第27話 サイレント・ストリーム NYは私を裏切らない
文字数 4,912文字
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二〇二五年四月三十日 水曜日
ミッドタウンウエストにあるホテル「NYビルトンミッドタウン」。
エスメラルダは、告発ブログをアップした際に接触してきた謎の情報提供者「モナ・リザ」が、再度接触してきて、このNYのランドマーク・ホテルでの面会の打ち合わせしていた。相手の素性は、エスメラルダもまだ分からない。
「別にハッカーの力なんぞ借りなくても」
エイジャックスはまだ呟いている。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥よ、刑事さん」
モナ・リザは「ネットでは送れない。直接渡す」というのだが、罠ではないと言い切れるだろうか? その疑いが、エイジャックスの中には存在しているようだった。だが、ハリエットの熱心さで、この数少ないNYの抵抗者たちはホテルのロビーに当該人物を探した。そこで中国の伝統コマを持って立っていたのは、身長一六五センチ程度の、中国系の若い女だった。
「あの女か?」
エイジャックスはじっと彼女を見つめる。確かに、モナ・リザの微笑――東洋的に言えばアルカイック・スマイルを浮かべて、こっちを見ているが――。
「男か女か分からなかったけど」
エスメラルダ自身、直接電話した声は女性だった。しかし、何らかの手を使って、男性が女性を演じている可能性だってある。でも結局、絵画「モナ・リザ」は女性で、彼女は確かに女性だった。
「アンタ、生きてたんだね……」
モナ・リザは、何人かのジャーナリストや、脈のありそうな相手にコンタクトを試みたが、みんなダメだったと言った。モナ・リザは、あちこちにネットワークを張って、レジスタンスとの接点を模索した。たった一人で抵抗組織を作ろうとしていた。
中でもZZCのクロード記者には注目していたが、白服たちに殺された。唯一、その部下だったエスメラルダが生き残り、一縷の望みを託した。しかしZZCは腐敗し、エスメラルダとは接触できなかった。ブログ記事を見つけたが、瞬時に消された。彼女はエスメラルダに一回アプローチして失敗したのだった。モナ・リザとしては、エスメラルダは死んだかもしれないと懸念していた。
だが、チャンスが訪れると、エスメラルダに連絡した。モナ・リザは、まず通信手段を、暗号を掛けたメールに変えるように要求した。二回目のアプローチでようやく接触に成功した二人は無言で抱き合う。EカップとGカップが。
「モナ・リザことヴィッキー・スー(徐慧:じょけい)だよ。よろしく」
スーはハリエットに向き合った。
「ハリエット・ヴァレリアンです」
「まさか、ロック市長の娘さんの?」
ハリエットは微笑した。まじまじと見つめ、絶句。……しばらく沈黙して、
「あぁ――……こんなコトって……今日は来てよかったよ。ずっとあんたを探していた」
スーは、ハリエットに感慨深く抱き着いた。身長は、ハリエットと同じくらい……百六十四センチだった。
「で、こちらは?」
「エイジャックス・ブレイク、NYPDの刑事(デカ)よ」
「――警察(サツ)?」
と、露骨な警戒心を示す。
スーは、マンハッタンホーンの秘密を暴露するためにエスメラルダに接触したのだが、もしかすると罠かもしれないと疑い始めた。
……ZZCが“彼ら”とつながっている以上、エスメラルダ自身、敵である可能性があった。闇の権力のネットワークの巨大さは計り知れない。敵か味方か……。
「俺もハリエット側だ。安心しろ。少し前ならお前を逮捕してたところだ。だが今は逮捕の権限もない」
「フーン、つまりアンタも逮捕される側ってワケ?」
スーはニヤニヤしながら訊いた。
「まだそこまでは行ってないはずだが」
眉間にしわを寄せ、エイジャックスは髭をなでる。
「あっそ。ならよろしく」
「まだ保留だ。ハリエットがお前を信頼しろというからここへ来たまでだ。で、信用できるんだろうな?」
