32.  地下迷路

文字数 3,051文字

「あれか。なるほど〝立ち入り禁止〟とでも書いてありそうな立札が見えるな。」
 洞窟(どうくつ)を目にして、ギルが言った。
「ああ、まず間違いないだろう。」と、エミリオ。

 湖に面した巨大な洞窟を見つけた一行は、(こけ)むした大小様々な岩石をめぐらしている入り江に小舟をつけ、その島に降り立った。話に聞いていた通り、そこからは、確かに離宮の塔らしいものが数本見えていた。

 だが先に〝銀の矢〟とやらを手に入れなければならない。

 そこで、累々(るいるい)と積み重なる岩間をぬって、まずは洞窟の入口を目指した。崩れ落ちそうな箇所や急な段差が多く、足場はかなり悪い。なのに風が()いだ辺りには薄い霧がかかっている。うっすらと(うかが)える湖の水面は、空模様(そらもよう)のせいだろうか黒くくすんで見えた。

 外から小さく見えていた、立て札のところまでやってきた。やはり、「危険。立ち入り禁止」と書かれてある。大きく口を開けて待ち構えている洞窟のそこに立ち、緊張をこらえきれない顔を見合わせる。天気が悪いせいもあって、自然の光はほとんど射しこんでいない。すぐ暗闇に飲み込まれそうだ。

 それというもの、ランタンを持参してこなかった。話に聞いた怪物なるものが襲ってくるかもしれないと予想して、何かの拍子(ひょうし)に消えてしまう恐れがある人工の(あか)りは、あきらめたのだった。なんせこれから向かうのは地下。ひと(すじ)の光も期待できない場所だ。もしリサの村でのような戦いになって完全に視界を閉ざされたら、そこで死ぬ。

 ただでさえ、エミリオはもう顔色が()えない。カイルは特に息苦しそうな様子もないが、真剣そのもの。

 視界がきくあいだは、誰もがためらいもなく入って行った。

 そして、カイルが立ち止まったところで、次々と足を止めた。すでに濃い暗がりに囲まれ、その中で分かれ道を見つけた。すぐ横は湖から延びている川になっていて、岩石を浸食(しんしょく)しながら反対方向へ流れている。

 カイルが軽く右手を上げた。呪文を唱えながら指先を動かし、いくつか(いん)を結ぶと、そのまま静止した。カイルはゆっくりと頭を回して、

が集まってくるのを待った。

 少しすると、カイルが立っている場所からパアッと明かりが広がっていった。カイルが腕を下ろして楽な姿勢をとっても、明かりはずっと続いた。それらに簡単な命令を与えていたカイル。指示があるまでつき従い、光り輝け。

 そうして、仲間たちを振り返ったカイルがうなずきかけると、誰からともなく踏み出した。危険はまだ無さそうに思われたが、用心深い足音が響く。

 ひんやりとした洞窟の中は、カイルが光の精霊に命じたおかげで、行く手だけでなく周りも照らしだされている。忠実な精霊たちだった。

「何も・・・いねえ。」
 光が切れる辺りを凝視(ぎょうし)して、リューイがつぶやいた。

 こういう深い洞窟に一番慣れているのは、やはりジャングル育ちのリューイだ。それはここへ足を踏み入れた時から内心思っていたことだったが、長年人が近寄らない洞窟となれば、もぞもぞと(うごめ)いている気味の悪い虫やコウモリが生息していて、人や灯りが入ってくれば一斉に逃げ出していく。なのに、その気配すらこれまで全く感じていない。

 ただ、そう(つぶや)いたリューイのそばでは、何か良くないものを感じていたエミリオだけでなく、いよいよカイルまで険しい顔をしている。

 道が切れたかと思うと、その下に階段が見えた。

 その石段のとば口に立って見下ろすと、曲がりくねった先は真っ暗で、しかしここへ来るまでのような暗闇とはまた違う不気味な闇が、そこにはあった。もう地上へは出られないのでは・・・という不安を駆り立てるほど、奥へ向かってどこまでも続いているように見える。

 危険はないか・・・と、それぞれがじゅうぶん警戒しながら、離れないようにして足を進めた。そうして極めて慎重に下りていった。

 そして、度々上に目をやりながら何十段もくだり続けた末にようやく行き着くと、大きな石畳(いしだたみ)で舗装された地下道に出た。入り口付近は鍾乳石(しょうにゅうせき)のつららが突き出していたりでほとんど自然のままだったが、ここからは突然、人工的に整えられた広い道になっていたのである。そこで首をめぐらしてみれば、通路はいくつにも枝分かれして、四方へ延々と伸びているように見えた。いわゆる迷路というわけか。

「ああ・・・なるほど。」
 レッドは呟きながら、ギルの方を向いた。この男にとっては予期していた通りの展開に違いない。

 やはりギルは、それに苦笑で答えた。

 光の精霊たちのおかげで、前後左右の状況はよく見てとれた。幅もあるので、これなら存分に暴れても構わなさそうだ。リューイの長棒も、気がねせずに振るうことができるだろう。だが、この難解そうな道をいったいどう進めというのか。闇雲に歩き回るのは自殺行為だ。今下りてきたところは出入り口の一つだろうが、それが幾つあるとも分からない。そして、いくつもあるはずがない。もしほかに見つけることができなければ、ここへまた戻って来なければならないのだから。

 ギルやレッドは腕を組み、みなその場にたたずんだ。何か(しるし)をつけるということも考えたが、確実に迷わないと安心できるほどの名案だとは思えなかった。なにしろ、いつ目的を果たせるとも、いつ何に襲われるとも分からないのである。そこらじゅうに形跡を残すことになったり、もし無闇に逃げ回ることにでもなれば、印などほとんど無意味だ。

 そうして一歩も動けないまましばらく悩んでいると、カイルが不意に、何かに反応して驚いたような声をもらした。

「気を・・・ラグナザウロンの気を感じる。」

 それは、銀の矢のありかを示しているに違いない。

 引き寄せられるようにして、カイルがふらりと歩きだした。
 あわてて手を伸ばしたリューイが肩をぐいっと引っつかみ、「先頭は俺が行く。」
 リューイは親指を自分に向けて、きっぱりとそう言い切った。
「ダメだ、私が行こう。」
「バカヤロウ、俺だ。」
「お前らいいカッコするんじゃない。俺に任せろ。」
「まあ、待てよ。」
 エミリオが反対し、レッド、ギルと先頭を取り合ったが、(あき)れてそんな仲間たちを軽く止めたリューイは、ニヤリと不適にほほ笑んだ。
「俺の神経と(かん)は、野性的だぜ。」

 その笑みには、有無を言わせぬ説得力があった。確かにそれは正論だ。この場合、リューイに先頭を任せるのが一番無難な策かもしれない。不意打ちで最も俊敏(しゅんびん)に対処できるのは間違いなく、野生の環境で育ったという彼だろう。

 ほかの者は気が引けるものを感じながらも納得し、それに同意した。

 こうしてリューイが先頭を務め、エミリオとギルが並んであとに続き、カイルを挟んでレッドが最後についた。結局は、どの位置もさして危険に大差はない。だが、これは明らかにカイルを(かば)う形だ。

 そのカイルは今、後ろからリューイに進行方向の指示を送っている。

「右に曲がって。」

 言われるままに、リューイは足を進める。

 どこへ行っても同じほどの幅と高さと、そして様相。この地下は完全な迷路と化していた。


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