第49話 セントラルパークde軍事的アバンチュール 戦車戦

文字数 10,138文字



二〇二五年六月九日 月曜日

アッパー貯水池

 早朝六時。
 全長四キロのパークの南の果てにエレクトラタワーがあるが、左右の街を迂回することはできない。パーク内なら5G支配から逃れる可能性が高い。
「無事セントラルパークを抜けられればいいがな」
 エイジャックスは煙草をくゆらし、パークを漂う朝の冷たい空気に身体を慣らす。
 アウローラ本陣は北のグレートヒルに居を構えた。
 そこから望むアッパー貯水池は、およそ五百メートル四方の面積。43ヘクタール。周囲2.5キロメートルのジョギングトラックがあり、桜が咲いている。
 パーク内に轟音が鳴り響いた。ノースメドウの広場からアッパー貯水池の対岸をスコープで望むと、戦車が続々と集結してきた。その数、数十台。入ってきた戦車は、エレクトラタワーを遮っていた。
 索敵班によると、セントラルパーク中央、UFOが墜落したザ・レイクのほど近く及び、メトロポリタン美術館周辺に作られた陣地、ジェネラルパークを中心に戦車の前線部隊が集結していた。セントラルパークはUFO回収以来、封鎖されて物々しい。テントやらなにやらが要塞化し、未だ軍が陣地を築いて撤退していない。
 セントラルパーク中央は今、戦車で埋め尽くされ、湖を境に陣を敷き、こちらへ砲を向けている!
「ドーいうことよ!? 戦車じゃないのアレ……」
 エスメラルダは唖然として指さした。
「ピンチになったギャラガーが戦車を配置したんじゃ――あいつ、ヒキョーだから!」
 敵は島の外周を固める州軍から戦車を借り出すという、反則業を仕掛けてきたようだった。だが、それでコトは終わらなかった。今度はハーレムから轟音が鳴り響き、戦車が南下してきた。
「戒厳令の北部の部隊だ!」
「お終いだ。俺たちゃ囲まれた……」
 コロンビア大本部と連絡を取り、大学までの撤退を――
「もう戻れんぞ……」
 戦車隊は、アップタウンからも侵入してきたので、コロンビア大も制圧された恐れがある。
「万事休すか……いや、チョット待て、レギュレーションはどうなった?」
 アウローラ第一陣は退路を封鎖され、完全に孤立していた。
「我々はハメられたな、シェードという女に」
 アイスターは右手で目を覆った。
 エスメラルダはカメラを構えて、戦車隊を撮影している。

 セントラルパーク北部の芝生に戦車隊が集結すると、挟まれる格好でアウローラ軍は森の中に隠れた。広大なアッパー貯水池を緩衝地帯に、南北で戦車がにらみ合っている。
 緊急事態に、ハティは静かに胸の鼓動を感じながら、状況を観察していた。ハティは光十字剣を構えた。自分ひとりなら戦えるかもしれない。戦車相手にどこまで持つかは未知数だった。だが、仲間をすべて守り切ることは不可能だろう。早くも絶体絶命であることは間違いない。
 ところが、戦車は攻撃を仕掛けてくると思いきや、停車したまま身動き一つしなかった。両者、膠着状態。森の中から様子をうかがっていると、ハーレム側の戦車のハッチがギィッと開き、軍人が姿を現した。
「味方だ!」
 アランは叫んだ。
「マドックス司令官!!」
 タラップを降りてきた軍人は、アランを見ると敬礼した。
「マドックスさん……」
 ハティはマドックスが、こっちに降伏勧告をしに現れたのだと身構えた。
「心配ない。援軍だよ。マドックスは私の盟友だ」
 アランは微笑んだ。あのエレクトラタワーの土曜の極秘会議以来、姿を現さなかったヘンリー・マドックスは、今日まで機を伺っていたらしい。彼らは再び参戦し、NY作戦司令部を裏切った。白や灰色のモザイク状のデジタル迷彩服に身を包んだマドックス軍の兵士たちは、表に出てきて毅然と並んだ。
「我々は州知事の命令に従う」
 マドックスは表明した。やはり援軍だ!
「今までどうしてたんですか?」
 ハティはマドックスに訊いた。将軍はエレクトラタワーでの会議の際に途中退席した。その直後に、MIBが訪れた。一連の事実からすると、彼は敵の一味だったと考えるのが妥当だった。
「部隊は帝国側のフリをしてチャンスを伺っていた。私の部隊が丸ごと寝返るチャンスをね」
 マドックスは、州兵たちがアウローラだったことをハティに明かした。マドックス陸将は州軍全体の統括ではないものの、強力な援軍だった。NY州知事アランは、マドックスをアウローラ軍大将に任命した。
「NY北軍は全軍、これよりアウローラに加わる!」
 マドックスは全軍に伝令した。軍団は丸ごと寝返った。帝国を欺くものだ。
「でも、戦車なんて! しかも帝国財団側も!」
「いや、ルール内だ。戦車はパーク内に集結している。この中に入れる数だけだ。パーク外の市街地にはいない」
「なぜセントラルパークだけ?」
「地理的条件だ。NY南軍だってこれ以上の援軍をよこしたりはしない」
 とマドックスは独自の分析を披露したが、ハティは半信半疑で聞いている。将軍が、自軍をNY北軍、敵軍をNY南軍と表現したのは、南北戦争に掛けているのだろう。
「で、レギュレーションとやらはどうなった?」
 エイジャックスは怪訝な顔つきで訊く。アウローラ軍は、ギャラガー市長の強制捜査時に三百人、MH強制捜査立ち上げ時に三千人、マドックス参戦で四千人に膨れ上がった。どんどん雪だるま式に増えていったが、うれしい半面、事情が全く呑み込めない。
「レギュレーションは守られている。レディに聞いてみるんだな」

