29. 血塗られた歴史
文字数 2,476文字
すると、老婆はすぐには話し始めず、少し横を向いた。
「この町に残っている城には、さっきも言ったように、昔は王家一族が住んでいた・・・。」
その方角へ目を向けたのか、老婆はそうして一度窓の外を見てから語りだした。
「その王家には、クレアという、それは美しい娘が仕 えておった。クレアは王妃の侍女 じゃった。ところがクレアは王に愛され、とうとう王の子を身籠ってしもうたんじゃあ。クレアはそのことを、王家一族にはもちろん、家来や召使いの誰にも知られないうちに姿を消し、行方をくらませた。しかし一年経ったある日、その理由を、こともあろうに王妃に知られてしまうことに・・・。」
司祭者に取り憑いた悪霊の正体・・・。エミリオもギルも自然と推理を始めていた。
不幸にも王に愛されたという、その彼女なのか・・・。
「ひどく腹を立てた王妃は、クレアを見つけ出し、王の子もろとも殺すよう家来に命じた。そしてクレアは死んでしまったけれども、その時、赤ん坊が一緒にいなかった。クレアが妹に預 けていたんじゃあ。妹の名はネメレといい、夫と、生まれて間もない我が子と、三人は幸せで平穏 な日々を送っていた。姉の子、つまり王子を預かるまでは・・・。」
エミリオとギルは、目を見合った。
「そして、ある日。突然、彼女のいない間に、王妃の手下の者たちがやってきた。彼らは、留守を任されていた主人に、二人の赤ん坊のうち、どちらが王の子かと尋ねた。彼は答えず、二人の赤ん坊を一緒に抱いて、必死に逃げようとした。しかし、たてついた主人は呆気なく殺されてしまい、結局、赤ん坊は二人とも王妃のもとへと連れ去られてしもうた。」
かつて同じ身分階級にいた二人は、苦い表情で一緒に重いため息をついていた。この昔話は架空ではない。
「ネメレはひどく嘆 いて、三日三晩何も食べずに、死んだように蹲 っていた。そこへ、追い討ちをかけるように王妃の使いの者たちがやってきて、そんな彼女に一枚の手紙を渡した。その手紙には、なんと・・・残虐極まりない、世にも恐ろしいことが・・・。」
老婆はそこまで語ると、やや躊躇 うそぶりを見せた。この先を口にするのに、抵抗があるようだ。
「なんて・・・。」
あえて、エミリオがそっと促 す。
老婆はもごもごと口を動かした。
「・・・お前と姉の赤ん坊は二人とも殺して火に炙り・・・料理して・・・昨夜、宴席の食卓に出した。王は・・・自分の子を食べたのだ・・・と。」
二人はぞっとして、顔をしかめた。目の前を恐ろしい場面が掠め過ぎる。思わず吐き気を催した。
だがこの物語、このままでは終わらないはず。
老婆は、今度は落ち窪 んだ目をしっかりと開けて、二人を見つめた。
「ところが、ネメレにはそら恐ろしい霊能力が秘められていたんじゃあ。」
ここで急に声は低くなり、唸 るような響きを帯びた。
「ネメレは怒りで身を震わせ、一点張りの冷酷さで城自体を呪い、そこに様々な災いをもたらした。復讐の鬼と化したネメレの怨念は、とうとう街にまで影響を及ぼすようになってしもうた。街のいつも賑 やかで楽しい場所は、悲鳴が響き渡る殺戮 の場と化してしもうた。妖魔の仕業じゃあ。それらは黒い剛毛 に覆われ、目玉は血の色をしておったそうじゃあ。」
そこで老婆がさらに目を大きくしたので、ギルは思わず腰を引いていた。
「しかし奇跡的に街は破壊を免 れた。そこへ不意に、それらと戦うことのできる四人の若者が現れたおかげで。一人は術使い、一人は賢者 、そして二人の戦士。ありがたや、その若者たちは神の遣いじゃった。」
「カイルの先祖と・・・アルタクティスの仲間か?」
ギルがエミリオにささやきかける。
「その術使いは、不思議な力でそれらを見事に退治してのけたあと、さらにはその能力で銀の矢を作った。それは、ネメレの魂が凄まじい怨念で能力を残したままとなっても、封印することのできるものだという。それを弓の名手でもある賢者に託 した彼は、人々が止めるのも聞かずに、〝私には闇の神ラグナザウロンがついています。御心配なく。〟とだけ言い残して、仲間と共にネメレのもとへ向かった。そうしてついに、もはや人の心を完全に忘れてしまったネメレは、のちに〝ラグナザウロンの銀の矢〟と呼ばれる、その矢に打たれて死んだ。彼女の遺体は棺 に入れられ、それが今もなお、あの小島の洞窟 に収められているということじゃあ。」
老婆の話を聞き終わった時、二人は「それだ。」と、胸の内で叫んだ。
そのあと老婆には、「もし行こうなんて考えてるなら、よした方がいい。」と、怖いほど真剣な顔でくどく忠告されたが、二人は適当な嘘をついて「そんなつもりは、ありません。」と答え、爽やかな笑顔で礼を述べた。
