12. 人身御供
文字数 3,685文字
人々のあとについて行き着いた先は、居住区や商店街から離れた町の西端に、ひっそりとある神殿の遺構 だった。かつては高い基壇の上に完全な形で建ち、周柱式 を付け柱としていたようだ。人々が集まっているのは、剥き出しの列柱 に囲まれたその中。その神殿の廃墟 は列柱とテラスを組み合わせた構成で、中央に斜路 が設けられている。
儀式らしきことは、そこで行われようとしていた。
高くなった広いテラスの上には二つのかがり火が焚かれ、その間には、何をするつもりか稲藁 の束や薪 が並べられている。さらに、それは石の台 ―― 祭壇 ―― を取り囲んでいた。
そこには、黒っぽい外套 をまとい、頭巾 を深く被 っている女もいた。そのせいで陰になっている顔はよく見えないが、胸の前に垂れている長い髪と、その体つきや着衣の感じから、女であることはすぐに見て取れた。女は、何やら声高 にしゃべっている。最後尾にいる一行にはよく聞こえなかったが、彼女がどうやら司祭者らしい。
だが、真っ先に気になったのは、何よりも、女が両手で掲 げている布包 み。それだけがいまいち見定 め難 かったが、このセッティングからして、何が行われようとしているかは凡 そ察しがついた。
その形や大きさから、信じ難い、恐ろしい予感を覚えずにはいられなかった。
「ここからじゃあ、よく見えないわ。」
シャナイアの声はかすかに震えている。
「あの女が何か持っていることは確かなんだがな。」と、遠回しにレッドも言った。
「赤ん坊だ・・・。」
重い声で、ついにギルが言いきった。
「あの子の誕生を皆で祝う・・・って感じじゃあないよな、どう見ても。」
リューイは、自分の前にいる人々の顔を覗き込んだ。誰もがみな俯 いて黙り込むか、手を合わせてひたすら拝 むかだ。そうして両手を揉 み合わせては、さめざめと涙を流している者までいる。
「そんな・・・まさか。」
言おうとしたカイルの言葉は、途中、口の中で凍りついた。
「・・・人身御供 。」
苦い口調で、エミリオがあとの言葉を引き継いだ。的中していれば、早く手を打たなければ時間がない。
誰も、このまま見過ごすことはできそうになかった。どんな理由があろうと。
「だけど変だよ・・・僕 今、寒くて気分が悪い。ここ・・・呪われてるよ。」
カイルはそう言って、エミリオを見上げた。
エミリオも見つめ返して、うなずいた。
「じゃあ、これは呪いを解く儀式か?」
リューイが言った。
「生贄 なんて必要ないよ。だから変って言ったんだ。逆に呪いをかける時か・・・。」
「呪いの儀式かこれ⁉」と、リューイ。
「まさか。」と、策を考えながらも、ギルも思わず。
「うん。町の人みんなで、そんなことするわけないよ。呪いを解くといえば、大昔には、災いなんかが続くと神が怒ってると思って、生贄を捧げれば鎮 まるとされてた時代もあったみたいだけど・・・。」
カイルは少し視線をさまよわせ、すぐにまた真正面に目を向け直した。
「とにかく・・・あそこ・・・あの女の人がいるあたり・・・。」
「おい、今、悠長 に会話してる場合じゃないだろ。お前の力で何か邪魔できる方法はないのか。」
レッドが急 かすようにカイルにきいた。
「今、ここで何かしたらバレちゃうよっ。この人たち、みんな一応これを認めてるわけなんだから、邪魔して捕 まったらどうするの。」
「ひとまずあの子を連れ去ろうにも、ここからじゃあ遠すぎる。たどり着くまでにひっ捕 らえられるだろうな。そもそも、走り込んで行ける通路もない。」
ギルもため息まじりにそう言った。
目の前は、大勢の信仰者 で塞 がれているのである。
その隣で、エミリオはずっと眉間 に皺 を寄せて考え込んでおり、シャナイアはうろたえるばかりだ。
恐らく人だと思われるものが、石の祭壇に横たえられた。
そうこうしているあいだにも、儀式は滞 りなく進められている。
続いて御包 みのフードが捲り上げられた。産まれて間もない、生後一か月になるかというくらいの、やはり小さな子供の頭が出てきた。生きている。その子の顔に、女は、インク壺 程度の陶器の中の何かを塗り始めた。額 から眉間 へ、そして鼻筋 に指を滑 らせ頬 へ・・・。
