第47話 レギュレーション

文字数 7,340文字



二〇二五年六月四日 水曜日

 ウェスト・ハーレム地区にある名門コロンビア大学。キャンパス中央に位置するロウ記念ホール。総大理石造りのドームとして、米国最大規模のホールの上に、赤色の光十字が灯っている。リベラルな校風でも知られており、一九六〇年代に起こったコロンビア大学の学園紛争は、全米に拡大するきっかけとなった。校訓は「汝の光によって我等は光を見る」。
 雨が一段落し、マンハッタンの四方を囲んだ軍がいつNYになだれ込んでくるか分からない中――、突如出現した物々しい連中がいた。
「――おい、観ろよ。アーガイルだ」
 フィィ~~――……ンン。
 アーガイル・ハイスミスの白いステルスバイクが、二台の警備をつけてやってきた。コロンビア大に敵は入ってこないはずが入ってきた。しかも堂々と。もう一人はレナード・シカティック。不死身のスクランブラーの副隊長である。そして三人目はうりざね顔に切れ長の目の、長い銀髪の女だ。エレクトラタワーの屋上に上がってきたスクランブラーの幹部の一人だ。
「迎え撃つぞ」
 マクファーレンは警戒態勢を取った。ビルから見下ろして、アウローラ革命軍は、盛大に銃口を向けて出迎えた。
 だが相手は三人しかおらず、後に続く部隊がいない。何かがおかしい。
「たった三人で戦うつもり?」
 エスメラルダは敵の一挙一動を観察している。
「どーやら、やり合うつもりじゃないみたいだ、何しに来たのかな?」
「さぁ……」
「ハーレムにソールフードのチキンを食べに来た訳でもなさそうだ」
 アイスターはみんなの後ろからこっそり眺めている。

 雨に濡れた路上に車を停め、アーガイルたちは黙って、バイクを降車した。皮のブーツでドカドカと後ろの二人も続いていく。武器は携帯しているが、電源を落としているようだ。ランプが光っていない。
「キサマ、まだ死に足りないのかッ!?」
 上から見下ろしたエイジャックスが声をかけた。三人は立ち止まった。まだ距離にして、百五十メートルある。
「……そっちこそ。武器を降ろせ! 大事な話がある……」
 アーガイルは、武装を解かないマックとエイジャックスたちをじっと観ていたが、玄関からシェード・フォークナーが表に出てきて、両者の間に立った。
「…………」
「何だね、シェード君」
 アランが声をかけたが、シェードは黙っている。
「危険だ、君は下がって!」
 するとシェードは振り返り、アランをじっと見つめた。
「アランさん、私は国連から任命されたので、今からここを去らねばなりません」
「何? どういう意味だ?」
「私は国連安保理の限定内戦管理委員会の一員です。ここでの最後の仕事として、これから、限定内戦の説明を行います」
「……内戦? 何のことだ」
「ともかく彼らを迎え入れて、部屋に入りましょう」
「しかし」
「ご心配なく。スクランブラーは攻撃したりしません。そうですよね? アーガイルさん」
「ああ……」
 アーガイルはニタリとした。
 会議室へと移動する間、ドカドカと廊下にブーツの音だけが響き渡り、異様な緊張感が構内を支配する。全員が着席すると、テーブルの中央に、一枚の書類が置かれた。
『国連安保理・限定内戦管理委員会』
「これは?」
 困惑気味に、アランはシェードに問う。
「ダンフォード大統領は戒厳令ののちに、限定内戦に著名致しました。NYは今、二人の市長が争っています。ハンス・ギャラガー市長と、ハリエット・ヴァレリアン市長です。今からこのNYで、マンハッタン島を戦場とする、アウローラ軍と、MH――ロートリックス帝国財団軍による限定内戦を行います」
「ちょっと待て……これは、つまり国連安保理が戦争を進めるっていうのか?」
 アランは質問をつづけた。
「いいえ、限定戦争はアメリカ国内での内戦を阻止するために、南北戦争以後、極秘裏に制定されたものです」
「――限定というのは?」
「全面内戦を避けるための代理戦争です。大統領と国連安保理は、限定内戦の施行に著名したのです」
 アウローラの面々は、彼女が何を言ってるのか分からなかった。およそ現実的とも思えない。
「第一次世界大戦より、近代の戦争はそれまでの、プロの軍人同士の戦争から、民間人を巻き込んで、無差別に虐殺し合うという全面戦争へと様相を一変させました。第二次世界大戦では、結果、何千万人という戦争の犠牲者が生まれたのです。そして大規模テロを阻止するためにも――。歴史を巻き戻し、たとえ戦争の危機が訪れるような政治的対立が起こったとしても、今一度、市民やインフラを犠牲にすることなく、プロ同士が一定の条件下で、正々堂々と戦う目的で制定されたのが限定内戦法です」