そうして不意にやってきた若い客人たちは、まだ心配そうな顔を向けてくる老婆に見送られて、玄関を出た。
すると、ギルの手入れのおかげで通りやすくなっているアーチの門の下に、女性が一人立っていた。二人は近付いていき、すっかり見違えた門構 えや庭の様相に驚いている彼女に、訳を話した。
彼らは会釈 をして別れた。
だがふと、振り向いたギルが、「あの・・・。」
彼女は立ち止まり、体を向けた。
「はい?」
「あ・・・ああ、いえ・・・なんでも。」
彼女は悲しげにほほ笑んだ。
「お婆ちゃんは知っていますよ。」と、彼女は言った。「全く家に閉じ籠りっきりというわけではないですから。ただ・・・見ないようにしているみたいです。生きがいを無くすのが怖いのでしょう。ですから、私たちもそれだけを残して郵便物を・・・。」
「そうですか・・・。」
彼女は二人に軽く頭を下げて、背中を向けた。
「この町に残っている城には、さっきも言ったように、昔は王家一族が住んでいた・・・。」
その方角へ目を向けたのか、老婆はそうして一度窓の外を見てから語りだした。
「その王家には、クレアという、それは美しい娘が
司祭者に取り憑いた悪霊の正体・・・。エミリオもギルも自然と推理を始めていた。
不幸にも王に愛されたという、その彼女なのか・・・。
「ひどく腹を立てた王妃は、クレアを見つけ出し、王の子もろとも殺すよう家来に命じた。そしてクレアは死んでしまったけれども、その時、赤ん坊が一緒にいなかった。クレアが妹に
エミリオとギルは、目を見合った。
「そして、ある日。突然、彼女のいない間に、王妃の手下の者たちがやってきた。彼らは、留守を任されていた主人に、二人の赤ん坊のうち、どちらが王の子かと尋ねた。彼は答えず、二人の赤ん坊を一緒に抱いて、必死に逃げようとした。しかし、たてついた主人は呆気なく殺されてしまい、結局、赤ん坊は二人とも王妃のもとへと連れ去られてしもうた。」
かつて同じ身分階級にいた二人は、苦い表情で一緒に重いため息をついていた。この昔話は架空ではない。
「ネメレはひどく
老婆はそこまで語ると、やや
「なんて・・・。」
あえて、エミリオがそっと
老婆はもごもごと口を動かした。
「・・・お前と姉の赤ん坊は二人とも殺して火に炙り・・・料理して・・・昨夜、宴席の食卓に出した。王は・・・自分の子を食べたのだ・・・と。」
二人はぞっとして、顔をしかめた。目の前を恐ろしい場面が掠め過ぎる。思わず吐き気を催した。
だがこの物語、このままでは終わらないはず。
老婆は、今度は落ち
「ところが、ネメレにはそら恐ろしい霊能力が秘められていたんじゃあ。」
ここで急に声は低くなり、
「ネメレは怒りで身を震わせ、一点張りの冷酷さで城自体を呪い、そこに様々な災いをもたらした。復讐の鬼と化したネメレの怨念は、とうとう街にまで影響を及ぼすようになってしもうた。街のいつも
そこで老婆がさらに目を大きくしたので、ギルは思わず腰を引いていた。
「しかし奇跡的に街は破壊を
「カイルの先祖と・・・アルタクティスの仲間か?」
ギルがエミリオにささやきかける。
「その術使いは、不思議な力でそれらを見事に退治してのけたあと、さらにはその能力で銀の矢を作った。それは、ネメレの魂が凄まじい怨念で能力を残したままとなっても、封印することのできるものだという。それを弓の名手でもある賢者に
老婆の話を聞き終わった時、二人は「それだ。」と、胸の内で叫んだ。
そのあと老婆には、「もし行こうなんて考えてるなら、よした方がいい。」と、怖いほど真剣な顔でくどく忠告されたが、二人は適当な嘘をついて「そんなつもりは、ありません。」と答え、爽やかな笑顔で礼を述べた。
そうして不意にやってきた若い客人たちは、まだ心配そうな顔を向けてくる老婆に見送られて、玄関を出た。
すると、ギルの手入れのおかげで通りやすくなっているアーチの門の下に、女性が一人立っていた。二人は近付いていき、すっかり見違えた
彼らは
だがふと、振り向いたギルが、「あの・・・。」
彼女は立ち止まり、体を向けた。
「はい?」
「あ・・・ああ、いえ・・・なんでも。」
彼女は悲しげにほほ笑んだ。
「お婆ちゃんは知っていますよ。」と、彼女は言った。「全く家に閉じ籠りっきりというわけではないですから。ただ・・・見ないようにしているみたいです。生きがいを無くすのが怖いのでしょう。ですから、私たちもそれだけを残して郵便物を・・・。」
「そうですか・・・。」
彼女は二人に軽く頭を下げて、背中を向けた。