焦 るあまり、さすがのエミリオもなかなか妙案が閃 かない。
女が長い棒を手に取ったかと思うと、それをかがり火の炎の中へ突っ込んだ。火を移したのである。煌々 と燃える松明 を掲 げて、女はゆっくりと祭壇を回り始めた。
不意に、リューイがしゃがみ込んだ。リューイは、傍 らにいさせたキースの首に腕を回し、頬が触れ合うほど顔を近付けて、森の相棒にこう鋭く囁きかける。
「キース、あの子を助けるんだ。」
それから何やら身振り手ぶりを加えて、指示を与え始めた。
それを見たギルもやっと思いつき、背中を向けて籠手 を嵌めると、目立たないように軽く腕を上げた。すぐ頭上で旋回 していたフィクサーを、指笛 を使わずに呼び寄せたのだ。
間もなく、その利口 なクマタカは、静かに主人のもとへ舞い下りてきた。
「その役はこいつに任せてくれないか。」
フィクサーの頭を撫 でながら、ギルはリューイにそう言った。
ギルのその表情には確信が持てた。リューイは微笑を返して、うなずいた。
だがレッドやシャナイアには、その獣たちがどれほど賢 くても、いくらなんでも無茶過ぎるという思いしかない。言葉が分からないのに、とても理解できるとは思えなかった。
「何をさせるつもりだ。だいいち炎のそばだぞ、行けるのか。」
レッドが不安そうにきいた。
「そんなもの怖がりはしないさ。上手く避けることをこいつは知ってる。」と、リューイは答えた。
同じことがフィクサーにも言えた。勝手に戦場までついて行き、ギルが戦っているあいだ、戦火の上を飛び回っていたことが何度もある。
レッドはエミリオを窺 った。エミリオは、騒ぎを起こしてもらえるだけでも・・・と考えていたが、レッドもそれを理解した。その混乱を利用して、あとは強引 な手段にも出られよう。
その間にも、ギルもまた何やら独特な指示の仕方で、フィクサーに言うことをきかせている。
ギルとリューイは目を見てうなずき合い、小声で同時に命じた。
「行け。」
フィクサーが静かに上空へと羽ばたいていき、リューイの合図でスッと動きだしたキースは、群衆の中へ割って入った。
辺りがたちまち騒然 となる。
音もなく後ろから現れた黒い獣に、気づいた人々は慌てふためき逃げ惑った。
キースはまっしぐらに司祭者の女のもとを目指している。一見、野獣がただ本能のままに猛進しているようにしか見えない。
そして司祭者の女は、もの凄い勢いで向かってくる野獣の迫力にたじろいだ。
そのキースは瞬く間に斜路 を駆け上り、牙を向き出して女に飛びかかる。だがリューイの言いつけ通り、実際には脅 すだけだ。
女は驚いて足をもつらせ、よろめいた。
ところが倒れざまに放り出した松明 が、そのまま藁 と薪 の裾 へと転がっていく・・・!
パチパチと音をたてて白煙 が上がり、容赦なく赤ん坊をいぶりだした。すぐに出火が始まり、下からみるみる燃え広がっていった。
赤ん坊の泣き声が、悲鳴が耳をつんざいた。
だが束の間だった。間一髪、炎が祭壇の上へと這 い上がる前に、上空から急降下してきたフィクサーが素早くその子をわし掴んで、一瞬のうちに救出したのである。
フィクサーはそのまま群衆の上を越えていき、東の森へ向かって悠々と去って行った。そのことに多くの者が気をとられている一方、キースもすでに戻り始めている。
まるで打ち合わせでもしたかのような、ヒョウとタカの絶妙な連携プレー。強引 に連れ去るつもりでいたエミリオやレッドにとっては、これは期待以上だった。
彼らも空を仰 いで、フィクサーが暗い木立 の中へ消えてゆくのを見届けた。
「行こう。」
エミリオがそっと促 した。
そうして一行は、キースが再び起こしてくれた混乱に紛れて、密かにこの集会から抜け出した。
儀式らしきことは、そこで行われようとしていた。
高くなった広いテラスの上には二つのかがり火が焚かれ、その間には、何をするつもりか
そこには、黒っぽい
だが、真っ先に気になったのは、何よりも、女が両手で
その形や大きさから、信じ難い、恐ろしい予感を覚えずにはいられなかった。
