第23話 SOS マクファーレン・ラグーン大尉

文字数 4,637文字



二〇二五年四月十一日 金曜日

 濡れた草の香りがする。重い身体が冷たい草むらの上に横たわり、周囲は虫の音以外、静寂に包まれていた。
 かをる・バーソロミューは、草むらの上で眠っていた。
 ここがどこで、今がいつなのか、いつから自分はそうしていたのか、かをるには分からなかった。
 ぼんやりとした頭で、手足を確認する。身体は冷えていたが、何ともない。
 上体を起して周りを見回すと、遠くに高層ビルが見えている。
「ここは……」
 どうやらNYのセントラルパークのど真ん中らしかった。
 たしか昨夜、ハリエットと別れたんだ。いや、おとといか。夜半に路地を歩いていて――三機のUFOに追いかけられ、白い光に包まれた。それから記憶を失った。
 気が付くと時間が経っている。夜から夜へ――だが、スマホで時計を確認すると、同じ日ではないらしい。体を確認すると、赤い傷跡が右腕にあった。
 近くに湖があった。パークの真ん中にある<ザ・レイク>だ。かをるは水のほとりで眠っていた。
 湖の五十メートル先の水面から、傾いた円盤状の物体が、半分見えていた。高さはおよそ九メートル。つまり、全長十八メートル、重さが……五十トン、なぜかそうだと分かった。つなぎ目のない機体。ピカピカの銀色だった。損傷している様子はなく、煙も吐いていない。落下しても傷が残らないのかもしれない。
 そして機体には、ロートリックス社のマークが見えていた。近くに将校が倒れていたが、ピクリともしない。
 あの時目撃したUFOだ。
 ――次第に思い出した。
 UFOに誘拐されて、NYの上空を飛んだ。マンハッタンホーンがどんどん近づいて行って、その中へ吸い込まれ――、UFO基地の中に降ろされた。
 だけど落下の衝撃で、あいまいながら記憶がよみがえってくる。
 今回はインプラントではなく、ただただ自分の生体磁気エネルギーを、宇宙人が計測していた。それからまたUFOに乗ったんだ。
 今夜、かをるにはさらわれたハッキリとした記憶があった。初めての事だった。前からUFOにさらわれたという記憶自体はあった。記憶を失い、なんとなく違和感だけがボウッと残っていたのだ。だが彼らは今回墜落事故を起こしたことで、記憶操作に失敗したらしい。そう、今夜だけじゃない。

 私……子供のころから……。
 何度も何度も、宇宙人にさらわれてきた。
 一度目は……五歳の時に庭で遊んでいたら、誘拐された。たぶん二時間くらい。
 二度目は……中学(ミドルスクール)に上がった時、ベッドに宇宙人が近づいてきて攫われた。
 ずっと、そうだった……。これまでも。

 優しい青年の顔がうっすらとよみがえる。
 シャノン……初めて名前を聞いた。
 彼も、あたしと同じようにさらわれたんだ。今頃、どうしているのかな――。

 突如、光があふれ出す。何十台というサーチライトが、まばゆく湖を照らす。パークの周囲は、規制線が張られ、銃を持った軍に包囲されている。軍人は、湖の周りを軍が取り囲んでいるようだった。彼らは徐々に包囲網を縮めて、こちらへと迫ってきた。
「イ……イヤッ!」
 かをるはバッと立ち上がると、勢いよく走り出した。パークからの脱出を試みて、深い森の中へと走り込んだ。木々の間から黒いスーツの二人組が現れ、ギョッとして立ち止まる。二人組のFBI、つまりMIBはかをるの腕を捕まえると、野営テントの中へ連れて行った。
「いやだっ、もうあそこには戻りたくない!」
 かをるは、マンハッタンホーンへ戻されそうになった。よみがえってくるトラウマの記憶。中に実験室があって……また検査されるのだ。
「私、真相を世界に話しますッ! マンハッタンホーンは、人をさらって、宇宙人に実験させて……」
 かをるはテントの中で、ポーカーフェイスの黒服に主張した。
「決して口外してはいけない。我々は味方だ。危険な目には合わせない。しかし、もし情報を漏洩するというのなら、オマエを生涯監視する……」
「助けてっ、だっ誰かッ」
「聴こえやしないよ」
 MIBは口を歪めて笑った。そうだ。MIBとこの軍人たち、マンハッタンホーンは全てつながっているのだ。
「たっ、助けて……!! 誰かっ助けて――ッ!!」
 かをるは叫んだ。

