33.  セイレン王の罠

文字数 2,552文字

「あ、そこをこっち、左。」

 どれくらい経っただろうか。かなり歩いたつもりではあるが、ぐるぐると曲がってばかりいるので、それほど先へ進んだようにも思われない。
 壁の隙間(すきま)から地下水が(したた)り落ちてきて、度々肩や(ほお)を濡らした。
 これまで何事もなく過ぎていることが、かえって奇妙に思えた。

「よくもまあ、これだけ完璧な迷路にしてくれたもんだな。あっという間に方向感覚を奪われる。」
 レッドがぼやいた。
「ご苦労なことだ。もっとほかに考えることが幾らでもあっただろうに。こんなものを丹念に作らせているから、時代が続かなくなるんだ。」
 ギルの口調は半ば(あわ)れみ、半ば(あき)れている。
「当時、こうして地下道を迷路に仕立て、そこに財宝を隠し持っていた王は少なくはないそうだ。」
「それを狙う奴らを、ここへ閉じ込めてやろうって魂胆か。」
 エミリオの言葉に、レッドが続けた。
「カイルがいなけりゃ、俺たちもそうなってた。」

 行く手を見ながら言ったリューイのその言葉や、思えばレッドのセリフにも、ギルはふと一抹(いちまつ)の不安を覚えた。

「待てよ、帰りはどうするんだ。自力で戻るほど気長じゃないぞ、俺は。」

 今は、いわば闇の神ラグナザウロンの成り代わりであるカイルに、銀の矢に込められているその何か神秘なる力が反応して呼び(いざな)ってくれているからこそ、進路に関してはこれほど気楽に構えていられるものの、帰りはいったい、誰が我々を導いてくれるというのだろう。

「あ、ほんとだ・・・。」
 急に立ち止まったカイルと、後ろにいたレッドがぶつかった。
「・・・どうしよう?」
「おい、悪い冗談だろ。」
 (ひたい)に手を当てたレッドは、よく考えもせずに、ついカイルに任せきってしまった自分を呪った。
 リューイが肩越しに振り向いて、「誰も覚えてないのか?」
「覚えられるかっ。」と、レッド。
「覚えている。」
 そこで、事も無げにそう言ってのけたのがほかでもない、エミリオだ。彼は、最初からこうなることを懸念(けねん)していた。もっとも、ほかの者では思ってもできない神業(かみわざ)だが。

 ギルやレッド、それにカイルは一様にたまげて大口を開けた。こんなものをいちいち記憶していたら、脳はかえっておかしくなってしまう。しかも戻るとなると、今度はそれを逆にたどらなければならないというのに。

「さすが、抜かりがないな。」
 満悦の笑みで、ギルは隣にいるその驚異的な秀才を見た。

 彼らは再び進み始めた。

 すると、二、三曲がったところでリューイが立ち止まった。そのまま黙って見つめている先には、落とし穴が・・・。だが、(ふた)のない落とし穴だ。それが行く手の一見で分かる箇所に、二つある。

 ギル、エミリオと、警戒しつつ手前の一つから(のぞ)いてみる。
 エミリオは言葉もなく目を伏せ、ギルは息をのんで顔をしかめた。

 そこには、無数の針の山と白骨化した(しかばね)が二体。離れた場所にあるもう一つには、一体が・・・。

「使い捨てだな。おかげで助かった。」
 続いてそばに来たレッドに、ギルが言った。

 一方の二体の白骨死体は死んでから長い年月が経っていて、しゃれこうべと体の骨だけで、そのおぞましい瞬間を(くやし)しそうに伝えてくるが、もう一つの屍は、それに比べるとまだ新しく見えた。光の精霊たちは、そんな余計なものまでご丁寧に照らしだしてくれた。

「こっちのは・・・あの女の封印を解いた奴らのうちの一人か。」
 レッドが推測した。
「たぶんな。財宝を手にするまでに、いったい何人の犠牲者を出したことやら。もっとも、彼女の封印を解いて無事に帰れたとは思えないが。」
 ギルが答えた。

 カイルはむしろ釘付(くぎづ)けのまま、声も出ない様子で驚いている。

 その隣では、エミリオが眉根を寄せて難しい顔をしていた。
 前途多難・・・。この迷路と、避けられないだろう魔物の襲来に加えて、(わな)まで。それらを突破できた最後には、本来の敵が待ち構えている。
 エミリオはそっと仲間たちをうかがった。
 これを見てもギルやレッドはさすがに冷静で、リューイにも幸い動揺はみられない。そもそも覚悟を決めて来た彼らには度胸もあり、身体、戦闘能力ともに優れているだけのことはある。だが、カイルは・・・。 

「行けるか・・・。」と、エミリオは、隣にいる少年にささやきかけた。

 エミリオの方を向いたカイルは、無言だったが、しっかりとうなずいてみせた。
 よし・・・というように、エミリオはその肩に手を置いた。ほかの仲間もみな互いにうなずき合い、気持ちを切り替えている。

 さあ、この落とし穴の罠を避けて、銀の矢のありかへ。

 だがふと、思慮(しりょ)深い者たちは示し合わせたように顔を見合わせた。その表情に、エミリオ、ギル、レッドは、同じ嫌な予感を覚えたのだと見てとった。しかし、三人がそのあとハッとしてリューイを見たのと、リューイがそれから何歩も進まないうちに突然、「わっ!」と叫んだのとは同時だった。

 そしてその姿が、あとに続いていた者たちの前から忽然(こつぜん)と消えてしまった。

「リューイ!」
 レッドが悲鳴を上げた。

 みなショックのあまり息を止めた・・・がよく見ると、リューイがいた場所に、リューイが持っていた鉄棒と、それを握り締めている手だけがあった。その鉄棒は、突然現れた穴の上に引っ掛けられている。

 そして穴の中から聞こえてきたのは、リューイの怒り狂っているわめき声。

「くそっ、誰だっ、こんなふざけたもん作りやがったのはっ!」
「だから、ここの王様だよ、昔の。」と、レッド。
「三つや四つどころじゃないんじゃないか。」
 リューイのどうやら無事でいる様子にほっとしつつ、ギルが言った。

 そうとう驚かされたリューイはぜえぜえ(のど)を鳴らしていたが、すぐに自力で()い上がってきて、そこから難なく脱出してみせた。

 何はともあれ、リューイに先頭を任せて正解だったと、この時誰もが思った。



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