第24話 ワシントンDC UFO公聴会

文字数 4,958文字



二〇二五年四月十二日 土曜日

 四月十五日のセントラルパークの大爆発事件を受けて、メディアは第一報で、古いガス栓の爆発事故と報道した。情報が錯綜したが、その後、NY市から公式に人工衛星の墜落と訂正され、すべて軍が回収したと報道された。その時起こった爆発事故で、衛星は粉々に砕け散った。破片はすべて事故処理の際に回収されたという。
 だがSNS上ではNYで謎の光や爆発、UFOを観たという証言や、セントラルパークで事故前から大量の軍が出回っている目撃情報が、次から次へと語られた。それは、ワシントンDC政府にも広がっていったのだ。NYのセントラルパークのUFO墜落を機に、結局、「UFO公聴会」が開かれることになった。

「衛星? いやいや、あれはUFOだという多くの目撃者の主張がある! SNS上で証言や映像が飛び交っています。以前からNY上空でUFOが目撃されている。それは事実です。NYにたびたび出没中のUFOは、マンハッタンホーンと関係がある。そうではないですか?」
「……どういうことでしょう?」
「つまり、マンハッタンホーンが回収したのではないか? ということです」
 野党のエドワルド・ワインバーグ議員は、ダンフォード大統領に詰め寄った。恰幅の良い、口髭のある黒人である。
「いいですか、現代の科学で説明することが不可能な飛行物体について、政府は一刻も早く公式に認めるべきなのです。時速二万キロで滑空し、慣性の法則を無視して飛んでいった。レーダーから消失した。パイロットたちの多くが日常的にそれらに遭遇しても、軍が公式の記録に残したがらない。パイロットのストレスはどれほどのものでしょう? 私は現場に足を向け、何人もの兵士から話を聴いている。もしこれらの物体について何か判明していることがあるなら、即刻公表するべきです!」
「UFOについては政府も存在を認識はしている。……ですが、判明したことはまだ何もないというのが現状です」
 国防省長官がそっけなく答えた。国防省は、黒塗りだらけの文書を提出した。
 アメリカ政府、UFOについて。しぶしぶながらやや肯定したが、
「エイリアンクラフトである証拠はどこにもない。どこかの国の秘密兵器かもしれない。軍事機密はどこの国でもある」
 長官は、宇宙人説は否定した。
「これじゃ公表した事にはなりませんぞ!」
 ワインバーグは、黒塗り文書を高々と振り上げ、憤慨した。
 すると、与党議員が反論した。
「地球外生命の文明が広い宇宙で、地球しかないとはいわないが、なぜそんな高度な文明が今日までコンタクトしてこない? はっきりコンタクトすればいいではないか」
「それはフェルミのパラドックスですな。これについては動物園仮説といわれているのですが、地球人があまりに未開なので、宇宙人は地球に混乱を与えないように、できるだけ自分たちの存在を隠している。あるいは保護区に指定されているのかもしれません」
 続けて、ワインバーグは手元の資料に目を通しながら、
「国防省に、ロズウェル事件について伺いたい。マッキンダー大統領の時代に、地球と宇宙人の間で不平等条約が結ばれたといわれています。我々の米政府は、長年にわたり墜落UFOを回収し、それについて軍事転用しようと研究を重ねてきている、そういう証言も現場から上がっています。いわゆる宇宙人の死体を回収し、さらには宇宙人と接触、問題のある密約を交わしたということです。国民の知らないところで極秘計画が進行し、それは徹底的に隠ぺされているということです」
 ワインバーグは額に汗を流しながら力説した。
「宇宙人の非人道的行為に米政府が加担している。明確な憲法違反ではありませんか!」
「待て待て、馬鹿な与太話は――」
「つまりUFOについては都市伝説や与太話、SFだとしてまともに取り合わない一方で、公式に議論することはあらかじめタブーとしてきたのではないですか? それはガリレオ・ガリレイを迫害した暗黒時代の教会権力と同じく、……外ならぬ政府によってです。フリーエネルギーも同じです。今私は、数々の資料を集めました。これからの議会で、徹底追及する所存です!」
 ワインバーグは黒い鞄を高く掲げた。それは、彼が足で集めた資料のごく一部だった。だが、最終的にダンフォード大統領が公式に否定した。立ち上がる野党議員と与党議員がヤジを飛ばしあう。

