15.  神のみぞ知る

文字数 1,289文字

 エミリオとの二人部屋で、カイルは手術に必要なものをそろえてレッドと向かい合った。

 エミリオは何をしているのか、まだ戻ってはこない。恐らく、主人が帰ってくるのを待っているか、夫人が気付くまでついていてやるつもりなのだろう。夫人は、自分の身に起こったことを、覚えているかどうか分からないのだ。覚えていれば意識を取り戻した時に震えあがるだろうし、覚えていなければ目覚めた時の状況が理解できないだろう。

 たくましい腕の傷口から痛々しく血が流れていたが、カイルは(まゆ)一つ動かさずに手際(てぎわ)よく洗浄し、施術(せじゅつ)した。幸いナイフが細かったおかげで、縫い付けるのも数針で済んだ。

「それにしても、上手いこと突き刺さったね。深いけど骨は無事だし、これならすぐに回復するよ。運がいい。」

 果たしてそうと言えるのか・・・。レッドは肩をすくった。

「レッドってさあ・・・。」
 縫合(ほうごう)を終えたレッドの腕に包帯を巻いてやりながら、カイルは、今度はこう言った。
「思ってたんだけど、運悪いよね。」
「さっきは運がいいって言わなかったか?」
「そうじゃなくて、ほら、リサの村でのことといい、日頃の行い疑っちゃうな。」
「馬鹿抜かせ。そういうさがなんだろうよ、俺は。だいたい、よくよく考えてみるとお前と関わってからだぜ、妙なことばかりが起こるのは。」
「僕のせいだっての?」
「不思議に思っただけだ。」
「じゃあきっと、僕もそういうさがなんだな。考えてみれば、もともと僕たちは特殊な運命にあるしね。この先、もっと怖い目に遭うかもしれないよ。僕たちが何に導かれてゆくのかは、神のみぞ知るだ。」
「冗談・・・。」

 カイルは淡々と言ってくれるが、レッドはぞっとした。あのような得体の知れない謎の生命体と戦うのは、もう御免(ごめん)だ。

「大丈夫だよ、僕たちには守り神がついてるもの。」
「ならいいがな。」

 本気かどうか微妙なその口ぶりに、レッドも苦笑を返した。とりあえず、自分にとっては何の気休めにもならない。

 そう話している間にも処置を終えたカイルは、「はい、もういいよ。」と、お決まりの笑顔。 

「動かしても平気か。」
 レッドは包帯の上から傷口をさすった。

(ひじ)の近くだから曲げ伸ばしはひかえて欲しいけど、少しくらいならね。無茶はしないように。」
「気をつけるよ。」
 レッドは夜更けの窓の外に目を向けた。
「さてと、そろそろ寝るか。お前も早く休めよ。」

 実のところ自分はさらさら眠る気などないのに、レッドはわざとそう言って腰を上げ、ドアを開けて部屋から出ようとした。

 だが、ふと立ち止まる。レッドはもう一度中をのぞいて、医療器具を片付けているカイルの背後から、改まった声で呼びかけた。

 縫合糸や麻酔薬を手にしたままで、カイルが振り向く。

「お前には世話になりっぱなしだな。ありがとう。」

 そう言い残して、レッドは部屋を離れた。

 再び手を動かした少年医師の顔には、少しのあいだ何か嬉しそうな笑みが浮かんだ。



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