36. ラグナザウロンの銀の矢
文字数 2,259文字
また反対側の岸では、どうにか五体満足でたどり着くことができたリューイの姿に、ギルとレッドが思わず拍手を送りながら大きな安堵 の吐息 をついていた。
その頃リューイの方では、来たはいいが帰りはどうしようものかと、今来たところを恐る恐る振り返った。見事なまでに倒れていったおかげで、残してきたものまで次々と巻き込まれ、極端に足場が少なくなっているのでは・・・と恐れたからだ。
ところが・・・振り向いた途端に、リューイはポカンと口を開けた。
なんと残った足場はほぼ真っ直ぐに並んで、どうぞここをお通りくださいと言わんばかりに、二つの岸をつないでいるではないか。どうやら、全部が全部不安定というわけではなかったらしく、たまたまリューイはハズレばかりを選んでしまったようだ。
「ひょっとして・・・これを真っ直ぐに来れば、もっと楽にやって来られたんじゃないのか。」
「・・・のようだな。」と、レッド。
「おい、これも全部ダメだったら、俺はどうすりゃいいんだ。」
「行った時みたいにして、戻ってくればいいだろう。」
「大丈夫だ、お前は運がいい。」ギルも淡々とそう声をかけた。「たいした野性の勘だがな・・・。」
友人たちの少しも気休めにならない言葉に、ゆるゆると首を振りながら背中を向けたリューイは、目的のものを探しにかかった。
その目が真っ先にいったのは、人ひとりが収まりきれるほどの棺 。それこそは、ネメレの遺体を収めたという例の棺桶 に違いない。
とりあえず中を確認しようと思い、リューイは初め迂闊 に手をかけたが、突然閃 いたように恐怖が走り抜けて、躊躇 した。
しばらくして、何が飛び出すかと恐れながらも、思いきっていっきに蓋 を開けると同時に、リューイは大きく飛び退 いて構えた。
だが何も起こらないので、びくびくしながら慎重ににじり寄り、中をのぞいてみる。
何も入ってはいなかった。
「さっきの落とし穴にかかってたヤツの仲間が、きっとこいつを開けちまって、封印ってのが解かれたんだな。中は空っぽか・・・。」
リューイは周りを見回した。そばには、ほかにも幾 つも箱があった。棺桶 以外のそれらはどれも似たような形と大きさで、ずっと小さい。そして、そのどれもに錠 がかけられてある。まさかこの中・・・? と予感して、リューイはそれに手を伸ばし、ガチャガチャといじってみた。
「開けられねえし・・・。」
リューイはため息をついた。いやよく見ると、一つだけ鍵 が外れている箱がある。蓋を開けてみれば、中は伝説通りの金銀財宝 ―― リューイには価値がまったく分からないもの ―― で埋まっていた。銀の矢は見当たらない。
「ええー・・・。」と不平をこぼしながら、リューイは面倒くさそうに中の宝石やら金貨を豪快に外へすくい出し、腕をつっこんでかき回してみた。
無いものは、無い。
リューイはそこで、ふと気づいたというように地面を見下ろした。そのまま目を凝 らして辺りを見ると、色が違っているところがある。それは・・・血痕 。血が渇 いて滲 みこんでいるようなそれは、この場で惨殺が行われた痕跡 にも見受けられる。被害者は・・・。
立ち上がったリューイは、視線を上げて、もう一つ気になったものに注目した。ちょうど腰の高さまである台座に据 え置かれた、石像に。
リューイの目には、それは何か奇妙に映った。長い髪の美しい容姿と、おだやかな表情の若い女性像だ。このような不気味で恐ろしい洞窟にはふさわしくない外見。親し気な笑みを浮かべて、こちらを見ている。
その足元にも、二つの銀の器に金貨が盛られてあったが、リューイは何よりも、その女性像が手にしている器の中の、金貨の上に横たわっている一本の矢に目を留めた。それは埃 もついておらず、筈 から鏃 まで綺麗な銀一色に染まっている。
「あった。なんでこんなところに・・・。」
リューイは、台座の空いているスペースにひょいと飛び乗ると、さっさと用事を済ませて帰ろうと、今度は何のためらいもなく手を伸ばした・・・が、その瞬間、また不吉なものが胸中をよぎった。
手元を見るより先に、あわてて首を横へ ―― !