 帰宅中のワインバーグは、車から下車して自宅付近に見慣れない白い影を見つけ、踵を返して住宅街をさまよった。白服の相手はゆっくりとした動作で、だが素早く追ってきた。
「我々の口封じをしようとしても無駄だぞ! 我々はあちこちにいる。私を殺しても、また別の人間がすぐ立ち上がる! 私だけが真実を掴んだと思うな! お前たちの暴力には屈しない!」
 ワインバーグが振り返って、目を大きく見開いた瞬間、白い影は間近に立っていた。長い白髪のうりざね顔に切れ長の目の女が、サイレンサー銃を向けた。無言で額を撃ち抜く。
「雉も鳴かずば撃たれまいに……」
 白コートを着た女は鞄を持ち上げ、その直後にかき消えた。
 かばんは奪われ、ワインバーグ上院議員は帰宅途中、路上強盗に遭ったと報道された。

「――まだ軍は、裏切り者兵を見つけられないのか?」
 ハンス・ギャラガー市長は、市庁舎の執務室に白服たちを集めていた。
 マクファーレン・ラグーン大尉。NY州軍所属の二十八歳。かをる・バーソロミューの逃亡を手助けする……NYに潜伏中。あるいは、もう島を出たかもしれない。
「今すぐ取り返すんだッ! かをる・バーソロミューを」
 ギャラガー市長は、スクランブラーのアーガイル隊長に追跡を命じた。
 つい今しがたワインバーグ議員の事後処理が済んだばかりだが、ギャラガーはロック・ヴァレリアン派の残党討伐で忙しく指示を出している。
 MIBは脅迫や誘拐、超自然現象だけだが、彼らが口封じに失敗すると、後で白服が来て消す。そういう段取りだった。こうして宇宙人との条約反対派を白服たち、暗殺部隊の暴力で黙らせるのだ。
「エイジャックスを逃した連中は、またアウローラの手の者か? ロックの手下や、アウローラは一人残らず処刑しろ、手を緩めるな!」
 ギャラガーは血相を変え、スクランブラーの長に指示を重ねた。
「ハッ」

 マンハッタンホーン上階の、レベル6にあるUFO基地。
 ジェイド・ロートリックスはワシントンのUFO公聴会をひそかにリモートで傍聴していたが、その後、UFO落下の不祥事についてマンハッタンホーンの研究者と、地球製の、つまりロートリックス社製のUFO墜落の原因についてカンファレンスを行っていた。
 UFOの直径は十メートル、高さ五メートル。それらが、八つ格納されている。目の前のものは、セントラルパークに墜落した機体だ。
 UFOは三層構造になっていて、推進装置は反物質反応炉、リアクターと呼ばれている。そこに、燃料の元素115を入れる。少量でも半永久的に稼働し、重力波が発生する、いわゆる反重力である。
 下部の部屋にリアクターがあり、中部部屋に増幅器が三つある。それで、縦横高さの位置を決める。重力は時空をゆがめるのだ。三方向の重力波に乗ってサーフィンのように流れるようにUFOが進む低速飛行、宇宙空間に出て、重力波の増幅を強力にして、時空にひずみを発生させ、目的地に重力波を収束、ワープする高速飛行の二種類で飛ぶ。
 この機体はアブダクションした人々を秘密裏に日常生活に戻して、任務完了のはずだったが、そのタイミングで故障が発生。
 実はUFOは、エリア51に向かって飛んでいたが、豪雨で稲妻を浴びて落下したとの報告だった。かをるをグレイがエリア51に運ぼうとしたためらしい。
 プラズマは高熱を発生させるが、高熱を発生させずにプラズマでUFOを包み込むことで、慣性系が保たれる。原子レベルでプラズマが働き、重力を制御するためだ。プラズマレーダーを搭載しないと、UFOの変幻自在の動きを制御するのは不可能で、ぶつかってしまう。プラズマレーダーは超ハイスピードの世界で、万象万物を透過して調べることが可能だ。だが、ロートリックス社製のUFOにプラズマレーダーはまだ搭載されていない。そのため、墜落事故が頻発していた。自社製UFOの改良は、ロートリックス社の緊急の課題だった。
 ロートリックスの監視を逃れ、エリア51に向かったのは、あそこにはグレイの独自の地下都市があるからだろう。
 今回のUFO墜落事件を通じて、ジェイドは、グレイ文明にとってのかをる・バーソロミューの重要性を知った。グレイのDNAにとって、必要なDNAを持った女性だということである。
「彼らはゼータ・レティクル座の故郷の星を捨てて、この星に来ている。滅びゆく肉体の死活問題でな。自分たちの都合だけで、我々は振り回されっぱなしだ」
「グレイは焦っているのかもしれません」
「かをるを回収したら絶対マンハッタンホーンから出すな。少なくとも、こちらの分析が終了するまでは」
 宇宙軍の設立を、急がねば……。ジェイドにとって、宇宙人は敵であるという認識だった。
「雷に打たれた程度で落下するのでは話にならない。墜落原因がはっきりしない以上、UFOでの再アブダクションはいったん中止する。――教授、グレイを言いくるめろ。グレイたちの思惑を出し抜く。かをる・バーソロミューは、彼らから技術を得る格好のチャンスと捉えたい。彼女は地球にとって最良のカードになる。総力を挙げて取り返すんだ!」
 教授といわれた長い髪の青年は、コーヒーを飲みながら肩をすぼめた。
「了解」
 それから、ジェイドは市庁舎のギャラガーに電話した。

