのスパイ疑惑は晴れちゃいないんだぜ」
「するとオマエは俺の首輪の鈴だってのか? え? 火星人よ。俺がMHの中で裏切ったらどうするんだ!」
 エイジャックスはせわしなく山の方向を指さした。
「裏切ったら俺がアンタを撃つ」
「上等だな……」
「ちょっと二人とも!?」
 エスメラルダが慌てて制した。
「かをるか? 助けたいんだな?」
「そうだ」
「くれぐれも足を引っ張るなよ。お前を助けてるヒマはない。自分の身は自分で守れ。イイな?」
「じゃOKなんだな?」
「――あぁ」
 エイジャックスも、本心でマックに不信感を抱いている訳ではない。
「ケンカしないでよね、あなたたち」
 毎度のケンカに、エスメラルダは二人を見上げて忠告した。
「本当にうまくやれるのか? 難しいならチームとしては認められないが」
 アランが言った。
「まぁ任せな。俺たちは一心同体のチームだ!」
 エイジャックスが真顔で言うので、エスメラルダはずっこける。
「どこがよ! いつから?」
「今から」
 マックが即答した。二人は顔を近づけるほどお互いを睨んでいる。こっちも嘘くさい。
 NY解放戦線! マンハッタンホーン特区で繰り広げられる攻城戦! バイクにまたがり軍を率いて戦い、<オルレアンNY>解放を目指すハリエット! そして、山の攻略は、犬猿の仲の二人が率いる潜入部隊に任された。
 マンハッタンホーン内は侵入者に対して、廊下や室内に隔壁で閉じ込め、神経ガスを撒く。さらに、レーザー網で射殺するだろう。だから内部の移動には、ハッキング担当が必要不可欠だ。MHのネットワークに侵入してインフラを操作し、電源室及びかをるの居場所を探る役割の人間が。検討の末、結局個人での戦闘力も高いヴィッキー・スー(徐慧)が潜入部隊に選ばれた。
「大丈夫、あなたならMIBにも負けないわ!」
 ハリエットは微笑んで、スーの手を取った。
「……行きたくはないけど」
 スーは地声で返事する。
<このところ、何かと出番多くない? まぁ……今回は風呂入ってるときに声かけられなかったのが唯一幸いだけど――ハッキングする時間だって>
 とはいえ、コロ大でのやけくそパーティ以来、ハッキングで引きこもっていたせいで、スーはずっとチャイナドレスのままだった。新しい戦闘服を調達する暇もなく、時間は切迫している。つまり、このままで行くのだ。
「はぐれるなよ。もしも〝山〟の中で君がはぐれたら、俺たちはレーザーに焼き殺されてサイコロステーキになっちまう」
 エイジャックスはスーに顔を近づけて、指さして念押しした。
「――避けて」
 スーは投げやりに返事する。
「えっ無理だけど?」
 アイスターは、選抜隊にいぶし銀のレールガンを支給した。MHから盗み出したものを参考に急造した、銃身が筒状の簡易光線銃だ。
「オモチャにしか見えないが……」
 マックは右手に握ると、いぶかし気に眺めまわした。
「一見脆弱でエアガンっぽいけど……モノホンのレールガンだ。おおっと! ここで撃つなよ」
 アイスターは慌てて、構えたマックを制した。
「弾は何発?」
「さあてね試してない」
 マックは無言でホルダーにレールガンを突っ込んだ。隊員たちは当然、通常の銃器も豊富に装備している。
 MH内から一者の塔を阻止することができれば、山側の防衛PMFは解除され、外からの攻撃が容易になるし、ハティは光十字を灯すことが可能となるのだ。

タイムアタックMH攻略

 夜九時になった。南風で、MH周囲は潮の香りが漂う。
 ブルックリン・バッテリー・トンネルの地下道路は、かつてマンハッタンホーン直下を通っていた。その地下道は、こっちの世界線では大災害後の再開発の際に閉鎖されたが、複数の暗渠が残されていた。大部分は埋められていたが、アウローラでは、ハッキングでルートを発見していた。作成した地図をもとに、地下の水路から真下へと向かい、上へ上がる。うまくいけば清掃用エレベーターで、下水道から侵入することができるはずだ。スーによると、未開発の暗渠はセキュリティが甘いという。
 マックとエイジャックスは十数人の部隊を伴い、潜入を開始した。前回、エイジャックスは一人でMHに入り、命からがらに脱出した。しかし今回、マックとエイジャックスのバディが率いる精鋭部隊だ。スーのハック、エイジャックスの地の利と統率力、マックの勇気と戦闘力によって、エリア53・マンハッタンホーンへの侵入は成功するのだ。
 地下から地上階へ上がるにあたって、今回はハッキングでエレベーターをすべてジャックし、レーザー網を切って、階段や廊下を進まなければいけない。