     *

「市長、北部部隊がアウローラへの寝返りを表明しました!」
「ナ……なぁ――……何ィッ!」
 朝食のスクランブルエッグを食べていたギャラガーは、ハンター署長からの報に、右手からポトリとフォークを落とした。その直後、突然部屋に入ってきたジェイド・ロートリックスを観て、ギャラガーはさらにギョッとした。ジェイドは依然、白マントのPMF儀式装束を羽織っている。
「様子がおかしいと聞いた。体調が優れないとか?」
「すみません」
 市長のYシャツはヨレヨレで、ギャラガーはもう二~三日は着替えていなかった。シャワーも浴びず、髪はベトベト、ボサボサ。水色の瞳はうつろで、目の下のクマは一層濃くなっていた。ジェイドは肩に手を置いて、
「顔色が悪いな。寝れてないんじゃないか?」
「はぁ……はい、実は」
「で、キング・コング作戦だが……お前に任せた俺の責任でもある。お前には荷が重すぎたようだ。後はアーガイルがやる……お前の任を解く。働き過ぎだ。もう休め。NY(ここ)を去るんだ」
「い……いえ私は! お待ちください! 総帥、私は――私は最後までやり遂げます!」
「……」
「陛下が塔の計画に集中できるよう、私は全力を尽くして……、全力を……」
「――そうか。なら、何が起こっても動ずるな。現場の指揮はスクランブラーに任せるんだ。まずは身体を休めて、食事はよく咀嚼しろ。身体が資本だぞ」
「お心遣いありがとうございます。――必ず現場に復帰して、奴らを倒します!」
「うん」
 ジェイドは去った。
 しかし――
『またどこかに裏切りモノが居る……』
 という恐れは、ギャラガー市長にとってかなりのストレスになっていた。マドックスの存在は、ギャラガーたちへのかく乱になったのである。

