11.  異様な繁華街

文字数 2,727文字


「俺の勝ちだ。」

 ギルは〝(ひか)えおろう〟と印籠(いんろう)を見せつけるポーズで、(ほう)けた顔をそろえている連中に、しかと認めさせた。

 すると、横に離れていた男が急に取り乱して近づいてきたので、その男にもよく見せてやろうと、ギルは男の額にカードをパシッと押しつけた。こともあろうに、それは冷や汗の滲んだ

にピタリと貼りついてしまった。

 後ろへよろめきながら、男はうっとおしそうにそれを()がした。そして、憤然(ふんぜん)として確認する。

「ぬ・・・⁉」
 男は低く(うな)り、さらに目をみはった。

 間違いない。

 奇人変人でも見るような顔で、周りにいる男たちはみな言葉を失った。

「やるじゃないか。」
 レッドが驚嘆(きょうたん)して囁いた。
「こういうのは俺の得意分野だ。弓と似てるだろ?」
 (さわ)やかに答えたギルは、賭け金を集めた帽子を持って突っ立っている男のそばへ。そして、ひょいとそれごと頂戴(ちょうだい)し、中から紙幣(しへい)を一枚取って、(むな)しく空いた男の手のひらに乗せた。
「はい、どうもね。これは新しい帽子代だ、とっといてくれ。」

 ギルは仲間たちを振り返ると、すぐに店の出入口へと歩き出した。面倒なことになる前に、さっさとこの場を去るに限る。

 そのギルに続いてリューイも店を出たが、ミーアがいるため、レッドは一度テーブル席へと戻った。

 ことの成り行きをしっかり見ていたカイルは小声で、「・・・皇子様だよね?」
 レッドの顔が(いぶか)しげになる。
「今度はそっちの方が怪しくなってきたぞ・・・。」

 一方、同じように一部始終を見物していたシャナイアの表情は、「ざまあみろよ。」とでもいったふうだ。
 シャナイアはスッと席を立った。
「お会計済ませてくるわね。」
「さあ行こう。」
 エミリオも急かすようにそう言って、ミーアを素早く抱き上げた。連中が我に返る前に、姿を消しておかなければならない。

 こうして町の不良から上手く切り抜けた一行は、あの状況で大した問題も起こさず、無事に店を出ることができた。

 しかし外へ出ても、やはりこの町の暗く沈んだ異様な雰囲気は変わらない・・・。

 また嫌な気持ちになりながら、一行(いっこう)はそのまま、町の北部と中心部を結んでいる商店街に出た。この町の特産物や、この土地で収穫できる野菜や果物が、いくつもあるテントの下に置かれてある。編み(かご)にてんこ盛りに積み上げられているもの、(たる)の中に(あふ)れんばかりに詰め込まれているもの、それに、いぐさのゴザには所狭しに並んでいる。セージやローズマリーなど香辛料を売る店、ワインやラム酒などのほか、強い酒も豊富に扱う店もある。多種多様で豊か、出し物には贅沢(ぜいたく)といってもいいほどで、何一つ文句はない。食品ばかりでなく、陶器(とうき)やガラス細工、衣類や雑貨といった商品のどれもこれも、目が()くエミリオやギルが感心する質の良さ。

 だが、どうしても一つだけ気に入らないことがある。
 この居心地の悪さといったらどうだ・・・。

「売る気はあるのか?」
 レッドは顔をしかめ、そう小声でつぶやいた。

 商人という商人が呼び込む声一つ発せず、店の出し物を(うつ)ろに眺めて、ただ呆然としているのである。陰気で、威勢(いせい)の悪いことといったらなかった。

 リューイは勝手に仲間たちから離れると、テントの一つに入って行った。全く目立っていない、小さな手作り菓子の店である。

(ばあ)さん、これ何のお菓子? 味見ある?」 
 リューイは明るい声で、角ばった焼き菓子を指差して言った。

 ところが、その店の老婆(ろうば)は冷ややかな視線をくれてきた。そして黙っている。

「じゃあ・・・売ってくれ。」
 嫌なら言えばいいのに、という気持ちでリューイは言い直したが、やはり返事はなく、腰を(かが)めて菓子を指差したまま、そのうち(にら)めっこのようになってしまった。

 やっと老婆が口を開いてくれたのは、そのあとリューイのそばへとやってきた一行を、彼女が目にした時だ。

「あんたさん、旅のお人かね。」
「ああ。今日初めてここへ来たんだ。」
「そうかい・・・よりにもよってこんな日に。」
「え、なに? 聞こえない。」
 あとの言葉がよく聞き取れなかったので、リューイはきき返した。
「ああ気にしないでおくれ。」
 老婆はぎこちない微笑を浮かべた。
「悪いことをしてしまったね。それはさくらんぼの実を混ぜ込んだ焼き菓子だよ。どうぞ味見していってちょうだいな。」
「あ・・・ああ。」

 そんな妙な様子が気になりながらも、リューイは、老婆が取り皿に入れてくれた中から一つをいただいた。

 その老婆は、同じようにそれを欲しがったカイルとミーアにも、この時は愛想よく味見を勧めていた。怪訝(けげん)そうに顔を曇らせているリューイに見つめられながら。その気持ちのせいでリューイはよく味わうことができなかったが、カイルとミーアが美味しいと喜んだので、シャナイアが菓子の袋詰めを一つ購入して、一行はその店を離れた。

 しかし道へ戻っても、商店街は相変わらずの沈みようである。
 いつまでももやもやした気分のまま、彼らはその通りを歩いた。

 すると、どうしたことか。

 ある時、道沿いに並んでいる出店の店員たちが、示し合わせたように次々と立ち上がったのだ。そして売り物やら道具を、店舗自体を黙々と片付け始めた。

「あら、一斉に店を閉めだしたわ。まだ昼過ぎだっていうのに。」
「見ろよ、それだけじゃないぜ。」
 首を回して背後にも目を向けたレッドが、顔をしかめてそう言った。

 建物という建物、そして通りという通りの角から人々がぞろぞろと出てきて、繁華街でありながら人気もまばらだったこの大通りを埋め尽くし、そろって一方向へ進み始めたのである。大人や老人ばかりだが、誰も彼もが蒼白な面持ちで、足取りも重い。まるで亡者(もうじゃ)行列だ。

 リューイは眉根(まゆね)を寄せ、「どいつもこいつも、死人みたいな顔してやがる・・・。」

 一行は道の真ん中に佇む障害物となっていた。

 気になって仕方がないカイルは、自分たちを()けてすれ違っていく一人に手を伸ばし、「すみません、どこへ行くんですか。」と、問うてみた。

 しかし、その人は何も答えず、無表情で軽く頭を下げて行ってしまった。

「妙だな。」
 低い声でギルが言った。

 カイルは、今度は、手を合わせながら歩いている老人にも声をかけてみる。
「あの、これから何をしに?」
「神のご加護を乞いに。」
「え・・・。」
 その人は意味深にひと言そう答えただけで、またよろよろと歩きだした。

 エミリオは仲間たちを順ぐりに見た。
「気になるかい。」

 エミリオも例外ではなかったが、彼らの面上にはあからさまに〝すごく知りたい。〟と、そう書かれてある。

「興味もあるな。」
 ギルが答えると、ほかの者たちもそろって強くうなずいた。

 そうして一行は、この亡者行列の最後尾に加わった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み