8. 新たな気持ちで

文字数 1,952文字

 エミリオはまだ去り行く者たち見送っていたが、ギルの方では、どうしようもないという思いから(すで)に一つ決断していて、仲間へ伝える言葉も決めていた。すぐ背後にいるはずのその仲間たちからは、このあいだ何の言葉もない。ただ、ひどく動揺しているだろうその視線が痛くもあり、悲しくもあった。

 それでギルは、肩越しに振り向いて苦笑した。
「レドリー・カーフェイ・・・数年前にも会ったな。」
「ギルベルト・・・皇太子。」
「昔の話だ。」
「何・・・言って・・・。」
 レッドは、今さらながら言葉遣いに戸惑った。

「嘘ついて悪かった。この通り、あいつはまさしく、エルファラム帝国のエミリオ皇子。そして俺は、アルバドル帝国の第一皇子ギルベルト。だが、かつては・・・だ。」

 レッド、リューイ、シャナイアの三人は、それに無言で視線を交わし合った。特に、レッドとシャナイアの二人は、かつてないほど困惑しきっていた。カイル一人だけはもう割り切っていて、この三人がどういう反応をするのかと黙って(うかが)っている。

「うそ・・・やだ・・・どうしよう。」と、シャナイアが立ち直れないままに小声で(つぶや)いた。
「まあ・・・別にいいんじゃないか。昔の話なら。」と、リューイ。
「お前は事の重大さがよく分かってないから、そんなことが言えるんだ。そんな簡単に昔の話にできるか。」

 三人は横一列に並んで頭を寄せ合い、こそこそ話を始めた。エミリオについては何となく理解もできるが、ギルの方は、何を考えて今ここにいるのか、さっぱりだった。二人が親友のように一緒にいたということも不思議なら、何もかも、こんなおかしなことはなかった。

 だが・・・もう誰も、何を追及する気にもならなかった。多少詮索(せんさく)したレッドでさえも。

 そして思い返してみる。二人と過ごした日々のことを・・・あまりにも自然で、楽しかった。いつの間にか仲間意識が出来上がっていた。この一件がなければ、そのままいい関係を築いていただろう。

 それなら・・・。

 レッドは、思いきって自身に言い聞かせた。この事実を忘れよう・・・。一緒にいられる限りは対等に付き合っていきたい。帝国の皇子という事実は衝撃的だが、二人の人間性に惹かれ始めていた今は、それができるような気がした。

 レッドだけでなく、誰もがそう思った。

「対等に付き合えて、楽しかったよ。仲間ができて嬉しかった。これ以上ない仲間たちだ。だが、もう・・・無理だろうな。二人で喜んでいたところだったが・・・やりにくいだろ?俺たちは行くよ。」
 ギルはエミリオを促して、一緒に背中を向けた。
「ありがとな。」

「ちょっと、待・・・てよ。」
 あわてて呼び止めたレッドは、一呼吸おいて気持ちを落ち着けると、はっきりとこう言った。
「エミリオ、ギル、町はそっちじゃない。」
「俺、ずっと腹減ってんだ。」と、リューイ。
「お昼食べに行くわよ。」
「別行動とられちゃ困る。」と、レッド。
「それより、いなくなられたら困るって、さっきから言ってるのにっ。」カイルがわめいた。「僕たちはただの仲間じゃないんだよ。いい加減に自覚してよ。」
「チーズケーキが食べたい。」
 そう言ったミーアは、無邪気にレッドの上着を引っ張った。
「ちゃんと飯食ったらな。」
 レッドは、ミーアをひょいと片腕で抱きかかえた。

 何事もなかったかのような顔と、そして、いつも通りの会話・・・不意に、いつもの空気に戻った。

「いいのか。」

「さっきのは解決したろ。まだ何か問題でもあるのか。」
 平然とした顔でレッドが答えた。

 ギルはエミリオと目を見合って、ふっと笑った。

「逆にすっきりしたよ。実はどうしても可能性を完全に否定できなくてな。試したこともあったんだ。」
「だろうな。」
「皇子でもあんな冗談が言えるんだな。」
「言っておくが、嘘ばかりついてたわけじゃないぞ。夜遊びはほんとの話だ。」
「そこは確実に冗談だろ⁉」
「疑うなら、今度納得(なっとく)のいく話を教えてやるよ。」

「だいたい、皇子ってなに。」
 話に聞いていて知ってはいるが、そういうものという感覚しかないリューイが問うた。

「ただの肩書きだ。」と、ギルがひと言。
「肩書きって?」
「とにかく、もう何でもいいんだよ。」
 レッドは言いながら、ミーアを抱いたまま歩きだした。
「そうだな、どうでもいいか。」
 リューイはこだわりもせず、またいい加減に覚えて終わった。

 いつもの軽妙な会話に、ギルもエミリオも心を和ませた。そして、胸のつかえが取れた今、本当の仲間を得た嬉しさを素直に噛みしめた。

 目を見合った二人の顔から、清々(すがすが)しい笑みが零れた。

 見ると、山の(ふもと)に横たわるニルスの街は、群がる雲の隙間(すきま)から下りてきた陽光に照らされて、輝いている。
 その壮麗な白亜の街を目指して、一行は再び山道を下り始めた。

 新たな気持ちで。





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