     *

 パーク内の最大の湖・アッパー貯水池を緩衝地帯とし、両戦車隊は対峙していた。にらみ合う両戦車の存在は、早くもレギュレーション違反か?と思える状況だった。アランはレギュレーション確認のため、国連安保理限定内戦管理委員会のレディ・シェードへと連絡を入れた。
「パーク内だからこそ、戦車の出番がある。この都市で、セントラルパークは特別な地形。戦車はガンランチャータイプのみ利用できます。ミサイル(精密誘導兵器)で攻撃対象を絞ればOKです。ミサイルは、建物にぶつかる前に自爆するように設計されている。けどそれは完全ではない。誤差が生じる。戦車相手なら砲撃できるけど、建物には砲撃してはならない。だからセントラルパーク内限定」
 画面に現れたシェードの言葉に、マドックスが応じる。
「この戦車もガンランチャーだ。向こうもそうだ」
 マドックスはこともなげに言った。将軍は限定内戦法について熟知していた。NYPDは管轄外なので知るよしもない。軍人だけがその詳細について知らされているのだ。
「ハァ? 戦車はレギュレーションの範囲内だって? セントラルパーク内オンリーで?」
「許容範囲はあるけどね。建物を一つでも傷つけたら負けです」
「――聞いてないが? 先に言ってくれ!」
 市街地を通った方がまだましということじゃないか!
 建物が少ない影響で、セントラルパーク内ではで、例外的にガンランチャー限定の戦術が使えた。それで、攻防で自在に戦車が乗り入れてきたのだ。
「NY州軍も政府軍も、町を破壊せず、紳士協定に基づいて行われる。ビルを壊せないので、空爆はできない。ですから、ヘリやガンランチャー戦車、装甲車を中心に、紳士協定のもとに戦っていただくことになります」
「ヘリもか! それも聞いとらんぞ!」
 エイジャックスは頭を抱えた。
 ミサイルを搭載する戦車なんて百発百中だ。こんな至近距離で撃ち合えば、直ちに鉄の棺桶と化してしまう。
「両軍とも、ジャミング&デコイ、ハッキングで戦う戦闘になるだろう。それが二〇二五年の常識だ」
「公園だって破壊されるじゃないの! 貴重なNYの緑を何だと思ってるのよ!? ……NY市民の憩いの場なのよ?」
 毎日パーク内をジョギングしていたエスメラルダは憤慨した。
「だから台数制限があります。もしレギュレーション違反の破壊を行えば、ただちに委員会が負けと認定します」
 シェードは物静かに言った。
「コストが高い上、ミサイルをコントロールする手間もある。さほど実戦向きでないので、戦場に出されたことは一度もない。いわば軍の〝オモチャ〟だ。だから、もともと台数も少ないんだ」
 マドックス陸将は言った。米軍内でのガンランチャー戦車の台数は限られていた。
「ソーいう問題?」
 エスメラルダはカメラを下ろさない。
「セントラルパークってNYの関ケ原か何かだったっけ? 日本の、戦国時代の天下分け目の……」
 エスメラルダはカメラを回しながら、前に取材で、ハーバード大の日本史学で聞いたことを思い出して独り言をつぶやく。
「それとエスメラルダさん、カメラを止めて下さい」
「えっ、内戦の模様を世界に発信しようと――」
「ダメです。いかなる通信手段も、国連(うち)のAIキララが阻止します」
 そういわれて、エスメラルダは結局カメラをひっこめた。
「アー・ユー・レディ? では、再開します」
 シェード・フォークナーの美貌が画面から消えたとたん、戦闘開始の合図となった。
「全く、最高の女だぜ」
 エイジャックスはボヤく。
「審判だな、まるで彼女は」
 マクファーレンは評した。
「シェードは、嘱託職員としてエレクトラ社に派遣されていたんだ。その大本が国連だったとはな。私にはシェードがかつての彼女と同一人物なのか、今だに信じられん」
 アランは複雑な表情を浮かべ、レディが消えたモニター画面からパーク前方へと視線を移した。
「でしょうな」
「まだ一ラウンド目でこれだヨ!! カァーッ!!」
 アイスターは大仰に天を仰いだ。

NY北軍、NY南軍

 まだ早朝の時間帯で、昨夜遅くまでコロンビア大で塔相手にハッキングを行っていたヴィッキー・スーは、久々の熱いシャワーを浴びていたが、突如、脱衣室のスマホがビービー鳴って跳ね上がった。シャワーの栓を止めてスマホを掴むと、
「スーか!? 急ぎ、敵戦車隊をハッキングしてくれ」
 前線のセントラルパークからアランが叫んでいる。セントラルパークにマドックス将軍が来て味方に合流し、なんとパーク内で戦車同士の砲撃戦が始まろうとしているのだという。
「ガンランチャーのミサイルは、建物前で自爆する設計だ。だから君がそれをハックしろ!」
 とまくし立てている。敵戦車やミサイルをハックして、空中や地面にズレらして着弾させるのだ。向こうも同様のハッキングを仕掛けてくるだろう。
「チッ、またかヨ!!」
 スーはシャワー室から飛び出ると、タオル一枚巻いて、仲間のピンチにつき、すぐさまデスクトップパソコン席にダダダッと駆け込んだ。
「見るな! 見たらコロすわよ」
 胸元を抑えて、大学に残った作業員たちに一喝すると、画面に映し出された戦車隊を注視する。
「クッソー!! 服くらい着させろよナ、毎回毎回!!」
 スーは、スパイラルドッグ・シーケンサーを作動して、敵戦車部隊とのハッキング戦を開始した。スーが発明したスパイラルドッグ・シーケンサーは、渦巻き状のパンにソーセージを挟み込むように忍ばせたウイルスで、何百通りもハッキング攻撃する司令塔だ。そこに各種のハッキング・マグネットや、オートランダム・コア・アクセスを走らせる。

