2. 不気味な予感

文字数 2,396文字


「たまらん。」
 首を()け反らせたレッドの口から、気の抜けた力無い声。
「死にそう。」
 カイルも、まるで気力無しといった腑抜(ふぬ)け面をしている。
「情けねえなあ二人とも。これくらいの熱さで。」
「よく言うぜ。」
 レッドは、目が虚ろのリューイに言い返した。
「お前は南国も南国育ちだろ。なんだ、その今にも吐きそうな顔は。」
「服が暑いんだ。リーヴェ ※ も蒸し暑いけど、好きに裸でいられたぞ。ちょっとくらい脱がせてくれ。」
「またシャナイアに叱られるぞ。」

 リサの村でのこと。リューイは風呂上りに着替えもせず、服を(わし)づかみにしたままタオルを腰に巻くのではなく、肩に掛けて登場することがままあった。最初は驚いて目を()らしたシャナイアだったが、三度目からは呆れてしまい、その度に母親のような口調で堂々とリューイを叱るようになったのである。

 三人は(かし)の森に立ち込める、むっとした草いきれに、今にも倒れそうな様子。(あえ)ぐように呼吸をし、足取りも重い。カイルなどは、ほとんど千鳥足(ちどりあし)で斜めに歩きだす始末。

「こらガキ、どこへ行く。」
「あっ!」
 方向感覚を失って勝手な道を行くカイルを、レッドが呼び止めたとたん、カイルがいきなり叫んで座り込んだ。

 レッドとリューイは顔を見合わせる。

「とうとう吐いたかな。」
 介抱してやろうと、リューイはカイルに近寄った。そして手を差し伸べ、頭の上から顔を(のぞ)き込んだ。
「おい、大丈 ―― 」
「これはっ!」
「ふがっ⁉」
 リューイは悲鳴を上げた。急に立ち上がったカイルのおかげで、まともに頭突(ずつ)きのアッパーを食らう羽目に。リューイは(あご)を押さえて(うめ)き、レッドが腹を抱えて大笑いしたが、カイルはもぎ取った野草を眺めて、嬉しそうに瞳を(きら)めかせている。紫色の花びらを付けた、塊根(かいこん)植物だ。

「ほらこれ、塊根を乾燥させて適量で使うと解毒剤になるんだよ。ただし、本来は毒性の強い植物だから、安易に触れないようにね。」

 触れるなと言っておきながら、カイルは二人の前にその植物を突き出して、無邪気に微笑んだ。
「寄るな小悪魔っ。」
 レッドがわめいた。
 リューイもぎょっとして、一歩引いた。

「仮に触った指を舐めても、少しくらいなら大丈夫だよ。食用と勘違いして食べたり、殺意をもって盛られない限り。」
 カイルはそう言うと、急に湧いてきた意欲のおかげで暑さを忘れ、生き生きと(くさむら)に目を凝らし始めた。
「あ、これは!」
 また何かに反応して、カイルが飛びつくようにしゃがみ込んだ。
「こっちにも!」
 まるで野兎(のうさぎ)のように、カイルはぴょんぴょんとあちらこちらを飛び回りだした。どこにそんな元気が残っていたのかと、見ている方はほとほと呆れ返るばかりだ。だがそんな憎めない姿に、リューイは頭突きの件を許してやることにした。

 カイルはすっくと立ち上がった。
「うわあ、ここ薬草の宝庫だ。取って来ようっと。」
 カイルは軽快な足取りで、誘われるように道を外れて駆けていく。
「迷子になるなよ、坊や。」
 レッドが声をあげて言った。
 カイルはピタリと立ち止まり、憤然(ふんぜん)とした顔で振り返った。
「僕もうすぐ十七だよ、おじさんっ。」
 そう言い返すと、カイルは背中を向けて走り去った。
「最近気になりだしたってのに・・・。」と、実年齢より年上に見られがちのレッドは、肩を落とした。

 二人は森の細道へと叢をかき分けて戻り、単独行動に出たカイルは放っておいて、先に湖へ向かうことにした。





 カイルは、二人が向かった先とは別の、かなり湖に近い場所で、せっせと薬草摘みに励んでいた。暑さにだらけていた時は、下よりは上ばかり見て歩いていたので気付かなかったが、よく注意して目を凝らせば、大木の根元や(くさむら)の中に隠れて、多種多様の薬草がふんだんに生えている。

 薬剤師としての腕がなった。
「これは解熱、これは発汗、これは腰痛に効くんだよね。で、これは傷薬に使える・・・と。ああっ、強心薬みっけ!」

 とても両手に抱えきれないので、カイルは脱いだ上着を手提(てさ)げ代わりにしていた。
 すっかり夢中になって薬草集めに余念がないカイルは、妙な独り言に調子をつけて口ずさみながら、そのまま知らずと奥へ奥へ。

 すると・・・だんだん気分が悪くなってきた。この感じには度々覚えがある・・・。

 これは・・・呪い。

 カイルは頭を上げ、顔をしかめて辺りを見まわした。視界一杯に、どこまでも緑の自然が広がっている。何の変哲もない。カイルは振り向いて、今度は背後に目をやった。そちらには、木々を透かして、すぐ目の前に広大な湖があった。

 カイルは首をかしげた。湖の方へ歩いて行き、何に(さえぎ)られることもなく、それを見渡せる場所まで出てみた。そして、低い崖になった岸べりから少し身を乗り出して、崖下を(のぞ)きこんだ。だが注意深く目視(もくし)(さぐ)ってみても、怪しいものは何もなく、どこから感じられるのかも特定できない。

 カイルは湖を見つめた。数キロ離れた場所に小島があり、そこの鬱蒼(うっそう)と茂った木々から突き出している(とう)らしきものが数本見えるが、目ぼしいものはそれくらいだ。

「なんだろう・・・。」
 そう眉をひそめたカイルは、薬草でいっぱいになった上着を抱えて、レッドとリューイがいる浅瀬へようやく足を向けた。
 胸に、一抹(いちまつ)の不安をも抱えたまま・・・。





※ リーヴェ・・・アースリーヴェの略。大陸最南端にあるジャングルの名称。リューイが育った野生の王国。

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