第71話 グレイガールの告白 宇宙の深淵の真相

文字数 4,959文字



二〇二五年六月十七日 火曜日 午後八時

 近くに、宇宙人の地下基地があったが、内部は無残にも物が散乱し、ここもまたもぬけの殻だ。やはり、脱出時に破壊していったらしい。
「ずいぶんと派手にやってくれたなぁ……徹底してるゼ、やることが。いろいろと!」
 アイスターはあきれつつ、大量のがらくたと化した超科学の元結晶を見つめていた。
「大急ぎで証拠隠滅して、引っ越していったって感じね…………」
 アイスターが調べたところによると、MH内にあるのは塔制御コンピューターだけだった。AI・サイノックス(PSYNOX)のデータセンターは、ここにはないらしい。技術部長リック・バイウォーターが、躊躇なくこの山を下ったのは、おそらくサイノックスのホストコンピューターが他の軍基地内にあるからだろう。
「ハティ?」
 そこにかをる・バーソロミューが立っていた。
「――かをる!!」
 ハティは走って、親友を抱きしめた。
「宇宙人たちは? 奴らの実験はどうだった?」
「彼らはDNAから感情を失っていたの。だから、“愛”が分からないのよ。それを人類から学ぼうとしてたの」
 かをるは妙なことを口走った。
 ハリエットは自身のPMFレーダーで、近くに宇宙人の気配を感じた。
「どこかに、まだ彼らがいる……」
 奥から宇宙人が歩いてきて、警戒した。こちらは銃を突き付けているが、相手は一見して丸腰だ。相手の姿からは一見、平和的なムードが漂っていた。
 たった一人、残ったグレイ族だった。いや、よく見れば髪が長くて、グレイではなかった。グレイは個性がなくて無機質だ。しかしこの宇宙人は違う。身長は百三十センチくらい。黒い目の大きさはグレイに近く、一見して地球人ではないことが分かる。
「グレイガールって呼んでるよ」
 かをるは、マックらアウローラ部隊に武器を収めるように静かに言って、自分から進み出て、宇宙人を迎えた。
「ガール? 性別があったの?」
 スーが尋ねる。
「うん、人間とのハイブリットだよ」
 かをるは率直に答えた。つまり宇宙人の遺伝子工学実験の試験管ベイビー、クローンということだ。
「ここでの、人類から最後のギフトとして与えられた愛の実験は終わりました。我々は収集したデータを成果に、ここを去ります」
 そう答えた宇宙人は、透き通った高い女性の声だった。
「この国の国民を浚った理由は?」
「我々は今から五万年後の未来から、この時代にやってきました。あなた方の子孫です」
「――え?」
「これから先の地球の、一つの世界線の未来の地球人です。戦争が起こって、知能を発展させた我々は、科学の進歩とは正反対に、肉体が退化したのです。生殖機能を失い、クローンで子孫を作るしかなかった。多くの同胞は、神経障害に悩まされている。コピーを繰り返した結果です」
「それで、先祖のDNAに救いを求めたの……」
 ハティは言った。
「はい。もとは同じ人間同士だから、DNAの交配が可能なのです」
「なんで退化したんだ? 未来の地球で何があった?」
 アイスターが手を挙げた。
「一つは、戦争の反省として、争いを避けるために感情回路を切り離してしまったことと、もう一つはあなた方先祖が生きているこの時代に、銀河の中心から来たエネルギーによって、ふるいを駆けられたことに原因がある」
「最後の審判か?」
「えぇ、地軸の移動に際して、二つの世界線に、文字通り羊と山羊に分けられたのです。銀河の中心から来る膨大な宇宙線の暴露を受けて、一つの世界線では人類は理想的な進化を遂げ、もう一つは我々のように変わっていった。宇宙線は進化のチャンスであると同時に、試練も与えられるのです」
「地球は二つの未来に分かれたのね――」
 ハティは物憂げに言った。
