25.  悪霊憑き

文字数 2,790文字

 体を休めるどころか、彼らは一室に集まって話し合うことになった。エミリオとカイルの部屋だ。

 まず、シャナイアが気になっていたことを真っ先に話題にした。
「逃げることができないって・・・どういうことかしら。だって、儀式のおかげか知らないけど、今はその獣もいなくなったわけだし、この町へは外部の人も自由に出入りできるでしょう? よそへ移り住めそうなものだけど。」
「それができたら皆やってるだろ。ここを廃墟(はいきょ)にできると思うか。伝統ある立派に整備された商業都市なんだ。きっと、そうもいかない事情がいろいろあるんだよ。」
 レッドが答えた。
「もしくは、この町を捨てて逃げ出せば、一生災いに見舞われるとでも吹き込まれているとかな。」と、ギルも続いてそう推測した。

「女の人だったよ。」カイルが不意に言いだした。「レッドを襲った悪霊・・・女の人だった。明日またあの場所へ行ってみてから言おうと思ってたんだけど、その人・・・昼間の呪いと同じだった。」

 その意味を考え始めた数秒後、レッドが言った。
「じゃあ、あの悪霊は昼間の儀式と関係のあるヤツで、あの場所にもいたってことか。」
「わかった。」と、リューイ。「その女の霊、子供が欲しいんだよ。だから、殺してこっちに寄越せって言ってるんじゃないか。」
「それだとご主人の話と合わないんじゃない? 子供を差し出せって言ってるのは、その幽霊の女の人じゃなくて、神様よ。」
「じゃあ、あの女 ―― 司祭者 ―― が間違えたんだよ。子供を欲しがってるのは神じゃなくて、その幽霊。」

「まてよ、だがそういえば・・・そんなことを言っていた。」
(しゃべ)ったの?」
 カイルはレッドを見た。
「ああ、あの子を返して・・・とか何とか。よくは聞き取れなかったが。」

 (あやつ)られている霊が、言いたいことを話すことはない。つまりレッドのそれは、悪霊が自らとり()いたということになる。
 そのため、ここで懸念(けねん)していたある可能性が裏付けられて、カイルは眉をひそめた。 

「ほら、やっぱりそうだろ。だからお前、俺たちが邪魔したのに気づかれて、刺されたんだよ。」と、リューイ。
「だが、あの子を返してって言うなら、自分の子がいるんだろう。誰でもいいわけじゃあないだろうに。それに、司祭者の女が間違えたってのも考えにくい。」
 ギルはカイルの方へ首を向けた。

「うん。ちゃんと呪いを感じる場所でやってたから、あの人は霊媒師(れいばいし)であるとして考えると、悪霊の言葉だって分かるはず。それを神の声なんて言うのは、おかしいよ。でも、そもそも、その女の人の霊・・・あそこ ―― 儀式の時 ―― に居なかったんだよね。さっき、昼間の呪いと同じだって言ったのは、見えたわけじゃなくて、感じるものがってことなんだ。中(体)に入られると見えなくなるから・・・だから、もしかしたら・・・。」 

「彼女じゃないかな。」
 エミリオが落ち着いた声で言った。

「だよね・・・やっぱり。」

「つまり、そもそも、あの司祭者の女が、その悪霊()きだってことか。」
 レッドが確認した。

 カイルとエミリオは一緒にうなずいた。

「やはり自作自演か。ただし、それなら悪霊のってことになるな。」
 そんなことが可能なのか? と考えつつ、ギルがそう結論づけた。
「私も、ずっと気にはなっていた。彼女の方から、激烈な力を感じていたから。」
「あれは・・・怨霊(おんりょう)だよ。だけど(すご)い力だ。」
「だろうな。町中の水を汚染して、ケダモノまで出せるんだ。」
 レッドが言った。
「というより、なんか凄く特殊な力だよ・・・とにかく異様だよ、彼女の気配。」
「だが、だったら相手はいわば(たましい)だぞ? その状態で可能なのか。」
 ギルがきいた。

「うん、考えられる可能性はある。人は亡くなると、肉体機能の消滅と共に特殊能力も失って、精神だけになると言われているから、生前に術使いだった者が、霊能力者の体を乗っ取ることだよ。呪術を知ってさえいれば、霊能力を持つ生身(なまみ)の体を借りて使えるようになるってこと。ただ、霊能力・・・というより呪力、つまり、霊能力によって呪術を行う力は、本人の血が流れる体で使うことが、最も効果的な条件とされてる・・・んだけど・・・ここのおじさんの話だとその人、他人の体でもすごい力を発揮できてるって・・・ことだよねえ・・・。」

「よく分かんねえけど、とにかく、そいつはめちゃくちゃ強いってことだろ。お前にやっつけられるのか。」
 理解に疲れたリューイが口をはさんだ。

「やっつけるというか、しかるべき対処をするというか・・・それしか方法が無いなら、やるしかないよ。」

 恐ろしいと思う気持ちはあるものの、カイルは不思議なほど強気でいられた。その理由は、自分たちは神々に守られている、と信じる気持ちがあるから。さらに、その仲間たちの強さと頼もしさを、もう知ることができたからだ。

「じゃあ、言われた通りに、このままさっさと出て行っちゃう気は、無いわけね。」
「これを聞いたからって、考えが変わる者は、この中にはいないんじゃないか。」
 ギルは仲間たちを見回した。
「相手が怨霊なら、むしろやらなきゃだよ。いちおう仕事だもん。」
「とにかく気に食わねえ。」と、リューイ。
「同感。」と、レッド。
「エミリオも?」
 シャナイアがきくと、エミリオはただ無言で()苦笑してみせた。

 だがその直後、シャナイアに向けられていたエミリオの視線は、不意に窓辺へ飛んだ。そして、開けっ放しの窓から、音も無くすうっと入ってきたものを見た。エミリオは愕然(がくぜん)とした。
 この時、カイルも同じ反応をしていた。だがそれを目で追うことしかできず、エミリオとカイルの異変に気付いたほかの者は、その二人が見ているものではなく、急に強張(こわば)った二人の表情を、驚いて見つめている。

 それは、仲間たちの意志を確認したシャナイアが、「決まりね。」と、言ったあいだの出来事だった。(つか)の間のことである。それはそのまま、あまりにもあっさりと彼女の中へ入っていったのだ。
 そして、シャナイアの顔がにわかに別人のようになった。女神と見紛(みまが)うその美貌が、突然、怒りに満ちた(すさ)まじい顔つきに一変したのである。ただ、なぜか(おび)えているようにも見えた。

「お前は・・・やはりお前は・・・。」

 別人だ・・・。

 誰もが、ゾクッとした。低く(つぶや)かれたその声は、確かにシャナイアのもの。だが、彼女ではなかった。彼女がそんなふうに喋るところを、誰も見たことがなかった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み