 シェードは眉一つ動かすことなく、淡々と述べた。
「国連憲章も世界政府構想も、戦争自体を悪とする、歴史の轍を踏まえた存在です。ここでは、何が正義かは問われません。戦争をしない、戦争を最小限とすることができれば、それが正義なのです。それが私たち国連のミッションです」
 会議室内はシンとし、張り詰めた空気が漂っている。
「どうしようもない対立というのは、いつの時代、いつの地域でも起こります。現代もです――。だからこそこの限定内戦は、際限なき内戦拡大を防ぐために施行されます。特に、中央政府と地方政府の政治的意見の相違が深刻になった時に。それが何よりアメリカ合衆国国民の、生命・安全・財産・権利を守ることにつながるのです」
 現代社会ではデモ隊が武装して暴徒化すると、警察では対処が難しくなり、軍が投入されて市街戦に発展することもある。市民側はスポーツライフルや猟銃、火炎瓶など、様々な火器を使う。アメリカは銃社会であり、社会問題となっているが、それを権力者は最も恐れている。きっと、市民の反乱も想定しての限定内戦に違いない。市民を守る口実でも、実際は権力者を市民から守るためであろう。
「君が副業をしていたことは聞いていたが、まさか国連職員だったとは」
 シェード、このスリムな黒人美女は、いつもどこか謎めいていた。今日、その謎の一端が垣間見えた。
 安保理は、今回の限定内戦のオーガナイザー(主催者)だ。
 アランとアーガイルは著名した。
 マンハッタンホーン側はNYPD対テロ合同捜査本部。指揮を執るのはハンター本部長に加え、スクランブラー部隊。対するアウローラ側は、エイジャックス本部長率いるマンハッタンホーン捜査本部である。
「では今から、限定内戦のレギュレーションの説明を致します」
 規定、それは戦闘時に絶対に守らなければいけない規則だ。
「第一条、非戦闘員を傷つけてはならない。大統領は、NYの戒厳令で退避命令を出しました。市民の参加も認められていません」
「それは同意するが、我々は正規の兵士ではない」
「限定内戦を戦う者は、すなわちプロの兵士と同格だということです。今回で言うとアウローラ革命軍のあなた方や、マンハッタンホーン強制捜査本部のNYPD警官たちが、その構成員となります。六月四日の十三時現在、このマンハッタン島に残った者は全員戦闘員として計算されます」
「……」
「第二条、インフラを可能な限り傷つけてはならない。限定内戦下で、建物を破壊することは、基本的に許されていません。民間への被害を防ぐためです。つまり空爆はできませんし、インフラを破壊する大規模破壊兵器は、使用自体が禁じられています」
 つまり市街戦では戦車や戦闘機、戦艦は使えないということになる。
「そんなの持ってないけど」
「とはいえ、ある程度の被害は想定されています。レギュレーション違反かどうかは、五段階評価で決定されます。国連の人工知能キララが監視しています。戦闘状況を計算し、合算で勝敗を決定します」
 ……細かい。キララとは、日本語で「雲母」を意味する。
「基本は、白兵戦となるでしょう」
 そこで、戦闘バイクの存在感が増す。
「もし破ったら?」
「もし破れば、ただちにマンハッタンの四方を囲んだ軍が入ってきて、違反側を制圧します。その時点で戦争は終了。自動的に、もう一方の勝利となります。内戦のレギュレーションは、我々国連安保理のAIキララが厳重に管理していますから、くれぐれもそのことを念押ししておきます」
 つまり、リバエンUFOは限定内戦には出ないということになる。これは公式には、ロートリックス側はいつまでも認めないだろうが。
「しかし俺たちが守ったとしてもコイツらが守るとは思えんが、な? それに、国連だって帝国財団の“一味”じゃないのか?」
「どういう意味でしょう?」
 シェードはマクファーレンに訊いた。
「国連だってアメリカ政府が予算を出している。上の方で全部つながってるって事だよ。とぼけなさんな。それにスクランブラーを指揮するのは、あのギャラガーだろ? ヤツは信用できん」
「先ほども言いましたが……」
 シェードが言いかけたが、正面に座す当のアーガイル隊長が言葉を遮った。
「そこは、我らスクランブラー部隊との紳士協定となる」
「紳士協定?」