「はい。しかし未来予想とは、現時点での予想であって、未来は確定していません。詳しく言うと、未来は無数に存在します。現在も、過去も……。私たちの未来か、北欧系のプレアデス人の未来か……最後の審判の時代のあなた方次第で、いくらでも未来は変化します。大切なことは、心ひとつです。もしあなたが望まないのであれば、自分の望む方へと未来を変えることができます。そのきっかけにすればいいのです、ハティ」
 そういわれて、ジェイドが言った未来が絶対ではないと宇宙人に保証してもらった気がした。なんだかホッとする。
「けどなぜ、五万年後のグレイ文明がアメリカ人を浚う?」
 エイジャックスは、グレイガールに率直な疑問をぶつけた。
「今が、核戦争の危機に瀕した時代だからこそ。私たちは引き寄せられてきたのです」
「つまり、アメリカ人が引き寄せたと?」
「えぇ、そうです。今の地球人は、五万年後の我々と全く同じ課題に直面している……。各帝国財団の貴族たちは共感力を失っている。他者を虐げ、道具のように扱うことは自らの感情体を退化させるようなもの。だからサイコパスになる。特に火星へ行った者たちは、五万年後の子孫がグレイになるでしょう。頭でっかちになり、そして未来世で滅亡の危機に瀕して、スターゲイト装置でこの現代へと飛んでくる。もう一度、人間らしい感情を取り戻すために」
「なんてこった……」
 五万年の遠回り!
「自分たちだけ助かろうとして、必死な連中に未来はないってか」
「奴らに光を」
 アイスターは顔の前で十字を切った。
「与えるものは与えられる。征服する者は征服される。それが、宇宙の普遍的な法則なのです」
「同じ征服者だから征服されたと。俺たちアメリカ人の因果応報って訳か」
 エイリアンは反撃も攻撃も仕掛けることもなく、地球を征服しようとはしていなかった。ただ因果に引き寄せられる。それゆえに、上位組織である宇宙連合は、決して干渉しようとはしてこない。彼らは徹底的な平和主義、高度な道徳観念を持っていた。
「我々は多様性を失ったから滅びに瀕した。多様性を否定することは、近親交配による遺伝病と類似した問題を引き起こします。あなた方の星の、この時代の多様性は素晴らしい。ジェイドという人間は、純粋なケルト人であろうとしたけど、私たちのような完全に単一の民族は、多様性がないがゆえにいずれ滅んでいってしまう。お互いに争うのではなく、尊重し合って、共存の道を歩んでいってほしい。それが今、あなた達に伝えたいことです」
 グレイが最終的にたどり着いたのは、DNAのダイバーシティだった。男女間、多種多様な民族同士で、争ってる場合じゃない。アメリカ人は、この多様性こそを大事にしなければならない……。
「そうね――」
「アメリカには人種問題が深刻化していますが、日本人のような単一民族の国をうらやむよりも、今の多様性を大切にすることです。それが、私たちの轍を踏まえて一番伝えたいことなのです……」
「けど地球人は今、深い闇の中に沈んでいる。帝国財団は依然強力な力を持っているし」
「……でも、闇から光へと相転移するとき、莫大なエネルギーが生まれるのです。それは、他の目覚めていない人への最高のギフトになる。私はグレイ族と人間のハイブリット種族です。あなた方の物語はね……そして宇宙はね、すべて完璧に動いているのよ。完璧なのよ」
 グレイガールは、「完ぺき」という言葉を繰り返した。
「陰謀論はコップに浸した、スプーンの先についたスープの汚れみたいなものです」
 それは、宇宙の流れから言えばホンの些細なものでしかない。
「私たちと地球文明は親であり子である。これから始まる。子としての成功が。さぁ、行きましょう」
「はい」
 ハティは答えた。
「待ってますよ」
 グレイガールは闇の中へ立ち去った。
「ありがとう、ミュウミュウ」
 それが、ハリエットが感じ取った彼女の名前だった。
「グレイもまた、より高次の存在から自分たちの問題解決のためのチャンスを与えられて、彼らの監視下にあったんだ。宇宙連合の。たとえ今悪にしか見えない存在だとしても、チャンスが与えられている。それは人類も同じことさ」
 そういうかをるは、メッセンジャーとして残ったのかもしれない。