「うっ・・・⁉」
遅かった。ほんの少しでも矢が浮いていたせいで第三の罠が発動。刹那 に、石像の口の中から何か鋭いものが飛び出したのだ。
その凶器はリューイの左頬 をかすめて、そのまま大きく弧 を描きながら飛び去っていった。
体勢を崩したリューイは、背中から転がり落ちた。血が頬を伝うのが感触で分かる。リューイはむしょうに腹が立って、傷口から流れた血を無造作 に拭 いながら、その石像をにらみつけた。
「おい、今何か飛んでいったぞ ! 大丈夫か !」と、対岸からレッドの声。
「大丈夫じゃねえっ。」
「よし、大丈夫。」
ギルはほっとしてうなずいた。ひとまず元気でいるようだ。
銀の矢を手に入れたリューイは、そこから逃げるようにして、二人が待っている対岸へ戻り始めた。いざという時にはそれを口にくわえるという事も考えていたが、やはり残ったところが正解の通り道だったらしく、軽快に次から次へと足場を蹴 って、仲間のもとへと何の苦もなく帰ることができた。
リューイを迎えた二人は、驚いたように眉根 を寄せた。左目の下につけられた一筋 の傷は思った以上に痛々しく見えた。
「何にやられたんだ。」
レッドがきいた。
「くそ・・・あの女。」
「あ?」
リューイはまた手の甲で血をぬぐった。
「早く戻ろう。」
そうだったと、ギルも背中を返しながらこう言った。
「よし、じゃあ急ぐぞ。向こうも心配だ。」
その頃リューイの方では、来たはいいが帰りはどうしようものかと、今来たところを恐る恐る振り返った。見事なまでに倒れていったおかげで、残してきたものまで次々と巻き込まれ、極端に足場が少なくなっているのでは・・・と恐れたからだ。
ところが・・・振り向いた途端に、リューイはポカンと口を開けた。
なんと残った足場はほぼ真っ直ぐに並んで、どうぞここをお通りくださいと言わんばかりに、二つの岸をつないでいるではないか。どうやら、全部が全部不安定というわけではなかったらしく、たまたまリューイはハズレばかりを選んでしまったようだ。
「ひょっとして・・・これを真っ直ぐに来れば、もっと楽にやって来られたんじゃないのか。」
「・・・のようだな。」と、レッド。
「おい、これも全部ダメだったら、俺はどうすりゃいいんだ。」
「行った時みたいにして、戻ってくればいいだろう。」
「大丈夫だ、お前は運がいい。」ギルも淡々とそう声をかけた。「たいした野性の勘だがな・・・。」
友人たちの少しも気休めにならない言葉に、ゆるゆると首を振りながら背中を向けたリューイは、目的のものを探しにかかった。
その目が真っ先にいったのは、人ひとりが収まりきれるほどの
とりあえず中を確認しようと思い、リューイは初め
しばらくして、何が飛び出すかと恐れながらも、思いきっていっきに
だが何も起こらないので、びくびくしながら慎重ににじり寄り、中をのぞいてみる。
何も入ってはいなかった。
「さっきの落とし穴にかかってたヤツの仲間が、きっとこいつを開けちまって、封印ってのが解かれたんだな。中は空っぽか・・・。」
リューイは周りを見回した。そばには、ほかにも
「開けられねえし・・・。」
リューイはため息をついた。いやよく見ると、一つだけ
「ええー・・・。」と不平をこぼしながら、リューイは面倒くさそうに中の宝石やら金貨を豪快に外へすくい出し、腕をつっこんでかき回してみた。
無いものは、無い。
リューイはそこで、ふと気づいたというように地面を見下ろした。そのまま目を
立ち上がったリューイは、視線を上げて、もう一つ気になったものに注目した。ちょうど腰の高さまである台座に
リューイの目には、それは何か奇妙に映った。長い髪の美しい容姿と、おだやかな表情の若い女性像だ。このような不気味で恐ろしい洞窟にはふさわしくない外見。親し気な笑みを浮かべて、こちらを見ている。
その足元にも、二つの銀の器に金貨が盛られてあったが、リューイは何よりも、その女性像が手にしている器の中の、金貨の上に横たわっている一本の矢に目を留めた。それは
「あった。なんでこんなところに・・・。」
リューイは、台座の空いているスペースにひょいと飛び乗ると、さっさと用事を済ませて帰ろうと、今度は何のためらいもなく手を伸ばした・・・が、その瞬間、また不吉なものが胸中をよぎった。
手元を見るより先に、あわてて首を横へ ―― !
「うっ・・・⁉」
遅かった。ほんの少しでも矢が浮いていたせいで第三の罠が発動。
その凶器はリューイの
体勢を崩したリューイは、背中から転がり落ちた。血が頬を伝うのが感触で分かる。リューイはむしょうに腹が立って、傷口から流れた血を
「おい、今何か飛んでいったぞ ! 大丈夫か !」と、対岸からレッドの声。
「大丈夫じゃねえっ。」
「よし、大丈夫。」
ギルはほっとしてうなずいた。ひとまず元気でいるようだ。
銀の矢を手に入れたリューイは、そこから逃げるようにして、二人が待っている対岸へ戻り始めた。いざという時にはそれを口にくわえるという事も考えていたが、やはり残ったところが正解の通り道だったらしく、軽快に次から次へと足場を
リューイを迎えた二人は、驚いたように
「何にやられたんだ。」
レッドがきいた。
「くそ・・・あの女。」
「あ?」
リューイはまた手の甲で血をぬぐった。
「早く戻ろう。」
そうだったと、ギルも背中を返しながらこう言った。
「よし、じゃあ急ぐぞ。向こうも心配だ。」