50.  死体と死闘

文字数 2,286文字


 バキッという破壊音がした。突然のことに一瞬、血の気が引いた。居間に武器を飾っていた主人。運悪く(おの)を見つけられてしまったのだと分かった。おかげで木のドアはすぐに壊され、上段の本が全て飛び出して、骨が()き出しの(くさ)りかけた腕が、その棚の奥から突きだしてきた。続けて二本も三本も、次々と灰色の手が伸びてくる。二重の防御などもろともせず、開けた穴から狂ったように木片を引き剥がし、目をみはる勢いで破壊していく。

 なんて力 ⁉ あの腕に捕まったらと思うと、ぞっとする。それに、ひどい臭い。シャナイアはその迫力と耐えがたい腐臭(ふしゅう)とに、思わず一歩引いた。

 呆気(あっけ)なくドアは破られた。

 魂の抜け殻が五体、ゆっくりと迫ってくる。動作は鈍いが、それらは障害物があっても目もくれず、ぎこちない動きを止めることなく近付いて来る。

 やってやるわよ、化け物だろうが何だろうが・・・!

 ほとんど自棄(やけ)だったが、シャナイアは無理にでも強気でいようと自身を奮い立たせた。

 (おの)を持った死人が、いきなりそれを投げつけてきた。

 だがシャナイアはしめたと思い、冷静に左へ()けた。背後には窓があり、狙い通りに、斧は窓を破って落ちていった。これで敵の武器は無くなった。

 次は、ひょろりとした死人が正面から向かってきた。眼球は()け崩れ、頬の肉はそげ落ち、首の骨が剥き出しの死体が。

 シャナイアは腕を上げて目の前で剣を構えた。(するど)さを持ち味とするその剣ではふさわしいとは言えなかったが、力いっぱい(なな)めから押し斬って首を切断することはできた。

 ところが、死人を再び葬ろうどころか、それは何の痛手も受けてはおらず、真下に落ちた自分の顔を蹴り飛ばして、なおも両腕を突き出してきたのである。

「やだうそっ、こんなのなしよおっ。」

 どこまでも反則と言いたげな悲鳴を上げ、シャナイアはあわてて飛び退()いた。予想はしていたが、考えたくはなかったことだ。

 だが敵は一体ではない。

 着地すると同時に、左右から気味の悪い手が伸びてくる。(ひる)むことなく、シャナイアはそれらを続けざまに切り刻んだ。

 腐った身体は、ドアを破壊された時の馬力が嘘のように()ち切ることはできる。倒れないのなら襲いかかることができないようにしてやり、外へ逃げるしかないと考えたシャナイアは、肩の関節を狙って両腕を切り落とした。実際、斬られたというより外された感じでそれは両腕を失ったが、ますます厄介(やっかい)なことになった。

 床に落ちた腕が、なんと骨が見えている五本指をカタカタッと動かして、歩き出したのだ。それに仰天(ぎょうてん)して目を奪われていると何かが足に当たってきて、シャナイアはよろめき床に倒れた。足元には、不気味な眼窩(がんか)を向けてくる最初に切断した頭部が。それがひとりでにゴロゴロと転がってきたのである。シャナイアは急いで立ち上がろうとした。だができない。足をつかまれている。腕だけの化け物に・・・!

 シャーナと泣き叫ぶ声が部屋中に響いた。目隠しするようにミーアを抱き寄せた夫人も視線をそらし、主人は恐怖のあまり(しび)れたようになっていた。

 身動きできない体に、さらに二体が襲いかかった。

 剣はまだ手元にあるが、もはや勝ち目はない。それどころか、この絶望的な状況に心を折られて、力を入れることすらできない。

 シャナイアも思わず観念しそうになった、その時。

 不意に飛び出してきたキースが、一体に体当たりを仕掛けた。もう一体の巨漢には、フィクサーが爪をたてて頭につかみかかっている。
 一体を攻撃したあと、キースはシャナイアの足をつかまえている腕と、そばに落ちている頭をも横殴りにたたき飛ばしていた。そして、シャナイアの隣で威嚇の姿勢をとった。
 一方のフィクサーも、しきりに手を動かしてくる巨漢の頭に、翼をバタつかせてしつこく(まと)わりついている。

「キース、フィクサー。」

 そうだった・・・ほかにも戦力になるものはいた。シャナイアは勇気と気力を取り戻して起き上がり、再び剣を握りしめた。そして(ひたい)を撫でながら深呼吸をした。

「あなた達もいたのよね、助かったわ。」

 だが、動く(しかばね)と一緒に、まだこの部屋にいる。胸を撫で下ろせるような状況ではない。現に突然、けたたましい鳥の鳴き声が耳をつんざいた。

 フィクサーの悲鳴・・・!

 見ると、肋骨(ろっこつ)が剥き出しの巨漢が、ついにフィクサーを捕まえて翼をもごうとしている。
 シャナイアが動くよりも早く、キースがその巨体に突進していった。だが、倒れたのは反動を食らったキースの方。その一瞬できた(すき)にフィクサーは(のが)れたが、代わりにキースが大きな手に捕まり、乱暴に押さえつけられている。

 すぐさま剣を水平に構えたシャナイアは、不意に気付いた。両手で武器を持ち上げている今、その左の手首にはめているものが何であると言われていたかに。

 それは、ワインレッドの宝石が光るブレスレット。カイルが確か、こう言っていた。

 太陽神アルスランサーの使徒が宿る精霊石・・・と。

「ちょっと、私はいちおうあなたの代わりなんでしょ ⁉ あなた、死ぬわよ、いいの ⁉」
 シャナイアは、自分の体を見下ろして怒鳴った。本気でそんなことをする自分が信じられなかったが、もう神にもすがる思いだ。
「何とか言ってみなさいよ !」

 すると、思いもよらないことが起こった。

 ほとんど愚痴(ぐち)のつもりだったのに、次の瞬間、とたんに体内の血が騒ぎだして、カッと熱くなるのを感じたのである。それと同時に、赤い宝石の中心から広がった強烈な閃光(せんこう)が、窓の外へ飛び出していくほど部屋いっぱいに放たれたのだ。

 シャナイアはアッと息を呑み、思わず目を閉じた。








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