20.  居酒屋で・・・

文字数 2,902文字


 三人は、石ころだらけの曲がりくねった下り坂をたどっていた。(のき)を連ねる居酒屋らしき建物から漏れる明かりが、この丘の(ふもと)に見える。

「シャナイアはその・・・異性との関係っていうか、経験は豊富な方なのか。言い寄る男はごまんといるだろうが。」
 やぶから棒にギルが言いだした。
 思わぬ質問に、レッドは(のぞ)き込むような視線を返した。
「そういう話はしたことはないが、どんな男も、あいつの本性を知った途端(とたん)に興ざめするだろう・・・何かされたか。」
「何かしたか・・・と、きくとこだろう。」と、ギルは呆れた。
「いや、あいつのことだ。あんたの方が危険だ。」

 この瞬間、レッドは過去を思い出していた。なんせ、あいつは、相性が悪そうな年下の俺でも誘ってきた女・・・あの時は酔っぱらっていたが。※

 ギルは呆れ果てた。
「彼女は、お前が思っているほど男まさりじゃないよ。」

 坂を下りきると、そこは昼間とはうって変わって荒々しい喧噪(けんそう)に包まれていた。浮かれ騒ぐ男たちの奇声が渦巻いている。ここは山賊やごろつきの溜まり場だ。
 帝都アルバドルの感じのよい居酒屋に馴染みのあるギルは、この不潔たらしさに少々面食らい、この町の本来あるべき姿と比べて驚いたリューイが目を丸くしたが、レッドにとっては何てことのない見慣れた光景だ。

 三人は、そう(くつろ)いでもいられないことをしっかりと肝に銘じて、さっさと店を決めてしまうと、その軒先(のきさき)の短い階段を上がっていった。そこは宿屋も兼ねており、二階にある飲み屋から、辺りをはばからない大声や粗野な笑い声が漏れてくる。

 ギシギシと(きし)む木の階段を上り、開けっ放しの黴臭(かびくさ)いドアを潜ると、たちまちムッとする熱気に取り巻かれた。さらに中へ進むと、脂ぎった顔の男たちの汗臭い体臭を強烈に浴びることになり、ギルとリューイは、最初立ち(くら)みを起こしそうになったほど。

 ウェイトレスがおらず、セルフサービスのその店でレッドが酒を注文しにカウンターの方へ行ってしまったので、あとに残された、見た目こんな場所には似合わない顔の二人は、急に周りから浮いてしまった。どうしたってギルは皇族の気品がたたずまいに表れているし、そのうえ(まれ)青紫(あおむらさき)色の瞳がとりわけ人目を引く。金髪碧眼(へきがん)のリューイも、外見だけを言えば品のある端整(たんせい)な容貌だ。

「よお、綺麗な兄ちゃん。」

 空いている席を探している途中、(ひげ)を生やした渋い男に、早速ギルは呼び止められた。
 正直、ギルは滅入(めい)った。皇城を出てからというもの、こういう声の掛けられ方をよくするようになったので、たぶん自分のこと・・・。

「女を口説きにきたなら、場所、間違えてるぜ。」と、その男はやはり、しっかりと目を合わせて言ってきた。「ここで口説けるのは酒だけだ。」

 ギルは物怖(ものお)じ一つせず、それどころか笑顔を浮かべた。そして、真っ直ぐに相手の目を見て調子を合わせた。
「それは残念。じゃあ、綺麗な男で我慢するか。」
 そう言ってギルはリューイの肩を抱こうとしたが、その姿が忽然(こつぜん)と消えている。

 髭の男はかっかと笑った。
「顔に似合わず面白いことを言う。」
「ほら。愛しいお方は、あそこで腕相撲(うでずもう)なんぞなすってるぜ。」
 男と同じテーブルを囲む仲間の一人が、そちらを指差して教えてくれた。

 見ると本当に、でっぷり太った男のむっくりした手を、リューイはがっちりと握り締めている。相手の男だけが顔を真っ赤にし、リューイはというと余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)である。