 上にカーキ色のロングコートを羽織った一人の兵士が、少女の姿を見つめる。ピンクの髪をしたショートヘアの少女は、湖のほとりで起き上がり、二百メートル先まで走っていったが、MIBに連行されていった。
 マクファーレン・ラグーン大尉は今夜、マンハッタンに駆り出された、セントラルパークを取り囲む部隊の一員である。セントラルパーク内に、軍とMIBが物々しく乗り込み、規制線が張られ、厳重な警戒網が敷かれた。テントが張られ、そこに陸軍将校、政府関係者とMIBたちが公園を眺めている。このミッションは、事件のもみ消しだ。自分たちの役割は、UFO墜落事件の後始末。
「今日見たことは話すな」
 と、上官からいつものかん口令が敷かれているが、マクファーレンは返事をしなかった。グレイは米軍の言う通りの行動をしないことが、首脳部の頭を悩ませていた。だから今日のUFO墜落も、不測の事態に見舞われていた。これまで、何度もこの手の事件に駆り出されてきたが、今夜はちょっと違っていた。
「た、助けて……」
 少女の声なき声が、耳に届いていた。いや、耳ではなかった。頭に直接響いている。マックは、かをるのコールを聴いて……銃器を手に、すばやく作戦を練った。反乱を決意したのである。
 カーキ色のテント内で、かをるはMIBの制止を振り払い、テントから飛び出した。突如、背後で爆音と共に赤い閃光がほとばしった。
 テントが吹っ飛ぶと、MIBが宙を舞った。吹っ飛ばされる様がシルエットで浮かび上がる。何者かが爆撃らしかった。
「こっちだ」
 茂みから、唐突に現れた兵士が、とっさにかをるの腕を取った。百九十センチ近い大男だった。
「いや、ヤメテ」
「オレは味方だ」
「……!?」
「君を援けてやる」
「あなたが? なぜ?」
「さっき君が言ったんだ、助けてって」
 若い兵士は真面目に答えた。
「えっ声が聞こえたの?」
「あぁ、君には何か、特殊能力があるのかもしれん」
「まさか、だって……」
「俺は割と、何度かこういう現場に駆り出されたことがある。その都度上は黙ってろと、俺たち下っ端を脅迫する。宇宙人が国民をさらって、政府も軍も観て観ぬふりだ。こんなコト国民に何も知らせずに、『何事もありませんでした』なんて、民主主義国家の欺瞞でしかない。軍人としても、そろそろ我慢の限界だ」
 マックは、この国には、宇宙人問題があることを以前から知っていた。長年の軍の疑問に義憤に駆られての行動だったらしい。
「eat this(喰らえ)!」
 マクファーレンは、森の陰から車両やテントを、ドカンドカンと連続射撃していった。眉一つ動かさず、包囲している車やテント、ヘリなどを正確に射撃していく。だが、兵士は狙わず。スナイパーとしての腕は、かなりのものだ。
 かをるはあきれて、あちこちの野営基地から立ち上る赤い炎を見つめた。軍の反逆者だって!? とんでもない人だぞ、この男は。
 マクファーレンは軍用バイクを奪うと、後部座席にかをるを乗せ、パークを後にして、駆け付けた救急車やパトカーとすれ違いながら去っていった。バイクを流しながら、マックは言った。
「君みたいな少女をさらう軍のやり方にうんざりだ。で、裏切りを決意した」
 UFO墜落事件の隠ぺいを、過去三回、経験してきたという。かをるはマックの胴に腕を回し、しがみついた。手が金属に当たる。コートの下は武器だらけだ。マックは軍人としては、規律を守らないならず者らしい。
「でも、あなたも軍の兵士なのに、なぜ?」
「俺はあいつらとは違う。俺の姉も、UFOに連れ去られた」
 セントラルパークで大爆破が起こり、それで脱出に成功した。
