第11話 MIB 黒服の男たち もう、傍観者ではいられない
文字数 3,582文字
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二〇二五年三月二十五日 火曜日
自室アパートメントに帰宅したエスメラルダ・ガルシアは、間接照明の黄色い光の中でデスクに向かって、亡くなったクロードから受け取った情報を整理する。彼女の同僚は、NY中で撮影されたUFO写真をパソコンに集めていた。
ステッカーをベタベタ貼った銀色のノートパソコンを叩いて叩いて、また叩き、ブログ記事を猛然と書き進めていく。クロードのデータや手帳を手元に、SNSへの投稿を開始するために、NYキャリアウーマンの経歴を放り投げて。もう、傍観者ではいられない。デスク横に置かれた、高さ二十センチのサモトラケのニケの石こう像が間接照明に照らされて、エスメラルダを見守っていた。
「黒幕のハンス・ギャラガーはロック市長を殺し、自分が市長になった。市長が暴露しようとしたものを全部もみ消すために――」
ドッシリとした白い陶器のカップでドリップコーヒーを飲みつつ、ポピーシードなどのシーズニングの手製のベーグルをかじって、精力的にキーボードを叩いていく。
NYの権力構造、第二バビロン、エリア53、最後の審判、ホピ族の予言、三つの計画、人間牧場、秘密結社、UFO、火星――、世界人口を、十億人にまで減らす人口削減計画……。
クロードが追っていたのは、単なるUFO誘拐事件ではなかった。世界中で起こっている、大量消滅事件。村ごと、会社ごと人が集団で消えていた。
さらにNYユグドラシルが、世界人口を十億人にまで減らす「最後の審判」計画。大災害で生き残るために、人口削減が行われるのだという。
果たしてこの情報……本当だろうか。ライジンガー局長がクロードを全力否定したのもうなずける。
「自分の目で確かめ、自分の頭で考えろ」……陰謀論者はよくこのような論法を使う。そして自分で調べたと、彼らが思っている事柄は、すでにネットに転がっているものでしかない。自分で探ったつもりが、いつの間にか誰かに誘導されている。ネットで簡単に自分で調べられるような陰謀は、真の陰謀ではないだろう。真の陰謀は決して表に出てこない。だからこそ陰謀なのだ。そして、真の陰謀は存在する。
それが、市長暗殺に隠された謎だ。そこに入口が存在する。そして彼らは、巧みに世間に流布したSNS陰謀を隠れ蓑に利用する。SNS陰謀論者は彼らに利用され、真の陰謀のことは覆い隠される。彼らは哀れにも利用されているとも知らずに、せっせとボランティア精神で流布する。世はまさに情報戦である。
クロードの取材内容は途中で終わっていたが、膨大な資料だ。クロードはロック市長暗殺の関係者が次々と逮捕されたり事故死していく中、ギャラガー副市長を追い詰める情報を掴んだらしい。だが、記者が押さえたネタを、マスコミ上層部が彼の“友人”で、報道をなしにした。ライジンガー局長が。
彼は情報提供者と接触するためにチャイナタウンへと向かい、車中で人体発火現象を起こして死体となって発見された。取材相手が誰なのか、エスメラルダには皆目分からない。帝国を欺く者。ひょっとすると、NYの上層部の内通者なのかもしれない。
「次は私だ」
引き下がるつもりはない。死んだクロードが掴んだ情報を自分が引き継いで、書いた記事をブログにUPする。
『クロード・クロックは消された』のタイトル。
ZZCを追われたこれからが本番だ。SNSでの決死の告発を行う。
「まだ、チャンスはある――これが、最後のチャンスよ……エスメラルダ!」
自分に言い聞かせながら、三杯目の濃いめのコーヒーをがぶ飲みする。
「ロック市長暗殺事件に関係して、何人もの登場人物が死んでいる――」
エスメラルダのノートパソコンに、暗号化されたメールが届いた。差出人の名は、「モナ・リザ」。さっそく記事を観た読者らしい。
「貴女は監視されている」
その後に、セキュリティを強化しろという指示が書かれていた。
敵か、味方か。クロードと同じく、直観に頼るしかない。
指示通りのIP電話で通話する。甲高い、中国訛りの女の声だ。
「どこまでやるつもり?」
女は訊いた。
「とことんやるわ」
「覚悟はできてるようね。気に入った」
相手は声紋心理分析でもしているように、即答した。
「アメリカ中で起こってる消滅事件、大量誘拐事件は人口削減計画と何か関係があるの?」