「あたしは――ホワイトハッカーだから。法が通じないような巨悪と戦うには、こっちもそれ相応の対抗手段を持たないといけない。むしろ、法を司ってる相手がその本丸の場合はネ……あたしもあんたが敵じゃないかどうかは保留にするよ」
「で、〝光〟は観たのか?(Are you see the light?)」
「光? ――あぁ観たよ」
部屋へ入るなり、スーは頭から毛布をかぶってパソコンの設定をした。一同が唖然としていると、監視カメラを避けるためだという。NYは高さ一キロの電波塔が5Gを司る監視社会だ。しばらくして、毛布をバッと取ってニコリとする。それから、エスメラルダのインタビューが始まった。
「監視カメラの映像か?」
スーは、ハックして盗撮したハンス・ギャラガーの動画ファイルを持っていた。
「ええそう」
内容は、白服に命令を下すハンス・ギャラガーの姿だった。暗殺指令かもしれない。
「これは……ギャラガーとマンハッタンホーンをつなぐ確実な証拠だ! 俺はMIBに消されたが」
マンハッタンホーンに侵入したエイジャックスは、ギャラガーとマンハッタンホーンとの接点を録画したにもかかわらず、証拠を消された。おそらく、MIBに。しかし、この女ハッカーは敵を欺いたのだ。
「MIBってあの映画の?」
ハリエットは訊いた。
「本物はあんなに愉快じゃない。不愉快よ」
エスメラルダが答えた。
「それに人間かどうかも分からない。なりすましの宇宙人だ」
エイジャックスが補足する。
「まさにマンハッタンホーンのウォーターゲート事件ね……」
エスメラルダは言った。
さらに、ヴィッキーはハッキングで得た情報を分析し、世界中で起こる地震・天災の中のある不可解な部分を発見したのだった。
「天災が起こる前に、決まってオーロラが発生してるのよ、本来、観測されるはずのない場違いな場所で」
「その原因が、NYユグドラシルに?」
「そうよ。マンハッタンホーンとNYユグドラシルの謎……かつて世界システムと呼ばれたモノ、そのキーとなるのがフリーエネルギー装置、巨大テスラコイルよ! ラジオゾンデ、およびクラウドバスターで世界の気象を電子レンジ化するのよ。それがもたらすプラズマ爆発は、ツングース大爆発のようなエネルギーを放つ」
「その力で、兵器にもなれば、気象もコントロールできるってワケか」
エイジャックスが訊くとスーは頷いた。
「五時間後には私の名前で第一報のブログを出すわ。消されないようにウェブサイトの構築を手伝ってくれない?」
エスメラルダはヴィッキーに、独占取材の告発記事を申し出た。命懸けだが、ジャーナリストとしての使命感に駆られていた。
「ありがとう。暴露して、どっかに亡命しようと思ってたんだ……でもAIサイバーパトロールの検閲が……どんどんキツくなってる」
「町を出たって――同じだわ。ここで戦うのよ。私はここを出るつもりはない」
ハリエットは断言した。
「なぜあんたはそんなに?」
「NYは私を裏切らないからよ」
「凄いね、あんたって」
スーは、まだ十六歳の少女の中に、ゆるぎない信念を観た。
「あなたの身は私たちが保証するわ。ね、刑事さん」
「なら一人……」
しかし、スーがエスメラルダ達に接触した本心は、「ある人を助けてほしい」ということだった。スーによると、その人物はロック・ヴァレリアン市長のように、命を狙われているらしい。
「過去、たくさんのフリーエネルギー研究者が殺されてきた――」
百年前のニコラ・テスラをはじめ、世界中でフリーエネルギーが研究されている。だが、彼らは失脚や行方不明、そして暗殺され続けていた。
「白服を知ってるのか?」
「スクランブラー、政府の円滑化計画のための特殊急襲部隊よ!」
スーはハック情報を解析して、相手の正体を見極めていた。
「だがヤツらはなぜあんな目立つ格好なんだ?」
「白い制服は迷彩効果を持っている。フードをかぶれば、角度によっては頭部まで透明に隠すことができる。白い所がみんな消えるの。手袋と靴以外はね。銃はコートの中に隠しているわ。神出鬼没」