「……昔からどんな戦でも、完全にルールのない戦なんてこの世に存在しない。核兵器が絶対に使えない兵器だってことは、世界中のどんな独裁者だって知ってる。つまり、この“内戦”も同じだ。我々の場合は、騎士道に則っている」
 アーガイルはそのまま続けた。
「もし反則行為をギャラガー市長が許したとしても、ジェイド陛下が許さんだろう。自身をアーサー王になぞらえ、騎士道に邁進しておられるからな。なぜなら、アーサー王の心を知らないで、陛下のPM実験は成功しないのだ。まぁ、お前たちとしては、そこに一縷の望みをかけるんだな。この限定内戦において――」
 ギャラガー市長もコマに過ぎない。だから、勝手な行動は許可されていない。アーガイルはそういうことを言っているのだろう。
「あぁよく分かったよ。スクランブラーが自分たちのルールでこの町を破壊したがってるってことが!」
 マックが立ち上がった。
 両者がガタッと立ち上がって、一触即発。
「まぁまぁ、ルールだって言うんなら乗ってやろうじゃないか? こっちは草野球チームだか山賊だか分からんが」
 エイジャックスは両手を広げて両者を制する。
「フン、軽く揉んでやるよ」
 マックは座りなおした。右手は常にコートのポケットの中。少しでも相手がおかしな真似をすれば、直ちに銃を抜く用意がある。
「――よろしいでしょうか? 続けます。第三条、国連本部は<非武装地帯>とします。これも違反行為があった場合は、ただちに四方の軍が入ってきて違反側を制圧いたします。国連本部はマンハッタン島に置かれていますが、本部の敷地は、全加盟国で共有する国際領土となっています」
 内戦時、攻撃禁止エリアに制定された国連安保理。これが限定内戦をコントロールしているのだ。
「また、戦時医療スタッフとして各エリアの病院をはじめとする救急車両が一定数残されますが、病院及び医療班への攻撃は厳罰対象となります」
「分かってるよ」
 エイジャックスはそれなら安心だと考えている。
「しかし、そこに敵が紛れ込んだりした場合はどうする?」
「もしイレギュラーな事態が生じた場合は、その都度、我々安保理に確認してください。出来るだけ迅速に対処いたします」
「……」
「彼が今おっしゃったように、限定内戦は、今一度、騎士道の精神に立ち返ることで、民間人に犠牲を出さないための方策です」
 シェードは念押しする。
「マンハッタンを五つの区域に分け、新エリアに入るときの戦闘開始は、その境の信号機が合図となります――では、五日後の九日に、内戦開始といたします。内戦の期間は六月九日(月)朝六時―六月二十三日(月)の深夜十二時までの二週間(十四日間)とします」
 緊張感あふれる開戦調印式は終わった。だが、アウローラたちはわずか五日で作戦と準備を完了しなければいけなかった。
 シェードは調印式中、後から敷地に入ってきた国連車のドアを開け、乗り込んだ。ハリエットたちはポカーンとするばかりだった。
「待ってくれ! シェード。一つ教えてくれないか。君は一体どういうつもりで今日まで、アウローラに居たんだ? 君は我々の革命に賛同していたのではなかったのか!?」
 アランは唖然として訊く。要するにシェードという美女は、二重スパイだった。純然たる帝国サイドとは言い切れないかもしれないが、ほぼ帝国財団側の人員といってもよいのではないか、そのように、アランの眼には映っていた。
「ソウね……もちろん、私の中では賛同していた。私自身の中ではネ。でもその前に、国連職員なのよ、私は。“あなた方”に賛同する気持ちの表明として、一つ有利な情報をお教えしましょう。それくらい教えないと、この強力なスクランブラーたちと戦うのは、とてもじゃないけど、フェアーではないと思うので……」
 シェードは一歩戻って、
「マンハッタンには、マンハッタン・レイラインが存在する――」
「何だそれは」
「それはね……都市の設計段階で、ヴォルテックスのレイラインに沿って、NYの5Gが設置されている。たとえばマンハッタンヘンジも。それは、PMFと連動している。つまり、マンハッタン島を人体と捉えてみなさい」
 シェードは、アメリカン・インディアンの智慧を語った。
「もう少し分かりやすいヒントをくれないか?」
 アランには、シェードが煙を撒く禅問答を仕掛けているようにしか聞こえなかった。
「私に言えるのはここまです。では、ご健闘を」
 ヒントを与えるだけ与えて、後は自分たちで考えろ、ということか。シェードはコロンビア大を立ち去った。アウローラの主要幹部の当惑顔をチラ見したアーガイルが鼻で笑っていた。シェードに続き、スクランブラーの三人も去った。