「四人目だ、驚いたね。」
 また別の男が言い、鶏のモモ肉にかじりついた。
「兄ちゃん気をつけな。あいつらはまだいいが、気性の荒い奴がごろごろ居るからな。怪我するぜ。」
 髭の男はそう忠告しながら、使っていないグラスに焼酎を満たして差し出した。

 ギルは二つの意味で礼を言い、それを受け取った。

 六人全てを負かしたリューイは、酒や食べ物を機嫌よく勧めてくるその連中の誘いを断りながら、逃げるようにして戻ってきた。どういう経緯(いきさつ)でかは謎だが、運良く気に入られたようだ。ギルはホッと胸を撫で下ろした。慣れない喧嘩沙汰(けんかざた)は御免だ・・・。

「あ、いたいた。」

 そこへ、注文をしに離れていたレッドも、見失ったギルとリューイを見つけて戻ってきた。ビールを満たしたジョッキを三つ持っている。
 ところが、ギルに向けられていたレッドの視線が不意にズレたかと思うと、さらにその目はみるみる大きく開かれていく。

 髭の男がいきなり立ち上がった。
「レッド!」

「ライデル、やっぱりだ!」

 卓上にジョッキを置いたレッドは、男たちにこつかれての少々荒っぽい歓迎を受けた。

「そうか、おめえの連れか。じゃあ傭兵だな。そのわりには、そっちの兄ちゃんには剣が見当たらんが。」
 ライデルと呼ばれた髭の男は、そう言ってリューイの腰の辺りに目を凝らした。

「外れ。二人とも違う。」と、レッド。

「あんたは山賊だろう。」
 男が、それでは何なのかと(たず)ねる前に、ギルが逆に言い当ててみせた。

「その通り。」ライデルはにやりと笑った。「兄ちゃん、こいつを見ちまったな。」
 そう言って、ライデルがテーブルの下から拾い上げたものは、()り返った刃物。ならず者にはつきものの武器だ。
「おっと、ぶっそうな想像しないでくれよ。俺たちゃ無闇に殺生(せっしょう)はしねえ。ただ、ちょっと貴族様からおこぼれを頂戴するだけさ。兄ちゃんみたいな綺麗な顔したな。」

「血祭りにあげたならず者なら数知れず。」
 レッドが皮肉たっぷりに言った。

「どうせ救いようのない悪党ばかりさ、罰はあたらねえよ。ま、俺たちだってろくな死に方はできんだろうが。」
 ライデルは残り少ないボトルに直接口を付け、がぶがぶと飲み干した。

「なんで山賊なんかと知り合いなんだ。」
 リューイが問うた。体よく言葉を使いこなせないだけで、悪気は無い。

「俺たち無くしては、こいつは語れないぜ。なあ息子よ。」
 ライデルは、レッドの(ほお)を愛しげに()でさすった。
 レッドは邪険にその手を払いのける。
「俺もういい歳なんだぜ。」
 すると、ライデルの抜け目ない瞳に優しい(きらめ)きが宿った。
「俺たちにとっちゃあ、いつまで経っても十四のままだよ。」

「お前のおやじさんは山賊だったのか。」
 リューイがびっくりして言った。
「実の父親を呼び捨てる奴がどこにいる。」
 相変わらず何事も率直に受け止めるリューイに、ギルはやれやれという顔。

 レッドは苦笑を浮かべた。
「ガキの頃に親と生き別れてな・・・。それから十四になるまで、このライデル一味に育てられたんだ。おかげで罪人という過去を引きずってる。」

「おかげで強く(たくま)しくなった、だろう。お前に盗みをさせた覚えはない。」
 そのあとライデルは、首を伸ばしてきょろきょろと周囲を見回した。
「ところでテリーはどうした。一緒なんだろう?」

 急に弱々しくなったレッドの瞳に、暗い影が落ちた・・・。

「テリーは・・・死んだ。」

 ライデルとその仲間たちは、仰天(ぎょうてん)した。

 レッドのその声はとても聞き取りがたく、か細かったが、それが耳に入ったとたん、周りの豪快な笑い声も、野次も罵声(ばせい)も消え失せた。





※ 『アルタクティスzero』― 外伝3「レトラビアの傭兵」  9. 恋慕



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み