26.  古代の怨霊

文字数 2,624文字

 いよいよ声もなく驚愕(きょうがく)していると、シャナイアの体を乗っ取ったものは、シャナイアの声で、いきなり甲高(かんだか)い叫び声を上げたのである。
 それは、怒りと恐怖の悲鳴だった。

 そんなシャナイアが、ほかには目もくれずに、ひたすら(にら)みつけているのは・・・カイルだ。

 漆黒(しっこく)の髪に深い緑の瞳。純粋で汚れない瞳。正義感をたたえた・・・吸い込まれそうに美しい瞳。そして、内に秘めたひたむきな情熱と、強い使命感。何よりも、この・・・力。かつて会った。だがそれらの全てが(にく)らしく、忌々(いまいま)しい。あの日、この男はその目でもっともらしいことをくどくどと・・・。だが結局は、あの銀の矢で私を・・・この男は・・・この男は・・・。

「ディオネス・グラント!」
「・・・の、子孫。」

 ついそんな訂正を入れながらも、カイルの胸中はますます複雑になっていた。
 彼女の、今のひと言がどういうことか・・・。

「く・・・またしても!」シャナイアは、眉間にきつく皺を寄せてわめいた。「私を止めたければ、王家の離宮にくるがいい。だが呪いをかけて、お前たちをこの町から出られないようにしてやるわ。そういえば、生贄に格好の小さな女の子がいたわね。ふふ・・・次の儀式が楽しみだわ。その日が近づく度に、恐怖に(さいな)まれるがいい。」

 これで確信した、間違いなく司祭者の女にとり憑いたその怨霊は、ゆがんだ満足感に冷静さを取り戻し、言いたいだけまくしたてると、ようやくシャナイアの体を解放して、来た時と同じ窓から去って行った。

 シャナイアは、不意に襲ってきた体の異様なだるさが理解できなかった。だがそれよりも訳が分からないのは、いつの間にやらレッドに胸倉をつかまれていること。しかもレッドは、後ろへ引いている腕の握り拳を固めていて、どう見ても殴りかかる寸前のそれを、ギルが必死で止めているところだった。

 シャナイアは、もの凄い剣幕のレッドを見て唖然(あぜん)とした。
「ち、ちょっと、何のつもりよ!」
 レッドは怒り冷めやらぬ様子で深呼吸をすると、ゆっくりと手を引っ込めた。
「悪い・・・ミーアを生贄にするなんてぬかしやがるもんだから、つい。」
「は⁉ 誰がそんなこと・・・。」
 この数十秒間は、シャナイアにとっては時が止まっていたも同然。
 そんな彼女に、エミリオは実に言いづらそうな目を向けた。
「シャナイア・・・君だ。」
「はい?」
「私たちをこの町から出られないようにして、次はミーアを生贄にする・・・と、今、君が言った。」
「何も覚えてないのか。」と、リューイ。
「知らないわよ! 冗談じゃないわよおっ!」

「ここから逃げることができない・・・というのは、やはり(おど)されていたようだね。」
「ああ。どのみち、やるしかなくなったな。宣戦布告しやがった。」
 エミリオもギルも、いつもの落ち着いた声でそう言った。ガタガタしても仕方ない。

 あの女は、ディオネス・グラントを知っていた。つまり、この時代の霊ではない。だが、あの儀式が最初に行われたのは、一年前。そんな大昔の霊がこれまで何もせず、急に悪さを始めたとは考えにくい。

 しかし今、その霊は、やはり自分の言葉で喋っていた。そうすると、誰かに利用されている怨霊ではなく、何もかもその霊自身の意図(いと)的な犯行・・・ということになる。それも大昔に、カイルの先祖であるかつてのアルタクティスの一人、ディオネス・グラントと同じ時代に生きた者の仕業(しわざ)

 そのような古代の霊がなぜ今、何のために・・・。そして、なぜそれほど異常なまでにこの町を呪うのか。それらは最も気になるところではあるが、とにかく、今悩んでも解決しそうにないことを考えるより、考えなければならないことがある。分かりそうなことから始めるしかなかった。

「王家の離宮って、どこだよ。」
 リューイが、誰にというわけでもなくきいた。
「昔の霊が言うんだから、昔の王家の離宮ってことだろうな。つまり、今はただの廃屋(はいおく)かもしれない。この町から出られないようにしてやるって息巻(いきま)いてたくらいだから、そう遠い場所にあるわけじゃあないんだろう。」
 ギルが言った。
「主人にきいてみようか。この町で生まれて育ったと話していたから、何か知っているかもしれない。」と、エミリオは食堂での団欒(だんらん)を思い出した。
「恐らく敵の住処(すみか)に招待されたんだ。また化け物とやり合う覚悟はしておいた方がいいだろうな。」

 そうギルが言ったところで、カイルが肩をすくめておずおずと人の顔をうかがっていることに、ほかの者たちは気付いた。

「なに(ちぢ)こまってんだ。」
 レッドが声をかけた。

「あの・・・さ。一応知らせておいた方がいいと・・・思うんだよね・・・。」

 ほかの全員、いぶかしげな顔になる。

「僕たち、術使いが扱う世界のものに、人が手で触れてどうにかできるものなんて・・・ないはずなんだ・・・けど。」

 悪寒が走り抜けた。

「何が言いたい。」と、レッド。

「だから、その・・・魔物が剣に倒れるなんてこと・・・。」

 リサの村での悪夢が、ありありと脳裏によみがえってくる。※

「じゃあ何か? あの時、本当なら真っ先に()られていたのは、俺たちだったってことか?」
 ギルが問い詰めた。
「だ、だって、あれらの剣には精霊文字を施してあったから、そのおかげかもしれないし。」
「もう一方の俺の剣にも倒れたぞ。」
「俺のナイフにもな。」
 レッドはリューイに貸していない方の剣のことを言い、リューイは、シャナイアを助けるために投げつけた自分のナイフのことを言った。 ※

「あの、だからでも、古代には、生き物を妖怪に変えてしまうとまで言われてる妖術ってのがあって・・・それは撲滅(ぼくめつ)が図られたものだから謎が多くて、僕もよく知らないんだけど、だから、それは今では禁じられている邪術で、最も邪悪で ―― 」
「ああ、いい。」
 ギルが手を振りながら、ため息混じりに言った。
「それ以上は、聞かないままの方が良さそうだ。」




※ 『アルタクティス2』― 第5章「シオンの森の少女」 32. 闇の中の死闘 ~ 33 .命をかけて





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