 セントラルパークは南北四キロ、東西八百メートルのマンハッタン島の形状に沿った縦長の公園で、大部分の緑が植林による人口緑地である。大小八つの池があり、最大の人工湖・アッパー貯水池は両軍の緩衝地帯となっていた。
 アメリカ軍には、全体で一万五千両の戦車があり、世界一である。戦車小隊は、五両で構成される。通常、小隊長車が先頭を走る。
 南軍側の戦車五十台、十個小隊。北軍側の戦車三十五台、七個小隊。両戦車部隊が、NY最大の緑地で激突しようとしていた。
 機甲師団は通常、戦車、歩兵、工兵、砲兵などで構成される。戦車は歩兵の白兵戦を受けると弱い。そこで、警備の歩兵や地雷撤去の工兵などの手助けが必要となる。歩兵はジープやトラックに載せて運ぶことになるが、装甲が弱いうえ、タイヤでは悪路を行く戦車に追いつけない。そこで、機甲師団には歩兵戦車というモノが存在する。文字通り、歩兵を運ぶ戦車だ。これによって師団全体の機動性を上げることができるのだ。
「今回の戦車戦は、そちらの援護は無用。援護を頼むときは連絡する」
「あっ……え?」
「歩兵戦車で後ろからついてきたまえ」
「なんだソリャ!!」
 エイジャックスは手袋を地面にたたきつけたが、ハリエットはおとなしく歩兵戦車に乗り、戦車の後を追った。ハリエットたちは現状、表に出て戦う場面がなかった。それは、戦車戦としては狭いパーク内で、無数のミサイルが飛び交う戦場だったからだ。よってハリエットたちの仕事は、もっぱら車内でコロンビア大学のスーと連絡を取り、敵戦車をハッキングすることにあった。
 湖越しで、対岸の戦車軍団に向かって砲撃開始。ミサイルが飛び交い、戦車戦が開始された。両軍とも、緑地の影から砲撃している。
 ギャアギャア……発砲と同時に、シラサギとカモの群れが湖面から飛び上がった。セントラルパークは激しい砲撃と地響きに包まれ、一部のミサイルは貯水池に落下して水柱が上がった。たちまちパーク内は泥沼の戦場と化した。
 およそ七十トンの戦車は、時速六十キロメートル。レーザーレンジ・スコープにより照準はコンピュータ制御され、一分間で四キロ先の敵を四両破壊できる。貯水池の水深は十二メートル。戦車の進水走行は深さ1.2メートルまでで、完全防水車ではない。湖を迂回することになる。
 木々が生い茂り、戦車は主にジョギングコースや街道を通ることになる。森林地帯は視界が悪く、本来戦車戦には適さない。戦車が動けるロケーションが絞られているのだが、アウローラ軍にとって幸いといえるかどうかは戦局次第だ。
 パーク内の東部にはメトロポリタン美術館がどっしりと建ち、近くの一本道を通って砲撃戦をすると美術館に当たる危険性がある。そこには紀元前一四五〇年ころに建設された花崗岩のオベリスクである「クレオパトラの針」もあり、決定的な一発で致命的な減点を食らうことになる。
 ゆえにマドックス戦車隊は、西側のテニスコート地帯を通って、アッパー貯水池を迂回する。深い森に隠れて敵が見えない、一本道の林道だ。進撃道路は一車両しか通れず、戦車は一列縦隊で進んでいった。
 NY南軍は、何十台もの車を駐車してバリケードを形成していた。回り込むことができないくらい、林道とその周辺は埋め尽くされている。マドックス軍の戦車は、車を砲撃しながら前進した。バリケードを乗り越える瞬間、一列横隊に変形し、一斉に車両の残骸をつぶしていく。もしも一両ずつバリケードを越えれば、集中射撃を受け、片端から各個撃破されてしまう。一両ずつ、装甲の薄い腹を見せた瞬間を狙われるのだ。
 案の定、スピードが落ち、バリケードに乗り上げたところで森からの砲撃を受けたが、ガンランチャー戦車は強力なジャミングを行いつつ、マドックス軍はいったんバックして木々に隠れながら反撃し、敵を伺った。
 森の中ではミサイルは照準を失い、索敵も、ほぼ電子戦と化していた。これは機甲戦の名を借りた、電子戦・ハッキング戦だった。マドックス軍はチャフでミサイルを空中爆破させながら、再突撃した。バリケードを蹴散らすふりをして、敵の攻撃を一か所に集中させると、その隙に、別の小隊が側面から一気に突破した。

