45. 抜け道
文字数 1,784文字
体力がどうにか回復し、リューイとレッドが正気 に戻った頃、大階段の踊り場まで下りてきた一行 は、それを今度は左へ向かい、そのまま上り続けた。
奇妙な、ある意味恐ろしいことに、日常とはあまりに違うこの状況に順応してきたのか、逆に冷静さを取り戻すことができた。ほかに目を向ける余裕と、この宮殿に見ることのできる装飾の感想など、どうでもよい会話を交わす余裕さえ生まれた。
最上階までのぼりつめると、そこには、派手な金縁 の重々しい扉が一つだけあった。扉一つ、つまり一部屋に対して廊下は長く、幅も広い。勘 で目指していた特別な部屋に、上手くたどり着けたようだ。
「ここに扉は、豪壮なあれ一つしかないぜ。」
レッドがそこへ向けて顎をしゃくった。
「着いたか。」
ギルが言った。
「ああ、恐らく王の寝室だろう。上ってきた階段だけが、この部屋へ通じているのか・・・。」
エミリオは背後の壁を振り返った。突きあたりがすぐそこにあり、先ほどいた隣の棟とは壁で遮断されているようだ。
「いよいよか・・・。」
そう思うと緊張するのを隠し切れないレッドだったが、カイルは何か腑 に落ちない顔をしている。そしてエミリオと目を見合った。
ここへ来ても彼女 ―― 怨霊 ―― がいる感じがしない。おぞましい魔物の気配も。だが、この呪われた宮殿に居続けているせいで、いよいよ感覚が麻痺 してきた・・・ということも有りうる。
「開けるぞ・・・。」
リューイが言った。
「待って。」と、エミリオ。
それからリューイよりも前にきて、さきに重い扉に手をかけた。そうしながら、中の様子をうかがうように、じっと意識を向けている。
「扉の横にいてくれないか・・・。」
ここは言われるままに、ギルはリューイを手招いて右側へ。レッドも素直に動いてカイルを左側へ引き寄せる。
扉を少し動かしたエミリオは、手を止めて耳をすまし、それから大きく開け放った。
エミリオは背筋を伸ばして、部屋の前に堂々と立った。
誰も、何も居はしなかった。
「うっわあ・・・さすが。」
後ろから顔をのぞかせて、カイルがそう驚嘆 した。
レッドやリューイも、息を呑んで部屋中を眺めまわしている。
古びて埃 だらけではあるが、素晴らしい部屋の様相だ。壁は連続するアラベスクで装飾され、壁面 と天井との境目 には、うねるような曲線模様 が駆使されている。天井画は偉才 を誇る画家に描かせたものと思われ、その大胆な構図に圧倒された。付 け柱 の優美な線刻 は見事の一言に尽きる。
そして、部屋の中央にどんと置かれた大きな寝台。周囲の装飾よりも目立っている立派なそれに、リューイは目をとめた。レッドと寝たものの倍はある。
「ここに寝るのか、一人で。」
「いや、あの伝説を聞く限りでは、一人で朝までおとなしくしているとは思えん。」
言下にギルがそう言った。
その言葉をよく理解できないまま、続けてリューイは、壁に掛けられている大きな風景画に歩み寄った。自分の身長以上もある。それには、このリトレア湖の静かな夕景が描かれていた。
「綺麗だなぁ。どうやったら、こんなふうに描けるんだろうな。」
「昔から腕のいい職人がそろう町だから、超一流の画家に描かせたんだろう・・・ん?」
不意に違和感を覚えたギルは、絵画に手を伸ばして裏を見た。
ギルは、壁からそれを取り外した。
その瞬間、あっと声を上げるリューイ。
そこには空洞・・・いや、道があったからだ。職人によって作られた立派な通路である。
「抜け道か。」
「なるほど、ここから隣の棟へ行けるのか。」
ギルやエミリオが言っている間に、カイルが再び光の精霊を呼び寄せて中を照らした。先まではよく分からないが、それは延々と奥へ向かって伸びているように見えた。
すると、リューイが身軽にひょいとそこへ飛び乗った。
「おいリューイ、何する気だ。」
レッドがあわてて呼び止める。
「どこへ通じてるのかな・・・と。」
「止めておけ。」