 マンハッタンホーンからUFOが一機飛び立った。ロートリックス製のリバースUFOの中に、本物のUFOが混ざっていたらしい。ミュウミュウだ。誘拐された十二人は、かをる・バーソロミュー一人を残して全員元の場所へ戻された。彼らは解放されたのだ。
「きっと、役目が終わったのね」
 ハティはそう推測した。
 かをるの脳裏には、アイダホの黄金のトウモロコシ畑に、風に吹かれてたたずむシャノンの笑顔が浮かんでいた。
「シャノン。わたし……きっと会いに行く!」

 マドックス軍とNYPDが数千人入ってきて、マンハッタンホーンを丸ごと差し押さえた。限定内戦では敵味方数百名の戦死者を出したが、予想したよりは最小限の犠牲数だと、マドックスは考えている。
 ディスクロージャーTVのエスメラルダ記者がカメラマンとともに、マンハッタンホーン内部を全世界へ向けてライブ中継しながら解説し、自爆による破壊工作と、ギャラガー市長の死を伝えた。
「ジェイド社長の姿は見えず――、どこかへと脱出した模様です」
 犯人隠匿罪の嫌疑がかけられているジェイド・ロートリックス総帥は脱出し、結局、法的に逮捕するまでには至らなかった。アウローラ派ハンス・ギャラガーを有罪にする証拠は持っていたが、ジェイドを逮捕するのにはまだ証拠が不十分だった。

 塔コントロールセンターの巨大なガラス窓から、夕日に染まったNYユグドラシルをハリエットはじっと見つめた。空が虹色に輝いていた。遠くに小さく自由の女神が見えている。
 ハリエットは一者の塔へ向かって光十字をかざし、PMFの同期を開始した。ハリエットの中に、NYユグドラシルのPMFのエネルギーが流れ込んできた。マンハッタンホーンに藍色の光十字が灯って、それから塔は明るく反応した。塔は素直にハリエットのPMFを受け入れた。
「ジェイド、あなたに届けるわ。これが――、これがグレイガールが求めた愛のPMFの周波数よ……」
 いずこかへ立ち去ったジェイドに贈る、ハリエットからのプレゼントだった。
「忘れないでジェイド! ――今のPMFを。もしも私たちが手を組めるとしたら、あなたが愛に目覚めたときだけ!」

     *

 地下弾丸シャトルの座席で、ジェイドはうずくまっていた。ハティの光十字は振動数の高い愛のパワー。闇のエネルギーは太刀打ちできず、逃げ去るのみ。ジェイドはロートリックスの軍事部門の実権を握ってから塔を作らせたので、自身と同期できる。だが、先にハリエットまでNYの塔と同期できるとは――! NYから押し寄せる紫色のエナジーから逃げるようにして、シャトルはマンハッタン島から遠ざかっていた。
 AIサイノックスもNYユグドラシルのエネルギーを察知した。リック・バイウォーターは驚きの眼で数値を見守っていたが、軽く微笑んで、独り言ちた。
「やはりこの辺が引き際だったな。総帥はまだやりたがっていたが……今回の内戦でアウローラの動きを利用して、ゼレンとの戦いの火ぶたを切って落とすことができた。どうすれば被害を最小限に抑えられるか、市民を巻き込ませないために限定内戦『キング・コング作戦』も提案できた。内戦は惨敗だから結果は上々……とまではいかないが、戦死者も抑えられたし、そう悪くもない。さすがは勝利の女神ハリエット・ヴァレリアンだ。――いずれ、会うのが楽しみだな」
 満足げに目をつぶり、頭の上で両手を組んで、
「しかし……疲れたな今回は。裏方はいつも三倍の仕事でようやく一人前だ。ほとんど寝ていない。スーはなかなかやるなぁ。あれを相手にするのは大変だ。後はシャングリラでうまいコーヒー豆が手に入ることを期待するとしよう」
 サイフォニスト・リックは足も組んだ。ニューヨーカーのリックはロスのコーヒー事情に疎い。チェーン店では満足いかない。カリフォルニアの味覚なんて大雑把なんじゃないか、という先入観があった。
 彼が操るサイノックスのデータセンターは、もともとMH内には存在しなかった。それは、エリア51に置かれていた。その地下施設から、エリア52内でロートリックス社が建造中の、宇宙戦艦<ガルマード>の極秘ミッションが進行していた。
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