ザ・グレートローン

 バリケードを破壊した後、林道からそのまま進撃すると、対面にメトロポリタン美術館が見えた。このまま砲撃戦で美術館に当たる危険性があった。そちらに砲を向けることもできない。さらにこのまま進めば芝生に出た途端、戦車が丸見えとなり、森の中に隠れた敵の格好の餌食になってしまう。マドックス軍の戦車には、煙幕弾が装備されていた。数十発の煙幕弾を発射すると、たちまちグレートローンは視界が悪くなり、南軍戦車隊はかく乱された。
 敵が索敵にまごついている間に、北軍の戦車は芝生を突っ切り、タートル池に迫った。戦場ではスピードが命だった。
 南軍の防御陣地は、芝生であるグレートローン南のタートル池周辺の森の中に布陣していた。その幅はおよそ二百メートル。入念な偽装を施しているが、砲撃の方向ですでに判明している。
 煙幕が晴れると、マドックス軍は楔形隊形で突撃していった。A字型の陣形であり、正面と側面、両方向に対して火力を発揮できる。楔形隊形は、敵との戦闘が予想される状況でもっとも使用される。そこで、遭遇戦となった。敵戦車三両がキュラキュラと近づいてきた。――発砲される!
「囲まれた! 援軍求む!」
 一車両が逃げ回りながら、大学のスーに電子戦を要請した。遭遇した一車両は北へと反転し、その後を南の戦車が追う。
 その間に、味方の半数になる十六台の戦車は、続々と南下していった。その後から、数十台の帝国戦車が攻めてきた。発砲を繰り返し、ミサイルが炸裂する。どうやらザ・グレートローン付近の敵戦車の台数は三十五台で、さらに多くの戦車が、森の中に潜んでいるようだった。

湖上の古城

「いいか、ベルヴェデーレ城には絶対当てるな!!」
 と、北軍のマドックス軍に厳命が下っていたが、南軍でも同様の指示が出されていた。ベルヴェデーレ城はパーク中心のタートル池にある高さ三十メートルの城で、NY市内に存在する唯一の「湖上の古城」である。この城の存在自体が、両軍にとってシェードと国連安保理が突きつけた「枷」なのだ。城はマンハッタン岩盤の上に立ち、パーク内で、もっとも高いところに位置する。ミサイルが宙をかすめて飛んだだけで、破壊される危険性が増す。もしも城を傷つけたりすれば、バイオレーション(レギュレーション違反)で、即刻減点対象になる。
 北軍戦車は、森の中でかくれんぼしながら陽動する。敵は陽動小隊を追いかけるうちに本隊が陣を突破した。
 南軍の戦車小隊が戦闘力を発揮できるかどうかは、タートル池小隊長の指揮能力にかかっていた。だが、特定の戦車に攻撃を集中させたことで、他の戦車小隊の南進を許してしまったことが失敗の原因となった。
 北軍の陽動部隊は正面を引き付けておいて、別動隊が後ろに回り込んで南軍戦車を撃破する。速力は戦力だ。敵は、マドックス軍のスピードの前に負けた。
 ザ・グレートローンで帝国軍戦車は、手練れのマドックス軍戦車に押されて、約一時間の戦闘の後に、パークの南側へと撤退し、またしても森に隠れた。
 敵から見えない移動経路を通過し、主陣地の後方に予備陣地が用意されていた。その位置での戦闘の継続が困難になったら、さらに後方の予備陣地まで後退するのだが、次なる南軍陣地で各戦車に命令が下っていた。
「ここで食い止めろ!」

