4. 刺客

文字数 2,185文字

 カイルは日差しがやや弱まったのを感じて空を見上げた。いつの間にか上空を雲が覆い始め、太陽がかすんで見えている。

 そんな雲行きが少し気になりながらも、一行は歩調を速めることもなく、ニルスの町へと向かっていた。

 先を行くのは、エミリオとカイル。エミリオは、地図を見せて欲しいとカイルに頼んでいた。常に道の確認を怠らないうえ、問題が起こらないよう旅の行程まで考えようとしている。

 エミリオとギルは最年長ということもあり、早くもリーダー的存在として、仲間たちからすっかり頼られるようになっていた。ほかの者からしてみれば、この二人は妙に物知りなのである。しかも冷静沈着で、よく頭が回る。さらに行動的頼もしさを望むならギル、頭脳的慎重さを求めるならエミリオであることにも、誰もがすぐに気付いた。そんな対照的な二人だが、いつでも自然と上手く意見を合わし、最善のプランを立ててくれる。そういうわけで、ほかの者はみな安心しきって、彼ら二人にリーダー的役割を任せるようになった。

 ずっとミーアと仲良く手をつなぎ合っているシャナイアは、森のあらゆるものに興味がわいて、あれこれとよく喋るミーアの話に、優しくあいづちを打っていた。こうして物静かにほほ笑んでさえいれば、まるで美の女神アーナスクインそのものを思わせるが、実はその長いスカートに隠れた腿には、細い刃物が四本仕込まれてあるベルトを付けているという。なにしろ、もともと彼女は細剣(さいけん)(たく)みに操る戦士だった。

 そんな彼女にミーアはすっかり(なつ)いて、甘えていた。彼女なら、ずっとミーアが恋しがっていた ―― 母や侍女たちの ―― 温もりに近いものを感じさせてやることができる。これからは、添い寝をせがむ相手はシャナイアになるだろうと予感しつつ、レッドは嬉しそうなミーアの様子に顔をほころばせた。

 ところが、その笑顔が一変した。

 急に表情を変えたレッドの視線は、抜かりなく辺りに向けられている。すでに、ギルとリューイも。無論、カイルの胸の前に手を伸ばして、立ち止まったエミリオの表情も険しい。

 殺気だ・・・しかも多勢。

 リューイはサッと身構え、ほか三人はそれぞれ愛用の剣に手を忍ばせた。ほんの(わず)かに遅れて気付いたシャナイアも、すぐさまミーアを背後に(かば)っている。

「うわっ⁉」
 カイルが悲鳴を上げて飛びのいた。

 それらはすぐに現われ、一行の行く手を(はば)んだのである。

 ギルやレッドは、その集団を冷静に見澄(みす)ました。
 だが、よく出くわす盗賊の(たぐい)などではなかった。違いはあれど、全員が戦闘服といえるものに身を固めている。その動きに確かな規律が感じられることから、傭兵(ようへい)だとも思えなかった。

 そう分析している二人は、一人青くなったエミリオには気づかなかった。それに、狙いはカイルだとすぐに判断していた。例のマデラスランの使者が、今度はどこの組織を手懐(てなず)けることに成功したのか、性懲(しょうこ)りもなくまた仕向けてきた誘拐犯だと思った。

 ところが、男たちが何も言わないうちに突如(とつじょ)襲いかかった相手は、なんとエミリオ。

 予想外のことに訳が分からず、ギルもレッドも、そしてリューイも、思わず動きを止めた。だが、すぐに気を取り直した。とにかく、戦いはもう始まっているのだ。

 辛い記憶と罪悪感が、一瞬で驚きから引きずり上げた。剣を抜いたエミリオは素早く白刃をかいくぐり、仲間たちから離れていった。彼らの標的は分かっている。

 ここで殺されるわけにはいかない・・・もう、無駄に死ぬわけには。

 剣を構え直したエミリオは、堂々と相手の集団と向かい合った。それから順ぐりに鋭い目を向け、ため息をついた。

 エミリオは、無理に声を押し出すようにして、言った。
「私はもう、そなた達の手にかかるわけにはいかないのだ。分かるだろう。」

 重々しく響いたその一言は、すぐさま加勢に入ろうとした三人の足を再び止めた。

 成り行きではなく、狙われているのはエミリオだ・・・!

 一方、刺客(しかく)たちもしばらく躊躇していたが、やがて思い切って動いた一人が、大上段に剣を振り上げた。

 エミリオはひらりと飛びのいて、その一撃を躱した。攻撃は連鎖的に次々としかけられる。エミリオはそれらを巧みに()け、無駄だと分かりながらも説得を続けた。また逃げ出す機会を(うかが)いながら。

 するとついに、()かれたように振りかぶった最初の一人、中でも隊長と(おぼ)しきその男がこう叫んだのである。

「私どもには、皇子を(ほうむ)る以外に・・・!」と。

「皇子っ⁉」
 カイルの頭中はパニックに(おちい)った。

 しかしこの男の一撃は、稲妻のような動きで突き出された第三者の剣によって、簡単に受け流された。

 次の瞬間、その男は声もなく、強張った顔で石像のように固まってしまった。忌まわしい任務に憑かれて、エミリオ皇子以外の者には目がいかなかったのだ。 

 奇妙に辺りが静まりかえった。

 やっと我に返ったその男は、動揺を抑えて、そばにいる者たちに何ごとか話した。
「・・・アルバドル帝国・・・。」

 とたんに、それを聞き取った彼らの中から、思わず口にしたような声が上がった。

「ギルベルト皇太子・・・!」

「皇太子っ⁉」と、またカイルのすっとんきょうな声。

 そしてレッドやリューイ、シャナイアもまた驚愕(きょうがく)した。

 ギルベルト皇太子ことギルは、否定もせず、むしろ、まさにそうだという貫禄(かんろく)を放っているのである。




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