59.  気絶の原因と呪力の反動

文字数 1,597文字

 光が(おとず)れた。
 ほのかな自然の光だ。
 窓から雲が見えた。
 青空は見えない。
 ここの空は、まだ(むら)がる雲に覆われている。

 (あせ)ることはない、明るい光はやがて必ず射し込んでくるだろうから。

 今、左肩の傷口をつかんで(ひざ)を付いたギルに、エミリオが駆け寄って、肩を貸した。
「カイルは・・・。」
 ここで、その意識がないことに気づいたギル。
「それが・・・。」
 エミリオは深刻な表情で言葉を(にご)した。

 エミリオがギルをカイルのもとへ連れてくると、リューイが頼むと言ったので、今度はレッドがカイルの頭を抱いた。

 リューイは腰の(おび)に手をかける。それは柔らかく織られた綿(めん)素材の帯。裸でいたい野生児のリューイは、重ね着が嫌いだ。だから、夜の寒さや、昼の陽射しを和らげるための外套(がいとう)をまとう以外は、上半身はいつもそれで締めた胴着一枚の恰好(かっこう)でいる。なにしろ、リューイが育った南のジャングル、アースリーヴェの気候は特殊で、冬の寒さが来ない。大陸でも唯一、常夏(とこなつ)と言える場所だった。

 リューイは、すぐにギルの肩を縛り付けた。本来なら、カイルが適切な応急処置を(ほどこ)しているはず。

 だが今、そのカイルが意識を絶ったまま身じろぎもしない・・・。

「なあ・・・おい、起きろよ。起きてくれ。」
 レッドが、カイルの(ほお)を何度も何度もはたいていた。
「カイル、頼む。目え開けろ。」
 リューイの声も震えている。

「う・・・。」

 かすかな声を聞き取った・・・気づいた。
 仲間たちはそろって大きな安堵(あんど)のため息をついた。     
 すると、カイルがいきなり目を開けて起き上がったのである。元気満々だ。
 リューイはぎょっとして飛びのき、レッドも唖然(あぜん)と口を開けた。

「何か・・・抜けたような。」

 カイルがつぶやいた。何に驚いているのか、どこを見ているのか分からない目をして。

 レッドは首をかしげた。
「ま・・・か?」

 すぐに理解したギルとリューイがケラケラと笑い声を上げた。

「あははは、まぬけ。そっか。」と、リューイ。

「違うっ、何か抜けたような気がしたのっ!」

 笑い転げる兄貴分らを前にして、あとはむっつり黙っただけのカイル。

 だが、この間も考えていた。体力はまだ限界にきてはいなかった・・・なのに、体を保てなくなった原因を。

 カイルはその時、何かがすうーっと抜けていくような感覚に見舞われたのである。自身の奥深くに(ひそ)んでいる特別大きな力の(みなもと)となるもの・・・例えば、そういったものが。気が遠くなったのは、まるでそのせいであるかのようだった。

 いったい、あれは何だったのか・・・。

 そう不思議に思いながら、カイルはヒリヒリと痛む自分の手足を眺めた。そして傷だらけだというのに、微笑して、心の中でつぶやいた。

 呪力の反動・・・この程度で済んだんだ・・・と。

 何はともあれ、エミリオも一安心といった笑みを浮かべていた。

 ところが、(くつろ)ぐ間もなく、示し合わせたように顔を見合わせる。

 地鳴りがしたと思った・・・。

「なんだ・・・。」

 リューイが怪訝(けげん)な声を漏らしたとき、同時に、今度は確かな揺れを感じた。上からパラパラと砂のようなものが降ってきた。それはたちまち、大きな(かたまり)に変わった。

「なんだっ⁉」

 異変に気づいて、一斉に腰を上げた彼ら。しかし、どこから逃げ出せばいいのか迷ってうろたえた。この会場には出入り口がいくつかあり、それは今いる二階の通路にも設けられている。だが、どこを選んでも危険に変わりはないような気がした。

 この屋敷はじきに崩れてくる。

 あたふたしている間にも、この古い廃屋(はいおく)瓦礫(がれき)に埋もれ、あえなく脱出は不可能となるだろう。とにかく、一刻も早く駆け出すのが賢明(けんめい)だ。出入り口は全て閉めきられた状態、そのまま押しつぶされれば、開けられなくなる!

 ギルは、真後(まうし)ろにある最も近い扉に目をつけた。
「出るぞ!」

 急いで立ち上がった五人は、早くも屋根が落ちてきたこの舞踏会場をあとにした。





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