 事前の検討で、かをる・バーソロミューが囚われている部屋は、大雑把に特定していた。以前エイジャックスが城内に潜入した時から、目星は付いていた。今も多分そこだろう。マンハッタンホーンの最深部・レベル6だ。
 エイジャックスは前回、なぜレベル6まで侵入できたのか。うまく城内をはい回るダクトに潜り込めたとしても、よほど建物の構造に精通してなければ、ダクトの迷路の中を永遠にさ迷うことになる。彼は前の世界線でNYPDの大幹部だったのであり、ロートリックス・グループお抱えの刑事だった。その〝知恵〟と〝経験〟を生かして、マンハッタンホーン潜入の選抜隊の隊長に選ばれたのだが、依然マックには疑われている。同時にマクファーレン自身の、何としてもかをる・バーソロミューを援けたいという復讐心。その二つが合わさって、この作戦は実行されるのだった。

 スーは透明なスマートグラスを装着。MHに通じる下水のセキュリティシステムを停止させた。
 下水に広がる暗渠には、予想外の光景が広がっていた。広大な地下空間があって、何かを掘削している途上のように、工作機械が眠っている。そして壁面をよく見ると、古代神殿の外壁のようなものが延々と続いていた。
「これ……ずいぶん昔にマンハッタンで古代シュメールの粘土板が見つかったっていう記事が出たけど、その神殿じゃない?」
 スーは遺跡に駆け寄って、指でなぞった。
「ロートリックスは地下で何かを探していた……だが、見つからなかった」
 エイジャックスは、NYの地下に隠された謎の底知れぬ深さを知った。
「ここから上がるわ」
「もう見つけたのか? さすがハッカーだな。そこにシビれる憧れ……」
「違う、風水よ。MHにとってここが鬼門の方角だから」
「……風水!?」
 ヴィッキー・スーの手際よいハッキングで、エレベーター・ジャックに成功すると、潜入部隊はMH内部へと上がった。
 セキュリティエリアに入ると、多種多様の侵入者対策の防犯システムが待ち受けている。再度、スーはハッキングしながらルートを探った。スーがカメラをハックしながら移動し、合計十二機のエレベーターを乗り継いで、隊員たちは各階を上下しながら目的のレベル6を目指した。これまでのところは順調である。
「ここまでが大変だった。終わりよければすべてよしだ」
「まだ終わってないよ」
 スーは気が早いエイジャックスに、冷や水をぶっかける。
「ヤレヤレ、ローマは一日にして成らずってか」
 そう言った途端、
「研究棟エリア102廊下に侵入者! 侵入者!!」
 廊下を進んでいると、突如警報が鳴り響いた。どうやら、スーがハッキングに失敗したようだった。前方に、灰色の防火シャッターが降りてきた。
「マズった……ガスやレーザーが!!」
「シャッターを止める!」
 マックはレールガンを構えた。
「その前に抜けるんだ、走れェッ!!」
 エイジャックスは身体を滑り込ませるようにシャッターをくぐると、手招きして部隊を走らせた。無事、全員がシャッターをくぐり終えた。
 マンハッタンホーンは巨大な忍者屋敷だ。全階に警備センターがあり、監視している。壁や天井が迫り、隠し扉や落とし穴がある。見つけられた以上、戦うしかない。スーが何とかレーザーを切ったが、保安隊が迫ってきた。
 スーのスリットの入ったチャイナドレスから白い足が伸び、ガンホルダーから銃を二丁取り出すと、早撃ちで五人殺した。
 突破して迫った敵をバック転して、ブーツでガッと蹴り上げる。相手はもんどりうって、廊下にひっくり返る。
「こんな手製のパイプ銃じゃ心もとないわね、やっぱこっちよ!!」
 アイスターの手製のパイプ・レーザー銃じゃダメだ。もとよりMIBや宇宙人には遭遇せず、相手はMH保安部隊だった。統率するのが超スピードのスクランブラーとはいえ、それはほぼレナード・シカティックだけと言ってもよかった。他にスクランブラーの姿は見当たらない。短期間に彼は二度の〝死〟によって、大分力を制限して復活している。万全なアーガイルは外でマドックス軍と交戦中。つまり、主な相手は保安部隊――人間だ。
「やっぱり君はただのハッカーじゃないな!」
 エイジャックスは撃ちながら感心して言った。
 建物の柱に隠れて、スーは二丁マシンガンに切り替えて撃ちまくる。数十メートル隔てた両陣営の銃撃戦で、硝煙の煙と爆音が廊下のホールに響き渡った。
 こっちは十数人。銃撃の嵐の中、敵部隊の数がどんどん増えている。圧倒的に不利だ。
「――退却ッ!!」