さっきまでの恐怖心はどこへいったのかという気持ちで、レッドは言った。
「すぐ戻るよ。」
リューイは探検ごっこを始める少年のような顔をしている。
レッドは、カイルの首根っこをつかんだ。
「じゃあ、こいつも連れて行け。」
「なんで⁉」
「説明いるか?」
「そうだな、カイル頼む。」
「えーやだなあ・・・また何か出てきたらどうするの・・・。」
「だから頼んでんだろ。」
奇妙な、ある意味恐ろしいことに、日常とはあまりに違うこの状況に順応してきたのか、逆に冷静さを取り戻すことができた。ほかに目を向ける余裕と、この宮殿に見ることのできる装飾の感想など、どうでもよい会話を交わす余裕さえ生まれた。
最上階までのぼりつめると、そこには、派手な
「ここに扉は、豪壮なあれ一つしかないぜ。」
レッドがそこへ向けて顎をしゃくった。
「着いたか。」
ギルが言った。
「ああ、恐らく王の寝室だろう。上ってきた階段だけが、この部屋へ通じているのか・・・。」
エミリオは背後の壁を振り返った。突きあたりがすぐそこにあり、先ほどいた隣の棟とは壁で遮断されているようだ。
「いよいよか・・・。」
そう思うと緊張するのを隠し切れないレッドだったが、カイルは何か
ここへ来ても彼女 ―― 怨霊 ―― がいる感じがしない。おぞましい魔物の気配も。だが、この呪われた宮殿に居続けているせいで、いよいよ感覚が
「開けるぞ・・・。」
リューイが言った。
「待って。」と、エミリオ。
それからリューイよりも前にきて、さきに重い扉に手をかけた。そうしながら、中の様子をうかがうように、じっと意識を向けている。
「扉の横にいてくれないか・・・。」
ここは言われるままに、ギルはリューイを手招いて右側へ。レッドも素直に動いてカイルを左側へ引き寄せる。
扉を少し動かしたエミリオは、手を止めて耳をすまし、それから大きく開け放った。
エミリオは背筋を伸ばして、部屋の前に堂々と立った。
誰も、何も居はしなかった。
「うっわあ・・・さすが。」
後ろから顔をのぞかせて、カイルがそう
レッドやリューイも、息を呑んで部屋中を眺めまわしている。
古びて
そして、部屋の中央にどんと置かれた大きな寝台。周囲の装飾よりも目立っている立派なそれに、リューイは目をとめた。レッドと寝たものの倍はある。
「ここに寝るのか、一人で。」
「いや、あの伝説を聞く限りでは、一人で朝までおとなしくしているとは思えん。」
言下にギルがそう言った。
その言葉をよく理解できないまま、続けてリューイは、壁に掛けられている大きな風景画に歩み寄った。自分の身長以上もある。それには、このリトレア湖の静かな夕景が描かれていた。
「綺麗だなぁ。どうやったら、こんなふうに描けるんだろうな。」
「昔から腕のいい職人がそろう町だから、超一流の画家に描かせたんだろう・・・ん?」
不意に違和感を覚えたギルは、絵画に手を伸ばして裏を見た。
ギルは、壁からそれを取り外した。
その瞬間、あっと声を上げるリューイ。
そこには空洞・・・いや、道があったからだ。職人によって作られた立派な通路である。
「抜け道か。」
「なるほど、ここから隣の棟へ行けるのか。」
ギルやエミリオが言っている間に、カイルが再び光の精霊を呼び寄せて中を照らした。先まではよく分からないが、それは延々と奥へ向かって伸びているように見えた。
すると、リューイが身軽にひょいとそこへ飛び乗った。
「おいリューイ、何する気だ。」
レッドがあわてて呼び止める。
「どこへ通じてるのかな・・・と。」
「止めておけ。」
さっきまでの恐怖心はどこへいったのかという気持ちで、レッドは言った。
「すぐ戻るよ。」
リューイは探検ごっこを始める少年のような顔をしている。
レッドは、カイルの首根っこをつかんだ。
「じゃあ、こいつも連れて行け。」
「なんで⁉」
「説明いるか?」
「そうだな、カイル頼む。」
「えーやだなあ・・・また何か出てきたらどうするの・・・。」
「だから頼んでんだろ。」