「私は……、彼女の笑顔を見たことが一度もないんだ。それが不可解だった」
 アランはポツンと言った。
「でもまぁ、スマイル0円とか言ったら張っ倒されそうだけど」
 アイスターは呟く。
「たった今、レディは敵側だと分かった」
 ハウエル社長はきっぱり断言する。
「国連だって同じ穴のムジナだ。レディは信用できん」
「奴らに騎士道を期待できるっていうのか!? 勝手に時空を改ざんするような連中だぞ!」
 憤慨するアランに振り返って、エイジャックス・ブレイクは、
「こんな紙っペラ一枚だってわざわざ向こうから出向いて調印してきた。フツーは、開戦なんて問答無用だ」
 と言い、人差し指でテーブルの上の書類をコンコンと叩いた。
「何が騎士道よ! お構いなしに自分たちからハリケーンを仕掛けておいて!」
 スーが言うことももっともだ。
「いつものオトボケさ。もともと敵はNYを5Gで管理しているんだから、戦いを有利に運ぶことができる。公平性をうたいながら、ルールは自分たちで設定する。戦いは、ルールを作った者が勝つ。たとえばばくちは胴元が一番儲かる仕組みだ。宝くじなんか、ほとんどの人間は当たらない。いかにもエスタブリッシュメント貴族の考えそうなことだ」
 エイジャックスがいうエスタブリッシュメント貴族は、日本で言えば山の手、上級国民みたいなものだ。
「――奴らはもう、隠そうともしてないけどな」
「騎士対山賊、それで結構よ! けど、アーガイルが騎士道がなんとやらと言っても、私たちは騎士道とは無関係よ。つまり、自在にやらせてもらう……」
 ハティは覚悟を決めた。
 これだけの禁止事項ゆえ、戦いはハッキング戦が中心となるのは目に見えている。実戦を水面下で有利に運んだ方が勝ちとなる。それにこちらには、ハティの光十字というPMFの武器があるのだ。しかし、敵は戦闘バイクを多数保有している。あたかも、NYの限定内戦を予見していたかのような、スクランブラーの兵装だ。
「NYPDにはヘリはないのか? 上から三分でMHまでいける」
「全部帝国側に押さえられてる。それに、島の上空ではビルから射撃されるしMHからハッキングも受ける。同じさ」
「確か空爆は禁止じゃなかったか?」
「ヘリはグレーゾーンだな」
 マンハッタンホーン攻略作戦で、もう一度マンハッタンホーンへ行くために……NYの地図を見て、MHへ南下する道のりは険しいとしか言いようがなかった。
 なぜMHと戦うのか?
 そこに山があるからだ。

     *

「始まったな」
 アーガイルから報を受けたギャラガー市長の横に、ジェイドはスッと立ち、大スクリーンを見上げた。
「――お前も何か意見を言ったらどうだ? 今回の限定内戦について」
 ジェイドは長髪の若者を見やった。
「いいえ、自分は塔の計画だけで手いっぱいです。こちらが成功すれば内戦の結果などどうにでも覆せますからね」
 リックはサイノックスにつながる端末を操作しながら、笑いかけた。リックは塔計画に集中、戦はスクランブラーとギャラガーが担当している。
「どうぞ、総帥は塔の計画に集中なされますよう」
 ギャラガーは慇懃に言った。
「分かった、ではそちらは頼むぞ。世界を救えるかどうかは、お前たちにかかっている――!」
 ギャラガーが指示する、ハンター捜査本部長のNY対テロ捜査本部隊。一方で、かつての上司ハンターを向こうに回したエイジャックス捜査本部長のマンハッタンホーン捜査本部隊(アウローラのギャラガーによるロック暗殺を支持する)、それ以外のNY市警は戒厳令時に引き上げ命令が政府から出た。市民全員と共に。基本、島内はNY州軍の管轄である。だが、政府が派遣したNY州軍は外周から眺めるだけで、殺戮はギャラガーのスクランブラーに任されたのだ。
 ジェイドはNYPDとスクランブラーにはっぱをかけて、一人儀式に立ち向かう。ジェイドにとって、この限定内戦のマンハッタン島の磁場は、PMF儀式で、自らのPM使いとしての覚醒に必要な舞台だった。だから、タイムマシンで過去改変などはできる訳もなく、背水の陣を敷いていた。
 ジェイド帝は白銀の剣を抜いて、その輝きをじっと見つめながら、刀面に映し出された自身の姿が、やがて大宇宙へと変じ、ジェイドの意識はその中へと引き込まれていくのを感じた。PMFの発現力は、間もなく八十パーセントに達しようとしていた。
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