「そう、その件は一部正しいんだけど、世の中には偽情報もあふれかえっている。騙されてはならない。リテラシーを高めるためには、真実を知ることが必要」
「あなたの知ってる真実って――?」
「あなたのブログの記事ってその事実そのままじゃないけど、この社会の裏で起こっていることの、かなり真相に近づいている。このNY市政を操る“闇将軍”の存在にね」
「何が起こってるの、このNYに」
「最後の戦いよ、自由への。夜明けは近い……」
「あなたは?」
「それはまだ言えないけど、いずれ会える。今は『モナ・リザ』とだけ。――邪魔が入った。こっちから連絡する」
「っていつよ? モナ・リザ!」
「――待って」
「あっ」
そこで通信が途絶えた。電話は切れている。
「…………」
切れたんじゃない。――切られたんだ。
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ゴト……部屋の奥で音がする。
隣部屋の壁掛けTVが勝手に映っていた。近づいていくと、画面が消えて砂あらしになり、真っ暗になって、すぐに「behind you」と表示した。
ギョッとして振り返ると、背の高い二人の男が足音もなく、部屋に入ってくるところだった。
「誰……どこから入ってきたのよ!?」
「窓が開いていたよ。こんな深夜に不用心だね」
黒服の男の一人が穏やかに言った。
「ここ、十五階よ……?」
ギョッとして尋ねた。黒いスーツにサングラス、闇に包まれたようなオーラがあふれ出している。一瞬、ブルース・ブラザースを連想した。――違う!
「我々はFBIだ」
そんなハズはない!
「いきなり部屋に入ってくるなんて……」
この手の二人組の男……そうだ、聞いたことがある!
「このNYは超法規的な緊急事態だ、災害時にはレスキュー隊だって問答無用だろ?」
と、機械的な口調で、適当なことを口走る。
「そう……」
エスメラルダは、怪しみながらもテーブルの上にコップにオレンジジュースを注いで、二人に出した。ストローも一緒に添えて。
「まぁいいわ。座ってちょうだい」
エスメラルダは胸の下に腕を組んで、相手の出方をうかがう。
二人の男はストローを観て固まった。両手でいじっているが、一向にコップに差さない。
やはり……使い方が分からないのだ。
「ジュースもいいが……そうだ、チェルシーなら知ってるぞ。チェルシーはここにはないか?」
右側の男が機械的な口調で言った。エスメラルダはそれに答えなかった。
(MIB(メン・イン・ブラック)だわ……こいつら。いくら執筆に集中してたとはいえ、ドアを開ける音が全く聞こえなかった。本当に窓から? 噂に聞いたとおりね。どっちにしても、人間ではない。宇宙人か、そのお遣いのアンドロイドか)
「今日は最高の一日だったのよ、あなた達が来るまではね!」
エスメラルダはMIBに言い放った。
「ブログ記事を拝見したが……記事を止めなければ、君の身には大変なことが起きるんじゃあないかな?」
と、MIBはウィスパーボイスで警告した。
「へェ、大変なことって?」
そういうと、二人は相変わらず不格好にストローを両手でいじっている。
「――なぜ知ってるのよ? 私が書いたって。記名はしてないけど?」
エスメラルダは冷静に訊いた。
「詳細は伏せておく……が、我々は君がたった今何をしていたのかよく知っている。それに、これからの君の行動もね」
声質が機械のように響いた。まるで無機質だった。
「知らない方が幸せなコトもある、世の中には。人間は、自分の幸せを守るために日々を生きるものだろ?」
黙っていたもう一人が言った。その顔は、兄弟のようにそっくりだった。
「……我々は暴力は反対だ。あのNYで暴れてる白服の連中とは違ってね。野蛮な奴らだ。しかし警告に従ってくれなければ、遺憾ながらアイツらが君の所へ来る」
白服……? 何のことだ?
「分かったわ、もう出てってくれる?」
「つまり、警告は聞いてくれたということで、イイのかな?」
エスメラルダは無視して、帰るようにと左手を振ってジェスチャーした。
それから、二人の男は奥の部屋へと去った。エスメラルダは後を追って、開いていた窓に駆け寄り、目で追おうとしたが、
「消えた……?」
その直後、青い光が上空に立ち去った。――UFOだ。
「あいつら!」
彼らが言った通り、確かに部屋に入ってきたときも窓から侵入したのだ。
この禍々しき怪物は地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる
「オペラ座の怪人」