「ど、どうするの、これから」
「俺はこんな下らん軍は辞める――」
 セントラルパーク一帯が、炎に包まれる中、続々と追手が迫っていた。マックは銃をガンガン撃ちながら、カーチェイスを繰り広げた末に、バイクは車の渋滞で軍の追跡を逃げ切った。バイクはそのままパーク横の高級デパート、ブティックが立ち並ぶNY五番街を疾走した。
 それからマックはずっと口数が少なくなった。
「辞めるって? でその後は?」
 かをるは焦りを感じた。
(捕まるに決まってるじゃん!! この兵士(ひと)何考えてんのか分かんないなぁ……)
 かをるは後部座席で、マックに必死にしがみつきながら、心の中でつぶやいた。
「ね、ねェ……どうすんのよ」
 あまりに黙ってるので、耐えきれずにかをるは訊いた。
「あれだけ派手に破壊すれば、隠ぺいなどできん、世間も無視できないだろう」
 まぁ確かに――でもね? でもね、もうちょっと平和的にできないのかしら?
「逃げてばかりいてもらちが明かない。これから、――軍とロートリックスが君たちにやっていたことを暴露する。二度と、もみ消しなんかさせんさ。世間にすべてをぶちまける。君も手伝ってくれ。中で観た事を全部公表するんだ」
「ちょっと停めてくれる。――ねェこれは?」
 マックはバイクを停めた。
 かをるはテントを出るとき、無我夢中で資料を掴んでいた。――意識してやった訳じゃない。気が付いたら掴んでいたのだ。
 マックはすばやくファイルをめくり、鋭い視線があるページに止まった。
「待てよ、こいつは手がかりだ。コロンビア大にマンハッタンホーンの研究者がいる――」
 MIBの資料の中に、テロリスト関係の立ち回り先リストがあった。殺されて死んだ人たちが、上から順に赤線を引かれている。その次の重要ターゲットとして、リストにある名前が、アイスター・ニューブライトである。それは、リストの多くの中の一つに過ぎなかった。だが、マックはその名前にピンときたらしい。軍内部で聞いたことがあると、かをるに言った。
「マンハッタンホーンの秘密を知るフリーエネルギー研究者だ。これからコロンビア大に行って、ソイツをとっ捕まえて訊くぞ」
「今から?」
「いや――、ほとぼりが冷めるまで安宿で待つとしよう。今は軍や警察、それに白服共が騒々しいからな」
「白服?」
「さっきは白服の連中がいなかったから助かった。この手の事件で暗躍してる政府系の暗殺部隊だ。軍よりよほど殺しのプロだ。あいつらが出てきたら厄介だ。MIBの脅しの効かない相手を襲う。市長も奴らに暗殺された」
 マックは、いったんは静観するが、潜んで反乱を起こすという。
「でも、また、MIBに鉢合わせたら――」
 その辺の闇から、またスーツ姿の男たちが出てくるのではないかと思うと、不安が募った。かをるはマックのいう「白服」が何だか分からなかったが、MIBに対する恐怖心が次第に精神をむしばんでいった。
「彼らは神出鬼没だ」
 マックはサングラスをかけると、
「これで奴らを出し抜く」
 MIBのフリをした――はずだが、かをるにはマックはどうしてもMIBには見えなかった。どう見ても人間味がありすぎる。ワイルドなアウトローか、大都会のカウボーイといった感じだ。かをるは思わず吹き出し、クスクスと笑った。
「ンじゃあ、あたしも……」
 と、かをるも自前のサングラスをした。
 彼は、とっつきにくいけど悪い奴じゃない。この先どうなるのかさっぱり分からないけど、この人に賭けてみよう。
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