ザ・レイク UFO陣地

 北軍戦車が追撃で南下した途端、急にジャミングが激しくなった。そこへ、南軍車両が猛烈に発砲してくる。
「これは!?」
 北軍の発射したミサイルが、正常な軌道を保てない。ザ・レイク周辺は異常な磁界を形成し、スーのハッキングを防御していた。UFOの影響なのかもしれなかったが、UFO自体はすでに回収されているハズだった。
「ザ・レイクに墜落したUFO回収の陣地が、ハッキング戦で困難な状況を作り出している!」
 なぜ強力なジャミングが発生しているのか? 索敵及び、ハッキングの情報収集で判明した事実は、UFO回収の事実を隠している軍は、UFO回収時に、ある事態に直面した。UFOの動力源がPMFを発生させ、ザ・レイクの池底にあるマンハッタン片岩に反応し、磁化させた。そしてそれが、レイク一帯の磁場をおかしくしていたのだ。ザ・レイクの片岩の中には、ペグマタイト鉱床があった。ペグマタイトは、ベリルやトルマリンになる鉱石である。そのせいで、セントラルパークに異常現象が頻繁していた。
 そこで軍は兵をザ・レイクに常駐させ、付近を閉鎖、調査を続行することにしたのだ。野営テントに代わってプレハブ小屋が建設され、研究所が設置されていた。
 ザ・レイクの戦車陣は強固な防御で、そこからマドックス軍は猛烈な砲撃を受けて、後方を遮断されて包囲され、壊滅の危機に瀕した。レイク周辺の南軍戦車部隊は、マドックスに戦線を一時的に突破されながらも、戦術的撤退を行いながら柔軟に突破口を塞いだ。
「だからこっちでハッキングするんだってば!」
 ハリエットは、マドックス軍に進言した。これまで何度か味方の戦車の危機を救ったのに、なぜか援助を申し出ても、その都度邪魔者扱いだった。しびれを切らしたハティは、直接将軍に連絡を取った。歩兵戦車の中で大学のスーとともに、敵車両にハッキングを開始する。
 UFO落下地点では、双方で強力なジャミング合戦が行われた。スーは何とか陣地そのものをハックしようと懸命だったが、技術的な問題を超えた何かが阻んでいた。ハティは歩兵戦車から身を乗り出すと、光十字にPMFを発動した。
 目的を見失ったミサイルが湖面に落下し、ザ・レイクに水柱が立った。UFO陣地に攻撃を一転集中する。マックも参戦すると、スナイパー射撃で敵戦車の車主を次々狙った。
 前線に出た小隊は激戦を繰り広げる中、マドックス軍は、どの小隊を投入しても迅速な突破と追撃が可能だった。ザ・レイクに先頭の小隊に包囲させながら、残りの小隊二個にザ・レイクを迂回させて前進を続けた。こうして南へ回り込むと背後から射撃して、ザ・レイクのUFO陣地を撃破した。
「ザ・レイクを突破したぞ!!」
 その後、ヴィッキー・スーはハティと協力してハッキングをNY南軍と互角に演じながら、優勢に転じていった。敵ミサイルは当たらず、地面にクレーターを作り、さらには空中で爆発した。
 マクファーレンもエイジャックスも、ロケットランチャーを担いで、歩兵戦車を降りると、森の中を出入りし、マドックスの歩兵に交じってミサイルを撃った。森や市街地では、むしろ戦車と互角に戦える。むろん、ジャミング合戦の嵐の中で、生身だったが、アウローラ革命軍たちはしびれを切らしていた。何せこっちには無敵のハリエットと、最強ハッカー、ヴィッキー・スーがいる。
 ふたたび開けた芝生地帯であるシープ・メドーまで来ると、そこにはわずかとなった敵部隊の残党らが残されているだけだった。シープ・メドーは、パーク内で文字通りかつて羊の牧場だった土地である。
 スーは敵が撃ったミサイルを上空に撃ち上げさせると、元の戦車に戻して破壊。さらに、戦車そのもののハッキングを仕掛けていった。こうして、マドックス将軍が感心する中、シープ・メドーを制し、帝国軍戦車隊を撃破・鹵獲した。エレクトラタワーまでおよそ八百メートルのところだった。
 戦車戦はマドックスの得意とする戦闘だった。帝国側は南北から戦車で挟み込むつもりだったが、マドックスの裏切りを予想できず、それが敗北につながった。
 双方の戦車の砲撃で、セントラルパーク内はあっという間に焦土と化した。森林地帯はまだ残されているものの、芝生はあちこちが焦土と化し、無残にもえぐられている。ジャミング戦でそれた砲弾が着弾し、その跡に無数のクレーターが作られていた。
「インフラは傷つけるな? 木や緑だって立派なインフラじゃないの!」
 エスメラルダは無残なセントラル・パークの有様に目を瞑った。
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