「ゲーム・オブ・マーズ」

 今年もハリウッドでSF大作映画が製作される。ロートリックス・グループは何本ものSF映画の企画を進めていた。ジェイドは、マンハッタンホーンにハリウッドと動画配信サイトのプロデューサーを呼びつけた。その脚本会議が、会議室で行われている。ジェイドは、エグゼクティブ・プロデューサーを務めていた。ハリウッドから、リモート参加のスタッフが数多く画面に映し出されていた。
「感動が足りんな――まだまだだ。恋人への愛、さらに家族愛と絡めて、もっと感動を高めるんだ。火星でも支配者は一パーセント。後は奴隷だ。それで反乱がおきたことにするんだ」
と、ジェイドは言った。
「地球と同じ問題が……」
「人間がいるところの宿命だろう。火星の支配権をめぐって争いは必ず起こる。それがこの映画のテーマだ」
 ジェイドは宇宙人との友好的なシーンをバッサリと没にし、脚本家に「書き直せ」と命じた。ダメ出しの指摘をずらずら出す、こんなうるさいプロディーサーはいなかった。金を出しているのがロートリックス財団である以上、プロデューサーの意向を反映しなければ企画が進まない。問題は、最初に設定や方向性を話し合った後、ある程度は任せてくれればいいのに、ジェイドが映画作りに情熱を傾けすぎているため、細部にまで口出しすることだった。
 主演は、女優でモデルのアリエータ・ミラー。二十四歳のスーパービューティである。コツコツとキャリアを積み重ねてきたが、今回大作デビューを果たす。
 会議後、別室で会議の様子を見ていたアリエータに、ジェイドは報告した。彼女はジェイドの婚約相手だ。そのせいで彼はマスコミやSNSにさらされることを警戒していた。
「少年時代から数々の映画を観てきた。大学時代は作家を目指していたこともある。その頃は、家のドロドロした争いが好きじゃなかった」
「結局、権力闘争の場に戻ってきちゃったのね」
 アリエータは笑った。
「だが悪いことばかりじゃないのが、人生の面白いところだ。こうして趣味を実益に兼ねることができるからな」
 とはいえ、映画製作以外がジェイドにとって人生のオマケだとはミラーは思わない。彼のPM(サイキック・メタル)にかける情熱を知っていたからだ。
 その夜、マンハッタン上空を、巨大宇宙船が無音で飛んで行った。その直後、NYの都市は大停電に見舞われた。ほどなく電力は回復したが、原因は不明とされた。むろん、誰も原因不明だなんて信じていない。
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