 エイジャックスが叫んだ。
 部隊は大勢の保安隊に追いかけられながら、ダクトの中へ飛び込んで、這いまわり……ハックして動かなくなったエレベーターシャフトに出ると、命がけで綱渡りして、さらにダクトへと進む。それからふたたび廊下に出て、今度はダストボックスへ。滑り台を下に降りていく。もう、そこがどこかも分からない。ただひたすら猛然と突き進んでいくエイジャックスの〝勘〟に、十数人の命運が預けられていた。
 ハティや、外の仲間たちのためにも頑張らなければいけない。魔術師といわれた発明家・アイスターが用意した改造銃も、万が一の弾切れの際には役立つだろう。出力が弱いせいで一種の麻酔銃だと言うが、アウローラによるとMIBは宇宙人だから普通の銃は効かないのでこれで戦う。スクランブラーには……なるだけ出会いたくない。だが結局MIBの姿はなく、唯一のスクランブラー・レナードと、保安部隊だけが城内を闊歩していた。
「MIBは荒事には出てこないんだ?」
 と、スーがマックに訊く。
「ここまで戦況が荒れてくると、外交専門のMIBは引っ込んでしまう」
 マックは簡素に答えた。外交専門……MIBは脅しと警告が担当だ。
 追われたせいで、エイジャックスは迷っていた。だが、勘は続いている。根拠のない感覚が。廊下の隠し扉を開けると、そこは彼が以前、潜入した時に来た隠し部屋だった。しかし、デスクのネームプレートも、彼の「私物」もすべて消えていた。だが、エイジャックスはここから隠し通路へと出られることを知っていた。
 部隊は部屋の隠し通路からフロアの警備センターに入ると、レーザー銃で奇襲攻撃して制圧した。そこは、何もない真っ白な壁の空間だった。スーが壁を撫でまわして、ボタンを見つけた。床から音もなく穴が空き、黒いタッチパネルのデバイスがスッと出現した。そこでスーはキーボードを操作して、中枢にある塔コントロール室へのルートを確認。やはり、外部からのマンハッタンホーン研究には限界があったようだ。スーは偽放送を館内に流して欺くと、部隊を手招きした。
「こっちだよ……」
「まさか」
「風水」
 スーに続き、潜入部隊は中央制御室へ向かった。MHの中央部分に、巨大な吹き抜け構造が存在した。その中にある中央制御室には、橋を渡ってたどり着かないといけない。
 スーに続き、潜入部隊は中央制御室へ向かった。MHの中央部分に、巨大な吹き抜け構造が存在した。その中にある中央制御室には、橋を渡ってたどり着かないといけない。
「待ち伏せだ! 君の風水当たってないぞ!」
 部屋入り口の真正面に、レナード・シカティックの姿が見えた。スクランブラーの副長率いるMH保安部隊が先回りしていた。さっきの放送で欺いたはずが、どうやら欺かれたのはこちらの方だった。銃撃を食らった。
「退けェ、スー!」
 エイジャックスは一時撤退を即断する。だが、レナードの猛攻撃を受けて、折り返した潜入部隊は先頭を行くスーとはぐれた。
「情况不妙(チンクゥァン、ブー、ミィァォ)(まずい……)」
 逃げながらエイジャックスが振り向くと、八極拳の使い手・スーが、たった一人で警備隊とレナード相手に互角の格闘を演じていた。だが結局掴まり、手錠を掛けられた。
「今は全滅を避けるために逃げるしかない、後でスーを援けよう!」
 エイジャックスは叫んだ。
「――あぁ、一人で頑張ってくれるといいんだが」
 マックもあっさり同意する。
「彼女なら大丈夫さ、たぶん」
 などと自分で言っておいて、エイジャックスは過大評価過ぎるなと感じた。
「オーイッ、置いてくなあたしを!」
 スーの声が、吹き抜け構造にこだましている。
「なんとか耐えろ! 後で助ける!」
「――馬鹿か!!」
「何があっても頑張って避けるんだぞ!」
「いや助けろよ! 今ッ」
 部隊が廊下を逃げると、両サイドの白壁が迫ってきた。こっちにはもう、ハッカーがいないのに!
「これだ!」
 エイジャックスは足元に、床の継ぎ目を発見した。通路に配線用の蓋があった。エイジャックスは蓋を開けて、床下へ全員で入った。床下は、かがめばなんとか一人分、進める通路のようになっていた。
「いったん外へ出よう。こっから先はどうしたって内部を進むのは無理だ、レーザー網があって、ガスを撒かれる。スーは捕まってるし、外壁から登って、てっぺんのUFO口から潜入するぞ」
 エイジャックス隊長がそう言うと、隊員たちはみんな顔をしかめた。
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