軍人や警察の特殊部隊が、通常目立たない迷彩服を着ているのと真逆だ。
「けど連中は白服のまま襲ってきてるぞ!」
そのままの姿で、エイジャックス達は命を狙われた。
「それは逆カウンター・シェーディングだよ。時と場合によっては、ワザと目立った格好をして相手を恐怖に取り付かせ必要がある。あなたみたいに、アイツらを知ってる相手には特に有効」
スーの言った通り、今やそれはNYの恐怖の象徴だった。
ハリエットは、ロック市長暗殺の際、ビル上階に居た彼らが、白服のままだったことを記憶している。スーによれば、距離が遠いからだという。
「現在、残っているのは――アイスター・ニューブライト」
ヴィッキーが、マンハッタンホーンをハッキングして発見したフリエネ研究者だった。
「そのフリエネ研究者は今、コロンビア大に居る。マンハッタンホーンの秘密を握る人物がね。彼はマンハッタンホーンから技術を持ち出して退職したアルフレッド博士と接点がある。その後、独自にフリーエネルギーを研究している。大学に隠れてね」
「流出させるためにか?」
「そう、アルフレッド博士はマンハッタンホーンを出たけど、殺された。このままじゃアイスターも消される。彼を守ってほしいんだ。あの白服たちから、彼を助けてほしいの。彼の身の安全を保障してほしい。刑事なら……」
ヴィッキーは元体制側のエイジャックスを観た。
「だからオレはバッジは放ってきたんだって! 云いたくないが、NYPDも相当腐敗してる」
「知ってるよ。でも、このままじゃ――」
と、思いつめた顔をし、
「あたしのハッキングのせいで、マンハッタンホーン側にバレたのよ。サイノックス(PSYNOX)ってAIだ。特殊部隊に襲われて、アジトを爆破したけどダメだった。今、有望な研究者は彼しか残ってないんだ! 責任を感じている」
極秘に実験し、今日まで秘匿していた彼が、狙われる恐れが出てきたのはスーが原因だった。アイスターには一度、警告を発し、逃げるように言ってはいる。
「あたし一人じゃ限界があるから」
スーは、なぜか肘を上げるポーズをした。
「あたしはディスクロージャーを狙っている。ディスクロージャーには武器が必要だよ、カレはそれをすべて持っている」
「――分かったわ。私の父と同じく命を狙われているなら、助けに行かないと! みんなで守りましょう。ディスクロージャーすれば、命を狙われることも少なくなるはずよね……で、彼は今どこに?」
ロック市長は、選挙演説中に暴露寸前で殺された。もしも暴露した後だったら……きっと結果は違っていたに違いない。
洗面台に立ったエスメラルダが、床に何かが落ちているのを発見した。さっきまではなかった。ドアの床下の隙間から、手紙が床に投げ込まれていた。たちまち緊張に包まれる。それを拾うと、「今からそっちへ行く」と書かれていた。
「ちょっとみんな、敵襲よ!」
部屋に戻って、一同に見せる。
「何が書いてあるの?」
「降伏勧告……かな」
電話が鳴り、エイジャックスが無言で受話器を取る。
「そこにいることは分かっているぞエイジャックス、それに……」
元刑事は電話を切った。
「MIBが来る、ここを出るぞ!」
そう言ったとたん、館内に非常サイレンが鳴り響いた。
四人は部屋から廊下に出た。エイジャックスは脱出路を確保していた。従業員エレベーターの荷物に紛れて一階に降りると、新しい車に乗り込んだ。
「行こう」
パトカーのサイレンがひっきりなしに鳴っていたが、どうやらこちらに対する追跡とは無関係らしい。
「騒々しいな。街が」
すぐにハーレムのコロンビア大学へ向かいたいところだったが、エイジャックスは直進するのはまずいと判断し、迂回し、隠れながらハーレムに向かった。ハリエットはしばらくバイクに乗っていない。
「セントラルパークのUFO墜落事件の影響ね、……人工衛星の墜落って発表してるようだけど」
「NYPD中にかん口令が敷かれている……」
エイジャックスは慎重に車を回した。
「かをるがUFOにさらわれたことと、今回の軍の動き、関係しているかも」
ハリエットは何かを感じていた。