「ここからじゃあ、よく見えないわ。」
シャナイアの声はかすかに震えている。
「あの女が何か持っていることは確かなんだがな。」と、遠回しにレッドも言った。
「赤ん坊だ・・・。」
重い声で、ついにギルが言いきった。
「あの子の誕生を皆で祝う・・・って感じじゃあないよな、どう見ても。」
リューイは、自分の前にいる人々の顔を覗き込んだ。誰もがみな
「そんな・・・まさか。」
言おうとしたカイルの言葉は、途中、口の中で凍りついた。
「・・・
苦い口調で、エミリオがあとの言葉を引き継いだ。的中していれば、早く手を打たなければ時間がない。
誰も、このまま見過ごすことはできそうになかった。どんな理由があろうと。
「だけど変だよ・・・僕 今、寒くて気分が悪い。ここ・・・呪われてるよ。」
カイルはそう言って、エミリオを見上げた。
エミリオも見つめ返して、うなずいた。
「じゃあ、これは呪いを解く儀式か?」
リューイが言った。
「
「呪いの儀式かこれ⁉」と、リューイ。
「まさか。」と、策を考えながらも、ギルも思わず。
「うん。町の人みんなで、そんなことするわけないよ。呪いを解くといえば、大昔には、災いなんかが続くと神が怒ってると思って、生贄を捧げれば
カイルは少し視線をさまよわせ、すぐにまた真正面に目を向け直した。
「とにかく・・・あそこ・・・あの女の人がいるあたり・・・。」
「おい、今、
レッドが
「今、ここで何かしたらバレちゃうよっ。この人たち、みんな一応これを認めてるわけなんだから、邪魔して
「ひとまずあの子を連れ去ろうにも、ここからじゃあ遠すぎる。たどり着くまでにひっ
ギルもため息まじりにそう言った。
目の前は、大勢の
その隣で、エミリオはずっと
恐らく人だと思われるものが、石の祭壇に横たえられた。
そうこうしているあいだにも、儀式は
続いて
女が長い棒を手に取ったかと思うと、それをかがり火の炎の中へ突っ込んだ。火を移したのである。
不意に、リューイがしゃがみ込んだ。リューイは、
「キース、あの子を助けるんだ。」
それから何やら身振り手ぶりを加えて、指示を与え始めた。
それを見たギルもやっと思いつき、背中を向けて
間もなく、その
「その役はこいつに任せてくれないか。」
フィクサーの頭を
ギルのその表情には確信が持てた。リューイは微笑を返して、うなずいた。
だがレッドやシャナイアには、その獣たちがどれほど
「何をさせるつもりだ。だいいち炎のそばだぞ、行けるのか。」
レッドが不安そうにきいた。
「そんなもの怖がりはしないさ。上手く避けることをこいつは知ってる。」と、リューイは答えた。
同じことがフィクサーにも言えた。勝手に戦場までついて行き、ギルが戦っているあいだ、戦火の上を飛び回っていたことが何度もある。
レッドはエミリオを
その間にも、ギルもまた何やら独特な指示の仕方で、フィクサーに言うことをきかせている。
ギルとリューイは目を見てうなずき合い、小声で同時に命じた。
「行け。」
フィクサーが静かに上空へと羽ばたいていき、リューイの合図でスッと動きだしたキースは、群衆の中へ割って入った。
辺りがたちまち
音もなく後ろから現れた黒い獣に、気づいた人々は慌てふためき逃げ惑った。
キースはまっしぐらに司祭者の女のもとを目指している。一見、野獣がただ本能のままに猛進しているようにしか見えない。
そして司祭者の女は、もの凄い勢いで向かってくる野獣の迫力にたじろいだ。
そのキースは瞬く間に
女は驚いて足をもつらせ、よろめいた。
ところが倒れざまに放り出した
パチパチと音をたてて
赤ん坊の泣き声が、悲鳴が耳をつんざいた。
だが束の間だった。間一髪、炎が祭壇の上へと
フィクサーはそのまま群衆の上を越えていき、東の森へ向かって悠々と去って行った。そのことに多くの者が気をとられている一方、キースもすでに戻り始めている。
まるで打ち合わせでもしたかのような、ヒョウとタカの絶妙な連携プレー。
彼らも空を
「行こう。」
エミリオがそっと
そうして一行は、キースが再び起こしてくれた混乱に紛れて、密かにこの集会から抜け出した。